22話
王城にいる間は、沸々と湧き上がる怒りを抑えられずにいたのだが、一歩寝室に入ったオスカーは、いとも簡単に怒りが氷解した。
ベッドの上で眠っている子犬のオフィーリアがあまりにも可愛らしすぎる。
マリーが選んだ透け感のあるピンクの短い丈のネグリジェから顔を出し、子犬のオフィーリアはぐっすりと可愛い寝息を立てて眠っているのだ。
今から目覚めさせるのだが、これから起こることを想像するだけでドキドキする。
今からこの可愛らしすぎる子犬が、美しすぎる裸のオフィーリアに変身するのだ。
その姿は、まさに美の女神。
神話に出てくる女神たちも、誰もオフィーリアにはかなわないだろう。
何度見ても見飽きることのないその変身に、声を掛ける前から心臓が張り裂けそうだ。
ああ、それにしてもマリー、俺好みのネグリジェを選んでくれてありがとう!
オスカーは、オフィーリアの頭を優しく撫でながら耳元で囁く。
「オフィーリア、起きてくれ。」
その声に目を覚ましたオフィーリアの身体は、手足がぐーんと伸び、ぷっくりとした尻の形も美しい若い女性の身体に一瞬で変わった。
「オスカー様、帰って来たのですね。今日は助けて頂いてありがとうございました。」
むくりと起き上がって話すオフィーリアの白い足が、ネグリジェの裾からはみ出し、なんとも艶かしい。
オスカーはドキドキが止まらない。
ああ、オフィーリア、何度見ても鼻血が出そうだ。
だがオスカーは、頑張って理性を取り戻し、オフィーリアに優しく話しかける。
「オフィーリア、ウッド伯爵邸で、何かわかったかい?」
「はい。商人のことがわかりました。」
「何だって? どこの誰だとわかったのだ?」
オスカーは、オフィーリアの言葉に驚いた。
まさか、こんなに早く商人のことがわかるとは思っていなかった。
「キャスレル商会の灰色の髪の男性です。ところが、匂いからその男がジオルグだとわかりました。」
「何だって? やはりジオルグが、関係していたのか。」
イザベラを引き取った商人は、ジオルグではないかと推測はしていたが、その線が濃厚になってくる。
「はい。ジオルグは茶髪でしたから、変装しているのだと思います。それからもう一つ。ウッド伯爵は、ジオルグに何かを書き写したものを渡していて、それは金銭が絡んでいるようでした。」
「何か書き写したもの?」
「はい。バタバタしていて書き写す量が少なくなってしまったと言ってましたし、ジオルグから、金額に見合う仕事をするようにと言われていました。」
ウッド伯爵は、城内の行政部に勤務している。
しかも中枢部だ。
この国のあらゆる情報が集約される場所で働く彼が、書き写すものと言えば・・・。
もし、俺の想像が正しかったなら、ウッド伯爵は、スパイ活動をしていることになる。
だが、何故?
キャスレル商会が、その情報を買っているのか?
思いを巡らすオスカーに、オフィーリアは提案する。
「キャスレル商会についても調べる必要がありそうですね。」
「ああ、そうだな。」
オフィーリアの目が、キラキラ光っている。
慌ててオスカーは、言葉を付け足す。
「だがオフィーリア、キャスレル商会を調べるのは、俺に任せてくれ。」
「ええ? でも・・・、わかりました。」
少し不満げな顔で、オフィーリアは、こくんと頷く。
「そうか。わかってくれたか。オフィーリア、今日は本当にご苦労様。素晴らしい働きだったよ。ありがとう。」
褒められて、不満気なオフィーリアの顔が、天使のような笑顔に変わる。
オスカーは、オフィーリアをギュッと抱き締め、熱い熱いキスをする。
そしてそっと優しく、オフィーリアをベッドに押し倒した。
翌日、オスカーが王城に行くと、セオドアが私室へと招き入れた。
ここなら誰にも聞かれることなく話ができる。
「俺の方でウッド伯爵を調べた結果、意外なことがわかったぞ。」
「意外なこととは?」
「ずいぶん昔のことだが、ウッド伯爵がまだ若かったころ、ギャンブルに熱を上げ、膨大な借金を抱え、危うく破産しかけたらしい。」
「破産ですか? 伯爵家が?」
セオドアが掴んだ情報では、ウッド伯爵は、十年ほど前、破産するほどの借金を抱えたはずなのに、その借金は跡形もなく消えてしまい、何事もなかったように暮らしている。
