04 過去
「エマが掃除も料理もできるのはわかった。でもよ、俺たちは盗賊だぜ? 何もこんなところにいることはないだろ。もう一度修道院に入れとまでは言わないが、もっとまっとうな場所に行ったほうが良いんじゃないのか?」
クロードは真剣な表情で告げた。
パンの食べ過ぎで膨らんだ腹をさすっているので、まったく様になっていない。
「……多分、わたしがどこに行っても、帝国の人はやってくると思います。それぐらい執拗でした。そうでなければ、普通は修道院の中まで押し入ったりはしません」
エマは目を伏せた。修道院は国ではなく教会によって運営されている。
現在、帝国が著しく勢力を伸ばしているが、それと信仰は別ものであり、宗教面では教会の影響力は無視できるものではない。
帝国軍が修道院に押し入るなど、相当なリスクがある行為だった。
「だからと言って、盗賊のところに来ることは無いと思うがな」
ムラクモが目つきを険しくして言った。恰好つけているようだが、スープの飲み過ぎで腹を抱えている。
その近くで、ネコも腹が満たされて眠そうな鳴き声をあげていた。
「僕が言うのも何だけど、ここはロクなところじゃないよ? ひょっとしたら、帝国に囚われていたほうがマシかもしれない」
ユーリが冷静に指摘した。しかし、彼はポテトパイの食べ過ぎで苦しくなって、長椅子に身体を横たわらせている。
「帝国の人たちは怖いのです。わたしを『鍵』として何かに使うことで、何か良からぬことを考えているような……そんな気がして。それに……」
エマは言いにくそうに口ごもった。
「それに?」
クロードが先を促す。
「盗賊さんたちだったら、わたしがいてもあまり迷惑にならないんじゃないかと思って」
「何で?」
「だって、盗賊さんたちは捕まってしまえば、どちらにしろ縛り首になるのでしょう?」
「えっ?」
3人の盗賊たちがそろって声を上げた。
エマの顔はいたって真面目で、冗談を言っているようではない。
「何か? それは俺たちは捕まっちまえばどうせ縛り首だから、迷惑にはならないってことか?」
クロードは愕然とした表情を浮かべている。
「そう……ですけど……もしかしてご迷惑でしたか?」
恐る恐る尋ねるエマ。
「いや、そうだな」
クロードはふき出した。
「まあ違いない」
ムラクモは苦笑した。
「確かに帝国に狙われている者同士だね」
ユーリも横たえた身体を曲げて笑っている。
その様子を見て、エマはきょとんとした顔をしていた。
ひとしきり笑った後、クロードは言った。
「エマの言う通り、俺たちも帝国に狙われている。そう言った意味では仲間だ。俺たちは盗賊といっても帝国の連中ばかり狙っているからな」
「何故、帝国ばかりを狙うのですか?」
エマは首をかしげた。盗賊なら誰彼構わず略奪するものだと思っていたからだ。
ただ、自分が目を覚ましたとき、この3人の姿を見て「そんなに悪い人たちではない」と直感的に思ったことも事実だった。
「簡単な話さ。俺たちは帝国が嫌いなんだよ。古代の文明だか何だか知らないが、そんなもんをほじくり返して戦争の道具にしやがる。ロクな国じゃない」
クロードが言った通り、帝国は大昔に滅びたというカナンという文明の遺跡を発掘し、そこから得た技術で一気に勢力を伸ばした国だった。銃や大砲はその代表的なものである。
それまで戦場は騎士や魔法使いといった選ばれた者たちだけのものだったが、帝国は平民を兵士として大量に動員し、新技術を使わせることで物量で他国を圧倒したのだ。
その強大な軍事力で強引に領土を拡大しているため、帝国を憎む者たちは多い。クロードもそのひとりのようだった。
「ムラクモとユーリは国を滅ぼされた。しかも最後まで抵抗していたもんだから、帝国から目の敵にされている。そこを俺が盗賊にスカウトしたってわけさ」
「強引にな」
クロードの言葉に、ムラクモは眉間に皺をよせた。
「盗賊もそれほど悪くは無いけどね」
ユーリは両肩をかるくあげた。
「だから、俺たちは帝国専門の盗賊なんだよ。ようこそ、エマ。おまえが鍵だが何だか知らないが、帝国に狙われているってんなら守ってやるよ。あいつらの嫌がらせになるなら大歓迎だ」
