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第四話「遭遇」


「「「「「乾杯!」」」」」


 水滴の垂れる生ジョッキが合図と共に打ち付け合われ、ビールが零れた。


 大量の椅子と、机の上には隙間が無いくらいに広がる料理の数々が彩られている。六人で一塊になる

ように区切られていて、それが五組。数週間前から予約していたのだろう。


 塁の口一杯に広がるビールの苦味――大人数で飲み会をするなんて何年振りだろうか。一人で飲むビールより何倍も美味しく感じる。開始早々このままが続けばいいのにと思ってしまうくらい、快感が全身をなぞる。


 空になったジョッキを置く。思わず一気飲みしてしまったようだ。どことなく恥ずかしいので、あたかもいつも通りのように店員を呼び、ビールのおかわりを注文する。


 注文が終わったのを見計らってか、真ん中に座った塁の反対側に位置する席に座っていた長身の男性が口を開いた。


「適当に自己紹介でもするかお前さんたち」


 長身な上に筋肉が見える、彼の見た目にマッチし過ぎるワイルドな口調だ。


 長身の男性の隣の右隣に座っていた茶髪の女性が首を縦に振る。


「そうね、そうしましょう。お前呼びじゃ半年持たないわよね」

「そうだな。じゃあ、先ずは言い出しっぺの俺からだな。具体的に言った方がいいか?」

「硬くなりそうだから軽くで良いわよ。名前と趣味くらいで」

「そうか」


 と手にジョッキを掴んだまま勢いよく立ち上がる長身の男性。


「俺は成田敬一郎。趣味は筋トレだ。よろしくな!」


 まあそうだよな、と思わざる負えない趣味だ。素人目だけど服の上からでも分かるくらいに綺麗な筋肉をしている。ボディビルダーやっていましたと言われても納得がいく。


 座る成田に変わって茶髪の女性が立ち上がる。


「私は白市涼子。趣味はアウトドアかなー」

「……はうほほあっへ?」

「口に食べ物入れて喋らないの……えっと……有田君」

「成田だ!」

「ご、ごめんなさい」

「あ、いや、驚かせるつもりは無かったんだ。悪いな」


 すれ違う二人だが、そこはかとなく相性が良さそうに見える。それにしてもアウトドアか。バイトのとき以外は殆ど家にいた僕とは大違いだな。


「次は誰が自己紹介するんだ?」


 塁を含めたまだ自己紹介をしていない四人を眺める成田。


 自己紹介するなら真ん中くらいが丁度いい、塁は手を挙げて、立ち上がった。


「あ、……本井、塁です。趣味は……」


 まずい。咄嗟にやってしまったせいで何にも考えていなかった。


 趣味、趣味、趣味……。


「しゅ、趣味は……ギターを弾くこと、です……」

「ギターか。お洒落な趣味しているんだな本井は」

「あ、ははは……あくまでも趣味の範囲なので、プロを目指したりなんかはしていないんですけど」

「いいじゃないギター。ラップと同じ音楽なんだから、共通点とかありそうじゃない? センスとかありそうだもん本井君」

「そ、そう見えますか?」

「ええ。なんかミステリアスな感じする」


 学生時代に普通過ぎてつまらないと言われていた僕は、どうやらミステリアスらしい。それも音楽センスを携えて。


 座る塁。何故か成田も同意見らしく頷いている。やはりこの二人気が合いそうだ。


「じゃあ次は?」


 次々に自己紹介をしていき、残ったのは塁の右隣に座っている華奢な男性だけになる。背は百五十センチくらいでかなり小さく、女性っぽい可愛げのある顔立ち、髪は茶色でマッシュ、透き通る綺麗な肌をしている。


 不安げな表情をしながらも彼は立ち上がった。


「あ、あ、秋山蒼陽っです。趣味はMMORPGとかです」

「MMO?」


 思わず疑問を声にしてしまう。秋山は隣からの声にビクッとし、手をぶんぶんと振る。


「え、MMOっていうのはマッシブリーマルチプレイヤーオンラインの略で簡単に言うと、オンラインで沢山のプレイヤーが同じ世界で遊んでいるゲームって感じです」


 そんなジャンルがあるのか。ゲームなんて高校生の頃に行ったゲームセンター以来していない。丁度いい機会だし、ゲームをしてみるのもいいかもしれない。


「よくわからんけど、秋山は見た目にそぐわないビッグな趣味を持っているってことか」

「成田君は見た目通りの返答ね……」


 ちょこんと座る秋山。


 自己紹介が終わったことで、本格的に飲み会が始まった。お酒と料理を楽しみながら、世間話や愚痴を言い広げる。当たり前の飲み会過ぎて、何故彼らが巡り合ったのか、その理由さえ彼らの脳は忘れてしまった。


 飲み会が始まって二時間くらいが経過した。場の空気は白熱したままで、参加者の殆どが酔っぱらっていた。塁も例に漏れない。しかもお酒に強くないため、かなり酔いが回ってしまっている。


「ちょっと、外の空気を感じてきます」


 飲み過ぎたせいで気持ちが悪いと、席を立って店の外に出る塁。熱狂とした店内と違い、外の空気は夜に浸っていて冷たく、心地よい。店の邪魔になってはいけない。入口付近から避けるため、移動しようと目を向けると、段差に腰掛けた銀色の髪をした人の姿が見えた。


