28 魔法使いとドラゴン
ガーネッツ派の兵士たちの待ち伏せを突破し、クロードたちが先に進んでいくと、ようやく城内部へと入ることができた。
そこは飛空艇が数十機は格納できそうな巨大な広間になっている。
「何だここは? パーティー会場にしてはでかすぎるんじゃないか?」
あまりの広さに、クロードがうんざりしている。
「ここは格納庫よ。元はカナンの兵器が搭載されていた場所でもあるわ」
女の声が何もない空間の中を反響した。
「ラクシュ?」
その声にユーリが反応する。
「お久しぶり」
広間の奥の方に見えるのは、先ほど別れたばかりの女商人。クロードは首を傾げ、ユーリは想い人を見るかのような視線を送った。
「何でおまえがここにいるんだ? まさか双子の姉妹でもいたのか?」
クロードが不思議そうに尋ねた。
「いいえ。こんな美女は世界にひとりしかいないわ」
妖艶な笑みを浮かべるラクシュ。
「さっき、ガーネッツさんと新しい契約を結んでね。あの方は良い人よ? 何せ世界中の宝石をわたしにくれるっていうじゃない? これに乗らない手はないと思ったのよ」
「最悪だ……」
クロードは事態を正確に把握した。要はラクシュは買収されたのだ。
「最悪ってこともないわ。ここで諦めてくれればあなたたちは命が助かって、わたしは宝石が手に入る。丸く収まるでしょ?」
「何を言っているんだ、あの女は? 頭がおかしいのか?」
ラクシュが青龍であることを知らないジークフリートは不快感を隠さなかった。
「そうね。あなたから見ればわたしは何もかもおかしいかもね、皇帝陛下」
その言葉と共にラクシュの容貌が変化していく。背から羽根が生え、両手両足から鉤爪が伸びてゆき、頭からは2本の角が生えた。それと共に全身が膨張するように巨大化していく。
「青龍だと!? あの女は竜人であったか!」
竜人。人狼と共に人に化けることができると言われている種族のひとつ。ただ、人狼とは異なり、目撃例は極端に少なく、その実在が疑われていた。
『ここで大人しくして頂けないかしら。死にたくはないでしょう?』
龍と化しても人の言葉は話せるようだが、その声は人のときとは異なり、威圧感を伴っていた。
しかも軽く羽ばたいただけで、強烈な風が人間たちを襲う。青龍が悠々と広間の中を飛び始めた。
この巨大な広間では、ドラゴンが飛ぶスペースは十分に確保されている。そして、飛ばれてしまっては近接戦闘しかできないクロードとムラクモは手が出せない。
圧倒的な青龍の存在感にジークフリートは身動きが取れず、さすがのクロードも額に冷や汗を流した。
ところがそんな中、ただひとり嬉しそうにしている者がいた。
ユーリである。
「ひょっとして、今ならラクシュを倒しても良いのかな?」
何やら妙なことを言い始めた。
「ラクシュを倒す? おまえ、ラクシュのことが好きじゃなかったのか?」
隣にいたムラクモが当惑している。ラクシュが砦にやってくるたびに、ユーリは熱っぽい視線を送っていたのだ。そう思われていても不思議ではない。
「好き? いや、単に来るたびにラクシュを見ながら、『ドラゴンって、どうやったら魔法で倒せるだろう?』って考えていただけだけど」
ユーリがきょとんとした表情を浮かべている。
「おまえ、そんなことを考えながらラクシュを見ていたのか?」
予想外のユーリの気持ちに、ムラクモとクロードはぎょっとしていた。
『……あなた、そんな風にわたしのことを見ていたの?』
ラクシュも龍の顔を歪ませて、嫌そうな感情を見事に表現していた。
「だって僕は魔法がすべてだもの。ドラゴンがいるなら魔法で倒したくなるものだろう? それが魔法使いってものだ」
「わりぃ。その気持ち、俺にはわかんねぇや」
クロードは仲間の気持ちに寄りそう努力を放棄した。
「おまえと同じにするな……」
同じ魔法使いであるオイゲンもぼやいた。彼は早々に青龍と距離をとって、広間の壁際まで下がっている。
「まあいいけどね。でも君たちは空中の敵に対しては足手まといになるから、とっとと先に行ってくれないかな? 僕がラクシュの相手をしてあげるからさ」
「ここは俺に任せて先に」というより「楽しみを邪魔するな」という感じでユーリは言った。
『そんな簡単に通すと思っているの?』
青龍が口の中に炎をため込んで一気に吐き出した。ブレスと呼ばれるドラゴン特有の攻撃である。
