21 タテス王国
「それで皇帝さんよ、どうやって後を追いかけるんだ?」
皇帝に連れられて歩きながら、クロードはガーネッツたちを追いかける方法について尋ねた。
相手は空を飛んで行ってしまったのだ。普通の方法ではとても追いつきようがない。
主にぞんざいな口の利き方をするクロードに護衛の近衛兵たちは嫌な顔をしたが、ジークフリートはあえて好きにさせている。人を見る目がある皇帝は、クロードという盗賊は押さえつけると反発する性格であることを見抜いていた。
「何、こんなこともあろうかと飛空艇はもう一機予備がある。ほとんど同じものがな。別の場所で密かに作らせていたものだ。やつらのおかげで飛行試験は済んだようなものだから、すぐに使える。それに乗って後を追えば良い」
「あれと同じものがもう一機?」
クロードは目を丸くした。ムラクモもユーリもさすがに驚いている。見るからに莫大な費用が投じられていた飛空艇である。それをもう1機作っていた帝国の国力はとんでもないものだった。
「当たり前だ。そうでなければあれが墜落したとき、そこで終わってしまうではないか。技術を繋ぐためには備えは常に必要なのだ。一発勝負では終わらせるものか。博打で国は発展せぬ。余はそのための金を惜しむような真似はしないのだ」
驚いているクロードたちを見て、ジークフリートはにやりと笑った。
クロードは帝国という国は古代文明の技術をかすめ取って、それで発展した国だとばかり思っていた。卑怯な真似をして大きくなった国だと。しかし、皇帝の話を聞く限り、それなりの信念を持っているように感じた。
実際のところ、皇帝は格好よく語っているが、飛空艇に限っていえば技術的にとがり過ぎていて皇帝個人の道楽のような側面が強い。そこに気づかせないのも、ジークフリートの上手いところである。
「予備のことはガーネッツは知っているのか?」
「知らん。教えていたら、あやつは真っ先に破壊していただろうな」
「何故教えなかった? 信頼してなかったってことか?」
クロードは皇帝と宰相がどういう関係だったのか気になった。
「いや」
ジークフリートは打算のない無邪気な笑顔を浮かべる。
「いざというとき、『こんなこともあろうかと』と言って驚かせたかっただけだ。実際、おまえたちも驚いたであろう?」
──
ガーネッツたちの飛空艇の旅は順調だった。何せ空を飛んでいる人間は世界に自分たちだけで、阻む者など誰もいない。
エマには一室を与えられた。城のときと同じく監視役に女兵士がふたりついている。ある程度は親しくもなっていることもあり、それほど嫌ではない。もちろんネコも一緒だった。
飛空艇は雲の上を飛んでいるので、外が見える丸いガラス窓からは空と雲しか目に映らないが、時折雲の合間から地上の様子が見えた。
それは神の視点であり、街や村がひどく小さいもののように思えた。
逃げ出そう、という気にはなれない。地上との距離が離れすぎていて、逃げ場がないことは明白である。どちらかと言えば、この不思議な乗り物が突然落下しないことを時折神に祈っていた。
監視のふたりもネコも空を飛んでいることに不安を感じているのか、どことなく落ち着かない様子である。強く風が吹いて船体が揺れると、普段は男勝りなふたりの女兵士は短い悲鳴をあげ、それがエマには好ましく思えた。
飛空艇はたったの3日で目的地のタテス王国に到達した。馬であればその何倍もの時間がかかる距離である。
「まもなく到着だそうです」
伝えにきた女兵士自身も「信じられない」という表情をしている。
エマも嘘ではないかと思ったが、飛空艇は徐々に高度を下げていき、小さく見えた地上がどんどん近づいてきた。
窓越しに久しぶりの故郷の姿が目に映る。ガーネッツが話していた通り、城は瓦礫の山と化していたが、周囲の街はほとんど変わっておらず、それはエマを安堵させた。
街の家々からは人々が飛び出してきていて、皆驚いて飛空艇を指さしている。
「どこに到着するのですか?」
「あの平原だそうです」
女兵士が指さした先は、街から少し離れた大きな野原だった。確かにこんな巨大なものが着地できる場所は城の近くにありそうにない。
飛空艇は平原の上に来ると、ゆっくりと降下していった。船体の下から金属でできた伸縮する棒が何本も伸びて、それが先に地面に当たることでクッションの役割を果たした。おかげでエマが予想していたよりも着地は穏やかなものとなった。
地上まではやはり金属でできた階段がかかり、女兵士たちに連れられて飛空艇から降りたエマは、久しぶりに地面を歩くことができた。
たった3日ぶりだが、普通に地面を歩くことにエマは幸せを感じている。
しかし、その幸せもガーネッツと黒騎士の姿を見るまでだった。
飛空艇に乗っていたとき、このふたりはエマの前に姿を見せず、おかげでそれほど嫌な思いをせずにすんでいた。
エマにとって、このふたりは今の嫌な現実そのものである。
「さて姫君、行きましょうか」
強い風に銀髪を撫でつけながらガーネッツは言った。
「……どこへですか? 城なら粉々になってしまっているじゃないですか。もう地下になんか行けませんよ?」
エマが硬い声で告げる。城の地下にあったカナンの城には、王族のみが知っている秘密の通路で行くことができたのだが、あの惨状では通路自体が埋まっていて、とても地下に降りられるとは思えない。
「何、カナンへの道なら他にもあります。心配しなくても大丈夫ですよ」
ガーネッツは微笑を浮かべた。黒騎士はエマに見向きもせずに別な場所に目をやっている。その視線の先をエマが追うと、遠くに王家の墓が見えた。
小さな山のような形をしたタテス王国の聖地。中は石で覆われた空間になっており、歴代の王だけが眠ることを許された場所である。
「まさか……」
「そう。代々のタテス王たちは、死んだ後に自分たちの故郷であるカナンに行くことを望んでいた。あれこそがカナンへのもうひとつの入り口。我々の目的地でもある」
「何故、あなたがそんなことを知っているのですか? わたしですら知らなかったのに」
エマは墓に入ったことはなかったし、それが地下への入り口になっていたことなど、今初めて知ったことだ。ということは、これは王家の最高機密である。何故、王家にゆかりのないガーネッツが知っているのか不思議だった。
「王とその後継者のみが知る秘密なので、あなたが知らないのは無理はない。わたしが知っているのは、あなたの兄から聞いていたからです」
「兄から?」
「あなたの兄シドはわたしの友人だったのです。たったひとりのね」
そう言うとガーネッツはエマから顔をそむけた。その横顔は寂し気に映った。
「嘘です! お兄様はあなたのような人と仲良くなる方ではなかった! いつだって正しいことをする人でした!」
エマの思い出に残る兄シドは、強くて賢く、そして正義感の強い青年だった。分け隔てなく人と接し、母親の違う自分にいつも優しくしてくれた。こんな得体の知れない人物と交友を深める人間ではない。
「……行きましょうか、姫君。タテス王国、最後の王族よ。あなたには王族としての役割を果たしてもらう」
ガーネッツはエマの糾弾には答えず、王家の墓に向かって歩き出した。その周囲を黒騎士と死神たちが固める。エマも女兵士たちに促されるように進み始めた。
何か釈然としないものを感じながら。




