31話
しまった!と思った。
ヴァレリアンが会場に来たことを知っていれば、見つかる前に身を隠したのに・・・。
しかし、もう、遅い。
オフィーリアは、ヴァレリアンの前に跪く。
ヴァレリアンは、ホテルにいても暇なので、護衛騎士を引き連れて、会場の後片付けを見に来ていた。
一昨日、兄のセオドアが、準備状況を視察に行ったことを聞き、自分もセオドアの真似をすれば、王族らしい威厳を見せることができるかも・・・。
ただ、そう思っただけだった。
だから、こんなところでオフィーリアに会えるとは、思ってもいなかった。
「ほう、こんなところで、お前に会えるとはな。顔を上げよ。」
オフィーリアは、仕方なく顔を上げる。
「ふーん、まだ、似合わぬメガネをかけているのか・・・。立ちなさい。」
オフィーリアは、言われた通りに立ち上がる。
ヴァレリアンが、オフィーリアのメガネに外そうと、手を伸ばした瞬間、
「私のメイドに何かご用でしょうか?」
ヴァレリアンが、ビクッと声がした方に振り向くと、そこにいたのはオスカーだった。
冷たい視線をヴァレリアンに投げ掛けるオスカーの表情は、冷酷非道そのもので、ヴァレリアンも護衛騎士たちも、一瞬震え上がる。
しかし気を取り直して、ヴァレリアンは口を開く。
「どうしてお前がここにいる? 兄上の護衛をしているのではないのか?」
「王太子殿下が、第二王子殿下をお呼びです。殿下に頼みたいことがあるそうです。」
「そ、そ、そうか。兄上には私が必要と見える。皆の者、ホテルに戻るぞ。」
ヴァレリアンは、ほっとした顔で、いそいそとホテルに戻った。
ヴァレリアンの姿が見えなくなるのを確認してから、オフィーリアはやっと胸をなでおろす。
「ふう、助かりました。オスカー様、ありがとうございます。」
「良かった。触られなくて。」
オスカーも、ほっとする。
「やはり、第二王子は側妃殿と離れている時間が長くなるほど、素直で扱いやすくなるようだな。」
駄々をこねずに、あっさりと身を引いたヴァレリアンを見て、オスカーは思った。
「ところで、オスカー様、殿下が第二王子殿下に頼みたいことって何なのですか」
「いや、実は半分嘘なのだ。もしも第二王子殿下が、オフィーリアにちょっかいを出すようなら、こう言えば良いと教えられたことを言ったまでだ。きっと殿下が何とかしてくださるだろう。」
「オスカー様は戻らなくてもよろしいのですか?」
「殿下が、オフィーリアを手伝ってこいと、おっしゃってくださったのだ。殿下はオフィーリアにとても感謝しておられる。」
「まあ、もったいないお言葉ですわ。」
オフィーリアは、セオドアが感謝していると聞き、実は内心、とても嬉しい。
お陰で、またこうやってオスカーと一緒の時間を過ごせるのだから・・・。
オフィーリアも、心の中で、セオドアに感謝した。
ヴァレリアンが外に出ている間、今夜の舞踏会責任者であるセオドアは、会場となるホテルの大広間で、皆の作業の確認をしていた。
準備がほぼ終わり、最終チェックに入ろうとしているときに、ヴァレリアンが嬉しそうな顔で会場に入って来た。
明らかに何かを期待している・・・、これは、きっとオスカーに言われたな。
大広間にいるセオドアを見つけると、ヴァレリアンが嬉しそうに声をかけた。
「兄上、何か私に頼みたいことがあるそうですね。」
やっぱり、オフィーリアにちょっかいを掛けていたのか・・・。
「そうだな。大事な仕事だが、お前に任せることにしようと思う。」
「それはどのような?」
「舞踏会の前に行う表彰式だが、私は優勝で表彰されることになったから、自分で自分を表彰するのもおかしいだろう? だから、表彰式はお前に仕切ってもらおうと思うのだ。」
「そのような大役を私に?」
普通、人の前に出る大きな役目は、セオドアがすることになるのだが、今回は自分に譲ってくれると言う。
ヴァレリアンは、嬉しさを隠すことなく引き受けた。
「喜んでお引き受けいたします。」
「そうか。それではよろしく頼むぞ。」
その後、ヴァレリアンは表彰式で話す言葉を考えることで忙しく、令嬢たちにちょっかいを掛けることもなく、おとなしく過ごした。
夕方になると、舞踏会会場に貴族たちがぞろぞろと集まって来た。
楽団が奏でるファンファーレと共に司会に紹介され、ヴァレリアンとセオドアが入場する。
表彰式が始まった。
