バスに揺られて

作者：大餅おしるこ

　ある日を境に見ないと思っていた夢。

　それがまたある日を境に見るようになった。

　すぐに夢だと分かった。

　目の前の女の子がいる。

　暗い表情で俯いている。

　近くには両親がいる。

　おや？

　どれだけ昔なんだ？

　母親は早くに亡くしたんだが。

　すると父親。

　この子は両親を亡くして親せきをたらいまわしにされて

　誰も引き取らないのでうちで預かることになった。

　だ、そうだ。

　ふーん、とあまり興味なさそうに返事をする。

　僕、結婚しているので女の子とはあまり関わりたくないんだけど。

　すると、お前いつ結婚したんだ？

　しまった。

　この夢の時間ではまだ成人すらしてないんだった。

　ここは夢なんだ。

　分かった分かった、役割を演じるよ。

　ただし、聞くことは聞くけどね？

　構わないと言われて両親は家事に戻った。

　さて、椅子に座って表情を落としているこの名前は何だろうね。

　僕は両親の子供、お名前を聞いても？

　福津神　豊。

　ふくつかみ　ゆたか、というらしい。

　雰囲気から女の子と思ってたが、男の子にも見えなくないな。

　ちろん、と顔を下げて表情を伺う。

　驚いてその子はこっちを見た。

　おや、目がブルーなんて綺麗な色してるな。

　髪色は薄グレーがかった白。

　日本の人じゃないのかな？

　記憶の限りは両親の記憶が無いらしく、何でこの容姿か分からないらしい。

　うーん、何か雰囲気の近さを感じるな。

　声を掛けて腕を引いて外に出た。

　外は大丈夫かい？

　聞くと、特に大丈夫とのこと。

　アルビノとかではないのかな。

　カンッ、と何かが女の子から落ちた。

　触っても大丈夫かい？

　またも驚いてこちらを見る。

　ありがとう、と呟いた。

　女の子の代わりに落ちたものを拾い上げた。

　ＵＳＢメモリーのようにも見える。

　それは何だい？

　問うとシニカ・メモリー、と返って来た。

　聞き覚えが無い。

　本当なら僕が夢にとらわれている間に使おうと思っていた。

　他人の記憶を改ざんしてしまうメモリーなのだそう。

　女の子の頬に涙が伝う。

　驚いた。

　明晰夢でハンカチ出せないかな。

　上手くやれないうちに女の子は涙を拭ってしまった。

　ごめんなさい、夢が操れるんだね。

　言われて気付いた。

　そうか。

　そこが前提条件なのか。

　多分耐えられるからやってみてもいいよ。

　そう言うと女の子の目がまん丸くなる。

　メモリーを額に当てられると、風景がバスの中になった。

　結構暑いな。

　これは感覚なのだけれど、今は魔法が使える。

　氷の精霊を呼びだして冷気を送ってもらう。

　こら愚民、私をこんなつまらないことに使役して。

　精霊がプンプン怒っている。

　何をしたら許してくれる？

　そうね……、お花でも贈って貰くれたら許してあげる。

　そう言われたのでバラを８本程出してみた。

　氷の精霊は思いもよらなかったのか顔を真っ赤にしてた。

　あれ？乗客に妻がいる。

　はい、と宝石のように光るバラを出した。

　調子いいんだから、と妻は笑っていた。

　さて、ここは多分二重夢だね。

　夢の中で見る夢のようなもの。

　夢にもよるんだけど

　出方を誤ると心に負担がかかるので

　空間の抜け方には気を付けなければならないね。

　突然、風景がガラスのように割れ、背景が変わった。

　あ、さっきの女の子。

　くすくすと小さく笑っている。

　どうかしましたか。

　奥さんにだけ贔屓するんだね。

　そりゃあねぇ。

　綺麗なバラをありがとう。

　言われてハッとした。

　え？さっきの精霊は君だったの？

　８本のバラはあなたの思いやり、励ましに感謝します。

　嬉しかった。

　そう笑顔で言われたところで目が覚めた。

　ふくつかみって手相じゃなかったかな。

　いいことがあるのかな。

　そんなことを考えながら早い朝に二度寝したある日の事だった。