『君のためなら、何度でもやりなおしてやる!』 庶民の私だけが知っている!イケメン貴族が大ピンチ! 愛する人のために時空を超える
お読みいただきありがとうございます。
ドキドキする展開をお楽しみいただければ幸いです。
最後までお読みいただけると『おっ!』と思っていただけるかと思います(^^)
「こ、これが【時間のブレスレット】……!?」
『フォッフォッフォ! 願えばやりなおし放題じゃよ』
「はは……タイムリープってやつかな? おばあさん大丈夫……?」
『フォッフォッフォ!』
「でも、このブレスレットは可愛いし、タダでくれるっていうならもらっていくね!」
『フォッフォッフォ! プレゼントしよう。老婆の気まぐれじゃ』
おばあさんの冗談に付き合ってあげよう。
登校中のマリーは怪しい老婆から怪しく光る赤いブレスレットをもらう。
老婆いわく、念じながら握りしめると時間を遡れるというブレスレットだ。
「変なおばあさんだったなぁ……って! 遅刻遅刻ー!」
マリーの通う学園は王族、貴族、資産家の子供が多く通う上級学校。
ほとんどの生徒は馬車での送迎付き。朝から走って登校する生徒はマリーくらいだ。
マリーの家は両親が小さな会社をやっている。大金持ちではないが生活に困るということはない。
しかし、そのレベルはこの学園では庶民扱いだ。
「はぁはぁ……ギリギリセーフ!」
「また遅刻ギリギリなの? なぜ学習しないの? もう少し余裕をもって家を出れないの?」
「う、うるさいなぁ……アンヌもたまには走って登校してみれば?」
クラスメイトのアンヌ。天才少女だ。家は金融業を営んでいる大富豪のお嬢様。
不愛想なアンヌだが、真逆の性格のマリーとは不思議と仲良しだった。
授業が始まる。
「えー、みなさん。今日は抜き打ち試験を行います」
教師の突然の試験にざわつく教室。
「うっそー! 聞いてないよぉ……」
「あんたね……それが抜き打ち試験よ?」
アンヌは呆れてつぶやく。
マリーは勉強が苦手だ。この学園では成績が悪いとバンバン退学させられる。
もちろん、貴族の権力や大富豪の裏金があれば話は別だろう。
しかし、庶民のマリーにそんな裏技が使える訳はない。一回一回の試験が真剣勝負だ。
試験はなかなかの難しさだった。マリーは無い頭脳をフル回転させる。
「うぅ……赤点は回避しないと……」
「はい。そこまでです」
答案用紙が回収される。
「マリー、試験はどうだった?」
「難しかったよぉ……ヤバいかも。 ふん、アンヌはどうせ楽勝だったでしょ!」
涼しい顔のアンヌと全力を出し尽くしクタクタのマリー。
「まあね……あ、でも最後の問題は難しかったわね」
「え? アンヌでも!?」
「ええ、あれは古代数式を使わないと解けない特殊な問題だわ」
「古代数式!?……アンヌは解けたの!?」
「たまたま最近、古代数式の研究をしてたから。まあでもこの学園でも解けるのは私くらいじゃないかしら?」
不思議とアンナがいうと偉そうには聞こえない。あー、そうなんだろうな、とマリーは思った。
「ちなみに古代数式で解いていくと答えは今日の日付になったわ」
「10月25日……1025か……うう……赤点かなぁ? 退学はやだよぉ」
「マリー、おはよう!」
「モ、モーリス様…… おはようございます!」
「今日も遅刻ギリギリだったね」
「う、うぅ……」
「ふふ、迎えに行くから僕と一緒に馬車で登校すればいいのに」
「とんでもないです! モーリス様!」
「様なんてつけないでくれよ? 昔はモーリス、モーリス言ってたじゃないか?」
「い、いえ……とんでもございません……」
モーリス・ガブリエル。
長身に美しい金髪の整った顔立ちの貴族。超名門ガブリエル家の長男で学園1モテる男だ。
マリーとは身分がだいぶ違うが、二人は幼馴染みだった。
幼い時は仲良く遊んでいた二人だが、成長するにつれ身分の違い知ったマリーは以前のように親しく接することが出来なくなっていた。
名門ガブリエル家でありながら誰にでも優しく接し、頭脳明晰、スポーツとあって将来を期待される青年だ。
「試験は大丈夫だった?」
「うぅ……ギリギリ……ですね」
「ふふ、頼むよマリー! 一緒に卒業しないとね!」
「モーリス様……」
誰にでも優しいモーリス様だが、マリーにはとくに優しい。
周りからは身分が違い過ぎるのにおかしいと言われることも多い。
「モーリス様ぁ! そんな庶民となにを話してらっしゃるんですか?」
モーリスファンの女が寄ってくる。
「よかったら私とランチご一緒なさいませんかぁ?」
「……ごめん。今日は昼に用があるんだ。ランチは無理かな?」
モーリスはどこか暗い表情で答える。
「あら、残念ですわ。今日のお弁当はウチのシェフが作ったスシと呼ばれる幻の料理でしたのに」
「ごめんね。また今度みんなで食べよう」
モーリスはいつも女に狙われている。モーリスのルックスはもちろん、貴族の地位、資産を狙う女は多い。
モーリスはそんな彼女たちにも優しく接している。
そして、モーリスがいつも気に掛けているマリーを嫌う女は多かった。
「ふん! なにが幻の料理だ」
「モーリス様はモテるからね……マリーも大変ね」
「それよりやばいよ、アンヌ……赤点かも……」
「うーん……私に言われてもね」
「退学になったら、モーリス様と離れ離れになっちゃうよぉ」
「あんたね……まあもし退学になってもモーリスはきっとマリーを離さないと思うわよ?」
「え!? なんで?」
「……本人は気が付かないものなのかしら?」
「??」
モーリスがいつも誰を想っているのか、それくらい学園一の天才にはお見通しだったが、マリーには黙って置こう、そう思ったアンヌであった。
マリーは今朝、手に入れたブレスレットが目に入る。
「まさか、ねぇ……? アンヌ、さっきの試験の答え何個か教えてくれる?」
「お! 復習ね。素晴らしい心がけだわ」
「ま、まあそんなとことかな?」
マリーはアンヌから答えを教えてもらう。全部覚えておける自信はないが数問ならさすがのマリーも覚えておける。
「なるほど、なるほど……では、アンヌ。私は過去に行ってくるよ」
「……は?」
「今日の私は時間を一っ飛びなのよ!」
「……頭大丈夫?」
「う、うるさいな! 分かってるよ、冗談だよ」
そう言いつつ、マリーはブレスレットを握りしめ願った。
【やりなおしたい!】
「なーんてね……あれ……?」
◆
「えー、みなさん。今日は抜き打ち試験を行います」
ざわつく教室。1時間ほど前の風景だ。
「え……?」
「どうしたのマリー?」
「ア、アンヌ……まさか?」
試験用紙が配られる。
「……うそ、信じられない」
その試験は先ほどの問題と全く同じ。
(間違いない……私、時間を遡った!)
