19話
オフィーリアの柔らかくしっとりした唇、頬に触れている手にかかるプラチナブロンドの艶やかな髪、甘い香り、俺を映す青い瞳、どれも全て愛おしい。
キスだけで終わりたくない。
だが、自分の欲望のままに動けば、オフィーリアの傷に障るだろう。
オスカーはぐっと我慢する。
オフィーリアの傷が治ったら、そのときは、本当に初夜を迎えよう。
オスカーは心に誓い、その夜はオフィーリアの手を握りながら寝ることにした。
だが、なかなか寝付けず、オフィーリアの顔ばかりを見てしまう。
しばらくすると、オフィーリアの可愛らしい寝息が聞こえてきた。
オスカーは、オフィーリアを起こさぬように小さな声で囁く。
「オフィーリア、傷が治ったら、夫婦になろう。だから今はゆっくりお休み。愛しているよ。」
朝、オフィーリアが目を覚ますと、隣にいるオスカーは手を握ったまま眠っている。
昨夜はじっと見られることが恥ずかしくて、寝たふりをしてしまった。
耳元で囁かれた言葉を思い出すと、ポッと赤くなる。
オスカー様はいつも私の気持ちを尊重し、いたわってくれる。
本当に自分には過ぎた夫であると思う。
・・・過ぎた夫?・・・
本当にそれだけ?
横で眠るオスカー様の黒髪、今は目を閉じて見えないけれど、私を見つめる炎のような赤い瞳。
初めは恐いと思っていたその顔も、今はとても愛おしいと思う。
何もかも失った私に、生きる勇気と希望を与えてくれた。
私の命を二度も救ってくれた。
野犬に襲われたとき、ただただオスカー様のもとに帰りたかった。
早く会いたい、それだけを願ってひたすら走った。
死ぬかもしれないと思った瞬間、もうオスカー様に会えなくなる・・・それがとても辛くて悲しかった・・・。
オフィーリアは、この気持ちが、オスカーへの愛なのだと、静かに自覚する。
燃え上がる恋人同士のような激しい愛ではないけれど、一緒にいるだけで幸せを感じる、そんな穏やかな愛。
私はオスカー様を愛している・・・。
「オスカー様、傷が治ったら・・・、私もあなたと同じ気持ちです。愛しています。」
オフィーリアは、オスカーを起こさぬように、小さな声で囁いた。
朝の消毒の時間、傷はさらに小さくなっていた。
「オフィーリア、どんどん良くなってきているよ。もうすぐ包帯を巻かなくても済みそうだ。さあ、できた。」
「ありがとうございます。」
オスカーは本当に手際が良い。
あっという間に治療が終わり、オスカーは王城に向かった。
神殿爆破犯人容疑者であるアイザックの死を確認してからは、王城で続いていた厳戒態勢は徐々に解かれ、今は平常勤務に戻っている。
手にやけどを負った男の捜索は今も続いているが、この広い国内で、その男を探すのは雲を掴むような話であり、そもそも、本当にその男が爆破に関わっているのかどうかも確証は得ていない。
それ故、昼夜休みなく行われた大規模な捜索は解除となった。
オスカーの勤務も、いつも通りのセオドアの護衛と、近衛騎士団の任務、若い騎士たちの訓練指導と、元に戻った。
執務室でセオドアと二人になった際に、オスカーはイザベラがウッド伯爵の実の娘ではないこと、手にやけどを負った男と一緒にいたこと、その男は消えてしまったことを話した。
オフィーリアが子犬になることはまだ秘密にしているので、テオが捜査中に得た情報だということも忘れずに付け加える。
「イザベラは、ウッド伯爵の昔の恋人との間にできた娘だと聞いていたが、違うのか?」
「それを確認しようと、今密かに調査しています。」
「もしそれが本当なら、ウッド伯爵についても調べるべきだな。俺の方でも調べておこう。」
セオドアは優秀な密偵を部下にしている。
きっと何か情報を得ることができるだろう。
それから二日後の夜、オスカーはいつものように、オフィーリアの傷の手当てをしようとしたが、背中の傷は驚くほどきれいに消えていた。
朝はまだ少し傷跡が残っていたのだが、それすらも全くわからないほど、背中は白く滑らかで瑞々しい。
「驚いたな。ここまできれいになるとは。でも、良かった。お前の背中に傷が残らないで。」
「本当ですか。良かったぁ。痛みももう、まったく感じないんです。」
脱いだ衣服で胸を隠しているオフィーリアは、背中を向けたまま嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、ここに大きな傷があったのにな。」
オスカーが、傷があった場所を指でツーとなでた。
