11話
王都にいる騎士たちは、神殿爆破犯人を捕まえるために、忙しなく動き回っている。
侯爵という身分であっても、オスカーも例外ではない。
セオドアの護衛と犯人捜索、二つの仕事を、他の騎士たちと交代しながら休む間もなくこなしている。
夜中に、神殿の崩壊現場で、怪しい人物が徘徊していると情報が入った。
神殿の崩壊は王都中の人々の関心を集め、膨大な量の情報が届けられている。
どんなに些細な情報でも、それが犯人を見つける糸口になるかもしれないと、騎士たちはその情報の真偽を一つ一つ確かめる。
今回の情報も、その真偽を確かめるために、オスカーと部下三人が現場に向かった。
オスカーたちが神殿に到着すると、酔っぱらった老人が、ふらついた足取りで何やら叫んでいる。
「ヒック、わしが、神殿を爆破したんじゃー。ヒック・・・」
近づくと、酒臭い息を撒き散らしながら「おんや、騎士様、ご苦労さまでございます。ヒック」そう言い終わると、老人はごろりと地面に横になり、いびきをかいて寝てしまった。
この人騒がせな老人は、常日頃から虚言癖がある男らしい。
夜中に崩壊現場を徘徊しながら、自分が爆破犯人だと叫んでいるのを聞いた住人が、知らずに通報したようだ。
オスカーたちは、この老人が事件に関係ないことがわかると、早々に家族に送り届けた。
今回の情報も空振りだ。
馬を走らせる部下の顔に、疲労感が現れている。
ほとんど睡眠時間がとれていないオスカーも、それは同じだった。
ああ、オフィーリアに会いたい・・・
会えば、こんな疲れなど一気に吹き飛ぶだろうに・・・
王宮へ戻る途中であったが、ちょうど目と鼻の先にオスカーの屋敷がある。
「お前たちは、先に戻ってゆっくり休んでくれ。」
「閣下は?」
「俺は他に寄るところがあるから、少し遅れる。」
オスカーは部下を先に行かせると馬の方向を変える。
向かった先はオスカーの屋敷。
門の前で馬を降り、見上げる寝室には明かりが灯っていない。
もう真夜中だ。オフィーリアはきっと眠っているのだろう。
テオは、俺の身を案じるオフィーリアが、悲しそうだったと言っていた。
ああ、ほんの一目で良い、オフィーリアに会いたい・・・。
オスカーは音を立てないように門を開け、屋敷に向かう。
夜中に帰る際は、屋敷にいる皆を起こさないように、そっと裏木戸から入るようにしている。
オスカーは静かに裏木戸の鍵を開け、誰にも気づかれないように寝室に入った。
ベッドに近づくと、オフィーリアの可愛い寝息が聞こえてくる。
「近くに来たから顔を見に来たよ。ああ、オフィーリア、お前と一緒に過ごせないことがとても辛い。だが、お前も寂しいのを我慢してくれているんだね。俺も我慢するよ。」
オスカーは寝ているオフィーリアの銀色に輝く髪に口づけをすると、また静かに出て行った。
「おやすみ、オフィーリア。」
朝、目を覚ましたオフィーリアは、何故か、ついさっきまでこの部屋にオスカーがいたような気がした。
気のせいかしら・・・でも、オスカー様の暖かさを感じたような気がする・・・。
「ねえ、マリー、夜にオスカー様が戻って来なかった?」
「さあ、私は気が付きませんでしたが、お優しいお方ですから、きっと戻って来られても、私たち使用人を起こさないようにされたのではないでしょうか。」
「セバスチャン、オスカー様が夜中に戻って来なかった?」
「私はお会いしていませんが、お坊ちゃまは昔から、寝ている使用人を起こすようなことはしませんでした。オフィーリア様がそうお思いなら、戻って来られたのかもしれませんね。」
朝食後、オフィーリアは、テオに会いたくなって、庭に出た。
どこにいるのかわからないが、初めて会った日、テオは木から飛び降りた。
もしかしたら、またどこかの木の上にいるかも・・・。
「テオ、いたら出てきてください。」
シュッ!とテオが、木から飛び降りオフィーリアの背後に着地した。
「きゃあ! テ、テオ?」
驚いて後ろを振り向くと、テオがいる。
「オフィーリア様が呼んだのに、そんなに驚くことはないでしょう。」
「ごめんなさい。でも、本当に木の上にいたんですね。テオはいつも木の上にいるのですか?」
素直に謝るオフィーリアに、かえって申し訳ないことを言ったと思いながら、テオはその問いに答える。
「いつもというわけではありません。私の仕事は諜報活動が主な仕事ですので、普段は姿を見せないようにしています。変装することもありますしね。ところで、私を呼んだのは何か御用でしょうか。」
「いいえ。何か用があるからってわけじゃないの。もしここにいたら、聞きたいことがあっただけなんです。」
「聞きたいこととは?」
オフィーリアは、少し恥ずかしそうにテオを見ながら言う。
「あの・・・もしかしたら・・・、オスカー様は、夜中にここに戻って来なかったですか?」
ああ、そのことか・・・とテオは妙に納得した。
「はい。実は、オフィーリア様の寝顔だけでも見たいと言って、ほんの少しだけですが、戻って来られました。」
「やっぱりそうだったんですね。」
フィーリアの顔が、ぱあっと明るくなる。
「もし、またもどって来られることがあったら、そのときは起こしてくださいってお伝えください。私もオスカー様のお顔が見たいですから。」
「わかりました。そのようにお伝えいたします。」
話はここで終わるかと思ったが、テオにもオフィーリアに聞きたいことがあるようだ。
「あの・・・、オフィーリア様、・・・結婚したばかりなのに、ほったらかしにされて、その・・・隊長のこと・・・嫌気がさしたりしていませんか?」