信じられないが老婆のくれたブレスレットは本当にタイムリープできるようだ。
「やった……これで赤点は回避できる!」
マリーはアンヌから教えてもらった答えを忘れないうちに書いていく。
「……そういえば最後の問題は古代数式がどうとかって……答えは今日の日付って言ってたっけ?」
マリーはあっという間に回答を終えペンを置く。
「はい。そこまでです」
答案用紙が回収される。
「マリー、あんた試験始まってすぐにペンを置いてたけど……諦めたの?」
後ろの席のアンヌが心配そうに話しかける。
「アンヌ……ありがとう……赤点は回避できたよ!」
「あ、あら……それはなにより……」
「アンヌのおかげだよぉ!」
「……?」
なぜか感謝されるアンヌは困惑した。
カンニング? いや、アンヌの席はマリーの後ろ、カンニングは不可能だろう。
「あ! 最後の古代数式? あれもバッチリ!」
マリーは親指を立てる。
「うそでしょ……? マリー、あんた……何があったの?」
「マリー、おはよう」
「モーリス様……! おはようございます!」
(モーリス様、タイムリープしても優しい……素敵……)
「ご機嫌だね! 試験よくできたの?」
「はい! バッチリです!」
「よかったね」
モーリスはマリーに微笑む。
「モーリス様ぁ! そんな庶民と何話してらっしゃるんですか?」
またモーリスファンの女が駆け寄ってくる。
(もう! タイムリープしてもウザイ奴だなぁ!)
「あんたには関係ないでしょ! 一人でスシってのでも食べてなさいよ!」
マリーは女に怒りをぶつける。
「キィィィ! なによ庶民の分際で!!」
「うるさいわね! 引っ込んでなさいよ!」
「フン! 生意気な女ね! ……あら? なんでスシって知ってるのかしら……?」
【時間のブレスレット】これは本物だ。
左腕につけたキラキラと光る赤いブレスレット。
どうやらマリーが過去に戻りたいと願えばタイムリープできるようだ。
マリーは朝の老婆の言葉を思い出す。
【フォッフォッフォ! 願えばやりなおし放題じゃよ】
「やりなおし放題……何回でもできるって事……?」
この力はかなり危険だ。悪人が使えば世の中を変えるようなこともできるだろう。
しかし、マリーはそんな難しいことを考える頭脳はなかった。
(これさえあれば……もう赤点は怖くない!!)
「さあアンヌ、お昼食べよ」
アンヌを誘う。不愛想なアンヌの友達はマリーくらいだ。
大富豪の娘だから近づこうとする人間も多く、アンヌは誰も信用してなかった。
そんなアンヌが唯一心を開いたのがマリーだ。
性格は真逆の二人だが。今ではすっかりいいコンビだ。
「それにしても……今日のマリーなんかおかしいわ……」
「え?」
「マリーが試験を楽々解いて、おまけに古代数式なんて……」
「ふっふっふ、実はね……」
マリーがタイムリープの話をしようとしたその時、校内が騒がしくなる。
廊下では誰かの泣き声や悲鳴。
「なんだろう……?」
いつもとは違う校内。なにかがあったようだ。
「お、おい! 大変だ!!」
一人の生徒が教室に駆け込む。人の噂話なんかをいつも面白おかしく吹聴する奴らだ。
しかし、今日は様子が違う。彼の一言で教室は絶句する。
「……モーリス様が……死んだ……殺された……!」
「……え?」
マリーの頭の中は真っ白になった。
モーリスは校舎裏でナイフに刺され殺されていた。
超名門貴族ガブリエル家のモーリスが殺されたとあって学園は大騒ぎだった。
生徒はもちろん、教師にも動揺している。
「マリー……大丈夫?」
アンヌはマリーの背中をさする。
マリーは放心状態だった。
物心つく頃からの幼馴染み。あの頃は身分の違いなどなく二人いつも一緒に遊んでいた。
マリーの初恋は間違いなくモーリスだった。そして、その想いは今も変わっていなかった。
「……モーリス様……どうして……うっうっう……」
「マリー……」
号泣するマリー、愛するモーリスは何者かに殺された。
学園中が涙に包まれる。学園のスターはもう帰って来ないのだ。
マリー以外はそう思った。
「アンヌ……」
「どうした?」
「……相談があるんだ……私……バカだから……アンヌの力を貸して……!」
やりなおしてやる……! 何度だって!
