15話
「あ、あ、あの、助けてよ。あんた騎士だろ。お願いだから、一緒に私の部屋に来て。私じゃないからね。私は絶対に殺してないからね。」
アイザックを探して町中を歩き回っている騎士に向かって、若い女が助けを求めて来た。
女の派手で露出の高い服装から見て、娼婦を生業にしているようだ。
娼館がそばにないことを考えると、どうやら、自宅で客をとっているのかもしれない。
女に案内されて部屋に入ると、黒髪で髭面の厳つい男がベッドに横たわっていた。
布団からはみ出した裸の胸筋は、鍛えあげられた騎士のようだ。
だが、その男を見た騎士は、男の状態よりも、その顔に驚愕する。
男は今の今まで探し回っていたアイザックだった。
近寄ってよく見ても、やはりアイザックに間違いない。
息はしていない。
首筋に指を当てても、脈動も感じられない。
騎士の後ろからビクビクしながら見ていた女は「や、やっぱり死んでるよね。」と騎士に確認を求める。
「はい。死んでいますね。ところで、この男が死んだのはいつですか?」
「今朝、私が目覚めたら、もう、冷たくなってたんだ。」
「失礼ですが、この男とあなたの関係は?」
「あの・・・、私の馴染の客だよ。」
騎士は仲間を呼び、アイザックを城に運び、女を重要参考人として連れて行った。
女は、取り調べの最中、絶対に自分が殺したのではないと強調していたが、取調官に聞かれたことには、素直に答えた。
「ザックは、私の馴染みの客だよ。戦争前からの付き合いさ。」
女はアイザックの名前をザックと呼び、本当の名前を知らなかった。
だが、アイザック自身から、彼にまつわる話は聞いている。
女は信じていなかったが、アイザックは戦争に行く前は、暗殺業を生業にしていたと言う。
戦争が終わって金回りが良くなったが、最近、さらに大きな儲け話が転がり込んできたらしい。
「アイザックは毒殺されたようですが、毒に心当たりはないですか?」
「ど、毒だって? そんなもの私は知らないよ。」
取調官の問いに、女は慌てて答える。
絶対に私は殺していないと強調した後、思い出したように、女は新しい情報を口にした。
「毒殺されたっていうのなら、きっと昨晩飲んだ精力剤だと思う。」
女は自分が助かりたい一心で、取調官に精力剤の話を続ける。
アイザックは、いつも同じ男から精力剤を買っていた。
男の顔も名前も知らないが、一度アイザックが、その男から精力剤を買っているところを見たことがある。
フードを深く被っていたので顔は見えなかったが、袖口から見えた男の手の甲に、大きな火傷の痕があったと女は言った。
女の証言をもとに、アイザックの身辺調査をすると、女の証言は嘘ではないと思われた。
彼は、兵士になるずいぶん前から闇ギルドに登録し、暗殺業を仕事にしている。
功労賞で与えられた屋敷を担保にして多額の金を借り、返す気もなかったらしい。
屋敷で過ごすことはほとんどなく、どこか他の場所で過ごすことが多かった。
精力剤の瓶の底に残ったわずかな液体から、遅効性の毒物が検出された。
女の言うように、アイザックを殺した犯人は、それを売った男であることに間違いはなさそうだ。
それにしても、アイザックを毒殺した男はいったい誰なのか?
神殿爆破に、どの程度関係があるのか?
アイザックが殺された今、捜査はまた振り出しに戻ってしまった。
次に探すのは、手の甲に火傷の痕がある男。
その男が、本当に神殿爆破に関係があるのかどうかもわからない。
だが、真相を究明するためには、探さねばならないだろう。
オスカーもセオドアも騎士たちも、先の見えない捜索にため息が出た。
アイザックが殺されて二日経ったが、皆の懸命な捜索の甲斐なく、未だに火傷の男は見つからない。
オスカーも、いつまでたっても最愛の妻と一緒に過ごせないことに、いら立ちが大きくなる。
俺は新婚なんだぞ!と天に向かって叫んでみても、何も変わらない。
前回、オフィーリアの香りで満たされてから四日も経っていた。
もう無理だ。
数分で良い、今一度オフィーリアを!
