25 出現
「何の音だ?」
ガーネッツがここに来て初めて困惑の色を見せた。城の真下にある遺跡にまで大砲の音は響き渡り、ぱらぱらと石の破片のようなものが落ちてきていたのだ。
「恐らく陛下の仕業だろう。我々を追いかけてきて、力技で追い付こうとしているに違いない」
黒騎士が淡々と予想を口にした。その考えは正しく、今まさにジークフリートは大砲で穴を開けて、無理矢理遺跡の中に突入しようとしていたのだ。
「信じられん。……しかし、確かにこんなことができる人間は他にいないな」
ガーネッツも皇帝の仕業であることに納得したようだ。そして、ふたりの女兵士にしっかりと挟まれているエマを顧みた。
「さて、姫君。ここから先は王族の神域となる。協力をお願いできるかな?」
「お断りします。わたしはあなたたちに協力するつもりはありません」
凛とした表情でエマははっきりと断った。
「そうか。では、こうしよう」
ガーネッツは小型の銃を懐から取り出すと、エマの方に差し向けた。
「……それくらい平気です。クロードさんはわたしを守るために、銃弾を何発も身体に受けました。ここで銃で脅されたからといって、わたしがあなたに従うことはありません」
それでもエマの身体は震えていた。しかし、死んでも従うわけにはいかないと思っている。
「ああ、君は勘違いをしているよ? 撃つのは君じゃない」
ガーネッツが引き金を引いた。地響きの原因となっている大砲の轟音に比べれば、小さく乾いた音が鳴った。
「うっ」
思わず目をつぶったエマだったが、撃たれたのは右隣にいた女兵士だった。苦悶の声を漏らし、肩から血がにじんでいる。しかし、彼女はガーネッツの理不尽を責めることはなく、そのまま立ち続けていた。
「何でっ!」
驚いたエマが叫んだ。
「君が言うことを聞いてくれないからね。今は肩に当てたが、次は胸を撃つ。それでも駄目なら、もうひとりを撃つ。それだけの話だよ」
エマは左隣の女兵士の顔を見た。緊張で強張っているが、その顔は覚悟を決めていた。避けるつもりなどないのだろう。
「さて、どうする? 彼女たちが死ねば、それは君のせいだよ? それでも構わないと?」
ガーネッツは冷淡にエマに迫った。
このふたりの女兵士はクロードたちの砦からずっとエマに付いていて、護衛だけでなく身の回りの世話までしてくれている。決して悪い人でもなければ、彼女たちの人間らしい一面も知っていた。
(ひょっとしたら、最初からこのときのために彼女たちを自分に付けたのかもしれない)
エマはそう考えた。悪辣なたくらみだったのではないかと。しかし、だからといって女兵士たちを見捨てられるかといえばそうではない。頭でわかっていても、気持ちは割り切れないのだ。
「……わかりました。何をすればいいのですか?」
エマは肩を落として俯いた。ひょっとしたら自分は馬鹿なのかもしれないと思った。
「素晴らしい。あなたにはそうであって欲しかった。そうでなければ先に進む意味もなかった。何、大したことではありませんよ。すぐに済むことです」
ガーネッツの奇妙な物言いにエマは引っかかりを覚えたが、同時に撃たれた女兵士が片膝をついたので気が逸れた。他の兵士たちが急いで女兵士のもとに駆け寄ってきて、負傷した肩の応急処置を始める。
「……ありがとうございます」
小さな声でもうひとりの女兵士が小声で礼を述べた。彼女の目は潤んでいる。それは自分が撃たれなかったからではなく、同僚が死なずに済んだ安堵のものだった。
──
「ではここに手を置いて」
ガーネッツが示した空洞の壁の一部には小さな石板があった。半透明なので石というよりガラスのように見えるが、そこには文字が浮かんでいる。知らない言葉なのでエマには読めない。
言われるがままにその石板に手を置くと、半ば予期していた通り光を放ち始めた。
「良かった。あなたはしっかり王家の血を引いていると認識されたようだ」
ガーネッツが安心したように深く息を吐いた。もし、この石板が反応しなかったら、この男の野望はここで潰えていたのだろう。それを思うとエマの気持ちは複雑だった。
やがて石板の光に呼応するように、ただ浮いているだけだったカナンの城が反応を始めた。
唸り声のような音を立てて、身じろぎをするようにわずかに動いたのだ。
「おおっ!」
