34話
馬車に揺られながら、両親が死んだ日のことを考えているオスカーは、黙して拳を握りしめ、その拳は微かに震えている。
その姿が、オフィーリアにはとても辛そうに見えた。
そっとその拳に手を乗せて、優しく握った。
オフィーリアには、それぐらいのことしかできない。
温かい・・・。
オスカーは、自分の拳に添えられた手に気付く。
「オフィーリア、ありがとう。」
「レイモンドとオスカー様のご両親のことを、考えていらしたんですね。」
「ああ、そうだ。証拠はないが、おそらく父も母もウッド伯爵にはめられて、レイモンドに毒を盛られたのだろう。あの時・・・あの時、俺がそばにいれば、父も母も殺されずに済んだかもしれない。そう思うと・・・そう思うと・・・俺は、悔しい・・・。」
オスカーの目から、涙がツーっと零れ落ちた。
「オスカー様・・・」
オフィーリアはオスカーの手を両手で包み込み胸に抱きしめる。
誰よりも強いオスカーの手が、オフィーリアの手の中で、微かに震えている。
オフィーリアの目にも涙が浮かび、ほろりと零れ落ちた。
「オフィーリア?・・・俺のために泣いてくれるのか。ありがとう。」
しばらく無言のまま馬車に揺られていたが、オスカーの険しい表情が少し緩んだところを見て、オフィーリアが提案した。
「オスカー様、休憩を兼ねて少し散歩でもどうですか?」
馬車は王都の外れまで戻って来ていた。
この辺りは、まだ民家もまばらで、自然も豊かだ。
都会の喧騒もここまでは届かない。
気晴らしに散歩するにはちょうど良い。
「そうだな。ずっと座りっぱなしでいるよりも、身体を動かした方が気も晴れる。散歩でもしよう。」
オスカーは御者に止まるように告げると外に出た。
思いの外、日差しは強い。
「オフィーリア、帽子を被った方が良さそうだ。」
オフィーリアは帽子を被り、オスカーにエスコートされて馬車を出る。
馬車道を外れて小道を散歩していると、突風がビューと音を立てて吹き荒れた。
オフィーリアは慌てて帽子を押さえようとしたが、間に合わず風に飛ばされてしまう。
帽子は気流に乗って空高く舞い上がり、そのまま遠くに流されていった。
「まあ、どうしましょう。お気に入りの帽子だったのに。」
「飛んで行った方向に歩いてみよう。木に引っかかっているかもしれない。」
二人は帽子を探して歩き始めた。
しばらくすると見つけることができたが、小さな屋敷の二階にあるバルコニーの柵に引っかかっている。
「あんなところにありましたよ。このお屋敷の方にお願いして、中に入れてもらいましょう。」
門は閉まっていたが、鍵はかかっておらず簡単に庭の中に入ることができた。
花は植えられていなかったが、雑草は刈り取られ、樹木は適度に剪定が施されている。
この家の住人は、花を愛でるよりも、樹木を重視するタイプなのかもしれない。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいませんか?」
玄関に着くと、ドアをノックして大きな声で尋ねたが返事はない。
「留守かもしれないね。二階に上がる方法はないかな。」
オスカーがバルコニーの柵に引っかかっている帽子を見ていると「オスカー様、ドアに鍵がかかっていませんよ。」とオフィーリアがガチャリとドアを開けた。
「うーん、不法侵入になるが、少しの間だけ、中に入らせてもらおう。」
「そうですね。帽子をとるだけだからいいですよね。」
二人は中に入り、階段を探す。
屋敷の中は驚くほど家具が少なく、家具らしい物と言えばリビングにあるテーブルとイスぐらいである。
だがもう一つ、家具とは言えないが、家族の肖像画がリビングの壁に掛けられていた。
両親とその息子であろうか。
小さな子どもを真ん中にして、両親は優し気に、にっこりと微笑んでいる。
オフィーリアは吸い寄せられるように、その絵に目を奪われた。
私、この婦人に会ったことがあるような気がする・・・。
茶色い髪と同じ色の瞳、優しそうに微笑む口元・・・。
どこの舞踏会だったかしら。
思い出そうとしてもこの婦人が誰だか思い出せず、喉に何かが引っ掛かったような息苦しさを感じる。
記憶をたどりたくて絵をじっと見ていると、不思議なことに気付いた。
「オスカー様、この絵、端っこが少し焦げてますよね。」
「ふむ、言われて見ればその通りだ。少し焦げている。だが額縁はきれいだから、きっと後から額縁だけ付け替えたんだろうな。」
いったい何があったのかしら・・・。
オフィーリアは漠然とした疑問を持ったまま絵から離れ、オスカーに呼ばれて一緒に二階へと上がった。
帽子をとり戻した後、二人は馬車に戻ったが、オフィーリアは結局、肖像画の婦人が誰なのか思い出せずにいた。
狩猟大会が終わってからと言うもの、側妃カーラの機嫌はすこぶる悪い。
