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カナンの城  作者: 駄犬


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06 黒騎士

 その男は常に鉄製の黒い仮面を付けていた。外しているところを目にした人間はいない。

 仮面の下は美形であるとか、酷い火傷を負っているとか噂されている。しかし、それを実際に確かめた者はおらず、ただ『黒騎士』と呼ばれていた。

 黒騎士はその名の通り黒いマントで全身を纏っており、その隙間からやはり黒い鎧が垣間見えた。城内にいるにも関わらず戦時の鎧を身に付けているのは、あまり尋常なことではない。


「不手際だな、オイゲン」


 黒騎士の前に、紫のローブをまとった肥えた男が立っていた。宝石の付いた指輪や腕輪などの装飾品を多く身に付けており、蛇の頭を象った杖を握っている。

 オイゲンと呼ばれた男は魔法使いだった。それもかなりの術者として知られている。

 魔法使いの多くは帝国と対決する道を選んで敗れ去り、現在は弾圧されていた。そんな中、帝国についたオイゲンは魔法使いとしての頂点に君臨しているといっても過言ではない。

 しかし、今はその額からおびただしい汗が流れていた。

 ここは帝国にある宰相の執務室である。この部屋の主である宰相ガーネッツは豪奢な椅子に深く座り、配下である黒騎士とオイゲンのことを黙って見守っていた。


「申し訳ございません、まさか一個中隊を護衛に付けたにもかかわらず、盗賊に襲われるとは想定外でして……」


 オイゲンは必死に抗弁した。


「言い訳は無用。それで姫は今どこにいる? 調べはついているのか?」


 黒騎士の声は仮面のせいでくぐもっていて、あまり人間的には聞こえず、それがかえって不気味だった。


「姫を奪ったのは、あの山中に潜むという盗賊のようですが、何分かなり広く、どこにいるかまでは……いえ、今人員を動員して捜索させていますので、すぐに見つかるかと……」


「姫は無事なのか?」


「それはもう! あの馬車には強力な封印を仕掛けておりますので、盗賊如きには解除できますまい。 しかも姫の意識は魔法で奪ってありますので、馬車から勝手に抜け出すこともありえません!」


 ここぞとばかりに、オイゲンは自信満々に答えた。自分の魔法には絶対の自信があるのだろう。


「……おまえは馬鹿か?」


 無感情だった黒騎士の声に、嘲りの色が混じった。


「はっ?」


「姫は生きていなければ意味がない。馬車から出られず、意識も戻らず、どうやって命をながらえるというのだ?」


「えっ、それはその……」


 慌てふためくオイゲン。そのことには、まったく考えが至っていたなかったようだ。

 黒騎士のマントが揺れ、次の瞬間、オイゲンの首に冷たい刃が肉薄していた。


「ひっ!」


 オイゲンが短い悲鳴を上げる。

 黒騎士が剣を抜いたのだが、そのあまりの速さに一歩も動けずにいた。


「生きたまま連れ戻せ。そうでなければ、おまえの命は無い」


「わかりました! わかりました! 必ず連れ戻します!」


 オイゲンの情けない声を聞いて、黒騎士はゆっくりと剣を鞘に収める。

 肥えた魔法使いは、その場に尻もちをついてへたり込んだ。


「行け。時間はないぞ?」


「はっ、はいっ!」


 けしかけるような黒騎士の言葉に、オイゲンは這いつくばるようにしてその場を後にする。


「……使えん男だ」


 黒騎士が呟いた。


「仕方あるまい。所詮、我らはよそ者だ。使える駒は限られている」


 今まで黙っていたガーネッツが初めて口を開いた。銀髪を後ろに流した、目つきの鋭い怜悧な男である。

 オイゲンはもともと帝国の人間ではない。帝国が滅ぼしたグリモアという国の重臣だった男だ。

 魔法国家として有名だったグリモアを裏切り、帝国に寝返ることで今の地位を得ている。

 そして、同じく帝国の出ではないガーネッツの派閥に属していた。


「だが、エマは重要な鍵。ここで失うわけにはいかない。わたしが行ったほうが確実では?」


 黒騎士がその目をガーネッツに向けた。


「おまえにはすぐに前線に戻ってもらう必要がある。万が一にも敗北するわけにはいかん。我らの地盤は盤石ではないのだ」


 ガーネッツの権力は万全なものではない。皇帝の信任を受けているが、それがかえって他の帝国貴族たちからの受けを悪くしている。直属の部下たちも平民出身の者が多く、有力貴族との結びつきは薄い。