◇
昼の校舎裏。
モーリスはある男と会っていた。
同じ学園に通うモーリスの1学年上の従兄フレデリック・ガブリエルと。
モーリスの父親の弟の息子だ。
「どうしたんだ、モーリス? こんなところに呼び出して」
フレデリックはモーリスにひけを取らない優秀な男だ。父親が貿易業を営む大富豪。
頭脳明晰でスポーツ万能、しかし、モーリスと大きく違うとこは周りの人間すべてを自分の駒だと思っているところだ。
ガブリエル家の力を使い、学園でも度々問題を起こす問題児。その度に莫大な裏金でもみ消してきた。
「フレデリック……正直に答えてくれないか? 叔父さん……君の父上は敵国となにか取引をしていないか?」
「……なんだモーリス? 何が言いたい?」
フレデリックは胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。
「昨夜、一族の資産状況を確認していたんだ。その時気づいたのだが、叔父さんの貿易業の数字がおかしい。怪しい取引先と巨額のやり取りが隠されているようだ」
「……それで?」
「調べたらわかったよ。取引先は今、この国と冷戦中の敵国だ」
「……」
この国は今は冷戦中だ。一見、平和な国は現在非常に不安定な状態だった。
「もし、叔父さんが敵国と怪しい取引でもしているなら見逃すことはできない。」
モーリスはフレデリックを睨みつける。
「……なんだよ? 怪しい取引ってのは?」
フレデリックは大きく煙をふかす。
「……僕が思うに……武器の輸出だろう……」
「なるほどね……」
フレデリックは煙草を捨て、靴底で踏みつぶす。
「さすがだよ、モーリス」
「まさか……本当に?」
「ああ、ウチは武器の密輸をやっている」
「どうしてそんなことを……許されないことだぞ?」
「お前には分かんねぇだろうな。ガブリエル家は今はお前の親父、そして次はお前の時代になるだろう? ウチには……俺にはチャンスが来ねぇんだよ! 一回リセットしねぇといけねぇんだ」
「なんてこと言うんだ! この国がどうなってもいいのか? お前たちの密輸する武器でこの国が滅ぼされるかもしれなんだぞ!」
「ふふ……こっちとしてはその方が都合がいいんだよ……もう周りの国とは密約済みだ」
「キサマ……」
「モーリス、本当にお前は賢い男だな。誰も気づかなかった密輸をたった一人で暴くとは……このことはお前以外、誰か知ってるのか?」
「……まだ僕だけだ……だが、もう終わりだ。お前たち責任を取らなくてはいけない」
「そうか……お前だけか……ふふっ」
フレデリックはモーリスに詰め寄る。
「な、なんだ……うっ!」
モーリスの胸にナイフが突き刺さる。
「う……フレデリック……キサマ……」
モーリスは倒れた。
「……甘いんだよお前らは……ガブリエル家は俺たちのもんだ!」
◇
「えーっと、つまり……マリーはタイムリープができるってこと?」
「うん……」
マリーは今朝、怪しい老婆からもらった【時間のブレスレット】でタイムリープが出来るようになったことをアンヌに伝える。
「わ、分かってるよ! そんなこと急に言われたって信じられないよね……でも」
「いや、たぶん本当だと思うわ」
「え?」
「今日の試験の最終問題、あの古代数式をマリーに解ける訳ないわ。あれはタイムリープ前の私から聞いたのね?」
「う、うん……さすが鋭いね……」
「タイムリープはとても信じられないけどマリーが古代数式を解くという方が信じ難いからね」
「……失礼だね」
なにはともあれタイムリープを信じてもらえたマリー。
モーリスを助けるためにはどうすればいいのか?
天才のアンヌに相談をする。
「……難しいわね。モーリス様は貴族で大富豪、ある意味この国の王よりも力がある一族の長男だからね。命を狙うやつらも少なくない」
「そうだよね……でも私がタイムリープをすれば救えないかな?」
「うーん……今日の昼に殺さることは防げるかもしれないけど……根本的な解決にはならないような気も……犯人を捕まえないとまた命を狙われるだけじゃないかしら?」
さすがアンヌ、確かにその通りだ。アンヌに相談してよかったよマリーは思った。
「そっか……そういえば、モーリス様って取り巻きの女子からランチの誘いを用があるって断ってたでしょ? お昼に誰かに会ってその時殺されちゃったんじゃないか……?」
モーリスファンの女とのやり取りを思い出す。
「ランチの誘いを断った? そんな事あったっかしら?」
「あっ……あれはタイムリープする前の世界の話だ……」
「あースシがどうとかって……そういうことか。まあでも前の世界も今の世界も昼の予定は同じだろうからその推理はあり得るわ……便利なものね、タイムリープってのは」
「じゃあさっそくタイムリープして……でも待って、タイムリープしてモーリス様になんて伝えればいいのかな……? タイムリープなんて信じてくれないよね……?」
「うーん……いや、マリーが言えば信じてくれんじゃないかしら?」
「え? どうして?」
「いや、なんとなく……モーリス様はマリーのこと……結構大切に思ってる気がするわよ?」
