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変質「口裂け女」

累人編は心の変質した者たちと闘う組織の少女たちそれぞれの読み切りです。順番は気にせず読めます。

今回は組織の少女のひとり、「九鬼(くき) 曜子(ようこ)」と弟、あらゆる意味でのパートナーである弟、「九鬼 伊月(いつき)」のものです。

変質「口裂け女」

01-姉弟-

とある寂れた公園。撤去された大型遊具。かつての賑わいはもうすっかりない。

夕暮れ時、橙色の空。児童の帰宅時間帯である。

しかし今日は子どもの姿はない。

制服姿の、中高生と見られる男女二人組の姿だけがそこにあった。


「・・・・・・・・」

ふたりは姉弟。黙し、語ることはない。それはこの緊張した場に限ったことではなく……

姉の名は曜子(ようこ)。嫌でも目を引くような整った容姿の少女。

黒曜石のように澄んだストレートのロングヘア。長身としなやかな体型が目立つ。

幼さが残りつつも少女という枠を超え、透徹した美しさを漂わせる。


片割れ、半身の男は伊月(いつき)。姉より少し厳つい体型で、スケートデッキを背負っている。

しかし容姿に軽薄さはなく、達観したようにも見える顔立ちだ。

姉は必要最低限の言葉しか口に出すことはない。

一方で弟は・・・必要最低限の言葉すら喋らないこともままある。

お互い喋らずとも意思疎通ができる。超ブラコン&超シスコンであった。


さて、一見して目立つようなそんな二人、気に留めるものは誰一人いない。

近頃の周辺における治安の悪化。それによる厳戒態勢においてなおである。

それはふたりが存在感を希薄にする技術を身に着けているからだ。

弟が通信を何処かに送る。

「現着」

姉はひとこと。

「頼むわね」

機会を待つ、待つために。

豹変。


姉が先程前とは異なり、幼く純真な満面の笑みを浮かべる。

努めてつくる笑顔。

迫真の演技に弟は……笑いを堪えて、ぷるぷる震える。

組織の他のものがそれを見れば吹き出してしまうだろう。

そんな弟に、曜子は一瞬窘めるようにきりっと目を吊り上げ、伊月もまた頑張って遊ぶ。

姉に合わせてひとしきりの遊具を用いて児戯を楽しむ。


ブランコ。

ぐよぐよ揺れる動物のやつ。スプリング遊具というらしい。

砂場。

お互いに童心に帰ったように笑い合う。もっとも、そんな幼少期は過ごしていないが。

ふたりの間だからできる芝居。

演技も続ければ、自然に笑みを浮かべるようになる。


遊ぶこと、三十分ほど。

昏く、暗くなっていく……そんな淀み。

突如、膨れ上がる圧が周囲を包み込む。

想定通り、釣れたようだ。

弟は気を引き締める。機会を待つ。無限にも思える時間をひたすらに。

姉は息を整え、目を瞑る。集中。途切れたら終える。

そんな重圧を感じる弱さを彼女は持っているのかどうか。

始まりで、そして終わりかもしれないとき。

姉、曜子は思う。

果たして今日も無事に帰って、弟を甘々に甘やかすことができるだろうかと。


02-対峙-

姉弟は人を殺す。

正確には、人が人でいられなくなったものを。

人であることの当然を受け容れられず、衝動に身を委ねたものを。


ある時を境に、猟奇的な事件が急増し、絶えることがなくなった。