こうしてエマは盗賊たちの砦に身を置くことになった。
──
エマは元は王女だったとは思えないほど、よく働いた。
朝早く起きて洗濯物を洗って干し、朝食の用意を始め、盗賊たちがそれを食べ終わったら、後片づけをして、今度は掃除を始めるといった具合だ。
掃除が終わったら、昼食の支度をし、同時に夕食の支度もする。実に手慣れていた。
一切の家事をエマがやってくれるので、盗賊たちは日中は好きに過ごしていた。クロードはどこかへ出かけていて姿を見せないことが多いが、ムラクモは剣の鍛錬、ユーリは魔法の研究に没頭していることが多い。
「本当に姫さんなのか?」
ある日の夕方、洗濯ものを取り込むエマの様子を見て、ふとムラクモが尋ねた。
いくら小国とはいえ、王族の出にしてはあまりにも仕事が板についていると思ったのだ。
「もともとはただの平民だったんです。お母さんと一緒にふたりで森で暮らしていて。お母さんは仕事で働いていたから、家のことはわたしがしていたんです。小さい頃から何でもやっていたんですよ」
洗濯物を取り込む手を止めずにエマは朗らかに答えた。
「それが何で王女様になったんだ?」
「お母さんが病気で死んでしまった後、わたしはお城に引き取られたんです。お母さんは元々お城で働いていたみたいだったんですけど、そこで王様と仲良くなったみたいで……わたしの本当のお父さんは王様だったんです。王様も早くに王妃様を亡くしていたから、浮気とかじゃなかったんですけど、王族はすごく血筋とかを大事にしていて、平民と結婚とかとんでもなくって、それでお母さんは身を引いたみたいなんです」
「そのとき既にエマを身籠っていた、と?」
「はい……でも、お母さんはとても明るい人で、そんなに生活は大変じゃなかったんですよ? お父さんのことも『とても良い人だった』って言っていて、悪く言ったこともありませんでした。まさか王様だとは思いませんでしたけど」
エマは困ったような表情を浮かべた。
「しかし、それなら城では肩身を狭い思いをしたのでは?」
血筋を重視する王家なら、母親が平民のエマはひどい扱いを受けていたであろうとムラクモは思った。
「それがですね……」
エマは口をほころばせた。
「いじわるしてくる人もいたんですけど、あんまり大したことがなくて。だって『掃除をしろ!』とか言ってくるんですよ? わたし得意なんですもの。喜んでやっちゃいました。食事も使用人さんたちと同じものを出されたりしましたけど、それでも家で食べていた物よりもよっぽど立派で。全然平気だったんです」
「なるほどな」
ムラクモも思わず笑った。エマがその程度の嫌がらせにへこたれないような、芯のしっかりした女の子であることは見ていればわかる。そこらへんの貴族の娘よりも、よっぽど育ちの良さを感じさせた。母親は王に見初められただけあって、良くできた人間だったのだろう。
「それに……王様だったお父さんも、王子様だったお兄さんも良くしてくれたんです。だから嫌がらせになっていなかった嫌がらせも、すぐに終わっちゃって。むしろ、その後から始まった王女としての教育のほうが、よっぽどわたしには辛かったんですよ?」
そう言うとエマは悪戯っぽく笑った。
「……その王と王子はどうなったんだ? 帝国に殺されたのか?」
少しためらった後、ムラクモは尋ねた。聞かないほうがいいかとも一瞬考えたが、エマが狙われている理由になっている可能性もあったからだ。
「王は……お父さんは死んだそうです。わたしを逃がした後のことなので噂で聞いたんですが、帝国に最後まで抵抗したそうです。兄に関してはわかりません。でも、とっても正義感の強い人だったから、恐らくは帝国と戦って死んだんだと思います」
エマの瞳に悲しみが宿っていた。それを見て、ムラクモは何か言おうとしたが、それよりも早くエマが気丈に言った。
「兄はとっても剣が上手くて、誰にも負けたことがなかったんです。多分ムラクモさんくらい強かったんですよ」
エマは少し悲しそうな微笑みを浮かべていた。