「そそそ、そうかな!?」
顔を赤くするマリーをかわいい奴だなぁと思うアンヌ。
「あとさ……タイムリープしてもまたアンヌも協力してくれるよね!?」
「それはどうかしら……? いきなり言われても頭がおかしくなったのかとしか思わないわよ……まあそれはいつものことかもしれないけど……」
「そんなぁ……一人じゃ無理だよ……」
いくらやり直せたってアンヌの頭脳が無ければモーリスを助けることは難しいとマリーは感じていた。
「タイムリープは今朝の試験開始時に戻るのよね……よし! じゃあタイムリープしたら私にこう言いなさい」
アンヌは自分へのメッセージをマリーに伝えた。
1つは当然、試験問題の古代数式の答え。
これだけでも多分アンヌは信じるだろうが念のためもう1つ。
今朝、アンヌは制服に着替えるときにブレザーのボタンが取れてしまい、自分で直したようだ。
「今朝ボタンが取れて、直したのを知ってるのは世界で私だけよ。
誰にも話してないからね。これを『未来の私から聞いた』と伝えれば私はタイムリープを信じるはずよ」
アンヌにだけ分かる秘密の暗号だ。
「なるほど! さすがアンヌ! じゃあまずアンヌに伝えてそのあとモーリス様に殺される事を伝えよう」
「そうね、モーリス様が殺されるのはお昼。試験は朝イチだから時間の余裕はあるわね。私だってモーリス様が殺されては困るんだから」
「そうだよね……アンヌのお家はモーリス様のお家と付き合いあるもんね」
アンヌの一族は世界トップの金融業。当然、政府や貴族との結びつきの強い。
時期ガブリエル家当主のモーリスがいなくなるのは痛手だろう。
「まあ……それもあるけど……モーリス様がいないとマリーが悲しそうだしね……」
「え?」
「あ、あんたの元気がないとつまないでしょ!」
アンヌは珍しく顔を赤らめる。
「アンヌ……ありがとう……」
「ふん……でも1つ気をつけてね?」
「え?」
「この学園は上流階級の生徒が多く通う。警備だって半端じゃない。そうそう外部の人間が侵入してモーリス様を殺せるとは思えないわ」
「それってつまり……」
「ええ、犯人はこの学園の生徒……あるいは教師あたりじゃないかしら?」
「そんな……」
「だから大っぴらにタイムリープやモーリス様が殺されるなんて言いちゃダメよ? 犯人が聞いたら未来が変わってしまうかもしれないわ」
「そ、そうだね……うん。気をつけるよ」
「……まあタイムリープなんてそうそう信じてくれないと思うけどね……」
「じゃあ、行ってくるね!」
マリーはブレスレットに手をやる。
「それを触って念じればタイムリープできるなんて……信じられないわね……ちょっと貸してみて」
「えっえっ!? ちょっと!」
アンヌはブレスレットに触り念じる。
「……ダメみたいね……これはマリーしか使えないのかしら?」
「もう! タイムリープしちゃったらどうすんの!」
「ふふ、タイムリープしてみたいわね」
「よし、じゃあ行ってくるね……」
「ええ、危ないことはしちゃダメよ?
モーリス様を救えるのはマリーだけよ。がんばって!」
「うん! 絶対協力してね」
【タイムリープ】
◆
「えー、みなさん。今日は抜き打ち試験を行います」
ざわつく教室。二度目のタイムリープ、三度目の試験だ。
マリーは後ろの席のアンヌに目をやる。
「ん? なによマリー? 大胆なカンニング?」
「……試験が終わったら話がある」
「……はあ」
マリーは試験を解く。三度目の試験は勉強が苦手なマリーでも解ける。
もちろん、最終問題の古代数式もバッチリだ。
「はい。そこまでです」
答案用紙が回収される。
「アンヌ! 来て」
人の少ない廊下にアンヌを連れ出す。
「マリー、どうしたの?」
「最後の問題は古代数式で答えは今日の日付!」
「え!?」
「アンヌは今朝ボダンが取れて自分で直した!」
「ええ!?!?」
天才少女のアンヌもこの時ばかりは驚いた。
マリーはタイムリープのこと、モーリスが殺されることを伝えた。
「タイムリープ……? 未来の私がそう伝えろと……?」
「うん!」
「……うーん。とても信じられないけど……すごい私が言いそう……うん、多分本当なんでしょうね」
アンヌは再び信じてくれた。
「ちょっと私にもそのブレスレットでタイムリープさせてよ」
アンヌはブレスレットを触る。
「ふふ……これは私しかタイムリープ出来ないのよ」
「そっか……残念だわ」
「ふっふっふ、成長しないね! アンヌちゃん!」
初めてアンヌに勝ち誇ったマリーであった。
「な、なによ?」
「じゃあ、話を整理すると……今日の昼にモーリス様が何者かと校舎裏で会う。そこで殺されてしまう……と?」
「うん! まずモーリス様にそのことを伝えて阻止したいの!」
「なるほど……でも、モーリス様は信じてくれるかしら? ……いや、マリーが言えば信じる……?」
アンヌの言葉を思い出し、再び顔を赤くするマリー。
「モーリス様、ちょっとお話が……」
「お、どうしたのマリー?」
「すみませんが人の少ないところへ……」
「え? う、うん」
(もしかして……告白……!?)