ヴァレリアンは緊張した面持ちで、皆に労いの言葉を述べた後、表彰を始める。
三位、二位が終わり、残るは優勝者の表彰だ。
「優勝は、セオドア・アデルバード王太子殿下。獲物は盗賊十人。」
高らかに宣言した後、ヴァレリアンはセオドアの首に優勝メダルを掛ける。
「兄上おめでとうございます。皆の者、盛大な拍手を!」
会場にいる全ての人々から、割れるような大きな拍手と歓声が湧き上がる。
今まで人前で、行事の中心となったことがなかったヴァレリアンは、その拍手がまるで自分にむけられているような気持になり、とても満足するのだった。
表彰式が終ると舞踏会の始まりだ。
セオドアの開会宣言で会場に音楽が流れ、会場は舞踏会一色に塗り替えられた。
セオドアもヴァレリアンも、今回はパートナーを決めていないので、自分たちと踊りたがる令嬢の手をとり、次から次へと相手を替えて踊る。
美しく着飾った令嬢たちが、次は私よと期待を膨らませて待っている。
令嬢たちに心を寄せている令息たちは、王子と一緒に踊る彼女たちを、ハラハラしながら見ているのだった。
その頃、オスカーとオフィーリアは、ホテルの庭園を散歩していた。
「舞踏会が始まったら自由にしていいぞ。オフィーリアと最後の夜を過ごしたいだろう?」
オスカーは、セオドアから人質事件解決の褒美として、自由時間を与えられた。
会場には護衛騎士が大勢いるから、一人くらい欠けても問題ないと、セオドアがオスカーを送り出してくれたのだ。
ホテルが誇る花が咲き乱れる美しい庭園は、普段なら散歩している客が大勢いるのだが、今は皆が舞踏会に参加しているので誰もいない。
オフィーリアとオスカー二人だけの、貸し切り状態である。
だが、人に見られてもわからぬようにと、オフィーリアはローブをまとっている。
「本当にきれいだわ・・・。」
オフィーリアは、うっとりと呟く。
今は水しぶきを上げていないが、噴水に貯められた水面には月が映り、散歩している歩道は、月灯りと道に沿って設置されているランプの灯りで、夜でも花の美しさを楽しむことができる。
風に乗って鼻をくすぐる香しい花の香りも、庭の美しさを一層引き立てている。
庭園の奥には、つるバラを絡ませたガゼボがある。
二人はガゼボの中に入った。
「ここまで来たらもう大丈夫ね。」
舞踏会会場のテラスからは遠く、ガゼボの中までは見えないだろう。
オフィーリアはローブを脱いだ。
オフィーリアが来ている衣装は淡いピンクのドレスで、ネックレスはオスカーの瞳と同じ色の赤いルビーだ。
「オフィーリア、今日はドレスを着てくれたんだ・・・。」
オスカーは、うっとりとオフィーリアのドレス姿に見惚れている。
「はい。マリーが必要になるときがあるかもって、荷物の中に入れてくれたんです。」
「とってもよく似合ってる。メイド姿も可愛いけど、ドレス姿はもっと美しい。」
「ありがとうございます。そう言っていただけて、とても嬉しいです。」
オスカーは、オフィーリアのドレス姿を目に焼き付けようと、少しの間、言葉を忘れてじっと見ていた。
「ところでオフィーリア、さっきからとても良い香りがしているんだけど、その香りはもしかしたら妖精の香り?」
「うふふ、わかりましたか? そうです。妖精の香りです。オスカー様に買っていただいた記念の香水ですので、ここに来る前につけてみました。」
狩猟祭に出発する前日、初めて二人で一緒に市場に買い物に出かけた。
身分を隠すために、二人とも平民用の衣装で出かけて、店主とのやり取りも楽しんだ。
オスカーは、オフィーリアに似合いそうだと思ったら、何でもかんでも買おうとするので、それを止めるのは一苦労だったが、二人とも気に入って選んだものが、この妖精の香りだ。
店先に並んだ商品を見ながら歩いていると、キラキラ光る青いガラスの小瓶を見つけた。
最初に気が付いたのはオフィーリアで、その小瓶をじっと見ていると、
「これは東の国で作られた一点ものの香水ですよ。名前は妖精の香りって言います。お安くしますがどうですか?」
と店主が勧めてきた。
「青い小瓶に入った妖精の香りだって?」
名前に反応したのはオスカーだ。
香りをかぐと甘さと爽やかさがちょうど良く、二人とも気に入ったので、オスカーがオフィーリアにプレゼントだと言って買ってくれた。
「オフィーリアに、その香りはよく似合ってるよ。本当に妖精みたいだ。」
