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第三話「説明」


 連絡から約二週間後、十月に入り、残暑が消えて過ごしやすい季節の午後三時過ぎだ。


 計画の参加を表明した塁に指定された場所は都内にあるビルの五階だった。見た目は少し大きめだがよく見かける普通のビルで、それらしき看板も見当たらない。


 集合時間までまだ余裕もあるし、様子見でもしようかと思った塁だったが、周りに気軽に入れる店が無いようで、意を決してビルに入る。エレベーターで五階まで上がると、『エクスペリエンス計画会場』と書かれた紙が矢印と一緒に貼られていた。案内されるがままに進むと、部屋に着く。


 塁が中を覗くと、大量の椅子と一番奥にはホワイトボードが置かれており、エクスペリエンス計画と書かれている。椅子には既に参加者らしき私服姿の若者たちがスマホを弄りながらそわそわとしていて、スーツ姿の人も数人だが居た。


「計画に参加する方でしょうか?」


 背中から急に聞こえる女性の声に、ビクッと振り向く。


 スーツを着た三十代くらいの女性だ。


「ああ、驚かせてすいません」


 どうやら計画運営サイドの人らしく、名刺を渡される。


 沖元さんといい、驚かせるのは本当に辞めて欲しい。


「説明は中で行われるので、背もたれに赤いシールが貼ってある適当な席にお座り下さい」


 シールと言われ、椅子の背もたれ部分を凝視すると、確かに小さなシールが貼られている。


 中に入る前に、塁は疑問を解消することにした。


「今日って説明だけなんですか?」

「ええ。ですから小一時間程度で終わる予定です。学生で言うところの入学式みたいなものですので」

 そう例えてもらうとすとんと納得出来る。確かにいきなり説明以外を要求してくる方が可笑しい。

「ありがとうございます」


 礼を言い、部屋に入る塁。中にいた数名が目線を向けてきたが、知らぬふりをして最後尾の端にある席に座る――学生の頃からそうだったが、自由席となるとどうしても後ろ側に座りたくなる。サボりたいとか、話を間近で聞きたくない訳ではないのだが、何となく座れるなら後ろがいい。


 時間が来るまでスマホを見て時間を潰す。途中不意に何回か顔を上げたが、その度に参加者らしき人

たちが増えていく。塁の隣の席も埋まり、遂に時間になった。


 ホワイトボードの前に向かって歩いていく一人の人間。さっき話しかけてくれた女性の人だ。


「これからエクスペリエンス計画開会式を初めさせていただきます、司会の富崎と申します。よろしくお願いします」


 何処からと鳴り始めた拍手に、塁も合わせる。


 いきなり説明に入るのかと思いきや、本物の入学式みたいに来賓の紹介をされる。社長や会長やプロデューサーなど、偉い人ばかりで逆に名前が頭に入ってこなかった。


「それではエクスペリエンス計画の説明に入らせていただきます」


 待ちに待った説明だ。参加したはいいものの、沖元さんの説明だけでは要領が掴めない。ユウに報いるためにもちゃんと理解しなければ。


「エクスペリエンス計画、それは選ばれた三十人になる参加者の皆さんを半年間ラッパーになってもらうため、育成する計画です」


 彼女に合わせて部屋が暗くなる。ホワイトボード前に持ってこられたのはプロジェクターで、富崎がスイッチを入れると、ホワイトボードに三十体の駒が現れた。どうやら参加者に見立てているらしい。


「現役のラッパーが指導について、基礎から応用まで学ぶことになります。授業内容は座学よりも実戦が多く、成績は付けませんが、定期的にテストのようなものを行う予定です」


 投影されている映像が動き始める。駒たちに一回り大きい駒が近づいて、流れ出した音と共に上下に動き出した。


「ラッパーとしてメジャーデビュー出来るかどうかは半年後に行われる予定の最終試験で合否を決めさせてもらいます。審査には本計画発案者のMCモノノフが参加する予定です」


 駒が突如バタバタと倒れて消えてく。残ったのは三体の駒。すると駒たちに無数の小さな駒が近寄っていき、三体の駒を胴上げし始めた。


「授業期間は祝日や一部日にちを除いた月曜日から金曜日まで。時間割は後ほどメールで送らせてもらいます。初回授業は明後日で、このビルの三階にて行います」


 映像が途切れる。すると真ん中くらいに座っていた女性が手を挙げた。


「あの……」

「どうしました?」

「その最終試験に落ちたら、どうなるんですか?」

「どうにもなりません。費用を請求することはありませんよ? ただメジャーデビューは出来ませんが。個人的に活動していただくのは構いません」


 要するに最終試験を合格さえ出来れば晴れてラッパーとしてメジャーデビュー出来るらしい。もし落ちたら金輪際計画とは関係無いということだ。


 破格な話だ。普通指導を受けるだけでかなりのお金を取られるはずなのに、お金は主催側負担だというのだから。


 余計にこのチャンスを逃すわけにはいかない。無意識に塁の手に力が入る。


「あ、は、はぁ……」


 富崎に圧倒されたのか、女性は口を噤む。


「他に質問はありませんか?」


 概観する富崎。手を挙げている人はいない。


「それでは、参加者の皆様にちょっとした余興を用意しました」


 余興? 誰かの芸か何かでも見させられるのだろうか?


「では参加者の皆様、楽しんでいらっしゃいませ」

 



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