09 死神
盗賊たちが立てこもっている砦に向かって、帝国軍の砲撃が開始された。
その多くは砦の周囲の山肌に着弾したが、砲弾に詰められた火薬が炸裂し、その轟音と衝撃が砦の中のクロードたちに強烈に伝わってきた。
しかも、帝国軍は撃つたびに弾道に修正を加えてきており、砲撃が徐々に砦に迫りつつある。
「ユーリ! 大砲は魔法で防げるか!?」
砲撃の轟音に負けないようにクロードは叫んだ。
「今は火を防ぐので手いっぱいだよ! 大砲を防いだら、今度はそっちに手が回らなくなる。火と大砲、好きなほうを選んで!」
珍しくユーリも大声で返した。
未だ周囲を渦巻く炎と迫りつつある砲撃の二択に、さすがのクロードも焦りの色が見える。
「ムラクモ! 大砲の弾は剣で斬れるか!?」
銃弾が斬れるなら砲弾も斬れるのではないかと、クロードは一縷の期待を抱いた。
「あれは爆発するから無理だ! 前に一度やって酷い目にあった!」
ムラクモが首を横に振る。
本当に斬ったことがあるのかよ、と自分で聞いておきながらクロードは首をすくめた。
その瞬間、とうとう砲弾が砦を捉えた。
クロードたちがいる食堂からは遠いところだが、砦の石造りの壁が木っ端みじんに崩壊。驚いたエマが身体を縮こまらせる。
さらに2、3発の砲弾が立て続けに砦に直撃。古い建造物だけあって簡単に崩れていく。
「あいつら、エマも一緒に吹き飛ばすつもりか!」
ムラクモが剣を握りしめた。自分たちはともかく、エマを守るために砲弾を叩き斬ろうと覚悟を決めたのだ。
「とりあえず、火は消す!」
ユーリが頭上に高々と手を突き上げて呪文を唱えると、彼の全身に刻まれた文様が光り輝いた。
すると、突然あたり一帯が暗くなった。砦の真上の空を中心に暗雲が立ち込めたのだ。
そのどす黒い雲がもたらしたものは雨。それも滝のような大雨である。
のたうち回るように砦を囲っていた巨大な火は大雨に呑まれて鎮火、さらに帝国の砲兵たちも視界不良とぬかるんだ地面で思うように行動できなくなった。
「さすが大魔導士先生! 信じていたぜ、俺は!」
クロードは調子良いことを言うと、眼下の帝国軍を睨みつけた。
「俺の砦をボロボロにしやがって! お返しに酷い目に遭わせてやる!」
食堂を飛び出し、逆襲に転じようとしたクロードたちの視界に映ったのは、先んじて砦めがけて近づいてくる帝国軍の姿だった。しかし、その数は少ない。
「何だあの連中は? たったの4人だと? なめてるのか、俺たちを」
クロードが怒りをあらわにした。
「いや、待て。あいつらは『死神』だぞ? 黒騎士直属の部下だ。くそっ、黒騎士が来てやがるのか!」
近づいてくる敵兵が全身を黒い鎧で覆った大柄な騎士たちであることを確認して、ムラクモがうめいた。
「黒騎士だと!? そんな大物が盗賊相手に出張ってきやがったのか。案外、帝国も暇なんだな」
近づいてくる黒騎士たちをクロードは憎々し気に見た。帝国最強の将として黒騎士は有名である。
そして、ムラクモとユーリの国を滅ぼしたのも黒騎士の軍だった。そのため、黒騎士とその配下の死神の強さはふたりともよく知っている。
「死神は厄介だ。えらく頑丈な鎧を着ていて剣も魔法もロクに効かない。しかも後ろにぞろぞろ兵士たちを引き連れて来てやがる。死神の相手をしながら銃を防ぐのはきついぞ? 俺はそれでやられたんだ」
ムラクモが顔をしかめた。死神の後ろには、間隔をあけて大勢の帝国兵たちが続いている。当然、手にはライフルを携えていた。
「ちっ、裏から逃げるか?」
クロードが山の裏手方向に目をやった。
「いや、後ろにも帝国軍が回り込んでいる。というか、山を包囲されかけているよ。さすが黒騎士だ。やることに抜かりが無い」
魔法で帝国軍の様子を監視していたユーリがぼやいた。魔法で豪雨が降るのを見るや、黒騎士は兵士たちに移動を命じて即座に包囲網を敷かせていたのだ。
「山を包囲……って、どんだけの兵士を動員してきたんだよ? そんなにエマは重要なのか?」
クロードがエマに視線を走らせた。それを受けてエマは身体を強張らせ、意を決したように口を開く。
