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カナンの城  作者: 駄犬


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11 敗北

 ほぼ全方位からの銃撃を、まるで弾道が見えているかのように、超人的な身のこなしでクロードは避けてみせた。その姿はまるで踊っているかのように軽やかである。

 かの盗賊の足元の地面には、弾丸の痕がいくつもできていた。


「……何者だ、貴様?」


 黒騎士の声にはわずかな困惑があった。


「盗賊さ、ただの」


 今度はクロードから仕掛けた。素早い踏み込みから黒騎士との間合いを消すと、顔めがけて拳を撃ち込んだ。黒騎士はバックステップでかわして剣を振るおうとしたが、クロードがすぐに距離を詰めてそれを許さない。そして、身体を旋回させて後ろ回し蹴りを放ち、黒騎士の仮面をかすめた。

 さらにクロードは手足の打撃を組み合わせた切れ目のない連携を見せて、黒騎士の反撃を封じていく。

 しかし──


「撃て」


 黒騎士のその一声で、兵士たちが再び射撃を開始した。それも黒騎士に当たることを厭わずに。

 慌ててその場から離れるクロード。銃弾のいくつかは黒騎士の鎧に着弾していたが、死神と同様に黒騎士はそれを気にもしない。


「おい、部下から撃たれてるぜ? 人望が欠乏しているんじゃないか?」


 クロードがからかったが、


「この鎧は銃弾程度では傷もつかん。何も問題はない」


 と黒騎士は言って、逆にクロードに向けて踏み込んだ。

 さきほどまでの鬱憤を晴らすかのように、黒騎士の剣がクロードを襲う。

 銃弾は軽々と避けていたクロードだが、黒騎士の振るう烈風のような刃は避けきれず、薄い傷がいくつも身体に刻まれていく。クロードの額には、先ほどまでなかった冷や汗が流れた。


「おまえこそ何者だ、黒騎士。ムラクモを除けば、そんな剣を振るえるヤツはそうはいないぞ!?」


 一旦間合いを外したクロードだが、身体中にできた切り傷がひりついて眉間に皺を寄せる。


「騎士だ、ただの」


「騎士だぁ?」


 クロードは鼻をひくつかせた。


「大体、おまえは人間なのか?」


 黒騎士はそれに答える代わりに片手をあげて、兵士たちにクロードを撃つように合図を送った。

 それと同時に、自らもクロードに向けて剣を振るう。


「容赦ねぇな、てめぇは!」


 悪態をついたクロードは体勢を低くして銃弾を避けながら、滑り込むように黒騎士の一撃をかわすと、その剣の柄を真下から蹴り飛ばした。黒騎士の剣が放物線を描いて、中庭の少し離れた場所に突き刺さる。

 ここぞとばかりにクロードは攻撃に転じようとしたが、黒騎士を援護するための一際激しい銃撃にさらされて再び距離を置いた。

 ただ、帝国軍の兵士たちが持つライフルの弾もそう多いわけではない。このまま撃ち続ければ弾切れは近いだろう。たったひとりの盗賊に翻弄されている兵士たちにも焦りが見え始めている。


 それを察した黒騎士が右手を上げ、指を二本立てて新たな命令を発した。


「姫を狙え」


 一瞬、兵士たちも虚を突かれたようだったが、すぐに命令をのみ込んでエマに銃口を向けた。

 クロードの戦いの邪魔になるまいと砦の壁まで下がっていたエマは、突然銃を向けられて身体を震わせた。

 そのエプロンからぴょいとネコが飛び出して、エマを狙う兵士たちに怒りを示すように全身の毛を逆立てている。


「黒騎士、てめぇ!」


 クロードの叫びと同時に、兵士たちが引き金を絞る。

 エマに向かって飛びかかるようにクロードが跳躍。その身体で銃弾を防ごうとした。


「クロードさんっ!!」


 エマの悲鳴が砦に響き渡る。

 一瞬の間の後、クロードの背に血の華がいくつも咲いた。

 それを確認した黒騎士が再び片手を上げて、兵士たちに銃撃を止めさせた。


「素晴らしい。おまえのことを信じていたぞ、盗賊。きっと姫のことを助けてくれるとな」


 何発も背に銃弾を受けたクロードはエマの足元に倒れて、地面を血で濡らしている。


「では行こうか、姫君。君の騎士もこれでいなくなった」


 勝負はついたとばかりに黒騎士がエマに迫った。しかし、


 グルルルッ


 突然低い唸り声が響いた。ネコのものかと思ってエマは視線を走らせたが、当のネコは倒れたクロードを警戒するように後ずさりしている。

 よく見ればクロードの手足の皮膚からびっしりと毛が生えていた。この盗賊がそんなに毛深かった覚えはない。何より頭部が著しく変貌を遂げていた。端的に言えば獣のそれになっていたのだ。

 黒騎士もその異変に気付いていた。


「まさか、人狼か?」


 人狼。その名の通り、人に化ける狼。人に紛れ、人を喰らうとされている魔物。

 その力は騎士をもしのぎ、人の歴史において長らく恐怖の対象とされてきた。

 ただ、近年になって教会の主導のもと、激しい人狼狩りが行われた。

 人狼狩りは誤って普通の人間を処刑するという悲劇をいくつも引き起こしたが、それでも徹底的に人狼たちを追い込み、絶滅させることに成功したとされている。ほんの10年ほど前の出来事だ。


