第十八話「本物」
日曜日の午後。塁は電車に乗り新宿へと向かった。
「うわ……人多い」
大都会新宿らしく、大量の人が居る。サラリーマンから家族連れ、JKらしき人やヤンキーまで。何かコンプリートしてるんじゃないのかと思いたくなるレベルの量だ。
ライブハウスでのライブということで、開演時間は十六時と書いてあった。ライブとはいえ、ライブハウスに行くのは少し緊張している。やはり陽キャの方々ばかりなのだろう。自分は馴染めるのかどう
か……。
そうこう考えていると、目的のライブハウスまで辿り着いた。心配になりながらも係員に添付されていた画像を見せると、にこやかな顔をして中へ通される。既にライブハウスの中にはかなりの人が居た。
何処で見ればいいんだろうと、塁がウロウロとしていると、白い髪をした男を見つける。体格も着ている服も、既視感があった。
――まるで萩口みたいだな。
顔が見えないので判断は出来ない。だが多分萩口のそっくりさんだろう。同じライブを見に来ているなんてそんな確率、宝くじなら三等くらいだ。そんな運が自分にあるというのなら、こんなところで消化するのはごめんだ。
後ろからどんどん人が来ているので、取りあえずと萩口らしき音の隣に並ぶ。スマホを弄って待っていると、アナウンスが鳴って、ライブが始まると教えてくれた。
ステージ。少し前に経って、自分が再び目指してる場所だ。そこに、二十代中盤くらいの男性のラッパーが、現れた。
「準備はいいですかー!?」
歓声が、爆発した。間髪入れず、DJがビートを流した。
全身が震える。地震じゃない。寒さじゃない。これは歓喜だ。
「手に刀、言われたなまくら、湧きあがらせる火山噴火……」
声がビートに乗り、相乗以上に重なっていく。
ハーモニーという言葉に収まらない。これを表現する言葉は無い。
現場で聞かないと体感出来ない、全ての優越感を塗り替える優越感。壊されたのではない、塗り替えられたのだ。人生損しているという言葉は、この時の為に存在していたのだと気付かされる。そうか、そういうことか、と。
DJが音抜きをした。再び湧きあがる歓声と、喜びをジャンプして表す客たち。塁も見様見真似でやってみると、自分がこの音楽と一つになっているのだと理解出来た。
最高だ。それ以外に必要あるのだろうか、この音楽。
あっという間に一曲が終わった。体感十秒くらいだったし、今でも感動の余韻が残っている。
終わらせないで。客の声に応えるように、ラッパーは次の曲に乗り出した。
どのくらいの時が経ったのだろうか。
スマホを見る。時間は十八時を過ぎていた。どうやら二時間も経過したらしい。
この経験は一生忘れられない。記憶が無くなろうが、消えない自身がある。そのくらいに、ライブはやばかった。
ライブはもう終わった。けどまだ聞きたいと体が思っているのか、足が動いてくれそうにない。
体は正直だ。せめてものと、首を回し他の客を見ると、塁と同じように止まったままの人がしばしば、興奮して動き回っている人もそれなりに居る。やはりみんな一緒なんだ。この感動を求めているんだ。
客と言えば、萩口らしき人はどういう反応をしているのだろう。体を少し前に傾け左を見る。
ああ、やっぱりそうだったか。
「――萩口」
「……本井」
何故ここに、と思う。けどもっと言うべき言葉がある。用意されたこの舞台、ステージじゃなくても、人は色んな舞台に立つ。
ようやく分かった。沖元さんが僕をここに呼んだ理由を。
「僕と組んでみないか?」
笑顔で、心の底から、本井塁は萩口恭斗にお願いをした。
「何処に行くんだ?」
返事をせずに出口の方へ歩いていく萩口。まだ答えは聞いていない。そんな塁の言葉が届いたのか、萩口は振り返って、言った。
「着いてこい」
「分かった」
塁は萩口の後をついて、ライブハウスを出る。
こんなライブをしてみたい、塁は初めてラップを心から楽しんだ瞬間だった。