006 第二皇子の一日
「多少は考える時間が必要でしょ? 僕の策に乗るか反るか、明日にでも聞かせて。てか、もう外は真っ暗だね。ごはんの前にする話じゃなかった。腹減った~」
フィリップはそれだけ告げて出て行くと、応接室に静寂が訪れる。
「エステルは帝都学院で面識があっただろ。どう思った?」
その静寂を破ったのは、ホーコン・ダンマーク辺境伯。エステルに話を振った。
「正直、アレほどの知能の持ち主には思えませんでしたわ。成績も平均点程度だと聞き及んでいましたし……お父様こそ、子供の頃に護衛をしたのですから詳しいのではないですか?」
「あの時の殿下は人見知りで喋ることも少なかったし、それこそ子供だったからな~……その頃からいい噂はひとつも聞いたことがない。だが、我々の目にした者は、あの歴代最高と謳われた皇帝陛下と同等の人物……いや、もしかすると、上じゃなかろうか」
「何故、それほどのお人が、皇帝の椅子に興味を持たなかったのか不思議でなりませんわ」
「わからん。わからんが、我々が仕えるに足る人物なのはわかった。全力でお支えするぞ!」
「はい!」
こうしてホーコンとエステルは、フィリップに並々ならぬ忠誠を抱くのであった。
「あ、待ちきれなかったから、先にやってるよ」
しかし、食堂で料理を頬張るフィリップを見て、忠誠心は少し下がるのであったとさ。
ホーコンは食事中にフィリップに協力する旨を伝えたが、せめて一晩寝かせてから決断するように促されて、この日は解散する。
そして翌日の朝には、辺境伯一族がパーティー会場に集まる。長男と次男は国境付近にあるふたつの町の指揮を任されているので、辺境伯夫人と親戚が3人増えただけで、残りは人数合わせの従者たちだ。
そこでフィリップに忠誠を誓う式典のようなモノを行おうとしたが、フィリップは拒否。
「もっと軽いノリでいいよ。てか、僕の顔出しはまだまだ先なんだから、目立つようなことは避けて。どこに密偵がいるかわからないんだからね」
「「「ははっ!」」」
この日は辺境伯夫人と親戚の顔合わせだけで留め、フィリップは自室に戻るのであった。
「こう言ってはなんですが、少々だらけすぎでは?」
辺境伯邸にお世話になって5日、フィリップは毎日昼まで寝て、お風呂トイレ完備の自室から出るのは食事の時ぐらいなので、エステルも呆れ顔でやって来た。
「ふぁ~……やることないんだからいいでしょ~」
「だからって、一日中寝ることもないですわ。わたくしどもは朝から晩まで駆け回っているのですわよ」
「眠いんだから仕方ないでしょ~」
「何時間眠れば殿下はシャキッとするのですの?」
「一般人と睡眠時間は変わらないと思うけどな~??」
「どこが……」
エステルが何かを気付いたような顔をするので、フィリップは慌てて掻き消す。
「てか、殿下って呼ばないでよ。お姉ちゃん」
「うっ……その呼ばれ方は、いまだに慣れないですわね」
「しばらく姉弟設定で行くんだから、ボロが出ないようにしてよ」
「でしたら殿……エリクも、仕事を手伝いなさい」
「えぇ~。僕、まだまだ子供だから、大人の会話わからな~い」
「それ、本気で言ってますの?」
「ノリ悪っ! もう出てってよ~」
フィリップはエステルの背中を押して部屋から追い出す。子供のフリを冷たくツッコまれたのは、さすがに恥ずかしかったみたいだ。
そうしていつものように疲れた顔の辺境伯一家に囲まれて食事をとったら、自室でぐうたらするフィリップであった。
翌日の朝方、事件が起こる。
辺境伯邸、2階にあるフィリップの部屋の窓が外側から開けられて、小柄な男が忍び込んだのだ。
「ふぁ~あ。今日も頑張ったな~」
いや、夜に部屋から抜け出したフィリップが帰って来ただけ。フィリップは服を脱ぎ散らかして、黒髪のカツラもテーブルに投げ捨てるとベッドに飛び込んだ。
「ん? なんかあったかい……」
無人のはずのベッドには温もりが残っており、よく見たらベッドの端のほうに毛布が丸められたようになっていた。
「この形は……人だな。って、だれ!?」
焦ったフィリップが毛布を剥ぎ取ると、そこには……
「ゲッ……えっちゃん……」
エステルが背を向けて寝ている姿。フィリップはなかったことにしようと毛布をそおっと掛けていたら、エステルは振り向いて目をバチッと開いた。
「どこに行ってましたのぉぉ~~~??」
「起きてたの~~~!?」
こうして、フィリップの夜遊びはバレてしまったのであった。
「どうりで一日中寝ているわけですわね。夜に出歩いていたから、昼は寝ないといけなかったのですわね」
エステルの説教は理詰め。グチグチと重箱の隅をつつきながらフィリップの反応を見て、何をして来たか当てようとしている。
ちなみに何故エステルがベッドで寝ていたかというと、昼間にフィリップの態度がおかしかったから夜中に訪ねてみたら、もぬけの殻だったから。予想は的中したが、起きて待っているのは時間の無駄なので寝て待っていたのだ。
眠りが浅かったから窓が開く音で目覚めたものの「そういえば自分は殿方の部屋で何をしていますの!?」と、このとき初めて襲われるのではないかと構えていたから、毛布が捲られた時は寝たフリでやり過ごそうとした。
しかし、フィリップは紳士的に毛布を掛けてくれたから、「この勝負、勝てますわ!」と思って目を開けたみたいだ。
「おおよその予想は付いてましてよ」
「え? 予想って??」
「女を買いに色街に繰り出していますわよね?」
「僕、まだ子供だからわかんな~い」
「そんなに香水くさい子供がいませんことよ! 何人抱いて来たのですの!?」
「ちが……抱いたのは1人だけ。あとの香水は飲んでる時に……あっ!?」
またしても子供のフリは不発。その焦りからか、フィリップはいらんことを口走ってしまうのであったとさ。