14話
ダニエル神官から、悩みがあるのでは?と問われて、オフィーリアは心臓が弾けるほど驚いた。
やはり神官様は見ていた?・・・それとも、私の心が読めるの?
「え、あの、その、あの・・・」
返答に困り、何と言って良いのかわからないオフィーリアは、焦って意味のない言葉を口にする。
そんなオフィーリアに、ダニエル神官はなだめるように優しく話しかける。
「オフィーリア様、話したくなかったら、話さなくても良いのですよ。どうやら、私は要らぬことを聞いてしまったようですな。」
その言葉を聞いて、ようやくオフィーリアの思考が再開する。
「し、神官様、どうしてそのようなことをお聞きになったのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
ダニエル神官は大きく頷くと、言葉を続けた。
「オフィーリア様とは、結婚式のときに初めてお会いしましたが、実はそのときに、オフィーリア様の中に黒い渦のようなものが見えたのです。とても令嬢には似つかわしくない強い力を感じる渦でした。ですから、もしかしたら、オフィーリア様は自分ではどうすることもできない何かに、悩んでいるのではないかと思ったのです。」
「・・・く、黒い渦・・・ですか・・・?」
人間兵器になってしまったから、黒い渦なんてものが見えるのだろうか。
なんだかとっても恐ろしい。
「あ、あの、神官様、その黒い渦を消す方法はありますか?」
オフィーリアは、すがる思いでダニエル神官に問う。
「そうですな。では、手を出してくれますかな。」
オフィーリアは言われたとおりに、ダニエル神官の前に手を出した。
ダニエル神官はオフィーリアの白い手を握り、じっと目を瞑る。
いったい何を言われるのかしら。ああ、心臓に悪いわ・・・。
沈黙が続いている間、オフィーリアの胸の鼓動だけが、大きく響いているような気がする。
ダニエル神官の目がやっと開いた。
「オフィーリア様、運命に身をゆだねていれば、きっと、黒い渦を消す方法に出会えるでしょう。今の私には、それぐらいのことしか言えません。ですが、必ずわかるはずです。今は不安でしょうが、安心して良いのですよ。」
ダニエル神官の優しい口調で、安心して良いと言われると、本当に安心して良いような気がしてくる。
「神官様、ありがとうございます。」
オフィーリアは、心から礼を言う。
「それでは、私はもう、お暇しようと思います。神官様にお会いできて本当に嬉しかったです。傷が完全に癒えるまで、どうぞお大事になさってくださいませ。」
「そうですか。それでは受付まで送りましょう。」
ダニエル神官はベッドから降りて、オフィーリアのそばに行こうとした際、窓から見える景色にふと視線を移した。
「あの日も、ベッドから出た後に、窓から外の景色を眺めたはずなのだが・・・ウウッ」
ダニエル神官が、急に頭を抱えて苦しそうにうめき声を上げた。
「神官様、どうなさったのですか?」
オフィーリアがそばに駆け寄り、ダニエル神官が倒れないように支える。
「あ、頭が、割れるように痛い・・・。ああ、思い出した。あの朝、窓から景色を見たときに神殿に向かって庭を歩いている人がいたのです。」
ダニエル神官は痛みを堪えながらも、必死で思い出そうとする。
「神官様、その人が誰だかわかりますか?」
「ああ、思い出しました。確か、戦争の功労賞授与式で、男爵位を授与されたアイザック・ヒル男爵です。」
「アイザック・ヒル男爵!?」
オフィーリアは、まさか、ここで神殿爆破犯人の糸口を得られるとは思っていなかったので驚きを隠せない。
オスカーに報告するためにも、ダニエル神官の話を一言一句漏らさず聞かなければ・・・。
ダニエル神官は、功労賞授与式に参列していたのでアイザックの顔を覚えていたと言う。