 ガーネッツたちは古代文明の技術の提供と、戦争に勝ち続けることで今の地位を得たが、それも一度でも負ければどうなるかわかったものではなかった。


「それに恐らく姫は生きている」


 銀髪の宰相は薄く笑った。


「何故そう言い切れるのですか?」


 黒騎士の言葉は丁寧ではあるが、主を責めるような響きを帯びている。無責任なことを言うな、というように。


「生き残った兵士たちの報告を聞いたか?」


「強力な騎士と魔法使いを擁する盗賊に襲撃されて馬車を奪われたと」


「同じような報告が何件も上がってきていた。被害者は帝国の貴族ばかりで、今までは我々の管轄外だったがな」


 ガーネッツが口を歪めた。彼が掌握しているのは軍部であり、生粋の帝国貴族たちからは成り上がり者として嫌われている。そのため、今までは帝国を狙う盗賊の件に関わることができずにいたのだ。

 皮肉なことに自らが被害を被ることで、ようやく盗賊を退治する大義名分ができたことになる。


「聞けば、銃よりも早く魔法を撃ってきたらしいではないか。となると、相手は限られる。恐らくはグリモアの天才児だよ。ユーリといったか? 銃の存在を知るなり、真っ先にそれに対抗する魔法を編み出そうとした魔法使いだ」


「ユーリ? オイゲンが始末したはずでは?」


 ユーリはかつて帝国に対する危険人物としてリストアップされていた。魔法の天才として知られた人物であり、帝国の邪魔になる可能性があったからだ。

 しかし、ユーリは帝国がグリモアに侵略した際に、オイゲンの裏切りによって命を落としたはずだった。


「報告を偽ったか、魔法で騙されたか、恐らくはそのどちらかだろう。もしくはまだ見ぬ魔法の天才がいるかもしれんがな。何にせよ、銃よりも早く魔法を放てるような術者なら、オイゲンよりも腕が立つだろう。ならば、オイゲンの魔法も破ることができるはずだ。馬車の封印は破られ、姫の意識も回復していると考えるべきだ」


「そんな男が相手では、オイゲンでは手に負えないのでは?」


 仮面の奥底の目がガーネッツをじっと見つめている。


「天才といっても相手はひとりだ。オイゲンには子飼いの魔法使いたちがいる。それに加えて兵士たちも投入するのだ。物量の前には、いかに個の力が強くても無駄だよ。それは今までに我々が証明してきたはずだが?」


 いかな騎士、いかな魔法使いも、何の力も持たない兵士たちが持つ大量の銃器の前に屈してきた。それこそが帝国の力だった。

 オイゲンが個の力でユーリに劣っていたところで、こちらには魔法使いが複数いるし、そこに銃を持った兵士たちが加われば問題ないとガーネッツは考えているのだ。


「強力な騎士に関しては? オウカのムラクモかもしれませんが?」


 今は帝国によって滅ぼされているが、オウカは帝国の東にあった独自の文化を持つ国で、強力な騎士たちを擁することで知られていた。

 ムラクモはオウカの騎士団長だった男である。帝国の侵略に最後まで粘り強く抵抗し、今は行方知れずとなっていた。


「ユーリとムラクモがそろっていると? 癖が強い男たちだ。共闘するとはあまり思えんが……」


 ガーネッツはあごに手を当てて思考を巡らせた。


「ふむ、とりあえずはオイゲンによって、姫の安否が確認できればそれでよかろう。おまえは戻ってハイランドを攻め落とせ。どちらにしろ、最後の石はあそこにある。オイゲンが失敗した場合は、そちらの片がつき次第、おまえに姫の奪還を任せる」


 ハイランドは北方の雄として知られた国である。現在は帝国と交戦状態にあった。


「ならばすぐに終わらせてくるとしましょう」


 黒騎士は足早に扉へと向かった。

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