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カナンの城  作者: 駄犬


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12/37

12 回想1

 何故そうなったのか。

 初めは俺たちの一族は、周囲と協調して暮らしていた。

 害をなすことなど一切なかった。むしろ、俺たちにしかできないこともあって、頼りにされたことが多かったくらいだ。

 確かに一部の人間からは危険視されていた。しかし、そこに大した理由はなかった。


「自分たちとは異なるから、きっと危ないに違いない」


 あいつらはそんな漠然とした理由で俺たちを忌避していたのだ。

 ただ、そのような考えに同調する人間は少なかったので、特に問題はなかった。

 そのときは。


 きっかけは何だったのだろうか。

 確かその年の天候が悪く、作物が不作だったことに端を発したと思う。俺たちは農耕ではなく、狩りを主体としていた生活をしていたため、そこまで影響は受けなかった。

 天候など安定しないものだ。毎年同じであるはずがない。

 しかし、時に人々はそのことに理由を求める。

 俺たちを危険視していた人間のひとりが言った。


「ヤツらのせいだ」と。


 意味がわからなかった。何故天気が悪いのが俺たちのせいになるのだろうか?

 実際にそのことを尋ねたこともある。

 すると返ってきた答えは意外なものだった。


「おまえたちが異端の神を信じているから、我々の神が怒ったのだ」と。


 確かに俺たちは彼らと異なる神を信じていた。

 それはお互いの歴史が異なることに起因している。

 とはいえ、俺たちはそれほど熱心に自分たちの神を信奉していたわけではないし、彼らとて熱心な信徒というわけではなかったはずだ。

 双方ともに緩やかな信仰であり、神事の祭りがあれば互いに行き来して楽しんでいたくらいだ。

 だが、その程度の信仰が重要だと言うのだ。


「馬鹿馬鹿しい」 

 

 俺たちの誰もがそう思った。

 取るに足らない言いがかりだと。

 しかし──その年の俺たちの祭りに、彼らは誰一人として参加しなかった。

 俺たちも不穏な雰囲気を感じ取って、彼らの祭りに参加しなかった。

 そうして次第に交流が途絶えていき、色々と不自由になっていった。だが、元々は互いに独立して暮らしていたのだ。我慢できないというほどでもなかった。少なくとも俺たちは。

 彼らはそうではなかった。悪いことは続くもので、疫病が流行し始めたのだ。

 彼らは疫病に苦しんだが、皮肉なことに交流が途絶えたおかげで、俺たちの一族は疫病から逃れることができた。

 だが、それが気に入らなかったらしい。

 俺たちを敵視する者たちが言った。


「あいつらが疫病を広めたのだ」

「その証拠に、あいつらだけが疫病にかかっていない」

「あいつらは俺たちを滅ぼそうとしているのだ」


 難癖も良いところだった。冷静に考えれば、それが嘘であることくらいわかるはずだ。

 しかし、天候不順が続いて食料が不足し、疫病で不幸な死が続いていたせいもあって、彼らは冷静ではなくなっていた。


 そして事件が起きた。

 彼らの街で殺人が起きたのだ。それも残忍な方法で殺され、殺人の場には犠牲者の血で禍々しい文字らしきものが描かれていたらしい。

 この犯行はすぐさま俺たちのせいにされた。そんな残酷な習慣は俺たちにはなかったのに。

 恐らくは俺たちを忌避する連中が仕組んだ陰謀に違い無かった。

 ただ、言い訳もできなかった。弁明の場すら与えられなかったからだ。 

 もはや言葉は通じず、彼らは剣を取り、剣が無い者は鍬を取り、鍬が無い者は石を手に取った。

 異様な光景だった。彼らは秩序だった行動もとらず、ただ群れをなして俺たちの集落に向かってきたのだ。

 俺たちは逃げた。戦おうという意見もあったが、あまりに相手の数が多すぎた。


 こうして迫害の歴史が幕を開けた。

 俺たち一族は彼らから逃れるために辺境の地にまで落ち延びたのだが、彼らは長い時間をかけてそこまでやってきた。

「おまえたちは悪魔だ」と。「ひとりも残さずに殺し尽くさなければならない」と。

 遡れば確かに俺たちの祖先が悪であったという伝承はある。共存していたときは誰も気にしなかったような古い伝承だ。しかもあくまで伝承であり、本当かどうかはわからなかった。

