25話
アレックスから父親の話が出るとは思っていなかったので、オスカーの心臓は激しく鼓動した。
俺の父に、いったい何をどう配慮してくれたのか・・・?
「あの日、ルイス前侯爵の謀反の容疑の証拠となる文書が見つかったわけだが、陛下は頑として、それを認めなかった。」
普段会議の席で、グレゴリーは自分の意見を無理に押し通すことはしない。
臣下の意見を聞き、その中で一番納得できる意見に賛同する形をとっていた。
しかし、オスカーの父親の容疑確定に関しては、これだけでは証拠不十分だと断固反対した。
会議に参加した貴族の大半が、物的証拠があり、本人が自殺した以上、侯爵家の取り潰しは免れないと意見を述べているにも関わらずのことである。
結局、貴族たちは、グレゴリーの意見を尊重したが、納得できる形にするために、侯爵家の取り潰しはしないが、領地は没収するということで手を打った。
しかし、グレゴリーは、没収した領地は王室預かりとして管理し、いつか、オスカーが名誉を挽回した後に、返還しようと考えていたと言う。
オスカーが領地を返してもらった際、管理を任せていた遠縁の男爵もそのままで、返還手続きも、その後の領地経営も、問題なくすんなりできたので、まるで昔に戻ったようだと感じていたが、グレゴリーの配慮の結果だとは思っていなかった。
またもやオスカーは、自分の思慮の足りなさを反省する。
「陛下のお考えが、そこまで深かったとは思いもよりませんでした。恥ずかしい限りです。」
アレックスは一息つくと、グレゴリーにとっての想定外の出来事を語りだす。
「だが、そんな陛下だが、一つだけ想定外のことがあったのだよ。隣国ランベルジオスとの戦争だ。」
五年前に、ランベルジオスから理不尽な理由で宣戦布告をされたのだが、近衛騎士団所属の騎士は、王都を守ることが優先なので、遠い国境の戦地に赴くことはない。
しかし、元第一騎士団所属の騎士であったアレックスは、自ら戦地に行くことを希望した。
アレックスの統率力、判断力、実力、どれをとっても、この戦争には欠かせないと判断され、アレックスは例外的に、戦地に行くことを認められる。
すると、アレックスを父のように慕っていたオスカーまで、戦地に行くと言い出した。
まだ十五歳で、ルイス侯爵家の唯一の後継者であるオスカーを、戦地に送り出すことはできないと、アレックスは反対したが、オスカーの意志は固い。
連れて行ってくれなければ、一人で這ってでも行くと言い出したので、アレックスはオスカーを連れていくことにした。
このとき、グレゴリーは、オスカーを騎士団に入団させたことが、戦地に送り出すことになってしまったと、責任を深く感じて嘆いていたと言う。
「だが、結局、戦争で武功をあげたことで、お前はこんなに早く名誉を挽回できたし、領地も返してもらうことができたのだがな。」
オスカーは、戦場に行くことを志願した日のことを思い出す。
尊敬するアレックス騎士団長が行くのなら、一緒について行きたいと思って志願したのだが、団長から強く反対された。
あれは団長が自分を気遣ってのことだと思っていたが、それだけではなく国王陛下の思いも加わっていたのか・・・。
グレゴリーの優しさと配慮を、想像すらしていなかった自分に、オスカーはさらに恥ずかしくなる。
「陛下が私にしてくださったことを、セオドア殿下はご存じなんですか?」
「陛下が話すことはないだろう。だが、殿下は聡明なお方だ。きっと気が付いておられると思う。それに、今回、陛下が狩猟大会に来られなかった理由も、殿下はきっとわかっておられることだろう。」
「理由とは?」
「表向きの理由は長旅が疲れるということになっているが、本当の理由は、両殿下の成長のためだ。セオドア殿下には陛下の仕事を任せ、ヴァレリアン殿下は側妃カーラ様と離した方が良いとお考えだ。それに、カーラ様が狩猟大会に行くと、セオドア殿下に何をするかわからないと、心配されてのこともある。」
「もしかして、陛下も側妃様を疑っていらっしゃるのですか?」
「そうだ。だからセオドア殿下に、危害が加えられる恐れがあると思って配慮されたのだ。」
何も知らない臣下の中には、国王の公務を王太子に任せるなんてと、揶揄するものもいる。
しかし、グレゴリーは、甘んじてその評価を受け入れ、息子二人の成長につなげようとし、さらには、セオドアを守ろうとしている。
「私は、陛下の臣下であることを誇りに思います。団長、お話しくださってありがとうございました。私はこれからも陛下と殿下に忠誠を誓いたいと思います。」
オスカーは、グレゴリーの懐の深さに感嘆の声をあげ、もう一度、夜空を見上げた。
翌日、貴族たちは朝からのんびりとリゾートを楽しんだ。
狩猟大会を明日に控え、英気を養おうと温泉に浸かる者も多い。
ここのホテルには温泉施設があり、美肌に良く、疲労回復にも効果があることで知られており、貴族はこぞって温泉に入りたがる。
温泉は男女混浴であるが、この国の人々には温泉に裸で入る習慣はなく、皆ホテルが用意している色とりどりのバスローブを着て温泉に浸かる。
特に露店風呂は自然の風景と開放感を楽しむことができ、一番の人気スポットだ。
貴族たちは、温泉に飽きたら、散策を楽しむ。
湖の畔から見る風景が、花と緑と美しい山脈と、水面に映る空も合わせて、まるで絵葉書のイラストのように美しい。
しかし、のんびり過ごすことができるのは貴族だけで、一緒に来た使用人たちは大忙しだ。
主人のお世話だけでなく、狩猟大会に向けて準備もしなければならない。
