13話
オスカーとセオドアは、足早にセオドアの私室に移動する。
部屋に入り、誰もそばにいないことを確認すると、セオドアはドアをバタンと閉めた。
「俺たちの会話を唯一聞けた人物、護衛をしていたステファン・バーンズのことだが、あいつと側妃カーラの関係がわかったぞ。」
セオドアの部下が調べたところ、ステファンの父親であるバーンズ子爵が騙されて多額の借金を抱えてしまった。
しかし、カーラの父親であるコリンズ侯爵が、バーンズ子爵の借金を肩代わりしたという。
しかも利息はタダ同然。
コリンズ侯爵と言えば、貴族の中でも強欲で有名だ。
先王が亡くなってからは大人しくしているようだが、人の本質とはそう簡単に変わるものではない。
「そんなバカな。あんなに強欲な奴が利息をまともに請求しないなんて・・・。ああ、だからその対価に、王宮の情報を求めたわけですね。」
「たぶんそうだろう。ステファン自身は親孝行の優しいヤツなんだが、それを逆手にとられた格好だ。ステファンの父を騙したのだって、もしかしたら、コリンズ侯爵の差し金かもしれないと思うぞ。」
十分に考えられることだと、オスカーも思う。
だが、ステファンが情報を流したからと言って、それがどうやって神殿爆破につながるのか?
「側妃が殿下の動きを事前に知ったとして、いったい誰が実行犯なのでしょう。神殿を爆破するなんて、誰でもできることじゃない。それなりの知識と経験がなければできないでしょう。」
「そうなんだ。そんなことができる怪しいヤツがいったい誰なのか、まだ手がかりが掴めない・・・。」
セオドアは、自分の部下に側妃カーラの身辺調査をさせたが、神殿爆破の前日からカーラは一歩も王城を出ていないし、不審な人物との接触もなかった。
だが、必ず、どこかに穴があるはずだ。
「側妃の周りから調べて行けば、きっと犯人は見つかるだろう。」
「そうですね。しらみつぶしに探し回って、なんとか犯人を見つけましょう。」
コンコンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。
「何の用だ?」
セオドアがドア越しに尋ねる。
「殿下、神官様が目を覚ましたと連絡が入りました。」
「何? 神官が? ありがとう。もう、行っていいぞ。」
セオドアとオスカーは足早に王宮医務室に向かった。
ノックをして部屋に入ると、ダニエル神官がベッドで上半身を起こし、セオドアたちを笑顔で迎えてくれた。
だが、頭に巻いた包帯が痛々しい。
セオドアはダニエル神官に話しかける。
「お目覚めになられたのですね。お加減はどうですか?」
「お二人が助けてくれたのですね。どうもありがとうございました。まだ少し頭の傷が痛みますが、大したことはございません。」
顔色を見れば、まだ辛い状態であることがわかるが、心配をかけまいと言葉を選ぶ神官にセオドアも言葉を合わせる。
「そうですか。それなら良かったです。ところで、お伺いしたいのですが、神官様は誰か怪しい人物を見かけませんでしたか?」
「怪しい人物・・・。そう言えば・・・ウウッ」
ダニエル神官は急に苦しそうに頭を抱え込んだ。
「神官様、どうしました? 傷が痛むのですか?」
「すみません。何か思い出しそうな気がしたのですが、思い出そうとすると、頭が痛くなりました。どうも、記憶が断片的になっているようです。」
そう話すダニエル神官は、頭を抱えたまま苦しそうにしている。
よほど頭痛がひどいのだろう。
「そうですか。無理に思い出さなくてもいいので、今は治療に専念してください。」
もしかしたら、ダニエル神官から何かヒントが得られるかもと期待したが、残念ながら、今は無理だと二人は諦める。
しかし、ダニエル神官の方が諦めていなかった。
「医者が言うには、もう、出血は止まり、後は消毒を繰り返すだけだそうです。ですから、私は神殿に戻ろうと思います。神殿に戻ったら、何か思い出せるかもしれません。」
神殿は破壊されたが、神官たちが生活する宿泊棟は、別棟なので無事である。
消毒を他の神官たちに任せることで、医者はダニエル神官の申し出を許可し、彼は翌日に神殿に戻ることになった。
ダニエル神官が神殿に戻った日、王都中がダニエル神官の話題でもちきりになった。
買い物に出かけたマリーも、その噂をきき、屋敷に帰ってくるなり、すぐにオフィーリアにその話を告げる。
「オフィーリア様、神官様が神殿にお戻りになったそうです。町の人はダニエル神官の話で持ち切りなんですよ。」
人々は、あの恐ろしい爆破事件に巻き込まれたのに、中にいたダニエル神官たちが無事だったのは、ダニエル神官の徳の致すところだと、噂している。
さすがダニエル神官様だ。
