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もふもふの人間兵器?にされてしまった悪役令嬢ですが、冷酷非道侯爵様に溺愛されています  作者: 矢間カオル


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33話

第二騎士団に配属されたレイモンドは、ウッド伯爵邸を出て、家から通えぬ騎士たちが暮らす騎士寮に移った。


ジャスミンは、レイモンドが非番の時に気兼ねなく会えるように、ウッド伯爵邸を出て、小さなアパートの一部屋を借り、通いのメイドとして働くことにした。


しばらくすると、レイモンドの父親がジャスミンを訪ねてきた。


レイモンドに会いたいが、寮では人目が気になるから、ジャスミンの部屋で会いたいと言う。


故郷で最後に会ったときよりも、やつれて頬がこけ、服装もみすぼらしくなっている。


何かあったのかと尋ねると、騙されて、自分ではとても払えない借金を抱えてしまったと、とても辛そうに打ち明けてくれた。


ジャスミンは騎士寮に出向き、寮母に「仕事が終わればジャスミンの部屋に来るようにレイモンドに伝えて欲しい」と頼み、父親と一緒に部屋でレイモンドを待った。


その日の夜、レイモンドが部屋に入るなり、


「すまん、本当にすまん、レイや、お願いだ、わしを助けてくれ。」


父親は床に額を擦り付け、涙を流しながらレイモンドに懇願した。


「借金が返せないと、妹たちが連れて行かれるんだ。娘の身体で金を返せと何度も連れて行かれそうになった。今はお前と話をしてくるからと、待たせているのだが、返せないと、妹たちがどんな酷い目にあうか・・・」


レイモンドには二つ年下の双子の妹がいる。


子どもだった妹たちも、今では器量良しの十五歳だ。


借金取りが目をつけたのは、それだけ高く売れると分かっているからだ。


レイモンドだって、妹たちを助けたい。


だがレイモンドの蓄えなど、たかがしれている。


頼れる人間は、ウッド伯爵しかいなかった。


レイモンドが事情を話すと、ウッド伯爵は有り難いことに、全額を負担してくれた。


お陰で妹たちは身売りをせずにすみ、やっと平和が訪れたと思ったのだが、何故かレイモンドが変わってしまった。


いつも思い詰めたような顔をして、笑顔がなくなり、食欲もなくなった。


夜中にうなされ、時には叫び声を上げて目を覚ますこともあった。


理由を尋ねても、何もないとしか答えない。


ジャスミンはレイモンドのことが心配で、慰めようといろいろ試みたが、レイモンドの辛い表情が晴れることはなかった。


だが、四年前、妹が二人とも、流行り病で死んでしまったのだ。


レイモンドは、葬儀で故郷に戻る前に、ジャスミンに自分の意思を告げた。


「ジャスミン、長い間心配かけたけど、戻ってきたら俺は自首することにするよ。勝手なことばかりしてごめん。許してくれ。」


その言葉の裏に、ずっと思い悩んでいた胸のつかえが取れたような、そんな清々しさも感じられるような言葉だった。


だが、それがジャスミンが聞く最後の言葉になってしまった。


レイモンドは、葬儀が終わって王都に帰る道中で、盗賊に襲われ殺されてしまったのだ。


何となくではあるが、ジャスミンは、薄々気がついていた。


ウッド伯爵が借金を肩代わりする代わりに、レイモンドに心が病むほどの仕事を依頼したのだろうと・・・。


だが、妹が死んで足枷がなくなったレイモンドは、自首することを決意した。


だから、殺されたのだ。


きっとウッド伯爵が、命令したに違いない。


「レイが、どんなに酷いことをしたのか、今となっては分かりません。でも、本当に優しい人だったから、ずっと苦しんでいたのだろうと思います。」


ジャスミンは、涙を流しながらそう語った。


じっと黙って聞いていたオスカーが口を開いた。


「この話を、他の誰かにしましたか?」


「いえ、ここまで詳しく話したのは、今日が初めてです。仕事を辞めるとき、理由を聞いてきた同僚には、恋人が死んだのはウッド伯爵のせいだと話したことはありますが、信じてもらえませんでしたし・・・。」


「そうですか。この話は、絶対に他の人に話してはいけません。知っているのは私たち二人だけにしてください。でないとあなたが殺されることになるでしょう。」


「・・・殺される?」


いきなり物騒な言葉をかけられて、ジャスミンは困惑する。


「あなたの恋人が口封じのために殺されたのなら、あなたにだってその可能性はあるのです。だから、くれぐれも気をつけてください。」


オスカーの口調は真剣そのものだ。


「ご忠告ありがとうございます。だけど・・・、私の話を信じてくれるのですか?」


「はい。あなたの話は、全て真実だと思って聞いていました。」


「私もです。ジャスミンさん、話してくれてありがとうございます。」


ジャスミンは、誰にも信じてもらえないと思っていた話を、オスカーとオフィーリアが信じてくれたことが嬉しくて、ほろほろと、目から涙があふれた。


「私の話を信じてくれて・・・本当にありがとうございます。」




帰りの馬車の中、オスカーは険しい顔で、ずっと何かを考えているのか、無言の状態が続いている。


オフィーリアは、オスカーのことが気になったが、そっとしておいた方が良いと思い、話しかけずにいた。


オスカーは、心の中で、何度も何度もジャスミンの話を思い浮かべていた。


ジャスミンから、イザベラとジオルグの話を聞けたら良いと思って訪問したのだが、話は十年前まで遡り、八年前の話まで聞けた。


八年前、レイモンドは心を病むほどの辛い仕事をしたのだ。


オスカーが一日も忘れたことがない八年前のあの出来事に、もしかしたらレイモンドは関わっていたのではないか? 