「モーリス様……モーリス様は今日のお昼に殺されます」
「え!?」
衝撃的な告白に間違いなかったが驚くモーリス。
「マ、マリー!? どういうこと……?」
「実は……」
マリーはモーリスに伝えた。
タイムリープのこと、モーリスが殺されること、アンヌだけがタイムリープを知っていること。
「モーリス様、マリーの言ってることは真実だと思いますわ」
「アンヌ……」
「マリーは絶対に私しか知らない秘密や……バカには解けない問題も解けました」
「バカって……」
「……うん。僕も信じるよ。マリーがいたずらでそんなことを言う子じゃないのは僕が一番分かってるよ」
「モーリス様……」
乙女の顔になるマリー。
「……甘酸っぱいですわ……こいつら……」
呆れるアンヌ。
「モーリス様、犯人に心当たりはありませんか? 例えば今日の昼に誰かに会う予定とか……」
「なんで昼に会う事知ってるの……? あ、タイムリープか。便利なもんだね。
うん、今日の昼に従兄のフレデリックに話があるから、会う約束をしてるけど……まさかフレデリックが僕を!?」
「……モーリス様は昼に校舎裏で殺されました。その従兄が怪しいですね」
「フレデリック・ガブリエル……確か一学年上の先輩ですわね。あまりいい噂は聞きませんが……失礼ですがどんなお話をするつもりなんですか?」
アンヌが聞く。
「いや……それは……」
モーリスは口ごもる。
当然だ、この時のモーリスはフレデリック親子が敵国と繋がりがあるかも知れないというだけで確信はない。部外者のマリーとアンヌに話せない。
「……二人とも、僕は予定通りフレデリックと会いに行くよ」
「!? モーリス様?」
「危ないのは分かってるけど……確かめなくてはいけないことがあるんだ……」
「で、でも……」
「大丈夫! 何も知らない前の世界の僕は殺されてしまったみたいだけど、用心して会う僕を殺すのは簡単じゃないよ。僕だって多少の武術の心得はあるんだ」
「……分かりました。でも私もそばで見張ってます。危なくなったら助けますから!」
「ありがとうマリー。でも危ないことはしないでね。マリーが傷つくのが一番つらいよ」
「モーリス様……」
目がハートマークになるマリー。
アンヌはもう何も言わなかった……
昼になり、モーリスは予定通り校舎裏に向かう。
マリーとアンヌは離れた所から見守る。
「どうしたんだ、モーリス? こんなところに呼び出して」
フレデリックがやってきた。
フレデリックの父親の怪しい金、敵国との取引のこと。
殺されるかもしれないという思いからか、前回よりも緊張感のあるモーリス。
「大丈夫かな……モーリス様……」
「モーリス様の武術は並みじゃないはずよ。ナイフで刺されるかもと分かっていれば大丈夫でしょう。いや、むしろナイフを取り出してくれれば犯人はフレデリックで確定してくれて助かるわね……」
「やめてよ! アンヌ!」
「冗談……でもないわ。根本的な解決をしないとダメでしょう」
「……まあそうだよね……あっ!!!」
その時、フレデリックがナイフを取り出す。
「やっぱり! フレデリックが犯人だ!」
フレデリックはナイフを振り回す。
用心していたモーリスはフレデリックの腕をとる。
もつれあうモーリスとフレデリック。
「モーリス様ァ!!」
たまらずマリーが飛び出す。
フレデリックはマリーとアンヌに気づいた。
「誰だあの女達は!? クソッ!!」
フレデリックはモーリスの腕を払い、学園の外へ走り去っていく。
「モーリス様! 大丈夫ですか!?」
マリーが駆け寄る。
「はぁはぁ……うん、大丈夫だよ……まさか本当にフレデリックが……許せない」
「これで犯人はフレデリックに確定しましたわね。モーリス様、すぐに学園警備、警察に連絡された方がいいかと」
アンヌが言う。
「……ああ、でもこれはガブリエル家の話なんだ……二人には話しておかないとね……」
モーリスはマリーとアンヌにフレデリックの家族が敵国との怪しい取引の疑いがあることを告げる。
「そんなことが……」
「僕の思い過ごしであって欲しかったけど……僕を殺そうとしたということは間違いないだろう。今夜、父が帰ってきたら相談して対策を打つよ。罪を償ってもらう。
悪いけど2人ともこのことは他言しないでくれるかな?」
「でも……」
「大丈夫! 今夜すべて解決するよ。マリーのおかげで僕の命……いや、ガブリエル一族も、もしかしたらこの国の未来を守れたかもしれない。ありがとう」
敵国への武器の密輸。この国の平和を乱すフレデリック親子を止めなければ……モーリスは決心した。
その日の下校、庶民のマリーはいつも歩いて帰るが今日は話が違う。
フレデリックに顔を見られたのだ。心配するモーリスは自分の馬車でマリーの家まで送る。
ちなみに大富豪のアンヌはいつも通り自分の送迎で帰った。
つまり初めての一緒に下校だ。
「す、すみません……私なんか……」
「何を言うんだマリー! フレデリックに顔を見られているんだ。一人でなんか帰せないよ」
「あ、ありがとうございます……モーリス様……」
「……そのモーリス様って、やめてくれないか? 昔はモーリスって呼んでくれてじゃないか?」
「それは……子供でしたし」
モーリスの父親は貴族であっても一般市民との交流を大切にしていた。
偉そうにしているだけの貴族は国を支えることはできないと考え、幼いモーリスはいつもマリーや一般市民と泥だらけなりながら遊んでした。
そんなモーリスやモーリスの父親は市民からも愛され絶大な信頼を得ていた。
「……フレデリックの問題が解決したら……話があるんだ」
「な、なんですか?」
「ふふ、全部解決したらね。ちゃんと話すよ」
「は、はい……」
マリーもいつまでも子どもではない。