第二王子のヴァレリアンは、すぐに癇癪を起こす母の顔色をうかがいながら暮らすことに疲れていた。
「まったく、どうしてセオドアが優勝なのよ。しかも、盗賊を捕まえただなんて! ヴァレリアン、あなたもあなたよ。たかだかちょっと表彰式を仕切ったからって喜ぶなんて。そんな小さいことで、どうするの!」
カーラがヴァレリアンをなじる度に、そんなことを言われても・・・と思う。
セオドアの優勝は、誰がどう見ても当然のことなのだから、仕方がないではないか。
セオドアは猪二匹でも褒めてくれたし、表彰式が終わった後に、なかなか威厳があったとまで言ってくれた。
だから、機嫌良く帰れたのに、母上に会うとその気分も台無しになってしまった。
それに、母上は、俺を王にしたがっているが、王のような責任の重い役職よりも、第二王子としてのんびり気ままな立場の方が俺に合っていると思う。
だが、母上には、そんなこと言えない。
知られたら、ますます機嫌が悪くなる。
結局ヴァレリアンは、自分の気持ちを誰に言うこともなく、カーラのそばで、鬱々とした日々を過ごしているのである。
カーラはそんな息子の気持ちをまったく想像することなく、側妃宮の庭園を歩きながらセオドアを亡き者にしたいと考えていた。
アイザックに身分と金を与えて使えるようにしたが、残念なことに失敗してしまった。
どんな方法で殺ってくれるのかとワクワクしながら待っていたら、神殿爆破の知らせが届いた。
さすがアイザックと喜んだのも束の間、セオドアは傷一つなく帰ってきた。
なんて悪運が強い王子なのだ。
実に悔しい。
そういえば、アイザックに手紙を渡すように頼んだ庭師の姿を、あれから見なくなった。
まあ、アイザックと自分の関係が、ばれなければそれでいいんだけど・・・。
アイザックは死んでしまったし、次は誰に頼めば良いのだろう。
私の意のままに使える人はいないのか?
ああ、セオドアを殺ってくれる人を探さなくては・・・。
オスカーは、屋敷に戻った後、すぐに王宮の資料室に出向き、騎士団の業務記録を調べた。
侯爵家の謀反の容疑という大きな事件なら、家宅捜索に派遣された人員の記録も残っているだろうと思ったからであったが、思った通り、派遣された騎士の中に、ジャスミンの恋人レイモンドの名前があった。
だが、八年も前の出来事だ。
レイモンドが毒を盛ったとしても、証拠となるものが、何もない。
両親の濡れ衣を晴らし、ウッド伯爵の罪を白日のもとに晒したいと思っても、その方法が見つからない。
オスカーは、業務記録を前に、頭を抱えた。
「オスカー様、私に何かできることはございませんか?」
寝室でオスカーの胸に抱かれながらオフィーリアは問いかける。
「ああ、オフィーリアに隠し事はできないな。他の人間になら、いくらでも隠し通せるのに・・・。」
「ウッド伯爵のことで、悩んでいらっしゃるのですね?」
「ああ、そうだ。あいつを捕まえたくても証拠が何もない。わかっているのにどうしようもできないことが辛い。」
オスカーは心を落ち着けようとするかのように、オフィーリアの髪を撫でている。
「オスカー様、ウッド伯爵は今回は書き写す量が少なくなってしまったと言ってました。ということは、いつもはもっとたくさん書き写していると言うことですよね。だったら、私に考えがあります。そしてこれは私にしかできないことだと思うんです。」
オフィーリアは、オスカーに自分の計画を話した。
次の日の明け方、まだ薄暗い王宮の執務室に、黒い影が忍び込んだ。
その影は、ほんの少し執務室にいたが、すぐに出て行った。
それから数日が経った頃、近衛騎士ステファン・バーンズが側妃宮にいるカーラを訪ねた。
カーラは人払いをしてステファンと二人きりになると、椅子に座るように命じる。
「ステファン、今日の情報は何かしら。あなたが有益な情報を知らせてくれる度に、あなたの父親が助かるのですものね。なんて親孝行な息子なのかしら。」
ステファンは、落ち着かない様子で早口で話し始めた。
「王太子殿下が、ウッド伯爵を捕まえると言ってます。」
「ウッド伯爵ですって? いったい何の罪で?」
「それはわかりません。殿下がルイス侯爵に話しているのが聞こえたのです。伯爵の身分を考えるとうかつに動けない。証拠を固めてから動く。かなり古い話だが証拠は手に入れられそうだと言ってました。」
「そう。わかったわ。他に何かないかしら?」
「今のところはそれだけです。」
「あなたの働きは、私の父に報告しておくわね。きっとあなたの父親もあなたに感謝することでしょう。」
「ありがとうございます。」
ステファンは頭を下げると部屋から出て行った。
カーラは一人になると、にっこりと微笑んだ。
アイザックがいなくても、私の意のままに動かせる人はいるようね。
今の話は使えそう。
ウッド伯爵、さっそく呼び出しましょう。




