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カナンの城  作者: 駄犬
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02 砦

 山の中にその砦はあった。

 大昔に建築されたが今は放棄されており、外壁はかなり朽ちている。

 属していた国も今は無く、砦の存在を覚えている者はいない。

 この砦を根城としている盗賊たち以外は。


 砦の中に黒い馬車が入ってきた。

 少し前まで、帝国軍の中隊が護衛していた馬車である。

 御者台には帝国の兵士が座っていた。どこにでもいそうな、平凡で印象に残らない顔をしている。


「首尾よくいったようだな、クロード」


 砦の中で待っていた黒髪の男が、兵士に向かって声をかけた。

 先ほどまで、帝国軍と大立ち回りをしていた騎士である。


「当たり前だろ? 俺は世界一の盗賊だからな」

 

 クロードと呼ばれた兵士が、その顔をあくどく歪ませて笑った。平凡だった顔が、いかにも盗賊らしいものへとガラリと変わる。

 この男こそ現在のこの砦の主であり、たった3人の盗賊団のリーダーでもあった。


「馬車の御者はどうした?」


「山の中に置いてきた。勘が良ければ、3日もあれば人里に出られるんじゃないか?」


 人がこんな奥深い山の中に放置されれば野垂れ死ぬだけだが、クロードは薄く笑っただけでそこに罪の意識は見られない。


「で、そいつの中身は確認したのか?」


 騎士が馬車を見やった。


「いや。かなり厳重に護られている。鍵は外したが、魔法の封印までかかっていやがった」


 クロードが肩をすくめる。


「何なら、俺が馬車ごと叩き斬ってやるぞ?」


 そう言いながら騎士が剣を抜こうとするのを見て、クロードが慌てた。


「やめろ、ムラクモ! この前それをやって、お宝が真っ二つになったのを忘れたのか? ユーリが戻ってくるのを待て!」


 黒髪の騎士──ムラクモがニヤリと笑った。


「大丈夫だ。今度は上手くいく気がする。多分、心眼が開けた。中の荷は避けてみせるさ」


「心眼だと?」


 クロードが疑わしそうな目でムラクモを見た。心眼とは見えないモノを気配で察する高度な技術である。簡単に言うと透視に等しい。剣技というより魔法に近く、そんな能力をムラクモが体得したとは思えなかった。


「……わかった、そいつは別の機会に試してくれ。おまえのネコでも入れた箱とかでな」


 クロードはムラクモの足元にまとわりついている小動物を指さした。白い毛並みに黒柄が入っており、身体は小さく、猫にしてもかなり小柄な部類に入るだろう。


「それじゃあ、ネコがかわいそうだろう?」


 不本意そうな表情をムラクモが浮かべた。この無骨な男は、砦の中でネコの世話を甲斐甲斐しくしているのだ。ネコもムラクモに懐いており、今もその足に身体をすり寄せていた。


「ネコで試せないことを、お宝で試すんじゃねぇ!」


 クロードは眉間に皺をよせた。せっかく強奪した帝国軍の重要な品を、ムラクモに試し斬りさせたくはない。全力で阻止するつもりだった。

 そんなやりとりをふたりがしていると、虚空から白い男がふっと姿を現した。散歩でもしてきたかのような自然体だが、先ほどまではいなかったはずだ。

 男は帝国軍の中隊に攻撃を加えていた魔法使いである。


「遅かったじゃねぇか、ユーリ!」


 クロードが魔法使いの名を呼んだ。


「ああ、あれほどの人数に魔法を使う機会は滅多にないからな。色々試していた」


 表情を変えずに答えたユーリに、クロードとムラクモは嫌そうな表情を浮かべる。

 この魔法狂いがどんな非人道的なことをしてきたのかと思うと、帝国軍に同情を禁じ得ない。


「……まあいいか。ユーリ、こいつに魔法の封印がかかってるんだ。解いてくれ」


 馬車に向かって、クロードが軽く顎を上げた。


「ふーん」


 ユーリは馬車をしげしげと眺めた。


「これは面白いね。結構高度な魔法で封印されている。一流の魔法使いの仕事だよ、これは」


 難しそうな作業なのにも関わらず、ユーリは頬をゆるめた。


「でも開けられるんだろ、おまえなら?」


「もちろん。僕は大魔法使いだからね」


 ユーリは呪文を唱え始めた。

 それは美しい旋律を奏でる歌のようだった。魔法の持つ禍々しさが一切なく、完璧な調和で呪文が構成されている。加えてユーリの身体に光が走った。それは身体中に刻まれた呪文であり、その文様を光でなぞって詠唱の代わりとしていているのだ。これこそ、瞬間的に呪文を詠唱できるからくりである。