 クロードだったモノが突然跳ねた。振り返りざまに鋭く伸びた爪で黒騎士のマントを斬り裂き、鎧に爪痕を残している。


「くっ」


 黒騎士は距離を取ろうとしたが、獣は人だったときよりも圧倒的に速く、対処が追い付かない。

 爪で、牙で、次々と黒騎士の鎧に傷をつけていく。兵士たちからは黒騎士と人狼が重なってしまい、銃で狙うことができない。

 金属を引っかいた甲高い不快な音が間断なく鳴り響く。

 エマはそんなクロードの姿を見て、昔のことを思い出していた。幼いころの忘れられない記憶を。


(もしかして、あの時の……だから、わたしを助けて……)


 文字通り手負いの獣となった人狼の猛攻は続く。だが、黒騎士の鎧を貫くまでには至らない。

 怪我のせいもあり、徐々に獣の動きが鈍り始めた。それはエマの目にも明らかだった。


「狼さん!」


 危ない、とエマが思ったその瞬間、黒騎士の剣が人狼の腹部を貫いていた。

 人狼──クロードはすぐには倒れず、ふらふらと後ろに下がってから崩れ落ちた。 

 兵士たちが銃で狙おうとしたが、エマが覆いかぶさるようにかばった。

 クロードの身体は血まみれだったが、エマはかまわずに手と服を血で染めて抱き着き、とめどなく涙を流した。


「ごめんなさい、わたしのために……」


 黒騎士は手をあげて、兵士たちに攻撃を止めるよう指示を出し、少しだけ間をとってからエマに近づいた。


「泣くのは結構だが、君のために下でまだふたりほど戦っている。君が我々に協力してくれないのであれば、あのふたりも死ぬことになるぞ」


 その言葉にはっとしたエマがは黒騎士に目を向けた。少女の顔は血で汚れている。


「わたしがあなたたちに従えば、あのふたりは助けてもらえますか?」


「もちろんだ」


 気安く請け負った黒騎士の後ろから、帝国の将校が顔を近づけて囁いた。


「よろしいので? あのふたりは我が軍にかなりの打撃を与えていますが」


「かまわん。これ以上の損失を招くと、後でガーネッツ閣下への追及が厳しくなる」


 黒騎士も将校にだけ聞こえる声で返した。

 今回、一帯の山ごと焼き払うという強硬な手段でクロードの砦に攻め入った黒騎士だったが、帝国がこれを了承したわけではない。黒騎士の独断である。

 しかも小国の元姫を取り返すという目的のためだけに。

 直前に黒騎士はハイランドを攻め落として功績を上げているが、それでも傍若無人な振る舞いを許されるわけではない。

 手ごわい盗賊、しかも人狼だった者は倒したものの、この後ムラクモとユーリを倒しにかかれば、更なる損害は避けられない。それよりもエマを従順にさせる取引材料に使ったほうが得策だと、黒騎士は考えたのだ。


「……わかりました。あなた方に従います」


 エマはクロードの顔に視線を落としたまま答えた。少女の涙がクロードの頬をつたう。


「よろしい。撤収しろ」


 黒騎士がつぶやくと、後ろにいた将校がその命令を大声で復唱。

 その命令は兵士たちの復唱によって広まってゆき、慌ただしく撤収準備が始まった。

 ネコがなぐさめるように、エマに身体をすりよせていた。


──


「何だ? 何が起こった?」


 ボロボロになりながらも死神たちと戦っていたムラクモは首をかしげた。

 突然、死神たちが後退を始めたのだ。


「負けだよ、負け。クロードがやられて、エマが捕まった」


 魔法で逐次状況を見ていたユーリが秀麗な顔を歪める。


「嘘だろ!? クロードがやられたのかよ!」


「しかも正体までさらしている。完敗だよ」


 ムラクモもユーリも、クロードが人狼であることは知っていた。


「とにかく砦に戻ろう。帝国軍はすでに引き払っている」


 ユーリが砦を険しい表情で見た。

 そのユーリとムラクモを遠巻きに見ながら、帝国軍は撤収していく。

 これ以上、こんな化け物どもに関わるのはごめんだとばかりに。

 あたり一面は焼け野原と化しており、盗賊たちのねぐらは半壊していた。

 その光景はこの世の地獄のようでもあった。


──


「クロードが背中に銃弾を喰らってるぜ? こんなすばしっこい男をどうやって仕留めたんだ、帝国の連中は?」


 人狼の姿のまま放置されていたクロードを発見し、ムラクモが顔を振った。


「兵士たちにエマを狙わせたんだよ、黒騎士が。それをクロードがかばって、この有様さ。その後、狼になって抵抗したんだけど、黒騎士の鎧はどうにもならなかった」


 ユーリの淡々とした言葉には悔しさがにじんでいた。彼は魔法でクロードと黒騎士の戦いを監視していたのだが、手が出せなかったのだ。


「悪党がっ!」


 ムラクモは吐き捨てるように言った。


「それでどうする? 埋める?」


 ユーリがクロードの身体に目をやった。


「埋めるっておまえ……」


 あまりに切り替えの早いユーリの言葉にムラクモは言葉を失う。しかし、現実としては、それぐらいしかやれることがないのも事実だった。


「埋めちゃダメよ?」


 そこに声をかけてきた女がいた。


「人狼はこの程度のことでは死なないわ。死ねないって言ったほうがいいのかしら?」


「ラクシュ……」


 ムラクモたちに近寄ってきたのは青髪の女商人だった。


「このまえの宝石のお釣りを持って来たんだけど、今なら傷薬が高く売れそうね?」


 ラクシュが商売っ気の強い笑顔を浮かべた。

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― 新着の感想 ―
不二子さん??不二子さんポジですね(((o(*゜▽゜*)o)))♡
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