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1話

ここは、王都の端にある古びた木造の一軒家である。


外から見ただけではわからないが、家の中には薬品のきな臭い匂いが漂う怪しげな実験室がある。


その中に、五人のモスグリーンのフードを深く被った男たちが何やら話し合っている。


リーダーらしき初老の男の手には、出来上がったばかりの薬の入った小瓶がぎゅっと握られ、一人を除く皆は、それを愛おしそうに眺めている。


四人は期待を膨らませ、満面の笑みを浮かべているのだが、五人の中で一番若い男は、それを少し冷ややかな目で見ている。


しかし、四人の男たちは研究の成果に夢中になり、若い男の視線に気付くこともなく、彼らだけで嬉しそうに話を進めていた。


「ふふふ。やっと完成した。」


「だが、完成したと言うのはまだ早い。人体実験をして確かめなければ。誰か良い実験台は、いないのか?」


「それならちょうど良いヤツがいる。数時間前に婚約破棄されたひどい悪女だと評判の伯爵令嬢だ。実験に失敗して死んでしまっても、誰にも気にもかけられず、世をはかなんで自殺したとしか思われないだろう。」


「その令嬢なら家を追い出されたそうだ。」


「ほう、まるで実験台にしてくれと言わんばかりだな。それではその令嬢をここに連れてこよう。」




その悪女と評判の伯爵令嬢オフィーリア・ベイルは、とぼとぼと夜道を歩いていた。


美しく流れるようなプラチナブロンドの髪が少し乱れ、伏し目がちに遠くを見つめる青い瞳の精彩が失われているのは、それだけ彼女の心の傷が深いからであろうか。


清楚な彼女の雰囲気に合った青く美しいドレスも、暗い夜道では輝きを失っている。


生まれてから十八年間住み続けた家をいきなり追い出され、持ち物は着替えと、わずかばかりのお金が入ったトランクと、一枚の紙切れだけ。


これからはお前が自分で稼げと、父親から渡された職業斡旋所の住所が書かれた紙切れを見ながら呟く。


「どうして私がこんなことに・・・。」


オフィーリアは、数時間前に起こった不名誉な出来事を思い出す。


舞踏会に参加したが、子どもの頃からの婚約者ブラン・ホワイト伯爵令息は、オフィーリアではなく、新しくできた恋人イザベラ・ウッド伯爵令嬢をエスコートした。


イザベラは、波打つブロンドの髪とアメジストのような美しい紫色の目をした目鼻立ちが整った美人だ。


二年前からその色香でブランに近づき始め、何かにつけてオフィーリアを目の敵にしている。


オフィーリアと目が合っただけで睨んでくるだの、少し触れただけで転んでみせて突き飛ばされたのだの、あることないことでっち上げて、いつの間にかオフィーリアを悪女に仕立てあげた令嬢だ。


その前から義妹スカーレットと継母ミラにも同じように義妹をいじめる悪女と評判を立てられており、いつしか彼女は、まるでお芝居に出てくる嫉妬に狂った悪役令嬢のようだと、後ろ指を指されるようになっていた。


子どもの頃は、ブランはオフィーリアのプラチナブロンドの髪も青い瞳も、可愛い、きれいだと言ってくれたのに、オフィーリアの評判が悪くなるにつれ、冷たくなっていったことがとても悲しい。


舞踏会に出ても、誰からも話しかけられることはなく、一人で飲み物でも飲もうとグラスを手にしたとき、紫の目を蛇のように光らせてイザベラが近づいてきた。


「あら、オフィーリア、私のために、わざわざありがとう。」


いったい誰に聞かせたいのか、イザベラは、やけに大きな声でそう言って、オフィーリアが持っていたグラスを取り上げた。


「えっ、何を言って・・・」


オフィーリアが、話すのも聞かず、イザベラはグラスに入った飲み物を一気に飲み干す。


ごく普通のオレンジジュースだったはずなのに・・・。


「ううっ、く、苦しい、誰か、誰か助けて!」


苦しげな悲鳴を上げて、イザベラはその場に倒れたのだ。


キャーと周りの人々から悲鳴が上がる。


駆けつけたブランが、倒れたイザベラを抱きながら問う。


「どうした、何があったのだ。」


「オ、オフィーリア様に、毒を飲まされました。」


身に覚えのない言いがかりにオフィーリアも驚いた。


「私は毒など飲ませていません。」


そこへ、医者と名乗る男が現れて、イザベラの袖をまくり上げた。


「ご令嬢、失礼します。おおっ、この腕に現れた赤い発疹は毒草リブカ特有の症状です。少量では死ぬことはないのですが、とりようによっては命に関わる恐ろしい毒草です。」


「何だと。オフィーリア、普段からイザベラをいじめていたが、とうとう毒を飲ませるとは。なんたる悪女だ。もう、お前とは婚約破棄だ。今をもって、正式に婚約破棄とする。」