アイザックは早朝神殿に来たが、神殿の中に入らず、祈りを捧げている様子もなかった。
そんな彼を見て、いったい何をしに来たのだろうと疑問に思っていたそうだ。
最後に、アイザック男爵が神殿爆破事件に関係があるのかどうかはわからないが、ルイス侯爵に伝えてほしいと言って、彼の話は終わった。
アイザック・ヒル男爵のことは、オフィーリアも聞いたことがある。
戦争で武功を上げ、功労賞として、男爵位と報奨金と屋敷を授与され、平民からの大出世だと噂されている男だ。
「神官様、ありがとうございます。」
オフィーリアは、この情報を早くオスカーに伝えたくて、急いでルイス侯爵邸に帰った。
屋敷に着くと、セバスチャンが珍しく慌てて馬車まで飛んで来た。
「奥様、たった今、お坊ちゃまがお帰りになりました。奥様の帰りを今か今かとお待ちです。」
「えっ、オスカー様が?」
オフィーリアは、急いでオスカーが待つ広間まで走る。
「オフィーリア! 会いたかった!」
オスカーは広間に入って来たオフィーリアを見るなり、いきなり抱きしめた。
「オ、オ、オスカー様。」
オフィーリアも嬉しかったが、いきなり抱きしめられるとは思っていなかったので、うろたえてしまう。
「もう少しで、会わずに出ていくところだった。よくぞ、帰って来てくれた。」
オスカーは、今度はオフィーリアの顔を両手で挟んで、しっかりと目と目を合わせる。
「オフィーリア、結婚したばかりなのに、ほったらかしにしてすまない。だが、もう、我慢できなくて会いに来たんだ。お願いだから、お前の香りで満たして欲しい。」
そう言うと、オスカーは、オフィーリアをぎゅうっと抱きしめて、すーはーすーはーと、その香りをかいでいる。
「ああ、オフィーリアの香りだ。」
「オ、オスカー様・・・」
抱きしめられても押し返しもせず、オフィーリアはされるままになっている。
赤の他人にとっては、呆れて直視できないようなオスカーの行動であるが、オフィーリアは不思議とそれを嫌だとは思わない自分に気付く。
「せっかく会えたけど、すぐに行かなくてはならないんだ。もっと満たされたい。キスしてもいい?」
「ええっ? キ、キ、キスですか?」
その言葉に、オフィーリアはボッと火がついたように赤くなる。
オスカーとのキスなんて、結婚式以来、まだ一度もしていない。
それなのに、みんなの前でいきなりキスなんて・・・
オフィーリアは一瞬、躊躇したが、ふと夜中に会いに来てくれたことを思い出す。
私だって、オスカー様に会いたかった・・・。
オフィーリアは、オスカーを見上げて、自分の思いを口にする。
その言葉に、もう迷いはない。
「はい。・・・私はあなたの妻ですもの。」
「ああ、オフィーリア、俺の妻だと言ってくれるんだね。ありがとう。では!」
オスカーはオフィーリアに口づけると、むさぼるように熱く長いキスをした。
結婚式の軽いキスがファ―ストキスだったオフィーリアにとって、このキスは激しすぎた。
その衝撃に息の仕方も忘れてしまい、くらくらと目まいがして、身体の力が抜けてしまう。
オスカーが唇を離した瞬間、立っていられなくて、ふらりと体が傾く。
「オフィーリア!」
倒れかけたオフィーリアを、オスカーは力強く抱き上げる。
二度目のお姫様抱っこだ。
力強い腕に抱き上げられ、オフィーリアは、恥ずかしいけれど、ふわふわとした気持ち良さを感じる。
「オフィーリア、名残惜しいけど、もう行くよ。」
夢心地でお姫様抱っこされていたオフィーリアは、ハッと思い出した。
「オスカー様、私、とても大切なご報告があるのです。神官様が神殿に来た人を思い出しました。」
「何だって?それは誰だ?」
「アイザック・ヒル男爵です。」
オフィーリアはダニエル神官から聞いた話を、一言一句、そのままにオスカーに伝える。
