19 近衛兵
「クロードさんっ!」
死んだと思っていた盗賊の姿を見たエマは喜び、声をあげた。クロードは無事であることをアピールするかのように、手を思いっきり振ってこたえる。
「盗賊だと? 金なら後でいくらでもくれてやる。今はおまえらにかまっている暇はない」
自らの反乱に新たな不確定要素が加わり、ガーネッツは苛立っている。
「金はもらうものじゃなくて奪うものなんだよ。それが盗賊の流儀ってやつさ」
飛空艇の円筒型の側面をクロードとムラクモが滑り降りる。
ユーリは腕の刻印を光らせて、ガーネッツ派の兵士たちに向かって魔法を放った。
兵士たちもライフルで応戦しようとするが、飛空艇を傷つけて良いものかわからず、その反撃は散発的なものとなる。それこそクロードたちが狙ったものだ。
ここぞとばかりにガーネッツたちに襲いかかるクロードとムラクモ。
多くの兵士たちはユーリの魔法に抑え込まれているが、一部の兵士が躊躇なく銃を捨てて腰の剣を抜いて応戦し始めた。
その剣は意外と鋭く、持って生まれた素質と積み重ねられた鍛錬が感じられる。
「やりやがる! こいつら騎士か!」
複数人がかりとはいえ、クロードとムラクモを相手にしても彼らは一歩も引かない。
接近戦に持ち込めば、こっちのものと思っていたクロードの思惑が外れた。
「では姫君、こちらに来てもらいましょうか?」
ガーネッツはエマの手を引いて、その場から離れようとしたが、エマがその手を振り払ってあらがった。
「嫌です! わたしはあなたの言う通りになりたくありません!」
「……そうですか。では失礼」
ガーネッツは嫌がる少女の腰を腕に抱えると、軽々と持ち上げて走り出した。
「まさか、あいつまで騎士なのかよ! 聞いてないぞ!」
それを見てクロードは驚いたが、追いかけようにも目の前の兵士たちが必死の抵抗をしてくる。
クロードの方が身体能力は高いのだが、彼らの連携も見事なものだった。何とかその剣をかいくぐって相手を殴り倒しても、兵士たちは不屈の意志で立ち上がった。
一方のムラクモは手練れの騎士3人に囲まれたが、それでも圧倒的な剣技で相手を斬った。だが、人を斬ったという感触の代わりに金属音が響く。
「服の下に鎧を? しかもその金属は?」
ムラクモはその金属に覚えがあった。死神たちの鎧のものと似ている。
「そう、銃弾をも防ぐ特殊な金属。これもまた古代文明のもの。騎士の中の騎士と謳われたムラクモ。あなたといえども我らの邪魔はさせない」
恐らくその鎧は銃で撃たれることを想定して着用していたものであろう。彼らは帝国軍と戦うつもりで用意していたのだ。
「何だ、おまえら? 何でそこまでしてあんなヤツに従う?」
クロードは兵士たちの覚悟に困惑していた。
「盗賊如きが知ったことではない!」
先ほどまでエマを護衛していた女兵士が叫ぶ。
「理想を持たない連中に我らの何がわかる!」
「理想があれば何をしてもいいのかよ!」
女兵士の物言いに腹を立てたクロードが動きを加速させて彼女の側面に回り込むと、容赦なくその側頭部に回り蹴りを入れて昏倒させた。
平凡な顔に凶相を浮かべて、残りの兵士たちに迫るクロード。彼はいつになく怒りを感じていた。
ムラクモも兵士たちの腕を狙って斬りつけて、武器が持てないようにして戦闘不能へと追い込んでいく。状況はクロードたちに傾こうとしていた。
そこに城から駆け付けた兵士たちが工場内に雪崩れ込んできた。
皇帝から命を受けてきたわけではなく、異変を察知していち早く向かってきた兵士たちだ。
「賊はどこだ!」
威嚇するように兵士たちは声を張り上げた。
「そのふたりだ! 飛空艇の上にもひとりいる!」
ガーネッツがクロードたちを指さした。
彼の脇にはエマが「離して!」ともがき、その肩にのったネコが荒ぶっているが、誰もそれには気を留めない。
「この者たちは盗賊で、姫君をさらい、飛空艇を奪って逃走を企てた! 我らがいち早くそれに気づいて犯行を食い止めたのだ! これより我々は飛空艇内部に侵入した盗賊の仲間を排除する!」
「何だと?」
思わぬ濡れ衣にクロードたちの動きが止まった。
「ふざけるな! エマをさらったのも飛空艇を狙ったのも、てめぇじゃねぇか! おい、おまえら! 俺たちじゃない! ガーネッツたちが反乱を起こしたんだ!」
クロードの反論に兵士たちは一瞬戸惑ったが、すぐに冷静な判断を下した。
「ふざけるな! 宰相閣下が反乱を起こすはずがないだろう、この盗賊めが!」
ガーネッツたちが反乱を起こしたことに、皇帝がいち早く気付いていることを彼らはまだ知らない。それは当然の成り行きだった。