これはきっと……そう思い馬車に揺られながら家につく。
その夜、ベッドで眠ろうとするマリー。
「モーリス様……お父様にお話しできたかな……」
ウトウトと眠りにつくその時、外が騒がしいことに気づく。
「んー?」
マリーは窓を開け外を見る。大勢の人が騒いでいる。
「なんだろう……?」
ただならぬ気配を感じマリーは外へ出る。
「マリー!!」
「アンヌ!? どうしたのこんな時間に!?」
「はぁはぁ……大変よ……」
汗だくで駆け寄ってくるアンヌ。嫌な予感がした。
「どうしたの?」
「……モーリス様のお屋敷が火事よ!」
「え……?」
二人はモーリスの屋敷に走る。
「どうしてこんなことに……解決できなかったの?」
屋敷は火に包まれていた。
「うそ……モーリス様……」
「これはやばいな……助からないだろ?」
「ガブリエル様にもしものことがあったら……この国はどうなっちまうんだ?」
「うぅうう……ガブリエル様」
野次馬たちも絶望に包まれる。
「マリー……タイムリープしよう……やりなおすんだ……この炎ではきっと……」
「う、うん……」
泣きじゃくるマリーの肩をそっと抱くアンヌ。
「皆の衆!! 聞けぇ!」
野次馬の前に一人の男が現れる。
立派な長いヒゲが目立つ男だ。
「私はピエール・ガブリエル! 残念ながら、兄は死んだ……甥のモーリスもだ!」
「あれは……フレデリックのお父さん?」
ナイフでモーリスを殺そうとしたフレデリックの父親だ。
燃え盛るモーリスの屋敷をバックに彼は演説を続ける。
「皆の衆、悲しいだろう……兄は立派な男だった。だが、心配はいらない! 私と息子のフレデリックが兄の跡を継ぎ、このガブリエル家を、この国を守って見せる!」
どこからともなく現れた息子のフレデリックがピエールに駆け寄る。
「うおおおお! ピエール様ぁああ! フレデリック様ぁああ!」
沸き立つ民衆。新しい権力者が誕生した瞬間だった。
「あいつら……何言ってるの……!? あの親子が火をつけたんでしょ?」
「……恐ろしい男ね……民衆の洗脳まで……」
その時、息子のフレデリックがマリーとアンヌを見つける。
「マリー、まずいわ! フレデリックに気づかれた。あいつは昼のナイフ事件の時、私達の顔を見てるわ! 狙われる前にタイムリープしましょう」
「うん……あっ! ブレスレット家に置いてある……」
寝る直前だったマリーはブレスレットを外してあった。
「くっ……走るわよ!」
二人は野次馬をかき分けマリーの家へと走る。
「はぁはぁ……ごめんね、アンヌ……ブレスレットを忘れるなんて……」
マリーは自分の不甲斐なさに泣いている。助けられる方法もあったはず。後悔しかない。
「はぁはぁ……こんな夜よ。仕方ないことだわ。それよりタイムリープしたらこの火事のことも私とモーリス様に伝えるのよ。もうこうなっては子供だけで解決できる問題じゃない! すぐにモーリス様のお父様に話をするべきだわ!」
闇夜を走るマリーとアンヌ。背後から追いかける気配が。
「まずいわね……フレデリックの差し金ね。私たちも消す気よ!」
「うそ……急がないと……」
全速力で走る二人、しかし女子の脚力。
「待て貴様ら!!」
剣を持った男はすぐに追い詰める。フレデリックの雇った殺し屋だ。
男はマリーを掴む。
「きゃー!!」
「ぐふふふ、お前らには死んでもらうぞ」
男はマリーに剣を振り上げる。
「うぅ……そんな……」
ドンッ。
「アンヌ!?」
アンヌが男に体当たりをする。
「マリー! 走ってぇぇえ!!」
体当たりされた男はバランスを崩し転ぶ。アンヌは男を抑えつける。
「くそ! ガキがッ! 離せッ!」
「マリー! 早く行くって!」
「でも……アンヌが……」
「大丈夫。ブレスレットさえあれば……元通りでしょ? 泣いてないで早く!」
アンヌはマリーに微笑む。
「うぅ……うん……」
マリーは走り出す。
背後からアンヌのうめき声が聞こえる。
マリーは振り返らない。
アンヌが命をかけて作ってくれたチャンスだ。
「アンヌ……ごめん……必ず助けるからね……」
親友を失ったマリー。
しかし、涙もう流さない。大丈夫、やりなおせる。
マリーは必死に走り家に着く、枕元に置いてあるブレスレットを握りしめる。
「はぁはぁ……モーリス様、アンヌ……私が守るからね……必ず!」
【タイムリープ】
これがマリーの最後のタイムリープとなることを、この時マリーは知らなかった。
◆
「えー、みなさん。今日は抜き打ち試験を行います」
三回目のタイムリープ、四回目の試験。
ゆっくりと振り返るとアンヌの姿。
「うぅ……アンヌ……」
泣き出すマリー。
「どうしたの!? そんなに試験が嫌なの!?」
四回目の試験は泣いてばかりで答案は真っ白だった。
「どうしたんだのよ、マリー?」
泣いているマリーに駆け寄るアンヌ。
「アンヌ……ごめんね……」
「どういうことよ……?」
マリーは必死にタイムリープの説明をした。
泣いているせいで三回目のタイムリープの時より上手く説明は出来なかったが、ただ事じゃないマリーの雰囲気からか三回目よりアンヌは信じているようだった。
「なるほど……モーリス様が……」
「うん……アンヌも……私を助けるために……ごめんねぇぇぇえ」
「ええい! うるさいわね! いつまでも泣くな! 対策を練るわよ!」
「ううぅ……頼りになるよ、アンヌ……ありがとう……かっこよかったよ」
「う、うるさいわね!」
顔を赤らめるアンヌ。
「マリー! 試験中ずっと泣いてたけどどうしたの?」
「うぅ……モーリス様……」
「ええい! 泣くな!」
アンヌはマリーを引っ叩く。
前回と同じようにモーリスにも伝えるマリー。
今回は火事で殺されたこと、アンヌも殺されたことも。