 店は貸し切りのはず、そうなると参加者の方だろうか。自分と同じように夜風に当たりに来たのかもしれない。


 兎にも角にも邪魔にならないようにと、自然と銀髪の人に近づくように移動する。近づきすぎるのはいけないので、三メートルくらい離れて段差に腰掛けた。


 それとなく塁はスマホを取り出す。時刻は九時。飲み会が始まったのが七時くらいだったおかげか、夜はまだまだこれかららしい。


 ぼーっと適当にツイッターを眺めて酔いが良い頃合いになるのを待つ。エクスペリエンス計画と検索をかけてみると、参加者の投稿だろう、『始まったー』や『頑張ります』などと、意気込みを語っていた。


 自分もアカウントを専用で作って繋がったりした方がいいのか――


「おい」


 見知らぬ尖った男性の声に、スマホを動かしていた指が止まる。声は直ぐそこから聞こえて来て、尚且つ自分に向けて言っているのだろうと何故か理解してしまった。


 塁はスマホの画面を消してポケットにしまい、声の方へ顔を向ける。そこにいたのは先程見た銀髪の、同い年くらいの男性だ。


「お前も参加者だよな?」

「あ、……そうです」


 威圧的な態度を向けられ、ビビってしまう。


 彼の見た目は銀髪のセミロング、瞳の色は赤色、肌は秋山ほどではないものの白く綺麗だ。白く無地のワイシャツを着ていて、下は至る所にダメージがある青いジーンズで、腰にはチェーンが付いている。台詞も相まってヤンキーのようだが、昔絡まれたヤンキーたちよりと比べると全然マシな気はする。


「お前は何のために来たんだ?」

「それは、計画に参加した意味ってことですか?」

「ああ」

「それは……ラッパーになって――」


 ユウに恩返し……? なのか?


 ユウに背中を押されて参加した。そしてラッパーになれば……、ユウは喜んでくれる……。本当に? あれ、ラッパーにならないといけない必要はないんじゃ……。


 僕は何故ラッパーを目指そうとしているんだ?


 言葉に詰まっているのを見て、銀髪の男性は塁を軽く嘲笑する。


「ふん、答えることすら出来ないのか。見た目通りひ弱だな」

「……」

「なら、お前は参加者の基準を考えたことはないのか?」

「……基準?」

「適当に選ばれた訳がない。年齢、性別、性格、そして境遇、絶対何かしらの共通点がある。共通点があるということはつまり、奴らには何かの狙いがある」

「……その狙いがラッパーになることの理由だと言いたいんですか?」

「は? 馬鹿だなお前は」


 真正面から罵倒される塁。


「それじゃあ奴らの手のひらで踊っているのと一緒じゃねーか。まあお前みたいな奴はそれでいいのかもしれないがな」


 また悪口だ。流石にイライラする。そんな塁の心情なんか無視するように、銀髪の男性は変わらず口を開く。


「考えることは大切だ。だが従う必要なんか一切ねぇ。掴んだこのチャンスを、自分を信じて進むだけだ。俺はラッパーになって成り上がる、そして――」

「……そして?」


 銀髪の男性は立ち上がり、夜空を見上げる。


「あいつらに、俺の名前を轟かせて、後悔させてやるんだ」


 空気が変わる。真剣なそして空しい空気だ。彼の思いがけない変化に、なんて言葉をかければいいのか分からなくなる。だが、そんな彼の変化は直ぐに元に戻った。


「で、だ。曲がりなりにも俺たち参加者はラッパーを目指す。だと言うのに、このお茶会はなんだ?」

「何って……自己紹介をして交流を深めろってことじゃ」

「なんで交流を深める必要があるんだ? 今お前たちが快楽のために無駄にしているこの時間は、果たしてラッパーになるために必要なのか? 学生気分に戻ったつもりなのかもしれないが、そんな奴らがラッパーになれるとは思えないな。所詮お前たちみたいなラッパーじゃなくてもいい連中は、ラッパーに成れずに半年を終えるんだよ」


 正論だとは思えないが、納得は出来る。確かに自分は今の今までまで真剣にラッパーになろうとなんて思っていなかった。それは事実だが、彼の言っていることは、理想に近づくための無謀な最短距離を走ろうってことだ。そんなことすれば、一つの挫折で全てを失う。


 まるでギタリストを諦めた僕のように。


 背を向けてこの場から去ろうとする銀髪の男性。だが塁が呼び止めた。


「あのっ……名前は?」

「あ? 俺の? ……まず自分から名乗ったらどうだ?」


 こういうところはしっかりしているのか。会話一つでムカつく人だ。


「本井塁です」

「俺は萩口恭斗。言っておくがお前たちと仲良しごっこするつもりはない。他の奴にも伝えておけよ」


 と、去っていく恭斗。姿が見えなくなり、自然と息が漏れる。どうやら無意識に思い詰めていたらしい。酔いも綺麗見事に醒めている。これ以上外にいる必要は無いという事だ。


 立ち上がり、店内に戻ろうとする。しかし恭斗の存在が頭から離れなかった。


 僕は彼のことを嫌いになれない。



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