オスカーは火傷の男の情報を求めて、一人で馬を走らせていたが、自分の屋敷の前を通ったとたん、方向を変え、愛するオフィーリアのもとに走った。
屋敷の中は、ちょうど朝食が終わり、紅茶を飲んでいる最中だ。
オフィーリアは一人で飲むのは寂しいと言って、マリーとセバスチャンと一緒にお茶を飲みながら、今日の予定を話し合っている。
バタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。
「オフィーリア!」
ダイニングに飛び込んできたのはオスカーだ。
いきなり現れたオスカーに皆驚いたが、オフィーリアは久しぶりにオスカーの顔を見て、驚きながらも嬉しさを隠せず、立ち上がってオスカーを迎える。
「オスカー様!」
オフィーリアの笑顔が眩しい。
「オフィーリア、時間がないからすぐに行かなければならないが、一目でも会いたくて来たんだ。」
そう言うと、オスカーはオフィーリアをぎゅっと抱きしめる。
「ああ、オフィーリアの香りだ。」
そして顔を両手で挟み、青い瞳を見つめて「オフィーリア、いつ見ても可愛い。」とキスをする。
すぐそばにセバスチャンもマリーもいるのに、まったくのお構いなしである。
しばらく、されるがままのオフィーリアであったが、唇が離れるとオスカーに問う。
「オスカー様、アイザック男爵は見つかったんですか?」
「いや、今は、別の男を探している。」
神殿爆破から休みなく働き続け、やっと掴んだ情報だったのに、また新たな捜索とは・・・。
これでは、オスカーの身体がいくつあっても足りないではないか・・・。
オフィーリアはオスカーのことが、心から心配になる。
「別の男とは?」
「どこの誰かはまったくわからないんだ。ただ、わかっているのは、手の甲に火傷の痕があるって事だけ。今は、そいつを血眼になって探している。」
「手の甲にやけど・・・ですか?」
どこかで見たことがあるような・・・。
オフィーリアはじっと考える。
そしてハッと、脳裏に刻まれた記憶がよみがえった。
「思い出しました。私、手の甲にやけどのある男性を見たことがあります。」
「何だって?いったい、どこで?」
「それは・・・」
セバスチャンには、まだ自分が子犬になることを話していない。
ここでその話をするわけにはいかなかった。
「オスカー様、私、その人の家を知っています。今から案内しますから、説明は、そのときに。」
「あ・・ああ、わかった。では、一緒に行こう。」
まさかの展開にオスカーも驚いたが、オフィーリアに案内をしてもらうことにした。
馬は屋敷に繋ぎ、目立たぬように徒歩で行くことにする。
一緒に歩くなら、服装も目立たぬ方が良いとオフィーリアに言われ、オスカーは近衛騎士団の青い制服を脱ぎ、上は白シャツ、下は黒のズボンに着替えた。
オフィーリアは、深緑色のローブをまとい、フードを深く被ってオスカーを案内する。
その姿を見て、オスカーは、少し悲しく思う。
まだオフィーリアは、俺と結婚したことを誰にも知られたくないんだろうな・・・。
オフィーリアは、そんなオスカーの心情も知らずに、やけどの男の話をしていたのだが、それを聞くオスカーの雲行きが、だんだんと怪しくなってくる。
「オフィーリアを抱いて頭を撫でたって? 許せない!」
「ですから、私が子犬になったときの話ですよ。その人が、馬車にひかれそうになった私を助けてくれたのです。そして、捨て犬だと思ったらしくて、家に連れて行ってくれました。」
オフィーリアは慌てて男を庇うが、オスカーはそれも気に入らない。
「話は分かるが、オフィーリアを抱いていいのは、俺だけだ。」
まるで子どものようなオスカーに、少し呆れつつも、オフィーリアは男を見て思ったことを正直に告げる。
「犬が好きなのか、私には優しかったので、とても恐ろしいことをするようには見えませんでした。」
「ずいぶんと好意的だな。やはり、その男のことは気に入らん。」
さっきから、まるで駄々っ子を見ているような気分になるオフィーリアであったが、オスカーの怒りも、自分を愛してくれているからなのだと思うと、なんだかとっても可愛く思える。
オフィーリアは、男の家に連れて行かれる際に覚えた目印を、今でもはっきりと覚えている。
だから、道に迷うことなく、男が住むアパートメントに行くことができた。
広い道路を挟んでアパートメントと対面する位置まで来ると、オフィーリアは止まった。
家の陰に隠れて、オフィーリアは指さす。
「あのアパートメントです。」
オフィーリアが指さすアパートメントは、かなり古い木造二階建てで、嵐が来たら倒れてしまいそうだ。
「こんな近くにいたなんて・・・。今までどうして見つけることができなかったのだろう。」
オスカーがそう思うのも無理はない。
オスカーの屋敷から歩いて、わずか三十分ほどの距離なのだから。
「あそこの二階の一番端の部屋でした。でも、なんだか不思議です。子犬を助けて、エサまであげようと考えるような優しい人なのに、悪いことをするなんて。もしかしたら、手の甲にやけどのある人は、まだ他にもいるのかも知れませんね。」
「そうかもしれない。しかし、それを確認するのが俺たちの仕事だ。」
一つ一つ探し出しては確認することが、どれほど時間がかかり労力を要することだろう。
オフィーリアは、連日休みなく働き続けるオスカーの力になりたいと思う。
「私も何かお役に立てたら良いの・・・ーーーー!?」
「オ、オフィーリア!」
オスカーの目の前で、オフィーリアが一瞬で消えてしまった。
オフィーリアの顔があった所に、一匹の蜘蛛が上から糸を垂れてぶら下がっている。
「クーンクン(ごめんなさい。蜘蛛はどうも苦手で)」
地面に崩れた服の中から、オフィーリアのなんとも情けない鳴き声が聞こえる。
「気にするな。苦手なものは仕方がない。」
オフィーリアを抱き上げたオスカーは、そのまま見張りを続ける。
「男を見たら教えてくれ。」
「キャン」
オスカーと一緒に、通りを歩く人々を見ているオフィーリアであったが、しばらくすると、茶色のローブをまとった男が現れた。
前回と同じようにフードを深く被っている。
同じ色のローブを着ているけれど、ここからは遠くて顔がよく見えず、同じ男なのかわからない。
確かめなくては・・・。
そう思ったオフィーリアは、オスカーの手をすり抜けて男に向かって走り出す。
「待て!」
慌てたオスカーが、オフィーリアを追いかけようとしたその瞬間、後ろから誰かに腕を掴まれた。




