10 砦の戦い
「くそっ、やるしかねぇのか!」
やけくそ気味に叫んだクロードは弾丸のような速さで駆け出して、先頭の死神の頭に飛び蹴りを放った。奇襲を受ける形となった死神が、山の斜面を転がり落ちる。
「さすがリーダー。頼りになる」
クロードに続いて、ムラクモも死神たちに斬りかかった。
死神たちは即座に背中から大剣を引き抜いて、これに応じる。
すぐに激しい戦いが始まった。
速さと剣の技量ではムラクモに圧倒的な分があり、その剣は死神たちを確実に捉えているのだが、漆黒の鎧が全身を完全に覆っているため、まったく傷を負わせることができない。
ムラクモの剣が特別な金属でできた業物であるにもかかわらず、だ。
一方のクロードは武器を使わずに両手にグローブをはめている。その拳には動物の皮をいくつも重ねて厚く覆っていた。
クロードは盗賊らしい敏捷さで攻撃をかわしながら、強烈な蹴りや殴打を繰り出し、何度も死神たちを倒した。しかし、死神たちは幾度倒れても立ち上がってくる。
「何だ、こいつらは?」
クロードは半ば呆れていた。鎧の上からとはいえ、何度も打撃を加えて山の斜面を転がしているのだ。
それなのに死神たちはまったくダメージを負っている素振りを見せない。疲れもしていない。
「嫌になるだろ? 攻撃が効かない上に疲れ知らずときている。こいつらは不死身の化け物なのさ」
クロードと肩を並べたムラクモが苦笑いを浮かべる。
その後ろからユーリが両手から連続で魔法を放った。右手から水の魔法を放って死神たちに浴びせ、左手から冷却の魔法を放って、浴びせた水を氷に変えたのだ。
「もう動かないでね?」
凍てついた死神たちにユーリが願いを込める。が、その願いは氷と共にすぐに砕かれ、死神たちは再び動き始めた。
「おかしいな。普通の人間なら確実に凍死しているはずなのに」
その理不尽に眉をひそめるユーリ。
「埒が明かねぇな……」
クロードが額の汗をぬぐった。
死神はそこまで腕の立つ騎士ではないのだが、圧倒的に頑丈であり、単純に力も強いので攻撃も侮れるものではない。
戦いは膠着状態に陥っていった。ただ、周囲からは他の帝国の兵士たちが山を登ってきており、長引けばクロードたちが不利になるのは間違いない。
その様子を、砦の中からエマが心配そうに見守っていた。
──
黒騎士は兵士たちを引き連れて、山の中腹あたりからクロードたちの戦いぶりを見ていた。
自分が先頭に立って戦ってもいいのだが、それは指揮官としてすべきことではないとわきまえている。
「なかなか手ごわい。ベータたちでも押し切れないか」
黒騎士は直属の部下たちのことを異名の『死神』とは呼ばず、それぞれ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンと呼称している。
「射撃用意。ベータたちに当たっても構わん」
非情とも言える命令に兵士たちは一瞬驚いたが、強力な魔法を物ともしなかった死神たちの頑丈さを思い出し、すぐに銃撃を開始した。
それを確認した黒騎士は副官の将校に告げた。
「わたしは自分の部隊を率いて砦に向かう。ここは任せた」
「はっ!」
副官の返答を背に、黒騎士は目の前の戦場を迂回して砦を目指し始めた。
──
「ちっ、味方ごと撃つなよ!」
銃で狙われ始めたことにより、さらに苦戦を余儀なくさせられたクロードは舌打ちした。
銃撃のいくつかは死神たちの鎧に当たって嫌な音を響かせているが、漆黒の騎士たちはまったく気にする様子はない。恐るべき精神力だった。
クロードは死神を使って銃の射線に入るのを防ぎ、ムラクモは剣で、ユーリは魔法で銃弾を防いでいる。
「クロード、悪い知らせだよ」
そんな最中、ユーリがクロードに呼びかけた。
「これ以上悪い知らせが世の中にあるのかよ? 天国が満員で地獄にしか行けなくなったか?」
「いや、回り込んだ帝国の部隊が砦を狙っている。エマが危ない」
「そいつはまいったな。ユーリの魔法で何とかならないのか?」
「僕が今いくつ魔法を並列で使っているかわかっているのかい? 天才にも限度ってものがあるんだよ?」