神官様は神様に愛されている。
ああ、私もあやかりたいものだ。
口を開けばダニエル神官のことを、褒めたたえているのだ。
それを聞いて、オフィーリアは、ほっとする。
少なくとも、自分の力が皆を救ったことは、バレていない。
ダニエル神官は、あの事故のときは気絶していたのだから、オフィーリアの力を見ていないはず・・・とは思っているが、実は一抹の不安を感じていた。
もしかしたら、知っているのに、黙っているのかもしれない。
オフィーリアはダニエル神官に会って、確かめたいと思った。
「ねえ、マリー、結婚式では神官様にお世話になったのだし、お見舞いに行こうと思うの。いいかしら?」
「それはようございます。では、明日にでも行きますか?」
オフィーリアは、マリーと一緒にダニエル神官のお見舞いに行くことにした。
翌日、二人が神殿に着くと、見舞客については見知らぬ若い神官が対応をしていた。
「お見舞いに来ていただいたのはありがたいのですが、ダニエル神官は昨日王宮から帰って来たばかりで、傷が完全に治っているわけではございません。まだ安静が必要なので、お見舞いはお断りしているのです。」
ダニエル神官に会いたくて神殿まで足を運んだが、言われてみればその通りだ。
まだ傷が治っていない神官に、見舞いだからと言って、誰もかれもが押しかける方が失礼だ。
「それでは、神官様にお大事になさってくださいとお伝えくださいませ。」
帰る間際に名前を聞かれたので答えると、若い神官の態度が変わった。
「あなたはオフィーリア様でいらっしゃいますか。少々お待ちください。」
言われた通り、しばらく待っていると、若い神官が戻って来た。
「ダニエル神官は、オフィーリア様だけならお会いしたいと申されました。」
「あの・・・、私一人だけですか?」
「はい。そのように伺っております。」
何故、私だけ? もしかして、本当は私の力を見ていたの?
オフィーリアは、ドキドキと不安で心臓が高鳴ったが、直接会わなければ理由がわからない。
「マリー、しばらくここで待っていてね。」
オフィーリアはマリーを残して神官の後をついて行く。
案内された部屋に入ると、ダニエル神官はまだベッドで療養中らしく、上半身を起こした状態でオフィーリアを迎えてくれた。
初めて会った日と同じように優しく微笑んでいるが、頭に巻かれた包帯が痛々しく気の毒に思う。
「神官様、結婚式では、お世話になりありがとうございました。ところで、お身体の具合はどうですか?」
「侯爵夫人、お見舞いに来てくれてありがとうございます。傷は少し傷む程度なのですが、大事をとって、まだしばらく療養するつもりです。」
少し痛む程度と言っているが、向けられた笑顔の中に、辛さが垣間見える。
オフィーリアは、ダニエル神官の傷が早く癒えますようにと話した後に、一つお願いをする。
「あの・・・、実はルイス侯爵様と結婚したことを、まだ公にしておりません。ですので、私の事を、侯爵夫人ではなく、どうか、オフィーリアとお呼びくださいませ。」
「そうですか。二人きりの結婚式と聞いたときから、たぶんそのようなことだろうと思っておりました。では、これからはオフィーリア様とお呼びしましょう。」
この後、当たり障りのない話をしながら、オフィーリアは肝心なことをいつ切り出そうかと迷っていたが、思い切って尋ねることにした。
「あの・・・、神官様、神殿が爆破されたときのことを覚えていらっしゃいますか?」
いきなり話題が変わったことに、少し驚いたような顔をしたが、ダニエル神官はすぐに穏やかな表情にもどり、その問いに答える。
「いや、どうも記憶が曖昧で、よく覚えていないのです。頭を打ったときに、気を失ったのだと思いますが、それすらも覚えていません。ルイス侯爵様から、運よく瓦礫の間に入ったおかげで助かったと聞いています。本当に運が良かった。これも神のお導きなのでしょう。」
その言葉を聞いて、オフィーリアは心の底からほっとする。
ダニエル神官は、私の力を見ていない。
もし、見たとしても、覚えていないのだ。
ダニエル神官は安堵するオフィーリアの目を、優しく見ながら話し始めた。
「実は、オフィーリア様にお聞きしたいことがあったのです。ですから、もし訪ねて来られたら、ここに通すように伝えておりました。お付きの者には聞かれたくないだろうと思いましたので、あなた一人だけを案内させたのです。」
ドキッとした。
神官様は、やっぱり私の力のことを知っている・・・?
「あの・・・聞きたいこととは、いったい何でしょう。」
ダニエル神官は、穏やかな口調で、ゆっくりと慈しむようにオフィーリアに問う。
「オフィーリア様、何か大きな悩み事があるのではありませんか?」




