07 捜索
「ええぃ、捜索はどうなっている!? まだ見つかっていないのか!」
盗賊に襲撃されたという峠道につくなり、オイゲンはわめいた。
彼は自分の弟子の中でも腕の立つ魔法使いを3人連れてきている。
その弟子たちはフードを深くかぶり、兵士たちを威圧するようにオイゲンの後ろに控えていた。
「この役立たずどもが! 銃を持っているくせに、騎士と魔法使い相手に醜態を晒しおって! ガーネッツ様はお怒りだぞ!? 盗賊どもを捜し出すまで帝国に帰れぬものと思え!」
兵士たちは嫌そうな目でオイゲンのことを見ていた。上にはへつらい、下には厳しい肥えた魔法使いのことを、彼らは快く思っていない。
「しかし、オイゲン様。盗賊たちが山に潜んでいるといっても、この辺りは険しい山だらけであまりに捜索範囲が広過ぎます。そう簡単にいくとは……」
捜索を指揮している将校が苦言を呈した。彼は職務に忠実な優秀な軍人であり、いくら人員をかけても、この任務はそう簡単にはいかないと危機感を持っている。
「ふん、銃が使えなければ貴様らなど、ただの平民に過ぎぬからな。盗賊が潜む場所ぐらい、我が魔道にかかればすぐに見つかるわ」
オイゲンは将校たちのことを蔑むと、朗々と呪文を詠唱し始めた。
その姿は尊大で仰々しく、いかにも「凄い魔法を唱えている」というのを見せつけているようである。
杖を振り回しながら、大げさな身振り手振りをした後にオイゲンは呟いた。
「ふっ、見えたわ」
同時に右手につけた指輪から細い光が放たれ、少し離れた山の中腹あたりを指し示した。
「この光の先に古い砦がある。盗賊たちのねぐらはそこだっ!」
「おおっ!」
将校たちは素直に感嘆した。オイゲンのことは人間的には好きではなかったが、その魔法には一目置いていたからだ。
──
兵士たちが斧や剣を使って茂みをかき分け、オイゲンたちは進んでいた。
山中の道なき道を行っているので、その歩みは決して早くはない。
だが、その先に襲撃犯である盗賊たちがいると思えば、自然と足に力が入った。
しかし──
「オイゲン様、あとどれくらい進めば目的地にはたどり着けますでしょうか?」
たまりかねた将校がオイゲンに尋ねた。
昼前には出発したはずなのに、もう空が茜色に染まろうとしている。
兵士たちがいくら歩いても周囲の景色は一向に変わらず、同じところを彷徨っているような感覚に陥っていた。
「……そう遠くはないはずだ。すぐに、すぐに着くはずだ!」
オイゲンも焦っていた。指輪が示していた場所はそう遠くなかったはずだが、一向にたどり着く気配がない。しかも、歩いた距離で言えば、とっくに山ひとつは越えていそうなものなのに、何時まで経っても登り続けている。
(おかしい……まさか、これは道を狂わす結界が張られている? いや、そんな馬鹿な。このわたしがそこらの魔法使いの結界に惑わされるなど……)
オイゲンも兵士たちに大きな顔をした以上、引っ込みがつかなくなっている。
「オイゲン様」
弟子のひとりが恭しく口を開いた。
「とっくにお気づきのこととは思いますが、結界が張られているようです。申し訳ございません、わたしどもは今ようやく気付きました」
「やっと気付きおったか、この馬鹿弟子が!」
これ幸いとばかりにオイゲンが弟子を叱りつけた。
「おまえたちを試すために余計な時間を使ったわ!」
オイゲンはすべての責任を弟子たちになすりつけることにした。
「はっ、未熟なわたしたちをお許し下さい。その挽回に、我らに結界を破るチャンスを与えて頂けませんでしょうか?」
弟子たちも慣れたものである。彼らは長い間オイゲンの下についているため、師の扱い方を熟知していた。弟子たちは決してオイゲンのことを嫌ってはいない。人間的には色々と問題はあるものの、魔法の師としては一流なのである。そのため、弟子たちがオイゲンのフォローに回ることは良くあることだった。
「よかろう」
鷹揚にオイゲンは許可を与えた。
すかさず、3人の弟子が呪文を唱え始めた。輪唱するように呪文を重ねることで効果を増幅させ、魔法としての強度を上げていく。
すると徐々に周囲の景色に変化が訪れた。結界によって歪められた空間が元に戻ろうとしているのだ。
「あれは!」
兵士のひとりが声を上げた。オイゲンの指輪の光の先に、古い砦の姿が見えたのだ。
彼らは砦まであと少しのところまで迫っていた。
「小癪な盗賊共めが! 今制裁を喰らわしてやる!」