駆け付けた兵士たちは、城の警護を任された選りすぐりの精鋭である。
正確な射撃で飛空艇の上にいるユーリを狙い、剣を抜いてクロードたちに戦いを挑んできた。
「話を聞けって、この帝国の犬どもが!」
クロードの罵倒はかえって帝国の兵士たちを敵意を増幅させる結果となり、激しい攻撃を浴びせられることとなった。
その様子を見てガーネッツはほくそ笑み、暴れるエマを小脇に抱えて飛空艇へと乗り込んだ。
ガーネッツの部下たちも倒れた者たちに肩を貸して、次々と飛空艇の中へと入っていく。
中でガーネッツを迎えたのは黒騎士だった。
「首尾は?」
ガーネッツが短く尋ねた。
「あと少し。ベータたちにはエンジンの出力をサポートさせている。わたしは上に乗っている魔法使いの相手をしてくるとしよう」
「頼む」
その言葉を背に、黒騎士はマントを翻して飛空艇の上へと向かった。
──
ユーリが見るところ、戦況は芳しくない。新たにやってきた兵士たちは数が多く、緑ではなく白い軍服を着ていた。
クロードたちを巻き込まないようにユーリは魔法を行使しているが、敵の兵士たちはそれに巧みに対処してきた。避ける、防ぐ、死角に回って反撃してくる。砦で相手をした兵士たちとは明らかに熟練度が違う。
「さすがは皇帝のお膝元といったところかな。恐らくは近衛兵か」
近衛兵は皇帝直属であり、騎士であることが求められる。
銃の登場によって騎士は戦場の主役ではなくなったものの、それでも一般兵に比べればはるかに強い。
皇帝は騎士をかき集めることで、強力な軍団を編成したのだ。
「大規模魔法で飛空艇ごと吹っ飛ばしちゃおうかな?」
面倒くさくなったユーリは、あたり一帯を壊滅させる魔法を使う誘惑に駆られた。
「それは止めてもらおうか?」
気づけば誰かもうひとりが飛空艇の上に立っていた。
黒い鎧に黒い仮面。握られた剣の刃まで漆黒である。
「黒騎士か」
間髪入れずにユーリは指から光線を放った。雷を収束させた簡易でありながら高度な呪文だが、黒騎士はそれを剣で防いだ。
「さすがは当代一の魔導師。初歩の呪文だが、それをこうも高密度で、しかも無詠唱で放てるとはな」
「褒めるぐらいなら、素直に当たって欲しいんだけど? どうせその鎧なら防げるんでしょ?」
「油断はできん。そう見せかけているだけかもしれんしな」
ユーリは心の中で舌打ちした。今の呪文は直接的な攻撃ではなく、感電による間接的なダメージを狙ったものだからだ。黒騎士の読みは正しい。
しかもユーリは下から銃で狙われているので、防御魔法を展開し続けなければならない不利がある。
袖から魔法石を取り出すと、ひょいと口に放り込んでユーリは魔力を補充した。
「じゃあ、これはどうかな?」
またも詠唱無しに身体の文様だけを光らせて、右手の五指それぞれから光線を放つ。本来は直進しかできないはずのものだが、曲線を描いてそれぞれの角度から黒騎士に迫った。
「ふっ!」
息を短く吐いた黒騎士がその光線を次々と剣で斬り伏せた。それは残像を伴い、まるで剣が5本あるかのように見える。
「ムラクモみたいな芸当ができる馬鹿が他にもいたとはね」
苦い顔でさらに呪文を行使しようとしたユーリとの距離を、黒騎士が一瞬で詰めた。
その黒い刃が白い魔法使いを肩口から斜めに両断する。
「むっ? これは?」
黒騎士から困惑の声が漏れる。斬ったと思った魔法使いの身体が消失したのだ。
見回すと飛空艇の一番後方にユーリの姿があった。
「危なかったよ。幻術も同時展開しておいてよかった。でなきゃ死んでいたよ」
ユーリの声には言葉ほどの緊迫感はない。ただ、偽りのない本心である。
そして両手を合わせると体中から赤い文様が浮かび上がり、短い詠唱とともに魔法が発動した。
それは樹の幹を思わせる強力な熱線。剣で防げるものなら防いでみろといわんばかりの挑発的な魔法だった。
「これは受けられん」
即座に判断した黒騎士は跳躍した。それもユーリに向かって鋭い放物線を描くように。
「やばっ!」
危険を察知したユーリはためらうことなく飛空艇から飛び降りた。
建物5階くらいの高さはあろうかという位置からだが、瞬時に風の魔法を展開し、身体をふわりと浮かせてユーリは軽やかに着地する。
その様子を黒騎士は飛空艇の上から確認していた。ようやく最後の邪魔者がいなくなったと。
そして飛空艇が聞いたことのないような異音を響かせ始めた。
側面に付いている複数の羽が回転を始める。
何千年の時を経て、飛空艇が空に羽ばたこうとしていたのだ。