そう言いながら、ユーリは新しい魔石を口の中に放り込んだ。魔力の消費が激しいようだ。
「ちっ、わかったよ」
再び舌打ちしたクロードは、共に戦っていたムラクモの肩を軽く叩いた。
「そういうわけで後は任せた!」
言うや否や、クロードは疾風のように砦に向かって駆け出した。後ろの目がついているかのように器用に銃弾を避けながら。
「俺ひとりでこいつらの相手をするのかよ!」
悲鳴のような声を上げながらも、ムラクモは剣を振るう速度をあげて4人の死神の相手を始める。傷は与えられないまでも、相手の剣を弾くことで何とか渡り合っていた。
──
砦に迫る部隊に気付いたエマは、砦の2階部分にある使っていない汚い部屋に入り、ベッドの下に隠れた。ここなら気付かれることはないと思ったからだ。
ホコリで服や顔が汚れたが、そんなことにかまっていられない。
「探せ。井戸の中まで、くまなくだ」
砦の中庭のほうから、くぐもっているがよく通る声が聞こえてきた。
あちこちから物音が聞こえる。帝国の兵士たちが砦の中を捜索しているのだろう。
やがて、エマが隠れている部屋の扉が開く音が聞こえた。
「汚いな。こんなところにお姫様は隠れていないだろ?」
部屋を見た兵士は、中の惨状にうんざりしているようだ。
(そう、この部屋は汚いの。捜すのは嫌でしょう? だから、そのまま立ち去って!)
ベッドの下で、エマは手を組んで祈った。ついでにエプロンからネコが顔をのぞかせて、両手を合わせてエマを真似たような動作をとった。その様子に気付いたエマがクスリと笑う。
「でもよ、後でここから見つかったら、えらいことだぜ?」
兵士がもうひとりいたようで、嫌がっている相方の兵士に一緒に部屋を探すよう促した。
「しかたねぇなぁ」
エマの願いも虚しく、ふたりの兵士たちは部屋の中に足を踏み入れた。
といっても、使っていなかっただけあって物は少ない。
唯一の戸棚を開けると、後はベッドの下をのぞくしかなかった。
「こんなところ、ネズミくらいしかいないぜ?」
のぞきこんだ兵士とエマの目が合う。
「えっ!?」
「こんにちは」
幽霊でも見たかのように驚く兵士と、強張った顔でにっこり微笑むエマ。
一瞬の間の後、部屋の窓からクロードが飛び込んできて、エマと顔を見合わせていた兵士を蹴り飛ばした。
慌てて銃を向けるもうひとりの兵士との距離をクロードは一瞬で詰めて、その顔に拳を叩き込む。
「かくれんぼの時間は終わりだ、エマ。次は鬼ごっこの時間だ」
ベッドの下からエマを引っ張り出したクロードは、ホコリだらけのその姿を見て頬を緩ませた。
「随分、スリルのある遊びですね」
つられてエマも笑ったが、物音を聞きつけた兵士たちが部屋の扉に殺到してきた。
それを見て、クロードは荷物のようにエマを窓の外に放り投げた。
「きゃっ!」
2階から中空に浮くエマ、続いてクロードも窓から部屋を脱出。
壁を蹴ることで下に向けて加速したクロードが先に地面に着地。後から落ちてきたエマを両手で抱えるように受け止めると、そのまま砦の中庭から外へと脱出しようと試みた。
だが、その前に黒い鉄仮面の男が立ちふさがった。
「女性の扱いがなってないようだな、盗賊」
仮面の中で反響しているような無機質な声、全身を包む漆黒の鎧とマント。
黒騎士だった。
「レディの前だ。おまえこそ仮面くらい脱いだらどうだ?」
おちょくるようにクロードが言い返す。
その返答は抜き放った黒い剣による一閃。その軌跡は正確にクロードの首を捉えていたが、素早く後ろに飛ぶことでクロードは回避した。
クロードに抱えられたまま、目の前を剣がかすめてエマは息をのんだ。
「あっぶねぇな! エマに当たったらどうするんだ!」
「わたしはそれほど下手ではない」
立て続けに振るわれる黒騎士の剣は、ムラクモにも匹敵する鋭さだった。
たまらず下がったクロードは、エマを地面に下ろした。
「ちょっと待ってろ、すぐに終わらせてくる」
「そうだな。すぐに終わる」
クロードがエマにかけた言葉に、黒騎士が応じる。
気付けばクロードたちがいる中庭に向けて、砦の各所から兵士たちが銃を向けていたのだ。
その銃口が一斉に火を噴いた。