テオはとても聞きにくそうに、オフィーリアに問いかける。
「え? い、いえ、そんなことはありません。お仕事だから仕方がないことだと思っています。」
まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかったオフィーリアは、慌てて否定する。
「それなら良かった。隊長は、冷酷非道だとか、魔王の再臨とか噂されていますが、本当はとてもお優しい方なんです。私は、戦争で死にかけたとき、隊長に救われました。今、こうして生きているのは隊長のお陰なんです。」
オスカーの戦場での活躍が、アデルバード軍を勝利に導いたとは聞いていたが、詳しいことは聞いたことがない。
オフィーリアは、少しでも、オスカーのことを知りたいと思った。
「もし、お時間がよろしければ、そのお話、聞かせていただけませんか?」
「オフィーリア様がお望みなら、いくらでもお話いたします。」
テオは、戦争中の出来事を話し始める。
オスカーは十二歳で近衛騎士団に入団し、血のにじむような訓練を積み重ねた結果、戦場に出たときには剣術のかなりの使い手になっていた。
だが、十五歳の若さであるため、初めは一般の騎士と変わらぬ扱いであった。
しかし、徐々に頭角を現し、一年後には十六歳にも関わらず百人隊長に昇格する。
同い年のテオは、そのときからオスカーの部下になった。
戦争が始まってから二年間ほどは、敵国ランベルジオス軍の方が優勢であったが、オスカーの働きにより、徐々に形勢は逆転していく。
オスカーには戦術の才能があったようで、それが戦闘の経験が増えるにつれ開花し、ランベルジオス軍の裏をかく作戦が立てられるようになったのだ。
戦術を練るためには諜報活動が必須であり、オスカーは諜報活動に長けた人物を集めて指揮を執った。
その中にテオも配属された。
だが、ある日、諜報活動中にテオはミスを犯し、敵兵に捕まってしまう。
ランベルジオス軍の将軍は、見せしめのためにテオを殺して、彼の首をアデルバード軍から見える場所に掲げることに決めたと話した。
テオはその話を聞き、もうこれで俺の命も終わりだなと諦めていたのだが、オスカーはランベルジオス軍を攪乱させ、その隙をついて、テオを救出する。
救出する際に、残っていた敵兵と、オスカー率いる少数精鋭の騎士との間に激しい戦いが繰り広げられたが、剣術でオスカーにかなう相手などいなかった。
テオと一緒に逃げた後は、辺り一面血の海になっていて、敵兵はオスカーのことを魔王の再臨と呼ぶようになったのだ。
この一件から、オスカーは騎士団長に認められ、団長の片腕として活躍し、アデルバード軍を勝利に導いたのである。
「あのとき、私は一度死んだ身でした。隊長のお陰で命を救われたのです。それに、隊長に救われたのは私一人ではありません。何人もの兵士や騎士が命を救われました。皆、今でも隊長には感謝しているのです。」
話し終えたテオの顔を見るだけで、どれだけオスカーに感謝しているのかが伝わってくる。
「そんなことがあったのですね。実はオスカー様にお会いする前は、いろんな噂を聞いて怖い方だと思っていました。ですが、実際にお会いして、噂は間違いだったのだとわかりました。本当はとてもお優しい方なのですね。」
その言葉に、テオは嬉しそうに頷く。
「そうでしょう。特にオフィーリア様には特別お優しいと思います。戦地にいるとき、私はよくオフィーリア様のことを聞きました。あの時は、まだお名前がわかっていなかったので青い瞳の妖精なんて呼んでいましたが・・・。生きて戻って、いつか必ず探し出したいとおっしゃっていました。もう一度会うまでは、絶対に死ねないと・・・。」
オフィーリアは、戦争中の話を詳しく聞いたのは初めてだった。
オスカーが戦地でどれだけの苦労を重ねてきたのか、そして死と隣合わせの日々を送っていたのか、話しを聞く以上に大変なことがもっと多くあったことだろう。
そのことを想像するだけで、胸が締め付けられる思いだ。
だが、そんな中でも自分のことを忘れずにいてくれた。
自分というちっぽけな存在が、オスカーにとって生きる希望になったのだと思うと、オフィーリアの心は、嬉しさと恥ずかしさが混同するなんとも言えない気持ちになった。
「隊長は功績が認められ、ソードマスターの称号を陛下から授与されましたが、その際に近衛騎士団長に昇進する話も出たのですよ。でも、隊長はアレックス・サンダース近衛騎士団長のことをとても尊敬しているので、まだ年が若いからという理由で辞退されました。」
「オスカー様らしい選択ですね。」
「私もそう思います。」
オフィーリアは、テオから話を聞き、自分が知らないオスカーの、新たな一面を知ることができたと思う。
オスカーの優しさの裏には、仲間を命がけで守る行動力と強さが秘められている・・・。
「お話ししてくださいまして、本当にありがとうございました。オスカー様のことをまた一つ知ることができて嬉しかったです。テオもお忙しいのに、お引止めして、申し訳・・・」
オフィーリアの言葉が途中で遮られた。
木の枝から糸を垂らせて降りてきた手のひらほどの大きな蜘蛛が、オフィーリアの顔面に貼りついたのだ。
「キャンキャ―――ン!!(イ、イヤ―――!!)」
犬の鳴き声と共に、一瞬でオフィーリアの姿が消えた。
テオの目の前には、オフィーリアが着ていたドレスが、壊れたセミの抜け殻のように、真ん中が空洞になって地面に崩れ落ちている。
「オ、オ、オ、オフィーリア様!!」
テオは信じられない光景に目を疑った。