「あ、ありがとうございます。」
オフィーリアの頬がピンク色に染まる。
舞踏会場の楽団が奏でる音楽が、風に乗って聞こえてきた。
「オフィーリア、私と踊ってくれませんか。」
「はい。喜んでお受けいたします。」
オスカーが改まってダンスの申し込みをすると、オフィーリアは手を差し伸べる。
オスカーがオフィーリアの手の甲に口づけすると、二人は音楽に合わせて、軽やかにダンスを始めた。
オスカーは、探し続けていたオフィーリアを見つけてからというもの、本当はダンスを申し込みたくて仕方がなかった。
しかし、オフィーリアには婚約者がいるからと、ずっと我慢してきた。
舞踏会で見かける度に、できることなら、オフィーリアの手を握り腰に手を回して踊りたいとずっと思い続けていた。
その願いが、やっと叶った・・・。
オスカーは、オフィーリアと二人で踊る始めてのダンスに、胸がいっぱいになる。
オフィーリアの腰は、手を回すと折れそうなほど細く、守ってあげたいと思う。
オフィーリアのしっとりと滑らかな手は温かく、いつまでも握っていたいと思う。
見つめ合ってダンスをしていると、オスカーの気持ちが伝わったかのように、オフィーリアの頬が、ピンクから熱を帯びた赤へ変わる。
「オフィーリア、愛しているよ。」
「私もです。オスカー様、・・・心から愛しています。」
オスカーはオフィーリアを抱きしめると、柔らかいその唇にキスをする。
庭園の花々と輝く月が、二人を暖かく見守っていた。
翌朝、セオドアとヴァレリアン一行は帰路についた。
ヴァレリアンが、またオフィーリアにちょっかいを出すのではないかと心配していたが、彼女に飽きてしまったのか、オフィーリアが不愉快な思いをすることはなかった。
代わりにと言うのも変な話だが、道中の休憩時間にテオに声をかけることが増えた。
「お前もなかなか可愛いではないか。」
「しっかりと働く姿は好ましいぞ。」
テオは嫌がったが、第二王子にあからさまに不快な顔を見せることはできず、失礼にならない程度で適当にあしらっている。
オスカーも、ヴァレリアンがテオに関心を寄せている間は、オフィーリアは無事だろう、これもテオの任務の一つだと思い、何も言わない。
だが、ヴァレリアンも狩猟祭で心境の変化があったのか、成長したのか、テオに対して無理強いすることはなく、王族として恥ずかしくない振る舞いができるようになっていた。
お陰で、一行は無事に王都へ戻ることができた。
セオドアとオスカーが盗賊を生け捕りにしたニュースは瞬く間に広がり、国中で評判になっていた。
自然とそのニュースは、ジオルグの知るところとなる。
「失敗したって? 俺が眠らせた後、盗賊たちが縛り上げて馬に乗せるところまでは見たのだが・・・。アイザックのときと言い、まったく悪運が強いヤツらだ。」
ジオルグは誰に聞かせるでもなく、一人呟いた。
アイザックがどういう経路でセオドアが神殿に行くことを知ったのか、それはオスカーたちにはわからないことであるが、それを知っているのは、ジオルグと側妃カーラの二人だけだった。
だが、カーラでさえも、知っていることは、ほんの一部だけである。
戦争が始まる数年前、ジオルグは、賭博場と娼館の情報から、殺し屋稼業のアイザックを知った。
何かに使えるかもしれないと思い、ジオルグから近づいた。
ジオルグが作った精力剤を渡すと、アイザックはそれを気に入り、それから時々、精力剤を売るために会うことになる。
戦争中は、アイザックは兵士として戦場に行ったので会うことはなかったが、帰ってくると武功が認められて男爵になったと聞き驚いた。
戦争中の混乱の中、爆薬をちょろまかしてきたと、ゲラゲラ笑いながら話すようなヤツだ。
あんな男が男爵に?と耳を疑ったが、側妃カーラの推薦だと聞いて納得した。
ジオルグの諜報活動の一つに、王城の庭師の弟子という身分がある。
その庭師は隣国ランベルジオスの王、バルマンの息がかかった庭師だ。
ジオルグは庭師の弟子として王城に出入りすることができるのだが、入城する際に見せる偽造身分証はバルマンからもらったものだ。
庭師の仕事をしながらカーラを何度も見たことがあるが、常識が欠けている女、ジオルグにとってカーラとはそんな印象の側妃であった。
ある日、側妃宮の庭園の仕事をしている最中、カーラがジオルグに話しかけてきた。




