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第二話「助長」


「……ただいま」


 靴を脱いでスマホのライトを頼りに部屋の電気のスイッチを入れる。そうすれば十数時間ぶりの光景が広がっていた。


 小型のテレビ、テーブル、冷蔵庫に電子レンジ、あとマットレス。生活するには必要な家具と電化製品たち。そして、ギター。


「……ギター」


 気になって手を伸ばす。が、寸前のところで触るまでは至らない。どうしても触る気にはなれなかった。


 塁は無理やりギターから興味を無くし、スマホを充電器に刺す。そしてスマホを触り出した。


 するとLINEに通知が来ていることに気が付く。


 公式LINEは友達登録していないし、最近連絡を取っている人はいない。両親から心配の連絡でも来たのだろうか。


 LINEを開いてみると、ユウという人からだった。


「ユウ……? あ」


 そういえば高校生時代にそんな奴もいた。


 一度思い出すと、一気に思い出が溢れてくる。何故か今の今まで忘れていた。


 久しぶりに会わないか、という連絡だった。


「どうするか」


 会いたくない理由はないが、会いたい理由もない。正直どっちでもいい。


 スマホを放り投げ、マットレスの上で仰向けになる。電球が眩しいので、手で目を隠した。


「会ってみるか」


 塁は承諾の返事を送信した。










 予定が合ったのは次の日曜日。


 指定された場所は今風の洒落たオープンカフェで、コンビニバイトをしている自分の場違い感を感じさる負えない。だが場所を変えようというのもそれはそれで惨めな気がする。


 早めに家を出たからか、着いてもユウの姿は見えない。先に席に座ったが、お洒落過ぎて辺りをキョロキョロしてしまう。


「あの人……オーラが凄いな」


 道に立っているあの男性、スキンヘッドで腕にタトゥーが入っている。凄く厳つい見た目だ。けど何よりも凄くオーラをすっごく感じる。決して近い距離じゃないのに。もしかして凄い人なんじゃないだろうか。


 通行人を見て時間を潰していると、声が聞こえきた。自分を呼ぶ、声だ。


「いやー久しぶりだね塁」


 目を向けると、見覚えがある男性が、笑顔で塁の対面の席に座る。


「そうだな、ユウ……今日はどうしたんだ急に」

「どうしたって何さ。友人に会うのに理由はいらないよ」

「変わってないなお前は」


 昔からユウは恥ずかしカッコいいことを平気な顔をして言う男だった。


 そのせいでユウに惚れている女子はかなりいたが、中学時代から付き合っている彼女に一途という隙の無さ。しかも今もその彼女と付き合っているという。


「無理に人格を変えてもしょうがないさ。今のままで充分生きているというなら尚更ね」

「相も変わらず哲学臭いな」

「自分の考えは全部哲学さ。ソクラテスも孔子も自分の考えを言っているだけに過ぎない。彼らは善意で他の人に教えたけど、僕は自分が自分でいるためにこうやって抱え続けている。どう? それっぽいでしょ?」