オフィーリアはビクッと震え「あっ・・・」と小さな艶めかしい声を上げる。
「えっ? 今のは・・・?」
オフィーリアの今まで聞いたことがなかった声に、オスカーの心臓が高鳴る。
「オフィーリア、こっちを向いて。」
おずおずと恥ずかしそうに体の向きを変えるオフィーリアの顔は、真っ赤になっている。
つい漏らしてしまった自分の声が恥ずかしく、その上、衣服で胸を隠しているとはいえ、上半身は裸だ。
「あの・・・オスカー様、私、その・・・」
「ああ、オフィーリア、なんて可愛いんだ。」
オスカーの目には、オフィーリアの恥じらう姿も可愛くて仕方がない。
「オフィーリア、もう、背中の傷は痛くないんだね。」
「はい。」
「もう、強く抱きしめてもいいんだ!」
オスカーはぎゅっと強くオフィーリアを抱きしめる。
「オ、オスカー様。」
「オフィーリア、愛している。」
オスカーは抱く力を緩めることなく、オフィーリアの唇をむさぼるように激しいキスをする。
舌が絡み合う激しいキスに、オフィーリアの頭の中は真っ白になっていく。
「オフィーリア、もういいよね。今夜、本当の夫婦になろう。」
オフィーリアも、もとからそのつもりだった。
傷が治ったら、オスカーと身体も心も結ばれようと決めていた。
でも・・・、恥ずかしくて顔を直視できない。
「・・・はい・・・。」
オフィーリアは俯いたまま、小さな声で答える。
「ああ、嬉しいよ。オフィーリア、まずはその服を俺に。」
オフィーリアが今まで胸を隠すために持ち続けていた服を、オスカーにもじもじと渡す。
隠すものがなくなると、白く形の良い乳房があらわになった。
「きれいだ。本当にきれいだよ。」
オスカーも着ていた衣服を脱ぎ、裸になってオフィーリアを抱きしめる。
オフィーリアの乳房が、オスカーの身体に直に当たる。
ああ、なんて柔らかくて、温かくて・・・、オフィーリアを抱ける俺は幸せだ!
「オフィーリア、愛してる。」
オフィーリアも、いつか言おうと思っていた言葉を口にする。
「・・・オスカー様、私も・・・愛しています。」
オスカーは実を言うと、女性を抱くのは初めてだ。
戦争に行く直前、女を知らぬまま死んでしまうのは可哀そうだと、先輩騎士が無理やりオスカーを娼館に連れて行ったが、オフィーリアのことしか考えられなかったオスカーは、結局、娼婦を抱くことはしなかった。
だが、先輩騎士たちの女性がらみの自慢話は、嫌と言うほど聞かされていた。
女を悦ばせるにはどうしたら良いかとか、前戯に時間をかけろだとか・・・。
先輩たちは、したり顔で講釈を垂れていたが、そんなことは必要なかったなと、オスカーは思う。
だって、そうだろ?
やっと愛するオフィーリアと結ばれるのに、自分一人が欲望を満たして何になる?
オフィーリアは、どこをどう触れれば可愛い声を出す?
どこをどう舐めれば甘い吐息を吐く?
どこが一番感じる?
ああ、オフィーリア、俺はお前の全てが知りたい。
「あっ・・・」
オスカーの愛撫が敏感な部分に触れる度に、オフィーリアの身体がビクっと弾ける。
「ああん」
オスカーの唇と舌が、オフィーリアの快感を呼び起こす。
オスカーはオフィーリアの一番敏感な部分を探り当て、丹念に執拗に攻め続ける。
「ああ、ああ、オスカー様、私・・・もう・・ああ、だめぇ・・・」
オフィーリアの身体がビクビクと震えた。
オフィーリアが俺の愛撫で悦んでいる。
上気して赤く染まった頬と潤んだ瞳、なんて可愛いんだ。
俺のオフィーリア。
俺はお前のためだったら、何でもする。
「オフィーリア、愛しているよ。」
その夜、二人は何度も甘美な快楽の沼に落ちた。
翌朝、オスカーの方が先に目覚め、隣で寝息を立てているオフィーリアの布団を腰までずらして、宝物を見るように眺めた。
身体のあちこちに付いたキスマーク、まるで俺のものだと証明しているような気がする。
オフィーリアが目を開けた。
「おはよう。オフィーリア。」
「・・・おはよう・・・ございます。・・・オスカー様・・・」
オフィーリアの話し方が、いつもより気だるく元気がない。
相当疲れてしまったようだ。
「痛くなかった?」
「初めてのときは痛いって聞いていましたから、それはよいのです。でも、それよりも・・・」
オスカーの唇と舌と指によって施された身体全身を貫く痺れるような愛撫・・・
その度に、堪えきれずに恥ずかしい声をあげてしまった・・・。
