01 盗賊
6作目です。自分の中の王道であり、子供の頃の空想のような物語。
峠道に馬車が列をなしていた。その数は10を超えている。
そのほとんどが、見栄えよりも実用性に重きをおいた堅牢なものだった。
外観は緑一色で統一されており、帝国の所属であることを示す黒竜の紋章が大きく入っている。
中には緑の軍服を着た兵士たちが10人ほど乗っていた。皆ライフルを担いでいる。
そんな物騒な車列のちょうど真ん中に、黒く大きな馬車の姿があった。
車体のあちこちに鉄の装甲が組み込まれ、高い位置に小さな窓枠がついているだけで、外から中の様子を伺うことはできない。まるで動く牢獄のようだ。その太い車輪は地面にくっきりと轍を残していく。
「おい、知っているか? このあたりに盗賊が出るんだってよ」
先頭の馬車に詰め込まれていた兵士のひとりがボツリと言った。短くも長くもない茶色い髪に茶色い目、どこにでもいそうな平凡な顔立ちをした男だ。
「何だ、おまえ。盗賊なんかが怖いのかよ?」
対面の兵士がその弱気を嘲った。
「帝国の紋章を掲げている馬車を狙う馬鹿がどこにいる? こっちは1個中隊100人はいるんだぜ。しかも、俺たちは銃を持っている。空に向けて一発撃てば、盗賊なんて蜘蛛の子を散らすように逃げちまうさ」
銃は普及しつつある武器だが、それでも軍隊以外が持っていることはほとんどない。盗賊が銃を恐れるというのは当然のことだった。
「それがな、聞いた話だと、盗賊といっても騎士と魔法使いがいるらしいんだよ。噂によると、そいつらが結構強いらしい」
盗賊の話を切り出した兵士は、神妙な顔をして語った。
「騎士と魔法使い?」
対面の兵士は顔をしかめた。
騎士と魔法使いは特別な力を持つ人間のことを指す。騎士は身体能力が極めて高く、魔法使いは魔法を唱えるのに必要な魔力を有している。
「今時、そんな連中が何の役に立つんだよ? 時代は銃と大砲。剣や杖を構えたところをズドンでおしまいさ。……ああ、そいつらは役に立たなくなったから、盗賊に身を落としたんじゃねぇか? それなら話はわかる」
その兵士の言う通り、騎士や魔法使いは過去のものと化しつつあった。
10年ほど前までは彼らが戦場の主役だった。しかし、近年では帝国によって銃や大砲といった技術が開発され、それが世界に広まると、高度な鍛錬が必要とされる剣や魔法は廃れようとしていた。
誰でも使える銃の力は、大抵の騎士や魔法使いを上回っているからだ。
「いやいや、その騎士は銃弾を剣で防ぐんだとよ。魔法使いは銃よりも早く魔法を撃ってくるらしいぞ?」
「そんなの嘘に決まってるじゃねぇか。どうやって剣で銃を防ぐんだよ? 銃が通用しない騎士といえば、帝国の黒騎士様とその配下の死神だが、それだって特別製の鎧のおかげだ。銃弾を剣で防ぐ芸当ができるとなると、『騎士の中の騎士』と呼ばれたオウカのムラクモくらいなもんさ。そのムラクモも戦争に負けた後は逃亡中らしいが、そんなやつが盗賊になっているとは思えねぇ。盗賊になった騎士ってのは剣を振っていたら、たまたま弾が当たっただけだろう? 魔法使いだって長ったらしい呪文を唱える必要があるんだから、銃より早いわけがない。早口言葉が世界一得意でも無理だね」
馬鹿にしたように言い切ると、その兵士は肩をすくめて外に目をやった。どこかに盗賊が潜むという山々が視界に映る。
するとその山の中から、ポツンと赤い光が見えた。
(山火事か?)
そう思ったのも一瞬のことで、赤い光はあっという間に大きくなって迫り、一台後ろの馬車に直撃した。
吹っ飛んだ馬車が横転する。
「魔法だっ!」
兵士が叫んだ瞬間、再び魔法の光がはしり、さらに後方の馬車が吹き飛んだ。
馬車を引く馬たちが爆発に驚き、前足をあげていななく。
横倒しになった馬車で道を塞がれる形となり、黒い馬車が足止めされ、他の馬車からは兵士たちが転がるように降りてきた。
「こんな強力な魔法が立て続けに2回も? 敵の魔法使いは何人いるんだ!?」
誰かが叫んだ。兵士たちはかなり動揺している。
「撃て! 敵は山の中だ!」
この中隊を率いる隊長が、魔法の光が見えた方角を指さすと、すぐにけたたましい銃声がいくつも山をこだました。
当たるとは思っていない。牽制のようなものだ。実際に銃声は人をすくみ上らせる効果がある。
「倒れた馬車をどかせ! いつまでも止まっているとやられるぞ!」
銃撃で時間を稼いでいるうちにと、隊長から指示が飛ぶ。
兵士たちが道を塞ぐように横転した馬車に駆け寄った。
ところが横倒しになった馬車の前に、いつの間にかひとりの男が立っている。
長い黒髪に黒い眼。手や足先に向かって広がる特徴的な藍色の衣服に、白銀の胸当てを付けている。右手には細長い剣を握っていた。剣を使うということは、恐らくは騎士なのだろう。
どう見ても、茶色い髪とヘーゼル色の目が多勢を占める帝国の人間ではない。
「誰だ!」
という言葉と、発砲は同時だった。
黒髪の騎士の身体の前で、キンッという乾いた音と火花が散る。
剣で銃弾を防いだのだ。騎士の動きは一瞬のもので、兵士たちは目で追えていない。