衝撃的な事件と犯行の規則性から、都市伝説のように犯人像が語られた。

それらの事件は、心が喪失し、変質した者たちによって。

そうなったモノたちが持つ規範によって行われていた。

そうして緊急事案に対処するべく、組織された機関。

その一員であるこの姉弟が今まさに当たっている任務。


それが「口裂け女」である。

先週の夕方。帰宅中の女子児童が口を刃物で切りつけられるという事件が起きた。

被害者によると。

「公園で髪の長い女の人になにか声をかけられたあと、気がついたらいなくなっていて……急に口が痛くなったの……」

「公園なんて全然行かないのに、なんで寄っちゃったんだろう……」

引き寄せられたみたい……そう言って、ぐす。と涙で頬のガーゼを濡らす。


語られたことは以上となる。それだけの情報しかない。

それはかつて都市伝説として名を馳せた「口裂け女」と酷似するため、この件はそう呼ばれることになる。

翌日からも、事件は三度起こった。

被害者は独りではなかった。それにも関わらず、行われた犯行。共にいた児童は事件の瞬間だけが曖昧で、見えていなかった。

また、被害者は子どもに依らないこともわかった。

周辺の見回りの強化のため、有志で集られた女子高生にも被害が起きた。

そうした現状。共通点は女学生であり、曜子と、弟の伊月が派遣されてきた。


そして臨む今。

曜子は感じる。

心を喪失した者の圧力を。

それらはその代わりに力を手に入れた。

変質してしまった者が求めるモノは規則である。

自己の規定に沿わないモノは排除する。

他に規範を強制する。


「口裂け女」のそれが何であるかは知るよしもない。

女子の口を切り裂くことに拘る理由、執着は。

そして、そうなったモノがしばしば手に入れるもののひとつに【存在の希薄さ】がある。

その能力は犯行に利用される。

見えているはずなのに認識できない。

聞こえているはずなのに聴取できない。

同じ空間にいるはずなのに…………


それはヒトにおいても膨大な修練によって手に入れることはできる。

しかし、希釈の桁が違う。

誰よりも才を持ち、誰よりも鍛錬を続けている曜子にとってもできないことだ。

油断すれば一瞬の内に曜子の口は裂けてしまい、犯人を見ることもできないだろう。

ただの「事象」として取り込まれるように…………

気を抜かなくともそうなるかもしれない。

曜子にできることは、エモノが自分の口に差し入れられる瞬間を捉えることだけだ。

口腔内、その空間上にモノが出現するのを感じ取るということにすべてを傾ける。

決して相手を見ようとしてはならない。そうすれば新たな犠牲者となる。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


何分が経過しただろう、たった数秒かもしれない。

纏わりつく粘っこい圧力は曜子を品定めするように蠢いている。

鼻にそれの匂いが香り立ち、唇に舌がうっすらと這い回る感覚を覚える。

品定め。ひたすらに撫で回される時間・・・

堪えている。曜子の全ては弟のものである。普段ならば……表出しないものの……キレていてもおかしくない。やがて圧力は消えて……少し間が空いて。

その刹那。


がちん!