その時の自分を思い出して、オフィーリアの頬がボッと火が付いたように赤くなり、慌てて布団を掴むと顔を半分隠した。
オスカーには、目の前のオフィーリアが耳たぶまで真っ赤になって、恥じらっている様子が何とも言えず可愛くて仕方がない。
言いかけた言葉の続きを想像してしまう。
「ふふっ、それよりも?」
オスカーはオフィーリアの手をとり、布団から顔を出させる。
「あの、その・・・」
「気持ち良かった?」
「・・・はい・・・。」
その言葉にオスカーは幸せを感じる。
「やっぱりオフィーリアは最高だ。」
そう言うと、またオフィーリアを抱きしめた。
オフィーリアは、愛する人に身も心も愛されることが、これほど大きな幸福感をもたらすということを生まれて初めて知った。
そして、この幸せをいつまでも守りたいと、強く願った。
今、オフィーリアは、ベッドの上で朝食を食べている。
何故かと言うと、オフィーリアがベッドから出ようとすると、体のだるさと痛さと全身の筋肉痛で、ふらついてしまったからだ。
オスカーが支えてくれたので倒れることはなかったが、オフィーリアを気遣って、オスカーが朝食を持って来てくれた。
オスカーが、俺が食べさせたいと駄々をこねたので、二口ほど食べさせてもらったけれど、さすがにそれ以上は遠慮した。
だが、二人で幸せをかみしめながら食べる朝食は、この上なく美味しい。
食べ終わると、オスカーが話しかけた。
「ねえ、オフィーリア、俺たちは本当の夫婦になったのだから、夫婦であることをお披露目しても良いと思うのだが、どうだろう。」
だが、オフィーリアは首を振る。
「いえ、・・・まだダメです。」
「どうして? まだ俺の愛が信じられない?」
「いえ、そうじゃないんです。」
オフィーリアは、今はオスカーの愛を信じている。
今までオスカーが与えてくれた愛に、どれだけ救われたことだろう。
だからこそ、この愛を守りたいと強く願っている。
「オスカー様、私、オスカー様のお役に立ちたいのです。」
オフィーリアは真剣な顔でそう言うが、オスカーは首をひねる。
「オフィーリアが、そばにいてくれることで、十分に役に立っていると思うが?」
「そう言ってもらえて、とても嬉しいのですが、私は、もっとお役に立ちたいのです。」
「それはどういう・・・?」
オフィーリアは、ずっと考えていたことを話し出す。
神殿爆破は王太子セオドアを狙ったものと考えられているが、もしかしたらオスカーを狙っていたのかもしれない。
アイザックは死んでしまったが、他の誰かが、襲ってくることも考えられる。
でも、オフィーリアの力と能力があれば、情報収集にも役立つし、オスカーを守ることもできる。
「だから、私・・・、オスカー様を守りたいのです。」
オフィーリアは、自分の願いを口にする。
「いや、でも、俺はお前に危険な真似をしてほしくない。」
オフィーリアは、情報を手に入れるために、野犬に襲われたのだ。
また、同じことが起きてしまったら・・・と思うとオスカーの心は不安でいっぱいになる。
「でも私、守られるだけなのは嫌なんです。私が人間兵器になったとき、どうして私ばかりがこんな目にと、嘆きもしましたが、この力のお陰で、お二人と神官様を救うことができたのですよ。」
「それはそうだが・・・」
オスカーの不安をよそに、オフィーリアはさらに続ける。
「私のこの力は、オスカー様をお守りするために、神様が与えてくれたのではないかって思うんです。だったら、使わないともったいないじゃないですか。」
「オフィーリアの言いたいことはわかった。だが、それと、お披露目をしないことと、どう関係があるんだ?」
「私が侯爵夫人になったことをお披露目すると、皆に注目されて動き辛くなります。だから、まだ秘密にした方が良いと思うんです。」
どうやらオフィーリアの頭の中は、俺のために隠れて動くことしか考えていないようだ・・・
オスカーがどう話せば良いか、頭を抱えて考えあぐねていると、畳みかけるようにオフィーリアの言葉が続く。
「それに、神官様に言われたんです。運命に身をゆだねていれば、もとに戻る方法がわかるって。運命に身をゆだねるって、侯爵夫人になってこのお屋敷でのんびり過ごすことではないと思うんです。きっとオスカー様の隣に立って、一緒に戦うことじゃないかって・・・。」
「俺と一緒に戦う?」
驚いてポカンと口を開け、オフィーリアを見つめるオスカーをものともせず、オフィーリアは声高らかに宣言した。
「だから、私がオスカー様を守ります!」




