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カナンの城  作者: 駄犬


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05 商人

 エマはいつものように盗賊たちの部屋の掃除をしていた。

 クロードの部屋は最初にエマが寝かされていた場所だが、中は盗んできたと思われる豪華な品々が並べられている。そのため、成り上がりの商人のように下品に豪華で、掃除には気を遣った。

 ムラクモの部屋は整然としていた。目につくものといえば床に置いてある小さなカゴくらいで、中には柔らかそうな布が敷き詰められていた。ネコの寝床なのだろう。物はその程度だったので、掃除の手間はほどんどかからなかった。

 ユーリの部屋は魔法の書や道具が乱雑に積み重なっていた。他人がそれに触れるのをユーリは嫌がったので、エマは必要最低限の掃き掃除程度に留めている。


 掃除が終わった後、エマは中庭で大きく伸びをして、何とはなしに空を見た。

 遠くの空の彼方に何かが目に映る。鳥のようだが、それは段々と大きくなっていった。


「何かしら、あれ?」


 エマは茫然と眺めていたが、やがてその姿がはっきりすると目を疑った。

 大きな羽を持っているが、鳥ではない。強いて言えば巨大なトカゲのようなものだが、大きさが貴族の屋敷くらいあった。頭には大きな2本の角に手足には鋭い爪、身体は青い鱗で覆われている。

 その姿は最強の魔物とよばれているドラゴンそのものだった。

 エマは本の中の絵で見たことがあっただけで、実物を目にするのは初めてである。


「ドラゴン!? 何でこんなところに?」


 驚いたのもつかの間、青いドラゴンは砦めがけて舞い降りてきた。

 その目はエマを捉えると口元を歪めた。まるで笑っているかのように。

 よく見れば、その背には大量の荷物のようなものが載っている。しかし、エマはそれには気付かず、慌ててクロードの部屋の中に逃げ込むと、勢いよく扉を閉めた。


「クロードさん! ドラゴンが! ドラゴンが来ました!」


「ああ、来たのか」


 クロードの反応はのんきなものだった。


「えっ? ドラゴンですよ? 凄く大きいんですよ? 食べられちゃいますよ?」


「大丈夫、大丈夫。外に出ればわかるさ」


 クロードは立ちふさがっていたエマを優しく押しのけると、扉を開いて外へと出た。

 エマが扉の陰から恐る恐る外の様子を伺う。

 中庭には既にドラゴンの姿は無く、大量の荷物とひとりの女性が立っていた。

 青く長い髪をなびかせ、露出の多い民族衣装のようなものを着ている。人を妖しく魅了するような大きな蒼い瞳が印象的に映えた。

 同性であるエマから見てもスタイルが良く、蠱惑的な美女である。

 いつの間にかユーリが部屋から出てきていて、女性に熱っぽい視線を送っている。魔法以外のことに関心の薄そうなユーリだが、彼も男だったということだろう。


「クロード、あの子が帝国からさらったっていう女の子?」


 その美女はねっとりとエマのほうを見ていた。獲物を狙う肉食獣のような目で。

 寒気を感じたエマは慌てて扉に身を隠した。


「耳が早いな、ラクシュ。どっから聞いたんだ?」


 クロードはラクシュと呼んだ女に親し気に声をかけた。どうやら知り合いらしい。


「帝国では蜂の巣をつついたような大騒ぎよ? 護衛させていた中隊が盗賊如きに壊滅させられた、ってね。ちょっとやり過ぎたんじゃないかしら?」


「俺たちの縄張りをでかい顔して通ろうとするからだろ? 少しはいい薬になるってもんさ」


「帝国はかんかんよ? いくらここがユーリの結界で隠されているといっても、本格的な山狩りが始まったら危ないんじゃない?」


 ラクシュは気遣うように言った。


「そんときはそんときさ。とりあえず、商売の話をしようぜ? 先日の戦利品はそこに置いてある馬車だ」


 クロードが顎を上げて指し示した先には、エマが捕らえられていた黒い馬車があった。


「なかなか頑丈で良さそうな馬車だろ? しかもでかい馬が2頭も付いている。良い値で引き取ってくれよ」


「馬車?」


 ラクシュの表情が曇る。


「ここから馬車を連れて帰れっていうの? それだと手間賃のほうがかかるわよ。荷台のほうも帝国の紋章がでかでかと入っていて、あのままじゃ使えないわ。うちでは引き取れないわね」


「ちっ、この前の戦利品はあれだけなんだがな……」


 舌打ちしたクロードは、困ったように頭をかいた。


「あら、扉の後ろに隠れている女の子なら引き取ってもいいわよ? わたしの見立てだと、帝国がかなりの値を付けてくれると思うし」


 エマが隠れている部屋の扉を見て、ラクシュは人の悪い笑みを浮かべた。


「あれは売り物じゃねぇよ。というか、あの子は何なんだ? 何で帝国がわざわざ狙う?」


「さあ? わたしも知らないわ。ただ、あの中隊は宰相直属の部隊だったようね。今の帝国で一番の実力者よ? このままじゃ済まないと思うけど」


「宰相……ガーネッツの野郎か」


 クロードが忌々し気にその名を呟いた。

 宰相ガーネッツ。現皇帝に取り入り、古代文明の技術の採用を勧めることで、一気に地位を高めていった人物である。ただ、その経歴は一切不詳で謎が多い。その権力は今では皇帝に次ぐと言われている。