「まさか、こんなことになるなんて知らなかったんです! 修道院にだって、こんなにいっぱいの帝国の人はこなかったんです! でももし、わたしが行って収まることなら……」
「どちらにしろ、盗賊は縛り首さ。おまえが言った通りな」
クロードが優しく微笑んだ。
「それにクロード盗賊団は仲間を見捨てたりしない」
その言葉にムラクモとユーリが頷く。
「何、簡単な話さ。死神をぶちのめせば、帝国軍はびびって退却する。それだけのことだ」
「だな」
ムラクモが剣を抜いた。
「仕方ないね」
ユーリが懐から宝石のようなものを取り出して、口に放り込んだ。
「……ユーリさん、宝石を食べるんですか?」
びっくりしたエマが尋ねた。
「ん? これは魔石だよ。強力な魔力を持っているんだ。そこから魔力を補充してるだけ」
ユーリは飴のように口の中で魔石を転がしている。
「そんなことをできる魔法使いはユーリだけだけどな。こいつは魔石から魔力を取り込むために、口の中にまで呪文を刻んでいやがる」
からかうようにムラクモが笑ったが、ユーリは気にもしていない。この即効性のある魔力の補充も、もともとは帝国の物量に対抗するために身に付けた術である。
「これが一番効率的だからね」
魔石から魔力を補充しているユーリの目は血走り、顔にはやはり赤い文様が浮かび上がっていた。まるで異国の神のように。
「じゃあ行くか。エマは留守番してろ。俺たちが帰ってきたら、また大掃除だ」
クロードが片頬をあげて笑った。
「ネコ、エマのところにいてやれ」
ムラクモが命じると、足元にいたネコが助走をつけてから、ぴょんと飛んでエマのエプロンのポケットにすぽっと入った。
その可愛らしい動きに、エマは危機的状況を一瞬忘れて顔をほころばせた。
──
『死神』と呼ばれている黒騎士直下の騎士たちは全身を黒い鎧で覆っており、肌を一切露出させていない。しかも、普通の青年の男よりも一回り大きく、背中に巨大な大剣を背負っているため、かなりの威圧感を持っている。
彼らは雨でぬかるんだ山肌を着実に、そして黙々と進んでいた。彼らの自重はかなりのものなのか、足首を地面にめり込ませるように歩んでいる。
その死神たちのど真ん中に光弾が叩き込まれた。ユーリによる魔法である。
それは先ほどまで帝国軍が行っていた砲撃の倍以上の爆発を引き起こし、死神たち全員を巻き込んだ。
しかし──死神たちは一瞬立ち止まっただけで、爆発が止むとすぐにまた歩き始めた。
むしろ、死神たちのはるか後ろで行軍していた帝国兵たちが怯えて動きを止めている。魔法の威力に怯えたのか、死神の異様さに怯えたのかは定かではないが。
「だから嫌なんだよね、死神君たちはさ」
魔法の直撃を受けても平然としている死神たちの姿を確認して、ユーリは困った顔をした。
クロードたちは既に砦を出て、帝国軍を見下ろす位置に陣取っている。
「多分、あの鎧は魔法を緩和させる効果が付与されているんだよ。僕の魔法が弱いわけじゃないんだ」
「じゃあ、今回おまえの魔法は役に立たないのか?」
言い訳するように呟いたユーリを、クロードがとがめる。
「別に? 魔法が効かないなら、魔法じゃないもので攻撃すればいいだけだからね。こんな風に」
ユーリが白い指を優雅にパチリと弾いた。
すると、死神たちの少し上の山肌が横方向に連鎖するように次々と爆発。
山の一部が崩壊して大きな土砂崩れとなり、死神たちを襲う。
「どんなに丈夫でも生き埋めになったら終わりでしょ?」
悪い笑みを浮かべるユーリ。
土砂崩れは4人の死神たちをはらわたに収め、その下の帝国軍をものみ込む勢いだ。
帝国兵たちが悲鳴をあげて逃げ惑う。
「じゃあ、残りの連中は俺が追い返してやるとするか」
難敵をあっさりと倒せたことにムラクモはやや拍子抜けしていたが、剣を横に構えて山を駆け下りようとした。
だが、死神をのみ込んだ土砂に異変が起こる。
爆発するように土くれが弾け飛ぶと、その中から4人の死神が飛び上がり、クロードたちのすぐ近くに着地したのだ。
「……嘘だろ?」
ムラクモが目をむいた。