「……タイムリープ……?」
別人のように憔悴しきったマリーを見てモーリスは疑うことはなかった。
「信じるよ……マリー、大丈夫かい? 僕のためにつらい思いをさせてすまない……」
モーリスはマリーを抱きしめる。
この数回のタイムリープでマリーがどれだけつらい目にあったのかは一目見て察したモーリス。
「うぅ……みんなで……生き延びましょう……必ず!」
マリーも強く抱きしめる。
「……お二人とも……急ぎましょう。私も死にたくないです……」
アンヌはクールだ。
三人はすぐに学校を早退する。
「僕の家に行こう。この時間ならまだ父上もいるはずだ。信じてもらえるか分からないけど……いや、必ず説得してみせる。マリーの頑張りを無駄にすることはできない!」
モーリスの豪邸に到着する。警備もしっかりしている。これなら火事以外は安心だろう。
そもそも今の世界では、モーリスがフレデリック親子を疑っていることは誰も知らない。
狙われる心配もないだろう。
「父上!」
「モーリス!? そのお嬢さんたちは? ん、学校はどうしたんじゃ?」
「大事なお話があります」
「ふむ……」
モーリスの父親、精悍な顔つきの頼りになりそうな貴族だ。
「旦那様、来客がいらっしゃいましたが……」
執事がモーリスの父親に告げる。
「すまないが客には待っててもらえ。息子が大事な話があるようじゃ」
「父上……」
真剣なモーリスを見て、父親は仕事の手を止めた。
「ワシの書斎へ行こう。しかし、お前が女性を二人も連れて学校をサボるとはなぁ! 悪ガキになったもんじゃ!」
「ち、違います!」
「ガッハッハ、いいんだ。ワシだって若いことは遊んだもんじゃぞ!」
「違うんですよ……」
優しいモーリスの父親を見て、マリーはなんとかなるかもしれない、そう思った。
「さて、話というのは?」
「実は……」
モーリスは話を始めた。ピエール親子の怪しい取引、マリーのタイムリープのこと、モーリスと父親か焼き殺されること。
「うむ……なるほど」
すべてを聞いた父親は思ったより動揺していなかった。
「マリーとやら、今の話は本当かね?」
父親はマリーに問いかける。
「は、はい……本当です」
「そうか……」
「とても信じられないのは分かるんですけど……本当に」
「いや、信じるよ」
「え?」
「君たちが嘘をついていないことくらい目を見れば分かるわい」
「父上……」
「なるほど……確かに弟ピエールの貿易業で怪しい動きがあるのは少し前から気づいてとったが……よくそこまで調べたなモーリス。さすがワシの息子じゃな。
しかし、証拠がない。このままでは弟を捕まえることはできないじゃろう。ワシの方で調べてみよう……このことはくれぐれも内密にな。
よく伝えてくれた。警備を強化して、念のためお嬢さんたちの護衛もつけさせよう」
「ありがとうございます!」
よかった、何度もタイムリープをした甲斐があった! これで平和な日常が戻ってくる!
マリーはそう思った。
「……で、モーリスよ。どっちがお前の彼女なんじゃ?」
「か、彼女なんて! ただのクラスメイトです!」
父親の質問に慌てふためくモーリス。
「あー、私じゃないです。たぶんこっちです」
アンヌはマリーを指さす。
「ガッハッハ、やっぱりか!」
「彼女なんて……とんでもないです! ちょっとお手洗い借りますね……」
緊張が解けたマリー、彼女扱いに恥ずかしくなりトイレに逃げ出す。
さっそく執事を呼び、警備の強化とマリー、アンヌに護衛を付けるよう伝える。
「かしこまりました。……あれ? 旦那様、弟さまはお見えになってませんか?」
「なに!? どういうことじゃ?」
執事のいきなりの言葉に凍りつく。
「弟……ピエールがここに?」
「モーリス様達がいらっしゃって、来客は待たせておくよう仰っていたので待ってもらっていたのですが……」
「来客というのは弟のピエールだったのか?」
「はい……ピエール様は書斎に向かうと……弟さまですし止めませんでしたが……」
「なんてことじゃ……しかし、ピエールは書斎には来ていないぞ?」
「……そういえば、マリーがお手洗いに行くって……!」
アンヌは怯えている。
前の世界で自分を殺すよう仕向けた人物が近くにいつかもしれないのだ。
「まさか……今の話は聞かれてないじゃろうな……」
「……僕、見てきます」
モーリスは部屋を飛び出す。
この屋敷にフレデリックの父親のピエールが!?
嫌な予感がする。
◇
ピエール視点 屋敷にて
「まったく、兄貴ん家の近くにきたから、挨拶でもと思って寄ったら、こんな待たせやがって……」
屋敷で待たされるピエールはイラついていた。
前回の世界ではこの屋敷に火を放ち、兄とモーリスを殺した立派な長いヒゲを蓄えた暴君。
ピエールは敵国に武器の密輸を行っている。
隣国に根回しし、この国を乗っ取ろうとしているのだ。
もちろん、バレれば大犯罪だ。
この時までは仲のいい兄弟と演じなければならない。
「なんかガキどもがゾロゾロいたが……なんで俺様を待たせるんだ? ったく!」
ピエールは兄の書斎へ向かう。
普通、執事は主の書斎へなど簡単には通さない。
しかし、ピエールは主の弟、世間的は仲の良い兄弟だ。
執事もさほど心配せずにピエールを通す。
「けっ! 豪華な屋敷だな……まあこれもいずれは俺様のものよ……」
ピエールは書斎の扉に手をかける。
「……ん?」
中から話し声が聞こえる。
「武器の……密輸……?」
ピエールは慌てて扉に耳をくっつける。
「どういうことだ!? バレているのか!?」
汗が吹き出すピエール。計画は完璧だったはず。
最近、兄が資金の流れを怪しんでいるのは知っている。
しかし、証拠はない。なぜバレた?