「問答無用で撃ってくるか。こちらも加減は無用だな」
騎士が口の端を上げた。
「撃て! 撃ちまくれ!」
兵士たちが一斉に銃を撃ち始めた。
騎士が凄まじい速さで剣を振るい、その軌跡から火花が咲き乱れる。
兵士たちが持つライフルは一発撃つごとに弾を込めなおす必要があったが、動作はスムーズでかなりの訓練を積んでいることが見て取れた。その銃弾は騎士の鎧をも貫通する威力を誇る。
しかし、何度かの発砲の後、銃弾を込めなおす手が止まった。いくら撃っても剣で弾かれて当たらない。
「……化け物か?」
兵士たちが茫然とする。
「終わりか? 俺を捉えた弾は半分程度だったぞ? 訓練が不足しているな。おかげで楽ができた」
不敵に笑う騎士が足を擦るように一歩前に出た。
瞬間、その姿が兵士たちの視界から消え失せる。
「あ……」
5人ほどの兵士たちが崩れ落ちた。兵士たちの只中に騎士の姿が入り込んで、剣を振るったのだ。
ただ、その動きはやはり兵士たちには捉えることができていない。
さらに騎士が滑るように動いて剣を振るった。もはや銃の間合いではなく、その刃にかかって次々と兵士たちが倒れていく。
「ひぃっ!」
兵士たちが逃げ出した。彼らはつい先ほどまで銃は最強だと信じていた。誰にでも簡単に扱えて、どんな強い相手でも簡単に倒せる武器だと。その信仰が完全に崩れた瞬間だった。
──
「何だ!? 何が起きている?」
車列の後方の兵士たちは山に向かって牽制射撃を継続していたが、前方で戦闘が起きていることを察して、救援に行くべきかどうか迷っていた。
自分たちの任務は黒い馬車の護衛である。一旦退いて、その安全の確保に努めるべきなのではないかとも考えていたのだ。
退路を確保したほうがいいのかと、兵士たちは今やってきた道を振り返る。
と、そこに白い男が姿を現した。何もなかったはずの場所に突然、まるで亡霊のように。
「えっ?」
あまりのことに兵士たちが目を疑う。
杖は持っていないが、身に纏った独特の白いローブから、その男が魔法使いであることはわかった。長い白髪に碧眼。美しい顔立ちは中性的で、女に見えなくもない。しかし、肌の色まで白いために何もかもが白く映り、それが目を惹いた。10本の手の指にはすべて太い指輪をはめている。
「魔法使いだ! あいつが攻撃してきたんだ! 撃て!」
誰かが声をあげた。
気を取り直した兵士たちがライフルを撃とうとしたが、それよりも早く魔法使いが右手を構える。
瞬間、魔法使いの白い腕に赤い文様が走った。
すると、その指先から光が放たれ、ひとりの兵士の胸を穿った。
「ごおっ!?」
光に撃ち抜かれた兵士は絶命して、膝から崩れ落ちる。
「魔法だと!? 馬鹿な! 詠唱していなかったぞ!?」
兵士たちが驚愕した。
通常、魔法は呪文の詠唱が必須である。それも強力なものであればあるほど、長く唱えなければならない。それなのにこの魔法使いは無言で、それも一瞬で魔法を放ってきたのだ。あり得ないことだった。
魔法使いは右手の五指から次々と光の矢を放った。光が放たれる直前に毎回腕の赤い文様が輝くのだが、そのことに気をはらう者はいない。それどころではなかった。
魔法で撃たれた兵士たちが次々と倒れていく。
「何だ、あいつは!?」
応援に駆け付けてきた兵士たちが、魔法使いを銃で狙う。
魔法使いが左手を構えると、今度は左腕の文様に光が走り、青い魔法陣を前方の空間に展開。
それは壁となって、魔法使いを狙った銃弾を弾いていく。
「銃を防ぐ結界だと!? そんなもの聞いたことが無いぞ?」
銃の登場によって、魔法使いは戦場から駆逐されて久しい。魔法は銃より遅く、魔法使いは銃弾を防ぐ術を持っていなかったからだ。
ところがこの白い魔法使いは銃よりも早く魔法を行使し、銃弾を防ぐ結界すら展開してみせた。
兵士たちは恐怖した。魔法というものが本来持っていた得体の知れなさに。
彼らは馬車の陰に隠れて、しばらく信じていなかった神に加護を祈った。
──
黒い馬車の御者は困惑していた。
攻撃を受けているのは間違いない。狙いは当然この馬車だろう。
しかし、前方の道を塞がれ、後方でも襲撃を受けている。
これでは動きようもなく、ただただ馬をなだめるばかりだ。
そこにひとりの兵士が駆け寄ってきた。どこにでもいそうな平凡な顔立ちをしている。
「おい、ぼさっとするな! 隊長から命令だ! そこの脇道に入れ! 襲撃をやり過ごすんだ!」
その兵士が指さした方向を見ると、確かに山道が見える。少し狭くて険しいが、この頑丈な馬車なら行けなくもなさそうだ。
「おお、そうか! わかった!」
御者は疑いも無く、兵士の言うことを信じた。
その兵士は、先ほどまで先頭の馬車に乗っていて盗賊の噂話をしていた男なのだが、そんなことは御者が知る由もない。
「俺が一緒に乗って護衛してやるよ」
「助かる!」
御者はその兵士を隣に迎え入れた。そして、馬車は進路を変えて脇道へと入っていく。
「おい! どこへ行く!」
護衛していた馬車が勝手に脇道に入っていくのを隊長は見咎めたが、戦いの喧騒の中でその声は届かなかった。