「大人しく手放したほうが良いと思うけど? それとも気に入ったのかしら?」


 ラクシュがからかうように言った。


「そんなんじゃねぇ。ただ、帝国に嫌がらせをしてやりたいだけさ」


 クロードは大きく息を吐いた。


「で、今日はどれくらいモノは持ってきている?」


「見ての通りよ」


 ラクシュは背後に積み重なっている荷物を親指で示した。その中には食料品など、日常生活に必要なものが入っている。

 実はラクシュは商人であった。人里離れた山奥の砦に潜むクロードたちは、この女商人から物品を買い付けている。


「でも、あんたたちに収穫がないんじゃ、取引にならないわよ?」


「しょうがねぇな。秘蔵の宝石がいくつかあるから、今回はそれを出す」


 クロードは諦めたように首を横に振った。


「宝石! クロードの!」


 ラクシュの目が爛々と輝く。口が半開きになって、今にもよだれをたらしそうなほど興味を示していた。


「ちょっと待ってろ。取ってくるから」


 クロードは自分の部屋に戻ると、中にいたエマに言った。


「おまえも外へ出てろ。ラクシュは別に悪いヤツじゃない。宝石に目がない守銭奴ってことをのぞけばな」


 話を聞いていたエマは、大人しく部屋から出た。部屋に隠した宝石を取り出すところを、クロードが見られたくないと察しをつけたからである。

 ところが部屋を出ると、目の前にラクシュが立っていた。


「こんにちは、お姫様」


 にっこりと微笑むラクシュ。


(何か怪しい……)


 3人の盗賊のことはすぐに信頼したエマだが、ラクシュに対しては身構えた。


「こんにちは、ラクシュさん」


「こんなむさくるしい男たちがいる砦なんて出た方がいいわよ? 何なら、わたしが綺麗なお家を用意してあげようかしら?」


 ラクシュの口調は優しいものだったが、エマは試されているような気がした。


「大丈夫です、わたし、ここの生活が気に入っているので」


「気に入っているの? この人たち盗賊よ? 人から物を奪っている悪い人たちよ?」


 小首をかしげるラクシュ。


「もちろん、盗賊は悪いことです。でも、クロードさんたちは悪い人ではありません」


 エマはラクシュの目を見て、はっきりと答えた。


「そうかしら? ムラクモの剣の腕やユーリの魔法の凄さは知っているでしょう?」


「知っていますけど……」


「あれは人殺しのためのものなのよ?」


 ラクシュはエマの目を覗き込むように見た。


「それは……」


 その問いと目力にエマは気圧された。

 確かにラクシュの言うとおりだった。エマはまだクロードたちが略奪を行っているところも、人を殺しているところも見たことは無い。盗賊はそういうものだと頭ではわかっていても、実際に目で見てしまえば自分が心変わりしないとは言い切れない。

 ラクシュはさらに続けようとした。


「クロードだって……」


「余計なことはしゃべるな、ラクシュ」


 そこで部屋からクロードが出てきた。手には大きな青い宝石が握られている。


「こいつで釣りが出るぐらいだろ? 金も持ってきているんだろうな?」


「もちろん! もちろん、持ってきているわ、クロード!」


 ひったくるようにクロードから宝石を取ったラクシュは、それを日の光にかざして熱心に見入った。


「……素晴らしい宝石だわ。今日の手持ちでは足らないわね。貸しにしておいて。そのうち返すわ」


 ラクシュは懐から小さな革袋を出すと、それをクロードに放り投げた。


「わかった」


 クロードは革袋から金貨を取り出して確認した。中には恐らく何十枚と入っているのだろう。

 ラクシュの持ってきたものと金貨を併せても足りないということは、あの青い宝石には相当な価値があることになる。


「じゃあ、また来るわね。どうせまだたくさん宝石を隠しているのでしょう?」


 ラクシュは艶やかにクロードに微笑むと、エマに軽く手を振ってから砦から出ていった。

 結局、ユーリは一言も話すことなく、最後までラクシュの姿に見とれていた。


「……あの人、どうやってここに来たんですか?」


 エマはその後姿を茫然と見ていた。


「どうやって、って自力でだよ」


 クロードがそう言った瞬間、砦のすぐ近くから青いドラゴンが空に飛び立っていった。

 その首がクロードたちのほうを向くと、片目を瞬かせてウィンクした。


「えっ?」


 エマは目を丸くした。

 

「あの人、竜人だったんですか? あの伝説の?」


 ドラゴンの姿になれる人間のことを竜人と呼ぶのだが、目撃例がほとんどなく伝説の存在とされていた。

 一方で狼の姿になれる人間のことは人狼と呼ばれ、こちらは割とポピュラーな存在である。ただ、人から忌み嫌われており、教会が主導して人狼狩りを行ってきた歴史があった。


「しかも、ただの竜人じゃない。ラクシュは青龍だ」


「青龍!?」


 はるか昔、カナンの時代より存在しているといわれる4匹の魔物のことを、人は四神獣と呼んで敬ってきた。青龍はその一角である。所在不明とされていたが、まさか商人をやっているとはエマは思わなかった。


「どこで知り合ったんですか?」


「何、あいつが取引で手に入れる予定だった宝石を盗んだら、怒り狂って追ってきたのさ。途中までは馬車だったのに、いつの間にか空を飛んでいて、しまいには炎を轟轟とふいてきやがった。生きた心地がしなかったよ。で、最後は宝石を返して謝り倒して、ついでに詫びの宝石も渡して許してもらった。盗んだ宝石は優先的に売り払う、っていう約束をしてな。それからの付き合いだよ」


「そんなに宝石が好きなんですか、ラクシュさんは?」


 そういえば宝石に尋常じゃないくらい興味を示していたな、とエマは思い返した。


「元々『ドラゴンは宝石が好きだ』っていう逸話があるくらいだからな。あいつはその典型だよ。怒らせなければ悪いヤツじゃない」


「はぁ……」


 あっという間に小さくなっていく青龍の姿を、エマは半信半疑で見ていた。

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