 ただ、彼らはそれを信じていた。滅ぼさなければ自分たちが滅ぼされると信じていた。狂気の沙汰としか思えなかった。

 俺たちは見つかれば否応なく殺された。

 無論、一方的にやられたりはしない。一族の者たちは何度も反撃して、多くの追っ手を倒した。

 だが、追っ手の数が多すぎた。いや、追っ手などという生易しいものではなかった。世界のすべてが敵に回っていたように思えた。

 ひとり、そしてまたひとりと同胞が減っていった。

 勇敢に戦って死んだ者もいれば、捕まって殺される者もいた。

 どちらにしろ死んだ後はむごたらしく晒された。

 老若男女分け隔てなく。顔見知りが死に、友人が死に、祖父が死に、父が死に、母が死に、兄弟が死んだ。

 最終的に俺たちは連中の言う通り、悪魔にならざるを得なかった。

 そうなるように追い込まれていったのだから。


 俺たち人狼の一族は。


──


 身体中が痛い。こんな痛みは久しぶりだった。また何かヘマを俺はやったのだろうか?

 うっすらと目を開けると見えてきたのは、俺をのぞき込んでいた蒼い瞳の女の顔だった。


「目を覚ましたようね」


「ラクシュ?」


 その声にぼんやりとしていた意識が刺激されて、この女が強欲な商人だったことを思い出した。


「あいつはどうしたあの……髪が赤茶色で緑色の目をした女だ」


 記憶がまだ混濁していて上手く名前が出てこない。


「エマなら連れていかれた」


 バツの悪そうな声で答えたのはムラクモだった。

 声のほうに顔を向けると、ムラクモは椅子に腰掛けていた。テーブルを挟んでその対面にはユーリも椅子に座っている。ユーリは俺のことを気にもかけずに目を閉じていた。いつものように何らかの魔法を使っている最中なのだろう。


「……エマ……エマ?」


 ようやく意識がはっきりして、自分がこうなる前に何をやっていたのか思い出せた。


「そうだエマだ! ふざけやがって、黒騎士の野郎! あいつはエマを狙いやがったんだ!」


 記憶がはっきりした瞬間にやってきたのは怒りだった。

 思わずベッドから身体を起こして、全身に激痛が走る。


「いってぇ! いってぇ!」


 痛みに耐えるために身体を丸める。背中が特に痛む。


「そりゃ痛いだろうさ。おまえは銃で撃たれまくって、蜂の巣みたいになったんだからな。その上、腹まで貫かれていた。いくら人狼とはいえ、生きているのが不思議なくらいさ」


 ムラクモが呆れている。


「きっとわたしが持ってきた傷薬が良かったのよ。その分のお金は請求させてもらうけどね」


 ラクシュが色っぽく片目をつむった。

 こいつは俺の秘蔵の宝石が目的で助けたのだろう。職業柄、俺は隠すのが上手い。瓦礫になった砦の中から宝石を捜し出すのが困難なことは、この女も重々承知している。


「ちっ、借りは借りだ。そのうち色をつけて払ってやるよ」


 俺の言葉に、女商人の蒼い瞳が欲望の輝きを見せた。

 ラクシュが持ってきた薬が効いたのは確かだろう。こいつの商品は値は張るが、その値段に見合ったものをそろえている。ラクシュが来てくれたことは幸運には違いない。


「それでここはどこだ?」


 見覚えの無い場所だが、古びた石造りの壁に木製の家具の数々。広くもなく狭くもない。どこにでもありそうな民家のようである。

 実のところ、あの砦以外にも近くに隠れ家は用意してあったのだが、あの大火では燃やされてしまっているはずだ。


「わたしの家のひとつよ。商人にも色々あってね。こういう場所をいくつか確保してあるのよ。倉庫にもなるし、交易の中継地点にも使えるしね」


「やっぱりそうか」


 多分、後でこの家の借り賃も請求されることだろう。この状況だとほとんど言い値になってしまう。そのことを思うと精神的な頭痛を覚えて、頭を抱えた。


「あら大丈夫?」


 原因であるラクシュが優しく声をかけてきた。金を払われる前に死んでもらっては困るからだろう。


「……大丈夫だ。それであれから何日だ? エマが連れていかれてから、どれくらい経ったんだ?」


「10日だよ。クロードは10日間も寝ていたのさ。随分うなされていたけどね」


 今まで目を閉じていたユーリが、ようやく目を開いて俺のほうを向いた。


「10日か……それじゃあエマは……」


「帝都だよ。取り返しに行くのは大分厳しいよ? ちょっと魔法でのぞこうとしてみたけど、防御結界が何重にも張られている。中の様子はさっぱりわからない」


 どうやらユーリは魔法で帝都の様子を見ようとしていたようだ。


「エマのことなら心配いらない。ネコがついている」


 ムラクモが胸に拳を当てて、エマの無事を請け負った。


「ネコか……まあいないよりはマシか」


 クロードはエマと一緒にいるであろう小動物に思いをはせた。

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