曜子は思い切り口を開けて歯噛みした。

ぎきぃぃぎちぎちぎち……鉄が削れていくように硬質な音が響き渡る。

これ以上進ませまいと、曜子は噛みしめる。

しかし徐々に押し進められ、ぷちぷちと口の端が切れる。

目で捉えられたのはマチェット、マチェテ、マチェーテなどと呼ばれる刃物。

悪意の塊のような大小荒い鋸歯が付けられており、傷跡は惨いものになるのがわかる。

精神のたがが外れたモノの膂力は激しいものであり、長くはもたない。

弟の伊月は何をやっているのかと、今夜の「躾」をどうするか頭をもたげそうになる……


姉が堪える一方で。伊月もまた集中して「口裂け女」を待っていた。

彼には才能がなかった。組織の彼女らに匹敵するものなど、まずいるものでもないが。

それでも鍛錬により得た精いっぱいの腕力と技術をもって……研ぎ澄まして待つ。


……事が始まっている今でも、伊月にはまだ見えてはいない。

彼の役割は、姉の時間稼ぎによってようやくもたらされるもの。

犯行の最中。その時だけはどこにいるのかはわかる「はず」だから。

認識すれば、殺す。


そんな非凡な伊月がようやく気づいたとき。

すでに姉はぎりぎりの状態にあった。

焦りつつも、あとは単純で速やかな、いつもの作業である。

伊月は背負っていたスケートデッキを振り下ろす。

遠心力によって、しゅぃぃんと音を立てながら、滑らかに湾曲した刃へと変形するデッキ。それは鉾となり……

「口裂け女」を、縦に裂いた。


03-変質-

女は焦燥に駆られていた。

日々衰えていく肉体。

蝶よ花よと育てられてきた美しい過去。

ただ遊ぶだけで満たされていた。


誰もが羨む男と結婚なんかもしてみた。

家事は嫌い。手が荒れるから。

育児もしたくなかった。そもそも妊娠に美意識を見い出せなかった。妊娠線とか出るし。そうして、うまくいくはずもなく。


女は容姿以外に何も持たなかった。

そう自分で思い込んでしまった。まだ二十代後半であるのに。

そうなるとそれにつけいられてしまう。指示代名詞でしか表せないものだ。

鏡を見ては、自分を否定する。

肌が……特に唇が……桜色に潤み弾んでいた頃を思い返すのであれば。

確かに変化していると言えた。


今ではがさがさに荒れて、ストレスによってヘルペスまでできている。

唇の端は見るたびに狂乱の叫びを上げるため、痛々しい有様になっていた。

それがそんなに気になるようになったのはいつからだろうか?

家事をせず遊び呆けて不貞を行い、夫に殴られて顔を腫らした時に実感したように思う。


かつての自分を思い起こさせるような、若く可愛いコが妬ましい。

いやいや山登りに行ったことを思い出す。登山や森に行く女性が流行したことがあった。

ある時、友人がサバイバルと勘違いしてアウトドアナイフを持ってきたことがあった。

そのときはそれを笑ったものだが……そんなことを思い出し、そして閃きを得る。

ネットで調べて購入する。自分好みの鋸歯をつけて。

もう鏡は必要ない。

窓の外で煌めくコたち。煩いし、彼女たちには必要ないから……貰ってしまえばいい。


そして今、彼女は綺麗になった。

流行こそ遅れてはいるが、ハイブランドの服に絢爛なジュエリーを身に着けて、誰もが振り返るような美女に。

メイクはもう必要ないと知っていた。

もともと素養はあったのだ。気分の問題だった。

成熟を受け入れられればよかった。


それを一度使ってから、自分が若返ったとわかった。

それを持っていることで、声をかけられたことはない。

きっと美しい自分が身に着けているものなら、なにであっても自然なのだ。

美しすぎるのも考えものだ。


散歩が日課になっていた。夕暮れは良い。映える。

過去の自分をなぞる。登下校の道や、遊具で遊んでいた公園に、懐かしさを覚える……

一際輝いて見えるコに挨拶する。今日は少し大きいけれど。

「                         」


気がつけば。

私は一体、誰だったのだろう……?


04-束の間-

「伊月が遅かったから、口が」

曜子は表情を崩すことなく、戯れ笑う。

伊月は困る。困っている表情だけは身についたように思う。

「せっかく、こんなに可愛くメイクしているのに、傷が」

唇を少し尖らせるように迫ってくる。幼く見えるメイクをしている姉には笑いそうになる気持ちもある。

「傷がね……唇も変態にうっすら舐められたし、不快」

婉曲を超え、言外に「早く舐めとれボケ」と言われていることは理解している。

舐めた。ちろ、と。

「ちゃんと舐め取ってくれないと」

「唇でふれあうのも大切だと思う」

「口唇ヘルペスって、愛のウイルスとも言うの」

接触が途切れる度に、曜子が言葉で詰めてくる。

息づかいが荒くなったころに、舌が差し出され、絡み合う。

姉が上で、弟が下。

絶対的なルールのもとに。

最後は絶対にそうである。そうでないと伊月の体力がもたない。

うねり吸引し圧を変化させるものに搾り取られて、今日も一日が終わる。

身を寄せ合い、手を握り合う。

事が終われば、天を仰ぎ見る。

言葉はなく、明日もまたこうしていられるのか……伊月が不安に思う頃。

こういう時にいつも曜子は握る手を強くする。

「大丈夫」

そう言うかのように、こちらに向いて少し口角を上げるのだった。


調子に乗りすぎてストックがいっぱい貯まっているので大変です……

挿絵は別にあるキャラストーリーとともに頑張って描こうと思っています。

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