変質「陰摩羅鬼」
累人編は心の変質した者たちと闘う組織の少女たちそれぞれの読み切りです。順番は気にせず読めます。
今回は組織の少女のひとり、「一色理多」のお話です。
01-機会-
ヒトには他人が必要だ。
対象に向ける感情が攻撃でも何であっても。
心を育むためには。
触れ合って、傷つけあって、成長する。
知性を発達させるためにもそうだろう。
競争がヒトという種を拡大してきた。
比較対象がなければ、世界は自分ひとりだ。
昨今では。生きるためだけなら、他人は必要ない。
そう言い放ち、個室が自らの世界であると見做してしまう者は……
心を変質させてしまう。
ディスプレイの前に自らと同様に他人がおり、繋がっていると感じなくなる。
そうなってしまう前にSOSを発信できれば、あるいは。
そういった人々を救うために開設されたものが、WEBサイト「RitaNet」である。
02‐機械‐
RitaNetでは、ある人がトークルームに入室し、利他的なマスコットである人工知能美少女、リタと一対一で対話できる。
世界中あらゆるところから常に学習し続けているリタ。技術の発展が目覚ましい昨今ではスムーズな対話ができ、音声付きで流暢に喋ることができるようになった。
まるで中の人がいるようだ…と言われ続けている。
その開設当初、そこには本当に少女が繋がっていた。
今でも深刻なときには少々のリソースを費やし、彼女が実際に対話するときもある。
その彼女の名前は一色 理多という。
理多にはあらゆる機械に接続して操作するという力があり、情報の女王として……流れ込む世界の事柄を処理し続ける。
それは寝ている最中にも…
03‐奇怪‐
本当に危ういモノが出現したとき、人間の本能的に危険を表す赤色の光が輝き、甲高い音の警報が鳴り響く。
電子の海に漂う彼女のなかでは、そう見え、そう聴こえるということだ。
彼女、とりわけネットの他人の言葉において……差し伸べられる手では救えない者も当然いる。
その日、ひとりの男性が化した。
誰からも気にされることがない。
理解されることがない。
死者と同じ。いや死人のほうが他人の気を惹けるだけマシ。
そう思ってしまったものは、脆い……
オンモラキと呼ばれる妖怪がいる。供養に無念が残ると現れるという。
尽きるのは、他人に想われたいということにほかならない。
おもねり、へりくだって受け入れてもらいたい。
理解してもらいたい。わからなければ、わかってもらえなければ、攻撃して。反撃されれば、自衛のために足を引っ張る。その繰り返し。
やがて自己憐憫のなか、泥沼に……ずぶずぶと沈んでいく。
対象は集団から個人、AIへ。
果て。あらゆる手段を選ばなくなって、遂に発信を終えたものからの通信が途絶える。
理多による本気の対話も虚しく空振る……彼女は脱力し、そして無力感に包まれる。
それでも、やらなければならない。
組織の少女たちは人を殺す。
正確には、人が人でいられなくなったものを。
心病み変わり果て、虚ろに化したものを。
ある時を境に、猟奇的な事件が急増し、絶えることがなくなった。
衝撃的な事件と犯行の規則性から、都市伝説のように犯人像が語られた。
それらの事件は、心が喪失し、変質した者たちによって。
そうなったモノたちが持つ規範によって行われていた。
そして組織された機関。
その一員である一色理多があたっている任務。
それが「陰摩羅鬼」である。
今日では絶えることがないそれらの想いは。
機械を通じ、彼女の心を擦り減らし続ける。
04‐嗜好‐
変質したモノたちの自我は、自室に留まらない。
それまで大切にしていたものを、他者に押し付けることになる。
大抵は個室で押し留めていたものを、開放する。
押しつけられていた。そうそれらは思っている……後ろ暗かったもの。
それを他人に投影して、攻撃として投げかける。
その日顕れたモノは、嗜虐趣味を持っていた。
幼女を対象としたその性癖は。
理多の聞いた、喪失する間際の言葉にならない雄叫びは。
解放された歓喜によるものか、止めて欲しい思いによるものなのか。
後者と受け取ることでしか、彼女たちは処理できないのかもしれない。
夕刻。青年だったものは。
以前の規範から、身だしなみを整え、外に出る。
物色を始める姿は、傍目からはまったく健全なものである。
行われるならば、なるだけ趣味に沿ったものでなければならない。
行われるならば、完全なものでなければならない。
防犯カメラのない路地。
いかにも反抗できない、おとなしそうな少女。
本能で気づかれて、怯えを向けられる姿に興奮を抑えられずに……それが実行されようとする。
そのとき。