「……タイムリープ? だと……?」
書斎では信じられない言葉が飛び交う。
息子のフレデリックがモーリスを刺し殺す、屋敷に火をつける……どれも計画していることだ。
ピエールは確信する。どうやら本当にマリーという女がタイムリープをしている、と。
『警備を強化して、念のためお嬢さんたちの護衛もつけさせよう』
「くそっ……」
書斎から漏れる兄の言葉を聞き焦るピエール。
『ちょっとお手洗い借りますね』
「!!」
ピエールは扉から離れ身をひそめる。
マリーが書斎から出てきた。
トイレに向かうマリー。
「……いま消すしかない……!!」
ピエールはマリー後をつける。
◇
トイレに向かうマリー。
三回目のタイムリープでいよいよ事件を解決できそうだ。マリーは喜んでいた。
「前回の世界の下校中、モーリス様が言っていた話って……今回の世界でも聞けるかな? その時はモーリス、って呼んでいいのかな……?」
幸せな未来を想像するマリー、その時、背後に気配を感じ振り返る。
「……お前がマリーか?」
「キャーッ!」
目の前には燃え盛る屋敷の前で演説をしていた男。
この長いヒゲを忘れるはずはない。
ピエール・ガブリエルだ。
「おっと!」
ピエールはマリーの手を抑える。
「話は聞かせてもらったよ。このブレスレットを握りしめるとタイムリープが出来るんだって?」
ピエールに手を抑えるつけられるマリー。タイムリープは出来ない。
「お前には死んでもらう! 私自ら、人殺しはなかったが仕方ない。お前を殺し、屋敷を抜け出し戦争を始めよう。お前はあの世から見物しててくれ」
ピエールはナイフを取り出す、その時。
「マリーッ!!」
廊下を走ってきたモーリスがピエールに飛び掛かる。
「モーリス様!」
「チッ!!」
「ピエール! 手を放せ! 許さないぞ!」
「ガキがぁ! 引っ込んでろ!」
ピエールはモーリスにナイフを振り下ろす。
「モーリス様ッ!!!」
ザッ!!
血が飛び散る。
「マ、マリー……?」
「はぁはぁはぁ、手こずらせやがって……」
ピエールは走り去っていく。
モーリスをかばうようナイフに向かっていったマリー。
首から大量の血を流している。
「マリー! おい! マリー!」
「うぅ……モーリス様……大丈夫…ですか?」
薄れゆく意識のマリー。
「マリー! ブレスレットを握るんだ!! 早く!!」
この出血ではマリーは助からない。唯一助かるにはタイムリープしかないだろうとモーリスはマリーの力の抜けた手をブレスレットに持っていく。
「握るんだマリー!!」
モーリスの声は朦朧としたマリーには届かない。
「マリー……頼む! 握ってくれ!」
「モ…-リス…さ…ま…」
「マリー!?」
「愛して……ました……よ……モーリ……ス……」
マリーの手はダランと滑り落ちる。
「うああぁぁぁああ!!!」
マリーの亡骸を抱きしめモーリスは泣いた。
「うそでしょ……マリー……」
駆けつけたアンヌも崩れ落ちる。
ピエールはすぐに屋敷の警備の者に捕まった。
マリーの殺害はもちろん、敵国への武器の密輸の証拠も見つかり死刑は免れないだろう。
武器の密輸も止まり、冷戦状態だった隣国との緊張も徐々に収まっていった。
数日後、マリーの葬儀が執り行われた。
タイムリープのことはみんなは知らないが、この国の窮地を救った彼女の死を国中が悲しんだ。
しかし、葬儀にモーリスの姿は無かった。
マリーの葬儀が行われているその時、男は泣き続けながら街をさまよっていた。
どうしてこうなってしまったのか? やりなおすことは出来ないのか?
マリーのつけていたブレスレットは今、この男が持っている。
ブレスレットを握りしめる。が、もちろんタイムリープなどしない。
「マリー…………」
幼馴染みを、愛する女を失った悲しみに打ちひしがれていた。
『愛してましたよ、モーリス』
彼女の最後の言葉を思い出す。ブレスレットを握る力もなかった彼女が最後に言った言葉を。
「……どうして僕は何も伝えなかったんだ……」
マリーの出会って十数年、ずっとマリーを愛していた。
何度でも伝える時間はあったはずなのに…
自分では身分の違いなど関係ないと言っていたが、自分自身、そんなつまらないことを気にしていたのかもしれない……
何度もブレスレットを握りしめる。
「頼む……もう一度、マリーに……!」
「フォッフォッフォ」
その時、怪しい老婆が駆け寄る。
「……老婆? あなた……まさか……」
男は老婆にすがりつく。
「頼む!! 僕にタイムリープをさせてくれ!!」
「何をやりなおすんじゃ?」
「……僕、何も伝えられてないんですよ……大好きだった人に」
「フォッフォッフォ! 願えばやりなおし放題じゃよ」
老婆は青いブレスレットを差し出す。
「これが最後の1個じゃよ」
ブレスレットを受け取る。
マリーの赤いブレスレットにそっくりな青いブレスレット。
モーリスはブレスレットを腕に通す。その目に涙はない。
「何度だってやりなおしてやる 君と生きる未来のために!」
◆
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