ブランに皆の目の前で、そう宣言されてしまった。


違うと言っても誰も信じてくれず、泣きながら家に帰った。


家に帰ると、父ベイル伯爵も継母ミラもこの事実を知っており、「お前などこの家の恥だ、お前とは今日限りで絶縁する。さっさと出ていけ。」と追い出されてしまった。


とぼとぼと歩きながら思い出すのは、イザベラのニヤリと口角を上げた気味の悪い笑顔。


ブランに抱きかかえられたとき、オフィーリアに一瞬見せたあの悪魔のような笑顔が忘れられない。


どうせ彼女のことだ。


腕に現れた赤い発疹は、舞踏会が始まる前に何かで付けたものなのだろう。


だが、今はそんなことより、まずは自分を生かせる仕事を探さなければ・・・。


幸い、読み書き計算、礼儀作法は一通りできる。


それを生かせばきっと何とかなるだろう。


それに・・・、あの家族と離れたことは、かえって正解なのかもしれない・・・。


オフィーリアが、そんなことを考えながら歩いていると、一台の馬車が目の前に止まった。


男二人が現れて、オフィーリアを馬車に引きずり込み、そして連れてこられた場所は、怪しげな実験室だ。


猿ぐつわを噛まされ、話すことができないオフィーリアに男たちは話しかける。


「ふふふ。お前は栄誉ある初の実験台だ。成功したら人間兵器として働いてもらう。まあ、そのときには、薬でお前の意思など、なくなっているがな。」


「んんん」


止めてと言いたくても言葉にならない。


「さあ、実験開始だ。成功したら初の人間兵器、失敗したら死ぬだけだ。」


男が、オフィーリアの猿轡を外し、無理やり小瓶に入った液体を飲ませる。


「ううっ、」


飲みたくないが、液体は意思に反して喉を通っていく。


その瞬間、喉に焼け付くような激しい痛みを感じた。


ううっ、く、苦しい。


声に出したくても発することができない。


次に身体全身が燃えるように熱くなり、立っていられなくなり床に倒れた。


視界が途切れ、もう何も見えない。


熱い!苦しい!息ができない! ああ、私はこんなところで死んでしまうのね。


死の予感が、過去の辛かった出来事を走馬灯のようにくるくると描き出す。


五歳の時に帰らぬ人となった優しかったお母様。


すぐにやって来た継母と、父によく似た二つ下の義妹。


二人に虐げられ、濡れ衣を着せられ、悪役令嬢に仕立て上げられた日々。


ああ、だけど、悔しい、悔しい、私はこんなところで死にたくない。


絶対にイヤーーー!


声にならない叫びを上げた。


「何だ、これは?」


「くそっ、実験は失敗だ。」


「まさか、こんな姿になろうとは。」


意識が薄れゆく中、男たちの動揺する声が聞こえる。


ああ、やっぱり失敗したのね。人間兵器になるより、この方が良かった。


もし、生まれ変わったら、私をこんな目に逢わせた皆を許さない。


絶対に、復讐し・た・い・・・


オフィーリアが、完全に意識を失う前に、男たちの悲鳴が聞こえたような気がした。




オフィーリアが、目を覚ますと、そこはふかふかのベッドの上だった。


柔らかく温かい布団が掛けられている。


あれ? 私生きてるの? 死んだと思ったのに・・・


あれだけ痛かった喉も熱かった身体も、今は正常だ。


身体のどこにも傷は、な・・・


ここでオフィーリアの思考は停止した。


ちょ、ちょっと待って!私、裸? 何も着ていない。


オフィーリアは、布団に隠れて気が付かなかったが、よく見ると、下着一枚すら身に着けていない正真正銘の素っ裸である。


ここはどこ? 


少し冷静になって部屋を見渡す。


必要最低限の家具と、何の飾りもない殺風景な部屋から考えて、ここは男の部屋みたいだ。


えっ? もしかしてヤラレタ? 私、処女を奪われたの?


と考えたが、どこも痛くなかった。


子どもの頃、耳年増の友人から「初めてのときはスッゴク痛いんだって。」と聞かされた。


しかし、自分はどこも痛くない。


もしかしたら、私をここに連れてきた男は、私が目覚めてからことを致す気なの? 


逃げなくちゃ。


取りあえず、まず服を着なくっちゃ。服、服、どこにあるの?


部屋を見回し目で探していたら、ガチャッと誰かがドアを開ける音がした。


えっ、ちょっと待って! 私、まだ裸なのよ。


イヤよ、来ないで!


オフィーリアは、男の侵入を止めたくて、大声で叫んだ。


「キャンキャンキャー――ン!(イ、イヤー、来ないでーーー!)」


え? キャンキャン? って何で?

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