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第六話「知らせ」

「早いな」

「何がですか? 塁さん」


 ビル三階にある廊下のソファに、塁と蒼陽は腰掛けていた。ソファ周辺は廊下の中でも開けた場所にあり、観葉植物や自販機などが近くに置かれている。他にも数個同じソファが置かれており、使用中だ。


 塁は飲んでいた途中のお茶を口から離した。


「んー、計画が始まってもう一か月だと思ってな」


 月は十一月に入り、計画が始まって約一か月が経過した。計画は順調に進んでいて、脱落者も出てい

ない。参加者たちは少しだがラップが出来るようになっていた。


「あー、確かに一か月経ちましたね。けど僕としては計画に参加する前より濃密な一か月って感じがしました」

「楽しい時間は簡単に過ぎていくって言うしな」

「簡単に楽しいが行って欲しくないです」


 可愛らしい蒼陽の言葉に、塁は微笑んだ。 


 確かにそうだ。自分だってそう思う。楽しい時間、幸せな人生ばかりであって欲しいと心の底から思っている。


「何の話してんだ?」


 現れたのは成田。季節はもう冬に入る前だというのに、薄く白いTシャツ一枚だ。


「敬一郎さん。授業の方は終わったんですか?」


 授業というのは、今日行われている三階にあるスタジオを利用した実技の授業のことだ。指定されたリリックを予め渡されていて、参加者たちは各自自由にフロウを考える。それを先生の前で披露して、コメントを貰うという内容だ。


「いーや、まだこれからだな。というかもう始まる」

「こっちに来る意味あるか? それ」


 平気な顔をしている成田に、塁は時間の無駄ではと指摘する。


「あるぞー? 人間一ミリの塵を積み重ねるものだからな」

「敬一郎君、もう始まるわよー」


 廊下の奥から女性の声が聞こえてきた。


「分かった涼子! ……そういうことらしい。また授業終わったらな」

「ああ」「分かりました」


 白市の呼びかけを受け、成田は去っていく。


 蒼陽は何故か塁の耳に顔を近づけてくる。なんだ急にと離れようとする塁だが、蒼陽が顔をぶんぶんと横に振ったので抵抗を辞めた。


「聞いて下さい塁さん」

「どうした。嫌味とかか?」


 他の人に聞かれたくないとするなら、話題は嫌味や噂話などが濃厚だ。蒼陽が嫌味をいうと本気で思っている塁ではない。半分ボケ、だが半分はもしかしてという気持ちはある。なにせ知り合ってまだ一か月の仲だ。


 蒼陽に合わせて塁も小声で問う。


「そういう訳ではないんですが……、堂々と話すことでもないんで」

「堂々? どういうことだ」

「……だって本人が間近にいる話なんですから」


 ペットボトルをわざと前に落として、拾うついでに近くに誰がいるのかを確認する。この場にいる参加者は八名で、知っている人物は萩口だけで、他は全員面識がない。


「誰のことだ?

「萩口さんと網内さんです」


 萩口という名前を聞き、塁は驚きよりああやっぱりという気持ちが強かった――彼はあの時言っていたように一匹狼となっていて、先生以外と話している場面を見たことがない。網内という人の方は名前は聞いたことがある気がする。けど顔は分からない。