 ユーリの詠唱と身体の赤い光があいまって、まるで神秘的な儀式のようだった。

 その儀式は短い時間で終わりを迎え、同時に黒い馬車が白く輝いた。


「ほら、やっぱり僕は天才だ。この程度の封印なら簡単なものさ」


 満足げなユーリの言葉と共に、馬車の扉が開く。


「これだけ仰々しいことをしていたんだ。さぞかし、凄いお宝なんだろうさ」


 にたりと下卑た笑みを浮かべてクロードが馬車に乗り込んだが、そこで目にしたのは意外なものだった。


「女?」


 中にはひとりの少女が横たわっていた。


──


 砦の中のその部屋は、意外にも綺麗に整えられていた。

 重厚な木製の家具で飾られ、壁には厚い織物や豪奢なタペストリーが掛かっている。大きな石造りの暖炉のそばには柔らかな絨毯が敷かれ、真鍮の燭台が部屋に暖かな光を灯している。

 そして、豪華な刺繍が施されているベッドの上に、少女は寝かされていた。

 赤茶色の短めの髪。顔立ちは整っており、歳は10代後半くらいだろうか。

 着ている白い服は高価な絹のもので、身分の高さをうかがわせる。


「どうするんだ、このお嬢さんを?」


 部屋の扉の近くに立っているムラクモは困惑していた。肩にはネコが乗っている。

 あの後、クロードは何も言わずにこの少女を自分の部屋のベッドに運び、そのまま寝かせたのだ。普段は誰かが部屋に入るのを嫌っているのにもかかわらず。

 今はユーリが、魔法でこの少女の状態を確認している。

 クロードは椅子に座り、その様子を見守っていた


「まさか、手を出すつもりじゃないだろうな?」


「馬鹿言うな! そんなんじゃねぇよ!」


 ムラクモの軽口に、クロードは声を荒げて否定した。


「うるさいよ、クロード。静かにして?」


 細やかな魔法を使っていたユーリが顔をしかめた。その身体からは文様が浮かび上がっては消えている。


「で、どうだ、ユーリ? その子の状態は?」


 ユーリの抗議を気にもとめずに、クロードは尋ねた。


「魔法で眠らされていただけ。多分、馬車に封印を仕掛けた術者によるものだね。今解いたから、じきに目を覚ますよ」


 魔法が解けたら興味はないというように、ユーリは少女のそばを離れた。

 クロードが見守る中、その少女はうっすらと目を開けた。美しい翠眼だった。


「……ここはどこですか?」


 見知らぬ天井に取り乱すことなく、少女はつぶやいた。


「盗賊のねぐらだよ、お姫様」


 クロードが優しく告げた。


「盗賊?」


 少女がうつろだった視線をクロードに合わせた。


「何故わたしは盗賊のねぐらに?」


「そりゃ、悪い盗賊がお姫様をさらったからさ」


 クロードがわざと人相を悪くして笑った。


「帝国からですか?」


 少女が目を見張った。


「信じられません。一体、どうやって?」


「盗賊は盗むのが仕事だからな。盗めないものなんてないのさ」


 少し恰好つけたクロードに、ムラクモが口を挟んだ。


「お宝と間違えただけだろ?」


「うるせぇ! おまえは黙ってろ!」


「宝とわたしを?」


 少女は身体を起こして、きょとんとした表情を浮かべている。


「それで君は一体誰なの? 何で帝国にあんなに厳重に護られていたわけ?」


 ユーリがクロードたちを無視して尋ねた。


「……わたしはエマ。タテス王国の出身です」


 エマと名乗った少女ははっきりと答えた。


「タテス王国といえば、帝国に最初に滅ぼされた国じゃないか。なんで滅ぼした国の人間を、帝国が大事に運んでいたんだ? あんた、本当にお姫様か何かなのか?」


 ムラクモが顎に手をあてて首を傾げた。


「はい……」


 俯いたエマを見て、クロードが後ろを振り返ってムラクモを睨んだ。


「女にあれこれ詮索するんじゃねぇ。デリカシーってもんがねぇのか、おまえは!」


 クロードの剣幕に、ムラクモが両手を軽く上げる。


「いいのです。本当のことですから。わたしはタテス王国の王女でした。ただ、王国が帝国に侵略される前に他国に逃がされ、その後は身分を偽って修道院に入っていたのです。わたしはそこで亡くなった家族や国民のために祈り、一生を過ごすつもりでした。でも……」


 エマは小さく息を吐いた。


「ある日、修道院に太った魔法使いに率いられた帝国軍がやってきたんです。『タテス王国の王女エマを出せ』と。わたしの身の上を知っていた院長が匿おうとしてくれましたのですが、彼らは修道院で銃を撃ち始めて……それで、わたしは名乗り出たんです」


「さすが帝国、女子供にも容赦ないな」


 ムラクモが怒りで顔をゆがめた。


「タテス王国は小さな国だ。今更、王女を探し出したところで得が無いような気がするけど、エマは何かあるの?」


 表情ひとつ変えずに尋ねたユーリを、クロードが睨みつける。


「わたしにはわかりません。ただ……」


「ただ?」


 ユーリが先を促した。


「わたしを捕らえた魔法使いは、『おまえが鍵だ』と言っていました。その後は気づいたら、ここに……」

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