オスカーはその疑問が拭えなかった。




八年前、オスカーが十二歳の誕生日を迎えてまだ日が浅かったあの日、オスカーは庭で剣術の練習をしていた。


王太子セオドアと一緒に、近衛騎士団長のアレックスから剣術を習い始めて四年の歳月が流れていた。


もっと上手くなりたい、その思いで毎日自主練は欠かさなかった。


天気が良くて、庭に続くテラスの窓は開け放たれ、オスカーの位置から両親の姿が良く見えていた。


父はソファに座って新聞を読み、母はテラスに出てきてオスカーを呼んだ。


「オスカー、一休みしてお茶でもどう?」


母はお茶を淹れるのが上手く、メイドに任せずに母自らお茶を淹れることがよくあった。


オスカーが剣をしまい、両親のもとに行こうとしたときに、ドヤドヤと門の方が騒がしくなった。


何事かと思って見ていたら、第二騎士団の騎士たちが、大勢屋敷の中に入って来た。


オスカーも屋敷の中に入ろうとしたのだが、騎士の一人が走って来て、オスカーを止めた。


「証拠隠滅の恐れがありますので、この場所から動かないでください。」


丁寧な言葉遣いであったが、態度は威圧的だった。


第二騎士団長の声が聞こえてきた。


「ルイス侯爵、隣国ランベルジオスに我が国の情報を流し、謀反を企んでいるという疑いがかかっております。今から家宅捜索を行います。」


そう言って、家宅捜索令状を父に見せた。


「そんなバカな!」


「主人が謀反を企むなんて、そんなこと、有り得ませんわ。」


だが、団長は動じず、部下たちによる家宅捜索が始まった。


しばらくすると、若い騎士が封筒を持って来た。


「団長、ありました。」


そう言って団長に渡すと、団長は中身を見て言った。


「この字は、ルイス侯爵の字に間違いないですね。」


「何だって?」


父は渡された書類を見て、驚愕の表情を浮かべた。


「これは・・・私の字だ。だが、こんなもの、私は知らない。」


「犯人は誰でもそう言うんですよ。王宮内にスパイがいると噂が流れていたが、まさかそれがあなただったとは。」


団長が呆れたように冷たく言い放った。


横にいた母も、書類を手にして一枚一枚何度も見ていたが、父と同じく驚き真っ青になっている。


「確かにあなたの字だわ。でも、どうしてこんなことが・・・。」


「言いたいことがあれば、取調室でお話しください。今からルイス侯爵夫妻を連行します。」


「わかった。だが、まずは落ち着こう。せっかく妻が淹れてくれたお茶なんだから、せめてこれぐらいは飲ませてくれ。シェリーも飲みなさい。」


「はい。あなた。」


母が淹れたお茶は、とっくに冷めていただろうが、父も母もそのお茶を飲んだ。


だが、飲んだとたん苦しみだして、崩れるように倒れた。


「なんてことだ、ルイス侯爵夫妻が自殺してしまった!」


団長の大声が屋敷中に響き渡った。


「自殺? 自殺なんてするはずがない!」


オスカーは両親のもとに走り出そうとしたが、騎士に止められ行くことができなかった。


「見ない方が良いです。」


騎士は善意のつもりで止めたのだろうが、オスカーには悪魔の所業に思えた。


「行かせてください。両親のもとへ行かせてください。」


泣いて訴えても、両手の拳で殴りつけても、鍛え上げられがっしりとした騎士の身体は微動だにしなかった。


騎士が救いを求めて団長を見た。


団長はふうとため息をついた後、「いいだろう。」と一言告げた。


やっと自由になれたオスカーは、倒れている両親のもとへ走った。


父も母も口から血を流し、既に絶命していた。


「父上、母上、どうしてこんなことに・・・」


オスカーは両親に縋りつき、声を上げて泣いた。


騎士によって引き離されるまで、否、引き離されてもずっと、オスカーの涙は止まらなかった。




オスカーは思い出していた。


団長に封筒を渡した騎士は、とても若く見えた。


あの騎士がレイモンドだとしたら・・・。


父も母も、書類の字を何度も見て確かめていた。


書類しか見ていなかった。


団長は、父の表情のわずかな変化でさえも見逃すまいと、父の顔を注視していたはずだ。


あの時、オスカーの位置からは、レイモンドの背中が見えていた。


そうだ、レイモンドなら、お茶に毒を入れることが可能だった。

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