兵士たちが感嘆したような声をあげた。幾星霜の時を経て超質量の物体が動く。
そこにはある種の感動があった。
ゆっくりとエマたちに近づく黒鉄の城。「このままでは押しつぶされるのではないか?」という恐怖を皆が抱き始めたが、寸前で城はピタリと止まった。そして城壁の一部がぽっかりと開いて、中から巨大な黒い板のようなものがすっと伸びてきたのだ。城の中へ招くように。
その板の幅は広く、恐らく十人ほどが同時に渡ることができるだろう。
「では行こうか。カナンの城へと」
ガーネッツが先頭を切って板に足を乗せた。そこに恐れも迷いもない。黒騎士たちが後に続く。
エマも女兵士に挟まれて、城の中へと向かった。
──
飛空艇2号機の砲撃により、城跡を覆っていた瓦礫は跡形もなく吹き飛ばされていた。
地表にはすり鉢型の穴がいくつも開いており、その中には地下に貫通しているものがあった。
『撃ち方やめっ!』
その穴を確認したジークフリートは砲撃を中止させ、近くに飛空艇を着地させるように命じた。
「では早速働いてきてもらおうか?」
ジークフリートは艦橋にいたクロードを顎で指した。
「俺たちが行くのか?」
クロードは不服そうな表情を浮かべている。行くのが嫌というより、人に命令されることに抵抗があったのだ。
「当たり前だ。余が連れてきたのはそのほとんどが軍人たち。探索任務は専門外だ。しかし、おまえは盗賊なのだから、こういった経験は豊富であろう? それとも盗賊とは名ばかりで、人を襲う強盗の真似事しかできないのか?」
その物言いはクロードの盗賊としてのプライドを煽っていた。
クロードもそれをわかった上で「できない」とは言えない。
「ちっ、わかったよ。行けばいいんだろう、行けば」
少しすねた態度を取ると、クロードは仲間たちを呼ぶために艦橋から出ていこうとした。
だがそのとき、大地が激しく揺れ出した。それは着陸している巨大な飛空艇を揺るがし、地鳴りが船体を叩くほど強烈だった。
「船を上昇させろ!」
すぐさまジークフリートが命令を下す。
「何だ、今のは!」
一旦艦橋から出たクロードもすぐに戻ってきた。
飛空艇が慌てて飛び立った直後、その真下を地割れが走り、大地が陥没し始める。
「おまえが馬鹿みたいに大砲を撃ち過ぎたせいで、地面が滅茶苦茶になったんじゃねぇか!?」
クロードが縛り首にされても文句が言えないような暴言を吐いた。
「たわけ。あの程度で大地が割れる道理があるか! 恐らくこれは地下に眠る古代遺跡のせいだ。ガーネッツたちの仕業よ!」
この天変地異の原因を皇帝は冷静に推察していた。
『何かが地下から出てくるはずだ! それを狙えっ!』
伝声管を握ったジークフリートが砲手たちに指示を下す。決断の早さがこの皇帝の優れたところであった。
やがて城跡の何倍もあろうかという大穴が出現した。
飛空艇の乗組員たちが固唾をのんで穴を凝視していると、その闇の中から黒鉄の城が頭をのぞかせる。
『撃てっ!』
間髪を入れずにジークフリートが命じた。
即座に砲撃が開始され、現れた城に着弾。たちまち無数の白い煙が立ち込め始めた。
しかし、その影響はまったく見られず、一定の速度を保ったままついにカナンの城はその全貌を数千年ぶりに地上に現した。
「何たる威容か! 我が城よりも遥かにでかい!」
皇帝の声には感嘆とわずかな敗北感がにじんでいる。地上では世界最大を誇っていた帝国の城が、今この瞬間世界2位に陥落したのだ。
「全力で逃げろ! あの城から距離を取れ!」
一瞬カナンの城に気を取られたジークフリートだったが、すぐに危険を察知した。
飛空艇の砲撃による損傷は一切見られない。恐るべき防御力である。当然、相応の攻撃力も備えているに違いない。
皇帝の命に従って飛空艇は全速力で逃走を始めた。そのすぐそばを光の束がかすめる。
その光が彼方の地表に衝突すると、まるで紅蓮の華のような巨大な爆炎が上がった。
「何だ、今のは!?」
いつも余裕を見せていた皇帝の顔が青ざめている。
「あの城から照射されました! 城壁の一部に突然穴ができて、そこからあの光が放たれたのです!」
カナンの城を動向を注視していた艦橋の乗組員が答える。
「山に隠れるように着陸せよ。このまま飛び続けたら落とされるぞ!」
皇帝の声には悔しさがにじんでいた。




