第八話「直談判」
「ん? 萩口君の住所を知りたいだって?」
授業終わりに早速、塁はレレラの元へ直談判しに行った。
「はい。課題の用紙を届けてあげようかと思って」
嘘は吐いていない。だが言う必要性も無いだろう。
「そういう仲間想いなところは聞いてて嬉しいんやけど、今のご時世同じ参加者とは言うても、他人の個人情報を教えるのはなー」
別に萩口とは仲間では無い。言ってしまえば友人ですらない。もしこれを彼が聞いていたら、全力で否定する姿が脳裏に浮かぶ。
「うーん、せやけど萩口君だもんなー。俺自身もめっちゃ気になっとるし、他の人には内緒やで?」
「っ! はい!」
「あと会ぉたら連絡ぐらいしろって伝えておいてや。勿論休んどる理由によりけりやけど。もし家に行っても萩口君がおる様子が無かったら連絡頂戴」
と住所が書いてある紙をレレラに渡される。あまり遠い場所じゃないことを願いながら住所を確認してみると、四谷と書いてあった――あいつ良い場所に住んでいるじゃないか。新宿区内なんて家賃結構高いはずだろうに。
「しかしまあ、本井君が萩口君を気に掛けとるなんて思ってもいなんだなー。何か関係あんのん?」
「関係……あるっちゃありますね」
「そうかー。じゃあどうして彼を気に掛けるん?」
「え?」
「そのままだよ。本井君が萩口君を気に掛ける理由が知りたいのさ。答えられたらでいいよ」
「……何となく、でしょうか」
「何となく?」
「はい。……感じるものがあるんです。言葉に出来ないんですが……」
「憧れとか、尊敬とか?」
「それは違うと思います。何と言うか……近いものを感じるんです。だから気になっちゃって」
「おもろいなー」
「そうですか?」
「おん。やっぱ人は見た目だけじゃあかんな。中身が大事や中身」
一人で納得するレレラ。
「塁君も今日みたいに普段からもっと活発だといいんだけどなー」
「はは……そういうのは苦手で」
自分でも少し驚いていた。こんな能動的に行動出来るとは。
「ラッパーになれば嫌でも舞台に立つ。恥を掻くなら今の内やで」
「恥は今も掻きたくはないです」
「そんなんみんな一緒や。失敗や恥は確かに人を成長させてくれるけど、したい! したい! とは別にならへんわ。失敗せんと成功出来るならそれに越したことはあれへん」
「そう……ですよね」
「自分が何かになりたくないなら、努力して回避するしか結局道はないんや。努力をするのは当たり前。せやから俺はどんなことであれ努力する人はリスペクトするし応援したい。君と萩口君がどんな道を進むのか、そん時まで見守らせてもらうで」
住所を知ったことだし、あとは萩口の家に行くだけ、の前に、最低限の支度をしないといけない。
見舞いの品だ。
体裁は見舞いなので必要不可欠だろう。コンビニやスーパーで栄養系を買っていくだけでもいいが、どうせなら機嫌を高められるようなものがいい。
アクセサリーや小物系のような繰り返し使うものだと好みで機嫌を損ねてしまうかもしれない。やはり食べ物や飲み物がいいのだろうか。だとしても好みは考慮する必要がある。
見舞いを殆どしたことが無いことが影響し、中々見舞いの品を決めることが出来ない塁。取り合えず駅に向かいながら、道中の店を眺めて、良さそうなものがあったら買うことにした。
手芸、花、八百屋、色んな店が目に入るが、イマイチピンと来ない。
「……ん? あれは……」
偶々見えた横道の先に、レコード屋という看板が目に入る。レコード屋ってことは、ラップのレコードも置いてあるかもしれない。
気になるし、寄ってみるか、と塁はレコード屋に寄り道することにした。
中に入るとぎゅうぎゅうで小さな店の中に、沢山のレコードが置かれていた。棚は全部の段に綺麗にレコードが入れられていて、『三枚で二百円』と書かれた箱の中にもぎっちりとレコードがある。海外のレコードも沢山ある。
HIPHOPもののレコードが纏められているゾーンを探す塁。少し探して見つけられたが、
先に一人スーツを着た男性の先客がいた。
この人が見終わるまで待つか。塁は隣の邦楽ロックの棚に手をつける、
……お、エリオットスミスは知っているぞ? アルバムの名前はセイイエス。彼の代表曲じゃないか。見ていると無性に買って聞いてみたくなってきた。レコードプレイヤー持っていないのに。どうしよう、今度買ってみても――
「もしかして、本井さんじゃないですか?」
自分の名前を呼ばれ、声のした方に向くと、そこにはスーツを着た男性、沖元が居た。
「沖元さん!? どうしてここにっ」
「お久しぶりです。こんなところで会うなんて奇遇ですね。どうでしょう、お暇でしたらこの後食事でも一緒に如何ですか?」