無駄足を踏まされていたオイゲンは、額に血管を浮かべて怒りを露わにした。兵士たちはライフルを構えて攻撃命令に備えている。
「──おや、結界を突破したのか」
その行く手から白い男が姿を現した。何もなかったはずの場所から唐突に。
「あれを破るとは感心なことだ。なかなか見所がある」
ユーリである。帝国軍を前にしても動じた様子もなく、自らの結界を破った相手を褒め称えた。
「ユーリ! 貴様、生きていたか!」
かつて殺したはずのユーリの姿に、オイゲンは顔を大きくゆがませて驚いている。
「なんだ、オイゲンか。なるほど、エマに術を施したのは君か。なかなか見事なものだったけど、まあ、君ならあの程度はできるだろうね」
ユーリは残念そうに顔をしかめた。エマにかけられた魔法から、自分の知らない凄腕の魔法使いの存在を期待していたのだが、それが旧知であるオイゲンの仕業と知って、がっかりしたのだ。
「何故生きているのかと聞いている! 貴様はわたしが殺したはずだ!」
「ああ、そういえば後ろから僕のことを銃で撃ったっけ? でもさ、魔法使いなら魔法を使うべきだったんじゃない?」
かつてオイゲンはグリモアを裏切った際に、背後から銃でユーリのことを撃っていた。
魔法を使わなかったのは、発動した瞬間にユーリに気取られることを恐れたからである。オイゲンは魔法使いのプライドを捨ててまで、ユーリを殺そうとしたのだ。唯一自分より上だと認めた魔法使いのことを。
「まあ、どちらにしろ無駄だったんだけどね。君が撃った僕は幻だよ。都合が良かったから死んだように見せかけたけどね。それにしても気付いてなかったの? わかってて放っておいてくれたのかと思っていたよ。相変わらず魔法のセンスがないね」
「撃てっ! 撃てっ!」
狂ったようにオイゲンが叫んだ。既にライフルで狙っていた兵士たちが、一斉にユーリに向けて発砲を始める。
ユーリは即座に左手に文様を走らせて、青い魔法陣を前方の空間に展開。
自分を狙った銃弾をすべて防ぎきった。
「馬鹿な! 銃を防ぐ結界などできるはずがない!」
オイゲンが目を見開いた。物理的なものを防ぐ魔法の結界は知っている。オイゲン自身も使うことができる。ただ、それは万能なものではない。木の板程度の強度くらいしかないのだ。弓矢なら防ぐことはできるが、火薬の爆発によって射出される鉄の塊を防ぐのは不可能に等しい。
「できないと思っているから、できないんだよ? 魔法は何でもできる。無ければ作ればいい。教えられた魔法しか使わないところが、君の悪いところなんだよ、オイゲン?」
事も無げにユーリは言った。だが、それは天才の傲慢である。魔法には何千年という歴史があり、極まって完成しているものなのだ。故に基本的に魔法は覚えるものであり、作るものでは決してない。それが普通の発想である。新たに作ろうと思うこと自体が異端なのだ。
「ふざけるなっ!」
オイゲンが魔法の詠唱を始めた。砦を探した時とは違い、凄まじい速さで言葉を紡いでいく。それはオイゲンの絶え間ない努力の証でもあった。
『炎狼よ!』
最後に持っていた杖をユーリに向かってかざした。その先端から狼をかたどった炎が現出する。
「まったく君は既存の魔法を使うことだけは上手いね」
飛びかかってくる炎狼に対し、ユーリは少しも慌てなかった。
右手に文様を走らせながら、口から短い古代語を発したのだ。
『凍れ』と。
するとユーリの間近に迫っていた炎狼が動きを止めた。その赤い炎が白い氷の結晶へと変わっていっている。
「炎が凍るだと! あり得ん!」
オイゲンがユーリの魔法の理不尽を責めた。
「だからさ、『あり得ない』とか『できない』とか言っているから、君はダメなんだよ? 魔法は不可能を可能にするものなんだから」
ユーリが右手の指をパチンと鳴らすと、氷の塊となった炎狼が砕け散った。
「そんな……」
肥えた魔法使いが膝から崩れ落ちる。自分の得意とする魔法があっさりと破られたことに衝撃を受けていた。
「兵士たちの半分は敵の魔法使いの背後に回り込め! 結界は前側だけだ! 残り半分は銃撃で牽制するんだ! 我らも魔法で援護する!」
代わりに指示を出したのは、オイゲンの弟子のひとりだった。彼は銃を防いだ物理結界の弱点を正確に見抜いていた。
「良い判断だ。でも遅いね」
ユーリは微笑んだ。
「怖い騎士が到着した」
兵士たちの前に、片手に剣を構えた黒髪の騎士が立ちふさがった。
「ここから先は通行止めだ」
ムラクモが猛禽類のような笑みを浮かべた。