「それは前に見た」
身体中の文様から光り輝き、ユーリは瞬時に結界を展開。ブレスを防ぎきってみせる。
「ほら、早く行ってよ、邪魔だからさ。あ、オイゲンは残ってよ? 君は僕と一緒に飛行魔法を作ったんだから、ドラゴンとだって戦えるだろ?」
「はっ?」
一目散に広間から抜け出そうとしていたオイゲンは、顎が抜けそうなくらい口を開いた。
「そうか。では青龍と戦う大役は任せたぞ、オイゲン」
主であるジークフリートが、オイゲンに居残りを命じて広間から出ていった。クロードとムラクモもその後に続く。
「ユーリ! 貴様っ!」
オイゲンは怒りで顔を真っ赤した。だが、ユーリは飄々としたものである。
「早く飛行魔法を使わないと燃やされるよ?」
見ればユーリに攻撃を防がれたラクシュが、腹いせにオイゲンに向けてブレスを放とうとしていた。
「ひぃっ!」
慌てふためいて覚えたての飛行魔法で飛び立つオイゲン。その直後にさっきまでいた場所を炎が包んだ。
赤かったオイゲンの顔が一気に青褪める。
「じゃあ適当にラクシュの気を逸らしておいて。僕がやっつけるからさ」
口に魔石を放り込んでから自らも飛行魔法を行使したユーリは、宙を舞いながら器用に魔法を唱え始めた。いつもは身体の文様を使って無詠唱で魔法を使っているので、呪文の詠唱自体が珍しいことだ。
『深淵の闇よ、我が声に応えよ。冥府へと誘う暗黒の聖霊よ、その黒き手を伸ばせ……』
不吉な文言を暗い旋律で歌う白き魔法使い。
広間の床にいくつもの魔法陣が現れ、影がぬるっと波打ち始めた。
『何、この気持ち悪い魔法は?』
大抵の魔法なら抗しきれる自信のあるラクシュだが、見たこともないユーリの呪文に動揺を隠せない。
『我が敵を貫け』
ユーリが両手を青龍にかざす。すると、床の魔法陣から槍ほどの大きさの黒い棘が無数に顕現し、ラクシュめがけて矢のように放たれた。
『舐めるなっ!』
飛来する黒い棘に対してブレスを放つラクシュ。黒い棘は炎に抗しきれずに次々と溶けていくが、いくつかはブレスをかいくぐって龍の身体に突き刺さる。
『痛いっ、痛い! 何これ!?』
「闇魔法だよ。ドラゴンは四元素の魔法に耐性があるらしいから、君のためにわざわざ覚えたんだ。ブレスを防いださっきの結界だって、君のために作ったんだよ?」
まるで愛の告白でもしたかのように、ユーリはうっとりとしていた。
『闇魔法!? それはグリモアで禁止になっていたヤツじゃない!』
ラクシュは抗議するように咆哮をあげた。闇魔法は攻撃性が高く、術者自身への負担も大きいために使用を禁じられていたのだ。
「そうだ、ユーリ! 闇魔法は禁呪だぞ!」
なぜかオイゲンまで非難を始める。彼は慣れない飛行魔法で不規則に動いており、それがかえってブレスの的になりにくくしていた。
「え? だってグリモアは滅んだじゃないか。だから、そんな決まりごとは無効だよ」
祖国は滅んだのだから問題ない、という非情な見解を示すユーリ。
『あんたには人の心ってもんがないの!?』
ドラゴンが人の道を説きつつユーリに迫り、手足の鋭い鉤爪を振るった。
機敏な動きでそれをかわすユーリ。
「人の心って魔法に必要なの? だったら覚えるけど」
かみ合わない返答をしながら、床から新たな黒い棘を召喚してユーリは反撃に転じる。
痛い思いをしたくないラクシュは慌てて回避し始めた。
「ねぇ、オイゲンも攻撃してよ? 僕ひとりじゃさすがにドラゴン退治は厳しいんだ」
ユーリがオイゲンに話しかけた。
「わたしもか!? しかし、青龍相手に効果のある魔法など知らぬぞ?」
オイゲンも何かしなければとは思ってはいたが、有効な手立てが思いつかなかったのだ。
「別に何でもいいよ。好きに魔法を使えばいいじゃないか。君はもっと楽しんで魔法を使うべきだよ。実力はあるんだからさ」
「……実力がある? わたしがか?」
オイゲンの動きがピタリと止まる。
「あるよ。だって君は昔からずっと頑張っていたじゃないか」
ユーリはラクシュと戦いながら、オイゲンのほうを見ずに言った。
「見ていたのか、おまえは……わたしのことを……」
その声は口の中で消えてなくなり、ユーリには届かない。
オイゲンはゆっくりと魔法の詠唱を始めた。その体格にふさわしい確かな自信と共に。