テントを設営したり屋外調理場の準備をしたりと、やることが山積みだ。
オフィーリアとマリーとテオは、平民使用人として登録しているので、裏方の仕事に従事することになっている。
テオは、女性の使用人として登録しているので、メイド服にうっすらと化粧を施し、他のメイドたちの中にすっかり溶け込んでいた。
まずはテントの設営からなのだが、この仕事は重労働なので、複数家の使用人が協力し合って資材を運んだり組み立てたりしている。
オフィーリアは重い資材でも、一人で片手で軽々と持ち上げることができる。
しかし、そんなことをしようものなら、変に注目を浴びてしまうことになる。
だから、オフィーリアは決して一人で運ぶことはせず、必ず複数人で運ぶようにしているのだが、一緒に運ぶ使用人に、「なんだか思ったより軽いわね。」と言われると、ドキリとする。
その度に、オフィーリアは慌てて重そうな演技を続けるのだった。
オフィーリアたちが、テントを張り終わり、倒れ止めのくい打ちをしている最中、使用人たちがざわめきだした。
何事かと思って見ると、セオドアが護衛騎士たち五人を引き連れて巡回に来ている。
狩猟大会の準備の進捗状況の把握と、下見を兼ねてやってきたのだ。
にこやかなセオドアと対照的に、冷たい視線で回りに睨みをきかせているのはオスカーだ。
セオドアたちが近づくと、使用人たちは皆、仕事の手を止めて跪く。
セオドアはにこやかな笑みを浮かべ、顔を上げるように言い、使用人たちに労いの言葉をかけている。
皆感動の面持ちで、セオドアを見上げるが、隣に控える冷酷な視線のオスカーを見て、ヒッと声にならない叫びを上げる。
だが、セオドアの「皆さん、どうぞ作業を続けてください。」という優しい言葉がけに、皆ほっとする。
遠目でその様子を見ていたオフィーリアたち三人は、その様子を複雑な思いで見ていた。
セオドア一行がオフィーリアたちのそばに近づいて来たので、三人はテントの杭打ちの作業を止めて跪く。
「三人とも顔を上げてください。」
セオドアの言葉に三人は顔を上げる。
「おや、オフィーリアじゃないか。裏方の仕事は大変じゃないか?」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。」
セオドアの横に控えているオスカーは、オフィーリアをじっと見ていたが、声を掛けたくても我慢している。
オフィーリアも、オスカーの視線にハッと気づいたのだが黙っている。
するとセオドアが、二人を見てニヤッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「オスカー、ここは女性三人だけで、力仕事をするには人手が足りなさそうだ。少し手伝ってあげなさい。」
「はい。殿下。仰せの通りにいたします。」
オスカーは無表情で冷静に答えたが、実は内心飛び上がるほど嬉しい。
この気持ちが皆にバレないか、少し不安になる。
「では、我々は先に行くとしよう。」
セオドアたちが去ると、オスカーはオフィーリアの手を握り、テントの中に引っ張り込んだ。
「オフィーリア、会いたかった!」
オスカーはオフィーリアをギュッと抱きしめた。
いきなりのことに、嬉しいけれど恥ずかしさを隠せないオフィーリアは、それだけで真っ赤になる。
「オ、オスカー様・・・」
「オフィーリア、お前の力を俺に注いでおくれ。」
オスカーはオフィーリアの唇に、熱いキスをする。
「ああ、オフィーリアのお陰で力が湧いてきたよ。ところでオフィーリア、今日の夜九時で俺の勤務は交代になるんだ。一緒に夜の散歩をしよう。」
ノースフレアに旅立つ前に、二日目の夜に会うことは約束していた。
時間までは決めていなかったけれど、ここでこうして、約束を守ってくれたことが、オフィーリアは素直に嬉しい。
「オスカー様ありがとうございます。うふふ、楽しみにしていますね。」
この後、オスカーは杭打ちを手伝い、ほんの短い逢瀬であったが、満足してセオドアを追った。
使用人たちの準備が終わると、次は明日の仕事分担を決める。
使用人たちが一か所に集まって、年配の使用人長から発表されるのだ。
基本は五年前の仕事をそのまま引き継ぐことになっている。
「・・・それでは、次は湯沸かし係を発表します。ウッド伯爵家のミズリーさん。」
「はい。」
ミズリーが手を上げて返事をした。
「モンテルロ子爵家のキャサリンさん。」
「あの、申し訳ございませんが、今腰を痛めているので、水を運ぶことができないのですが・・・。」
「あら、そうなの。困ったわね。」
二人のやり取りを聞いて、オフィーリアは「はい」と手を上げた。
「あなたは?」
「私はルイス侯爵家のオフィーリアと申します。私は足腰が丈夫ですので、よろしければ私と交代するのはどうでしょうか。」
「あらそうね。オフィーリアさんは、デザートの盛り付けの係になっているから、ちょうどいいかもしれませんね。キャサリンさん、それでいいですか。」
「はい。ありがとうございます。」
キャサリンは重い仕事を引き受けてくれたオフィーリアに、感謝を述べる。
「いえいえ、気にしないでください。お互い様ですから。」
実は、お礼を言いたいのはオフィーリアの方だった。
もしウッド伯爵家の使用人と同じ仕事にならなかったら、こちらからお願いするつもりだったのだから・・・。
これは天が自分の味方をしてくれていると、思わずにはいられないオフィーリアであった。