「網内さんって誰だ?」

「僕たちの左斜め後ろのソファに一人で座っている人です」


 顔を確認しようかと思う塁だが、流石に同じ手は使えない。一旦蒼陽話を聞くことにする。


「その二人がどうしたんんだ?」

「始まって一か月も経つのに、二人共ずっと一人なんです。意図的に人を避けているみたいなんですが、態度が酷いらしくて」

「態度が?」

「はい。話しかけても上から目線で煽って来るそうなんです。特に網内さんの方は酷くて。辞めろとか、金の無駄とか言ったらしいんです」


 萩口の方は想像出来るが、網内という人までも高圧的な態度を取っているのか。


「人と馴れ合いたくないんだろ」

「それはそうなんですが、参加者の中で彼らみたいな存在は輪を乱すって風潮が生まれているらしくて」

「そんなものがあるのか……。言いたいことは分かるけど、学生じゃあるまいし」

「塁さんは否定的な考えなんですか?」

「そういう人は何処に行ってもいるからって思ってるから。面と向かって否定するレベルじゃないけどね」


 萩口とはあの日以来話してない。彼は気になるが、網内さんの方は面識が無いし、それにそういう態度を取っている以上、文句を言われるの承知ははずだ。


「輪に固執し過ぎて余計に荒れてしまったら元も子もないから」

「成程……この件は関わらない方がいいかもしれませんね」

「ああ、そうした方がいい。彼らだって関わらなければ害は無いのだし、今まで通りにしていれば問題は無いさ」


 とは言いつつも、萩口とはもう一度話をしてみたい。具体的に何を話したいとかは無いが、無性に惹かれる何かが彼にはある。まるで恋をしているみたいだ。


















「今日はみんなに伝えへんといけないことがあるんや。すっごい大事なことやからよぉ聞いてな」


 ホームルームの時間は用意されていない。その為知らせがある場合は授業の最初十分くらいにされることになっている。


「大事なことってなんでしょうかね?」


 ひょこっと顔を覗かせる蒼陽。


「学費の納期とかかもな」

「それやられたら詐欺ですね」


 蒼陽は塁の冗談に笑った。


「ええか。一度しか言わへんからな。急遽やけど、一月の頭に中間試験を行うことになりよった」


 レレラの言葉にざわつき始める教室。最終試験を行うことは初日に聞かされていたが、それ以外は定期的に試験を行うとしか聞かされていない。定期的な試験というのも、授業中にやる軽いテストのことを指しているのだと参加者は勝手に思い込んでいた。


「……蒼陽、一月ってことは」

「二か月……あるかないかくらいですね」

「はいはい落ち着いてな。細かい日程はまだ決まってへん。けど君たちがやることは決まっとる」


 身構える参加者たちに、レレラは微笑みながらも真剣な顔で言う


「完全オリジナルの曲を作って披露してもらう。それが今回の試験内容や」


 先ほどよりも大きなざわめきが起きる。それもそうだ。想像出来たこととは言え、想像している中で一番難易度が高いことだったからだ。


「勿論ラップの曲にしてや? 歌、歌われたら、俺ヘコんでまうで」

「あの……」


 白石が手を挙げる。


「ん? どうしたんや?」

「ビートとか、編集とかはどうするんですか?」


 リリック、つまり歌詞を書いたとしても、最低限ビートが無ければ話にならない。更にオートチューンや音抜きをするなら、本職ならDJが


「そういうのはこちらで手配する段取りになっとる。ただ全員分別々のビートを用意するのは難しいから、数個の中から選ぶ形になると思う」

「せんせー、コンビを組んでもいいのか?」


 今度の質問者は成田。塁や蒼陽からしたら、まるで白市と組んでもいいのかと言っているように聞こえてしまう。


「ソロでもコンビでもかまへん。けどコンビを組む場合はコンビで一曲とするから。ビートをどれにするかとか、ソロでやるか云々は、予め提出してもらう事前試験用紙に記入してもらうことになっとる」

「せんせー事前と試験で韻を踏んでるじゃん」

「分かったか。会話の中に自然と韻をブチ込むっていう遊びおもろいから、みんなもやってみな」


 一か月経ち、当初より韻の理解度やビートへのフロウアプローチは格段にみな成長している。特に韻に関しては如実に進歩が分かりやすいので、モチベにも繋がりやすい。


「ああ、そうそう。言い忘れとったたけど、今回の試験官を務めてもらうのは、あのMCモノノフさんや」


 賑わっていた教室が、一気にシーンと静まり返る。


「……先生、それって本当ですか?」


 萩口の疑問の声は、約三十人いる部屋とは考えられないほどノイズが無く聞こえてきた。まるでお葬式みたいに。


 そんな中、塁も黙っていた。試験はまだ先なのに、首筋に汗が流れる――MCモノノフ、ラップを学んでいく上で一番聞いたラッパーの名前だ。つい最近には、彼は最大収容人数が四万五千人の豊田スタジアムにてワンマンを成功させた。アンダーグラウンド出身のラッパーでテレビにはあまり映らないので、世間的な認知度は比較的低い。自分もラップを学び始める前は知らなかった。けど、今は知っている。そんな人にラップを始めて一か月の自分の作品を見てもらう。正直に言って、色んなことが可笑しい話だ。


 問いに対し、無言の肯定をしたレレラは、真剣な眼差しで参加者たちを順番に見ていく。


「緊張、するかもしれん。っちゅうかせぇへん方が異常かもな。けどこれだけは言うとくわ。どんな結果になるかなんて関係なしに、こんな機会、普通の人生じゃありえへんからな。せやから、素直に楽しめ。こんくらいの気概が丁度いいわ」


 そう思えたらいいのに。そうなれたらいいのに。


 そういう言葉は、きっと僕には向いていないんだ。

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