だから、破産の話は噂にならなかったのだと言う。
セオドアの情報に重ねるように、オスカーも、新情報を報告する。
「実は、私の方でも、新しい情報を得ました。ただし、まだ証拠を掴んだわけではないので確定はしておりませんが、ウッド伯爵は自分の役職を利用して情報を横流ししているようなのです。」
「横流しってどこへ?」
「キャスレル商会です。ですが、これについても、まだはっきりとした証拠があるわけではないので、決めつけるのは時期尚早かと思います。ただ、消えた借金と、情報の横流しが関係しているように思えて仕方ありません。」
「ああ、ますますウッド伯爵が怪しくなってきたな。」
「はい。大きな証拠を掴めるように、これからも調査を続けていきたいと思っています。」
二人は、今後の調査について話し合い、一段落着いたところで、オスカーが別の話題を持ち出した。
「ところでもうすぐ開催される狩猟大会のことだが、今年は五年ぶりに行われる。良かったらオフィーリアも連れて行かないか? 命を助けてくれたオフィーリアへの褒美の意味でもあるんだよ。」
狩猟大会とは、国境近くにあるノースフレアという場所で、毎年王室主催で行われている一大行事である。
もともとは、王族が夏に避暑地として使っていた離宮の安全のために、森や林に生息している猛獣を退治することが目的であった。
美しい湖や森を有する風光明媚なノースフレアは、他の貴族には憧れの土地であったが、長い間、王室独占の避暑地として使われていた。
しかし、離宮のすぐそばに温泉が湧き出たことで、話しは変わってくる。
当時の王が、王室の財政をさらに豊かにするために、王室だけで離宮を使うのではなく、多くの貴族たちにも使えるリゾート地にしたのだ。
離宮は大きな豪華ホテルに改造し、庭園も年中美しく整備し、今では金さえ払えば誰でも利用できる高級リゾート地になっている。
戦争中は、中止されていた狩猟大会であるが、戦争が終わった今年は、五年ぶりに再開することになったのだ。
狩猟大会は王室主催であるため、セオドアは必ず参加する。
だから、当然オスカーも護衛としてノースフレアに行くことになる。
だが、それはあくまでも仕事であって、遊びに行くのではない。
「しかし、私は殿下の護衛として行くので、オフィーリアとゆっくり過ごすことなどできないかと・・・。」
「それなら心配ない。近衛騎士団長のアレックスも同行するし、他にも護衛騎士は大勢いる。お前のために自由時間を多めに作ってやるよ。日頃のお前の活躍の褒美だと思って受け取れ。」
「殿下、ありがとうございます。」
オスカーの顔が、パアッと輝いた。
日頃、仏頂面のオスカーが、目を輝かせてにんまりと微笑んでいるのを見て、セオドアはくすっと笑う。
「よほど、愛するオフィーリアと一緒に行けることが嬉しいようだな。それなら、王室用の豪華スイートルームでも使わせてやろうか?」
「本当によろしいのですか?」
普段のオスカーなら、申し訳ございませんがと、遠慮していたことだろう。
だが、オフィーリアが絡むと性格が変わる。
すっかり、セオドアの提案を受け入れるつもりになっている。
超豪華な部屋でオフィーリアと熱い夜を過ごせる・・・、何て幸せなんだ・・・。
ホクホク顔で屋敷に戻り、夕食の場で狩猟大会の話を持ち出した。
「殿下が俺たちのために超豪華スイートルームを使わせてくれるそうだ。それに、勤務を離れてゆっくりできる時間もくださるらしい。オフィーリア、この際だから、新婚旅行も兼ねて一緒に行こう。」
嬉しそうに話すオスカーとは違って、オフィーリアは悩まし気な顔でその話を聞いていた。
そして、その提案にうーんと首をひねって少し考えた後、オフィーリアは答える。
「それでしたら、私がオスカー様の妻だと公表することになりますよね。」
「ああ、そうだ。最終日には舞踏会がある。そこで、夫婦として一緒に踊ろうじゃないか。」
その言葉に、オフィーリアは苦し気に眉間にしわを寄せる。
「オスカー様、本当に申し訳ございませんが、そのお話は、なかったことでお願いいたします。」
「ええっ? オフィーリア?」