思わず笑い声が漏れる。
「ハハっ」
05‐指向‐
「あはははははっ」
男が抑え切れず露わにしたもの。
口元に押し付けられた唇を迎えると。
ぶぢりと弾力。噛みちぎる。
びぢびぢ咀嚼し、べっと吐き捨てる少女は。
堪らずに笑った。
自分が捕食者だと思っていたものが、逆に怯えて逃げる無様さ。
彼は助けを求めて彷徨う。だけども誰もいない……黄昏どき。
そういうところを選んだからである。
「もっと遊ぼうよ、おとうさん」
虚ろになった少女は、投射した男に対して完全な破壊を愉しむ。
少女には決まった父親がいなかった。
昼の間は寝て、夜の商売で日銭を稼ぐ母親がいた。
だらしない女は短期間で代わる男を頻繁に連れ込む。
現代社会において、今では「よくあること」とされている。
最後の男は少しだけ長く続いた。
真面目そうに見えた。
ようやく所帯を持とうとする女にも少し「ちゃんと」する兆候が見えていた。
だから、少女は我慢することができた。
男が父親を称して幼女に対して性を求めることに。
キスをする場所。
接触する部位。
抵抗しない少女。
日々エスカレートするそれは。
少女を壊してゆく……
ちょうど昨日散った花は。
その行為がどういったものか。
痛みに堪えながら図書館のパソコンを借りて調べる。
そうして知ったことで、心を喪った。
情報が飽和した現代社会において傍目から見た場合。
性的虐待は、「よくあること」とされる。
性被害において、被害者に責任が転嫁されることは典型的な例である。
少女は「空気を読む」ことに長けていた。
誰にも話すべきでないと悟り、我慢していた。
ネットに流れるヒトの好奇心を見て、吐き気を覚え、すべてを戻す。
「ぉぇぇぇぇっ」
戻すことが引き金となって、もう、中身は空っぽになる。
行き場がない、あるとして……もうわからない。一方的に、AIに語りかける。
心の残りかすは、もう救いを求めてはいなかった。
慰めが空振りに終われば。自己の否定が始まる。
そうして尽きた果てに求めたものは。
過去の規範を肯定し、思考を放棄して従う……自らを乱反射する歪な鏡に他ならない。
「ゥァァァアアあ」
睾丸を破壊され、じとじとと粘液を垂らし、なめくじのように這いずり逃げる青年。
「もっと欲しい。もっとちょうだい。それが普通なんでしょ。おとうさん」
彼と遊ぶため……必要な最後のところを求め、追い立てる少女だったもの。
お互いに、もう戻ることはできない。
06‐試行‐
機械を通した悲痛な叫びを聴き取った理多が追跡を始めてから、駆けつけたときには。
すでに惨事は終わっていた。
うずくまる男、笑う少女。
少女は携帯電話の類を持っていなかった。
男も足がつかないように揃えた、行為のための物しか持ち歩いていなかった。
それに加え、心の変質したモノは能力を持つ。
最も一般的なものが、存在の希薄化である。
それが行使されれば、一般人には何が行われていても見聞きできない。
およそ他人が近づかない領域においてそれらが行動するならば、追うことは難しい。
彼女の力がなければこんなに早くはたどり着けなかっただろう。
監視衛星を、防犯カメラを。
アクセスのあった地点から周辺を精査した。三十分もかかっていない。
そして到着した今、絶望が彼女を襲う。
救けられなかった…
誰よりもヒトの心をすくい上げている彼女だ。
だからなのかもしれない。
救えなかったモノに対したとき、脆い。
これで何度目になるかわからない。
化すまでの過程を知る彼女だから、処分したくはないと思ってしまう。
そうして多くの徒花を見てきた結果、殺さなければならないことを知っている。
彼女の属する組織の長である、遠野 令は。
「たとえ親であっても殺さなければならない」
それがその人のためであり、社会のためである。と言う。
誇張でも欺瞞でもないその事実は……彼女たちの心をすり減らし続けている。
せめて楽に逝かせるため。
身体も心も穢すことないよう。
これは欺瞞である。自覚している。
銃を構える。致死性は高い。そして彼女たちが目標を違えることはない。
理多は、死を感じる暇もないよう、意識ごと彼女の命を絶つ。
続いて、男の方も。
男には……若干の自業自得を感じないでもないが、ずっと内で留めていたのだ。
排他し抑制する社会が悪いとも言える。
断罪でなく、弾丸で。
苦しみを、断つ。
理多はヒトを救い続ける。
報いが訪れるその時まで。
ひとまずは、少女の心を失わせた母とその愛人を特権により叩き直し、憂さ晴らしさせてもらおうと、理多は車に飛び乗った。
とんでもなくチートな能力なようですが、当然キャパシティなどの限界はあります。