 ウインクをしてくるユウ。塁は苦笑いした。


「それっぽいだと本物になれないぞ」

「なりたいと思ってないから大丈夫。それに人間本物より、本物っぽいくらいを求めてるからね」

「そうなのか?」

「ボクはそう思うよ? 具体的な根拠を挙げろって言われると困るけど」

「フィーリングってやつか」

「まあそうだね」


 笑い合う二人。久しぶりにちゃんと笑ったので、塁は珍しく気持ちが高揚する。友人と会って正解だった。


「ところで塁、ギターはどうなったの?」


 思考が止まる。幸福色は一瞬で真っさらにされた。


「ど、どうなったって?」

「え? いやそのまんまだけど。ギタリスト目指してたでしょ?」


 言いたくない。ユウは人を馬鹿にするような奴ではないと分かっていても、言えない。


 今の本当の自分を誰にも知られたくない。


 誤魔化す以外の選択肢は無かった。


「ま、まあボチボチ……かな。そういうユウはどうなんだ!? 上手く行っているのか?」


 いきなり塁がアクティブになったので、驚いてしまうユウ。


 ユウは細かい着崩れを治して言った。


「うん。おかげ様って感じ。いい会社に入れたよ。やりがいがある仕事だし、職場環境もいいし。運に恵まれたよ」

「そ、そうか」

「ぶっちゃけた話、学生時代よりも幸せを感じているよ。学生と社会人は一括りに出来ないけど、タイムスリップする気は一切ない程度には人生を生きている」

「……人生を生きているって意味が重なっていないか?」

「僕にとっての人生は道具のような認識なんだ。道具は使われるためにある。けど使われなくなってガタクタになる。人生も同じさ。がむしゃらに毎日を生きている人と、未来を見ずに自堕落な生活で生きてない人。後者は人生を使わずに放置している。だから僕は人生を生きているって表現をしたんだ」


 胸に刺さる。正に今の自分過ぎて、しかも返す言葉もない。


 ユウは、自分らしく幸せに生きている。運もあるだろうけど、大半は彼自身の努力と生き様に違いない。


 なのに……僕はなんだ。


 今の僕は一体何なんだ?


 夢だったギタリストを一年前に諦めて、未来から逃げてコンビニでバイトをするだけの日々。希望も理想も持ち合わせていない。


 彼の言う通りだ。


――僕は生きることを一年前に逃げてしまったんだ。

 








「じゃあまたね塁。久しぶりに生で話せてよかった。また会おうね」

「……そうだな」


 席を立ち、伝票を手に離れるユウ。


「あ、そうだ」


 が、数歩進んだところで、何か思い出したらしく、立ち止まって塁の方へ振り向いた。


「悩んでいるなら進んだ方がいいよ」

「……え?」

「あ、進む系の選択肢が二つあるなら一つ目の方で」

「一体何のことだ?」


 理解出来ず塁は立ち上がり、ユウを見る。するとユウは見守るような目をしていた。


「迷ってるんでしょ?」

「どうしてそんなこと――」

「んー、だって塁、昔からそうだったじゃん。迷った挙句決断出来ないし、適当に理由付けちゃって納

得しちゃう。だからギターに一途になってくれたのじゃ友人として凄い嬉しかった」


 言い当てられて止まった塁の肩に、ユウの手が置かれる。


「今どういう事態になっているかなんて分からないけどさ、僕が責任取ってあげるから、前を向いて欲しいな」


 そうか、全部お見通しか。


「今度こそ、じゃあね」


 会計をしたのち、ユウの後ろ姿は街中に消えていく。


 深呼吸をし、席に座り直す。そしてスマホを取り出した。


 慣れた手つきでLINEを開くと、友達リストの中に、『沖元』というのがある。塁はゆっくりと通話のボタンを、押した。


「……ッ」


 スマホを耳に当てると聞こえてくる。


 フルルルルと呼び出し音がいつもより五月蠅く、全身まで伝って来る。


 出てくれ、じゃないと……


「……はい。沖元です」


 よかった。出てくれた。気が付かない間に余程気を張っていたらしく、溜息が漏れた。


「……本井さん? どうしましたか?」

「あ、はい、すいません……あの」


 先へ進むんだ。塁は声を擦れさせながら言った。


「計画に、参加、出来ますか?」


 その言葉に沈黙する沖元。もしかして既に枠が埋まってしまったのか、と塁の中に焦りが生まれてくる。


 どうか参加出来るように、塁は願い続けた。今ここで参加出来ないと自分はまた動けなくなると分かっていたから。ユウのおかげで踏み出せた半歩を無駄にしてはいけない。


「――勿論です」


 嬉しそうな声色。LINE通話越しでも喜んでいる顔が想像出来るくらいに。







「エクスペリエンス計画へようこそ本井さん。貴方の未来を応援させてください」





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