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第十六話「再び」



 中間試験が終わり、正月に入るということで、一週間程度の休みがあった。


 東京もクリスマスから正月ムードへと変化し、神社を通りかかれば初詣に来た人たちで賑わっている。新年の始まりだ。


 新年といえば、抱負だろう。億といる人口では数えられない抱負があるだろうが、参加者のなら予想は出来る。


 最終試験に合格してラッパーになること。しかしこれは諦めなかった人に限る。


「……ほんまに少ななったなー……」


 レレラの声。だが声だけでは無い、顔も空気も悲しそうだ。


「予想はしとった。けど、ここまでとは思ってなかったんや。少しは手加減してくれると期待しとったんやけど……逆にあの人らしいな」


 新年最初の授業。


 前は教室に空席は無かったはずなのに、至るところに空席がある。それも半分くらい。


「……ほんまは今こないなこと言いたくないんやけど、俺も仕事はせぇへんといけへん。せやから先に謝らせて欲しい。すまん」


 どうして、よりも、そうかと納得する参加者たち。


 予想が出来た。きっとそうなのだろう。


 聞きたくないされど残った以上避けることは出来ない。


「最終試験のお知らせや。日程は三月三十日。場所は渋谷にあるサウンドミュージアムビジョンにて行う。試験内容は試験官の前で一曲ラップをライブしぃ、ほんでの合否によってメジャーデビュー出来るかどうかを決める段取りや。基本的なことは中間と同じやけど、規模がおっきなってる」


 前と違ってざわめきは起きない。人が減ったことや、初日に存在自体は知らされていたこともあるが、ここにいるのは挫けない心のメンタルを持った人だから。


 例え一度は折れても、残ったことに変わりはな無い。


「モノノフさんが試験監督となって、他に四人試験官がおる。それと参加者は他の参加者のライブをフロアで見ていても構わへん。俺もみんなのを観戦する予定や」


 不思議な空気を纏ったまま、授業は終わった。


 ピリついているとも言えない、ボワボワとした居心地の悪いモノ。


 誰も意識していないのに、環境がそうしろと命令していた。


 片付けをする塁に近寄って来る蒼陽。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 最終試験の通知でまた気が変わってしまったのでは、とでも思ったんだろう。天使と言いたいくらい優しい奴だな蒼陽は。


「覚悟はしていた……薄っぺらい覚悟だけど、知らせくらいは防げたよ」

「それは良かったです」


 蒼陽は笑って塁の隣の席に腰を下ろす。帰る参加者や、自習しようとしている参加者を見たのち、塁に視線を向けた。


「敬一郎さん。それに白市さんもいませんね……」


 そういえば、そうだ。彼らの姿は今日無かった。


 二人共体調を崩したのか。それとも――


「……辞めたのか」

「ええ、多分……。試験後から連絡が取れていないので」


 笑っていたのに、蒼陽の表情は悲しいモノになる。無邪気で素直で優しい彼の悲しい顔は、到底見てられない。


「――そうか」


 塁の手が蒼陽の頭を撫でる。


「ど、どうしたんですか?」

「別に、理由は無いよ。ただ何となく」

「そうですかっ……恥ずかしいです……」

「お似合いだよ?」

「そういう意味ですかっ!?」


 羞恥心で真っ赤な顔のまま怒る蒼陽。それすらも可愛いと思ってしまうが、流石にこれ以上は辞めておこう。塁は手を引っ込める。


「ごめんごめん……ねぇ、蒼陽。少し聞いてもいいかな?」


 このまま流れでと、切り出そうとしたのはいいものの、歯切れが悪くなってしまった。蒼陽も何かしら感じ取ったよう。まるで母親のように微笑む。


「なんですか?」 

「僕は……どうしたらいいと思う?」

「……何をですか?」


 察しているだろうに。けれど確かにこれは自分自身の口で言わなければいけない。また僕は甘えようとしていたのだ。


「最終試験」

「……塁さんは、どうしたいんですか?」

「どうしたいって……合格、したい」

「そうですよね。僕もそうです。だから、合格するにはどうすればって言いたいんですよね?」

「うん……ごめん。言葉が足りな過ぎた」


 気持ちの問題とはいえ、こちらに非があったと頭を下げる塁。対して蒼陽は「謝らないで下さい」と笑ってくれる。そして何か思いついたのか、あっと体を跳ねる。


「そういえば、モノノフさんは一人じゃ限界って言ってませんでした!?」

「……そういえばそうだったな」


 モノノフさんが言っていたことを思い浮かべる。出来れば思い出したくない記憶のせいか、今でも鮮明に覚えていた。


『お前は一人じゃこれ以上進めない。ラッパーになれない』


 嫌な台詞だ。どんな気持ちで言ったのかなんて、想像したくもない。


「でもそれが今後の展開とどう関係あるんだ?」

「考えてみてください。一人じゃ駄目ってことは……」


……逆?


「――二人以上でやれってこと……か?」

「そうですっ! モノノフさんは、誰かと組んでやれって言っていたんじゃないでしょうか?」

「成程な……そういうことか。けれど誰かって……誰のこと……」


 誰かを探して、塁は蒼陽を見る。すると彼はばつの悪そうな顔をして、


「あっ……すいません。僕は最終試験も一人でやるつもりなんです」


 と、断られる。


 もしかしたらという淡い希望だったが、こればかりはしょうがない。しかしこうなると、知り合いで組めそうな人は本当に限られる。


「僕に出来ることは協力しますっ。そうですね……ペア探しも手伝いますっ!」

「ありがとう蒼陽」

「と言っても、僕が思いつくのは一人しかいませんが……」

「誰だ?」

「萩口さんです」


 やっぱりそうか、と頷く塁――考えてはいた。というかそんくらいしか思いつく知り合いがいない。敬一郎たちは多分もう居ない。網内は論外、こちらから願い下げだ。他に知り合いでいけそうなのはいない。


 やはり萩口しかいない、のか。


「組める可能性は高いと思います。萩口さんはモノノフさんに『本井と同じ』みたいなこと言われてたんで、塁さんと同じ心境になっているかもしれません」

「そんなこと言われた……のか」

「覚えていませんか?」

「薄っすらとそんな記憶はあるんだが……モノノフさんの言葉のショック、でな」


 萩口だけじゃない。蒼陽と網内に対しての言葉も殆ど覚えていない。後者の二人はそれなりに褒められていたことは覚えているが。


「まさか萩口に組まないかって言う日が来るとはな……」

「つべこべ言っても仕方ありません。他に選択肢は無いんです」

「そうだな」


 もう進むしかない。


 ただこれが誘う口実になったのは、少しだけ嬉しかった。


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