第一話「スカウト」
コンビニエンスストア、通称コンビニ。年中無休で二十四時間営業で、食べ物から必需品の一部に嗜好品など、様々な物が売り物としてある便利過ぎるお店だ。
そんなコンビニのレジの向こう側に、本井塁は制服姿で立っていた。
例え天下のコンビニ様でも時間が深夜だと人はまばら。それもそのはず。だって人間は夜中に睡眠を取るのが普通だからだ。
この風景を例えるならまるで地方の商店街。見慣れた光景に抱く感想としては上々だろう。
塁がぼけーっと適当に考え事をしていると、店内に唯一いた客がレジまでやって来る。
レジの上に置かれたのは弁当とポテチ、アイス、飲み物。
客をちゃんと見ると、案の定ふくよかな体形をしている。。
「袋お願いします」
「はい……合計千五十三円になります…………丁度お預かりします。ありがとうございましたー」
満足そうな顔で出て行く客。幸せそうだ。
ふと時刻が気になり時計を見る。アルバイトが終わるまでもう少しだ。
椅子は無いので腰くらいの高さの台に寄り掛かる。すると塁の耳に、馴染みのある音楽が届く。ギタ
ーの音色と、男の声が。
『スリルはいってしまった。わくわくする気持ちはどこかへいってしまった』
歌詞は全て英語、だが脳が自動で日本語に訳してくれる。
間違いない。本能で分かった。
この歌は、伝説のギタリスト『B.B.KINGのThe Thrill Is Gone』。
「……辞めてくれよ」
体の力が抜ける。塁は台からずり落ち地面へへたり込む。
ギターの音色は嫌いだ。
大っ嫌いだ。
バイトの時間が終わり、塁は帰路についた。彼の持つ黒髪のショートは街灯に照らされても光を吸収するかのように真っ黒、私服は蒼黒い長袖のシャツに、水色のジーパンと同系色で固められていて、どれも無地で装飾はない。醸し出す雰囲気は服装からも分かるように、薄暗く鬱気味なもの。
夜中の住宅街には街灯に集る虫くらいしか居なく、塁は動画を見ながら歩いていた。
時間は既に深夜の二時を過ぎたところ。寄り道しようにも空いている店は殆どない。
それに例え午前中だったとしてもスーパーくらいしか行く場所はない。無駄遣いを避けているのではなく、単純に今の塁には行きたいと思える場所がないのだ。
角を曲がる塁。すると曲がった道の先から人の姿が見える。スーツを着た中年の男性だ。道の真ん中に突っ立っていて、まるで塁を待っていたかのようだ。
正直びっくりした。心臓に悪いからやめて欲しいが、見知らぬ人だし声をかける気にはなれない。
塁は道の端に移動してスーツの男を無視しようとした。
「本井塁さんで間違いないでしょうか」
しかし歩みを止めてしまう。
「なんで僕の名前をっ――」
「ああ、すいません。驚かせるつもりは無かったんです」
笑いながら謝るスーツの男。
「申し遅れました。私は沖元と申します。あ、此方をどうぞ」
と、渡してきたのは名刺。名刺の真ん中に大きく沖元啓介と書かれていて、他の部分は暗くて読めない。
「……あのっ」
「何でしょうか」
「何で、僕の名前を知っているんですか?」
気さくそうな雰囲気に惑わされそうになったが、冷静になれば疑問ばかりだ。
真夜中に名前を呼ばれて名刺を渡される。普通こんなこと有り得ない。何か企みがあるはずに違いないはず。そう思うとこの風貌も逆に怪しい。
「順を追って説明しようと思っていたのですが……そうですね、簡潔に言うと、私は貴方をスカウトしにやって来たんです」
「す、スカウト……ですか」
「ええ。貴方をある計画の参加者になっていただきたく、やって来ました。本当はもっt早い時間に訪ねるつもりだったのですが、お仕事の邪魔をしてはいけないと思いまして」
そういえば、今日は昼前からずっとバイトをしていた。どうせやることもないのだから、とシフトを入れてしまったのだ。
「それは……すいませんでした」
「謝る必要はありませんよ。此方が一方的に訪ねて来ているだけですので。寧ろ此方こそ急にすいません」
頭を下げる沖元。
謝られても気持ちが悪いので、塁は直ぐに顔を上げさせた。
「……それでその、スカウトの話を聞かせてもらえますか? 正直早く帰りたいんです」
「分かりました。では本井さん、もし人生をやり直せる機会があるとしたら、どうしますか?」
「やり……直す……ですか?」
「そうです。貴方に参加して欲しいのは、エクスペリエンス計画というモノです」
聞いたことが無い。
エクスペリエンスと言えば、日本語で経験という意味だったはず。
経験計画? 想像がつかない。
「スカウトした三十人の方々に、半年ラッパーになるための訓練を受けてもらう計画です」
「ラッパー……ですか?」
「ええ。メジャーデビュー出来る可能性もあります。そして費用は全額此方側の負担ですので、ご心配なさらず」
「は、はあ……」
「どうでしょうか。参加者になってもらえますでしょうか?」
塁は空を仰ぐ――正直荒唐無稽と言わざる負えない内容だ。何故育成するのか、何故ラッパーなのか、何故自分をスカウトするのか、疑問を挙げようと思えば沢山出てくる。
それに……計画に参加するということは、ラッパーになろうとするということのはず。
「どうでしょう」
暫しの沈黙を得て、塁は顔を下ろす。そして沖元に視線を向けた。
「お断りさせていただきます」