「最後に、アイザック男爵が犯人かどうかはわからないけど、オスカー様に伝えて欲しいって仰ってました。」
「ああ、オフィーリア、ありがとう。お手柄だよ。これで側妃カーラがつながった。アイザックを男爵位に推したのはカーラなんだ。」
オスカーはオフィーリアを優しくソファーに座らせると、おでこにキスをして、すぐに王宮に向かった。
わずか数分の出来事だったが、その慌ただしさと嬉しさに、すっかり疲れてしまったオフィーリアは、しばらくソファーから立ち上がることができなかった。
王宮に着くと、オスカーはすぐにセオドアに報告した。
「アイザックか。あいつなら、側妃カーラと繋がっていてもおかしくない。元平民のあいつを男爵に推薦したのは側妃だからな。」
「アイザックなら、神殿爆破などという恐ろしいことも、平気でできると思います。」
「そんなに、ネジがはずれたヤツなのか?」
「はい。私がこんなことを言える立場ではないのかもしれませんが、ともかく殺し方が残忍なのです。」
戦争中、オスカーは、アイザックの戦闘姿を何度か見たことがあるが、軍のためと言うよりも、殺人そのものを楽しんでいるように見えた。
大勢の敵兵の肉を切り刻み、流れる血を見て笑いながら楽しんでいるその顔は、まるで悪魔のようだった。
そんなアイザックが、功労賞で男爵位を授かると聞いたときは、耳を疑ったほどだ。
「まあ、殺し方は残忍でも、勝利に貢献したことは事実だからな。側妃はその性格をわかったうえで、自分の駒にするつもりで爵位を与えたのかもしれない。」
この後、すぐにセオドアは近衛、第一、第二のすべての騎士団長と副団長を召集した。
セオドアが皆に告げる。
「ダニエル神官が当時のことを思い出したと、ルイス侯爵から報告を受けた。爆破当日の早朝、アイザック・ヒル男爵が神殿に来たのだが、祈りに来たわけでもなく、目的が何かわかっていない。重要な容疑者だと思う。」
それを聞き、第一騎士団長がアイザックについて話し始める。
「アイザックは、第一騎士団に所属する志願兵でしたが、剣術に長けており爆薬の扱いも手慣れていたので、戦争の終盤では爆破チームに配属しました。その点から考えて、犯人である可能性は高いと思われます。ですが、戦争が終わり、志願兵の契約が解除されてからは一度も会っておりません。」
オスカーがそれに続く。
「私もアイザックの可能性は大きいと考えます。」
爆破チームを作るように指示したのはオスカーだった。
ランベルジオス軍を攪乱するための戦術だったのだが、その中にアイザックが配属されたのなら、どさぐさに紛れて爆薬を盗むことも可能だ。
武器兵器の窃盗は重罪だが、わからぬように隠しておいて、終戦後にとりに行ったと考えれば、つじつまが合う。
オスカーの話に皆が頷く。
「そうか。なら、容疑者として直ちに捕まえるべきだな。今すぐヤツを王宮に連れてきてくれ。」
セオドアの命を受けて、アイザックの捜索が始まったが、アイザックが容疑者と聞いた際、団長たちは皆、驚きの表情ではなく、さもありなんという顔をしていた。
皆もアイザックの残忍性を認識していたのだ。
初めにアイザックの屋敷に直行したが、いたのは執事一人だけで、アイザックはいなかった。
「ご主人様が屋敷を留守にすることはよくあることで、今に始まったことではございません。一週間ほど前からお戻りになっておりません。」
「いったい、どこに行っているのだ?」
「おそらくですが、賭博場か娼館だと思われます。場所まではわかりませんが。」
アイザックの行き先がわからないので、賭博場と娼館を一斉に捜索することになったが、その日はどこにもおらず、探し出すことはできなかった。
しかし、二日後、思わぬところから、アイザックの居場所を知ることになる。




