第十五話「最後の再起」
外は雪が降っていた。
天気予報は雪と書いてあっただろうか。まあどうでもいい。この際何でもいい。
生気を失い呆然としている塁と、寄り添うように立つ蒼陽。
「塁さん……」
蒼陽はなんて声をかければいいのか決めかねているらしい。落ち込んだ顔をして、口を開けたと思ったら閉じるを繰り返している。
「クソッ……なんでだよっ」
二人から少し遅れて萩口も外に出てきた。
物凄く悔しいのだろう。顔は今でも泣き出しそうなくらい力んでいて、握り拳を何回も自身の足に打ち付けている。
「まだ居たのか」
そう言って現れたのは萩口。
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、軽快な足取りで塁たちと萩口の中間まで移動してきた。
「お前たち、辞めたらどうだ?」
「なんでっ」
網内の挑発に、蒼陽が突っかかる。
「秋山だっけ。お前はまだしもよ、他の二人はやる価値が無いって言われてんだよ。だったらいるだけ邪魔なんだから、何処か行ってくれよ」
「そんなこと認められる訳ないじゃないですか!」
「落ち着けよ。人数が少ない方が授業だってスムーズにいくだろ? 穀潰しは何処にも居場所はねぇんだって」
「なんてこと言うんですか! 貴方の都合で勝手に進めないで下さい!」
「チッ……うるせーガキだ。これだけは覚えておけ。お前たちウジ虫がどんだけ努力しようが、才能の前には関係ないってな」
網内はひらひら手を振って去っていく。蒼陽は塁を心配そうな目で見る。
「あんな人は気にしないで下さい……それに」
「辞めるよ」
「え?」
塁の言葉に固まる蒼陽。
「いいよもう、辞める」
「駄目ですっ! なんで塁さんが辞める必要があるんですか!?」
「別にアイツのせいじゃない。自分自身でそう思っただけだ」
「なら余計に駄目ですっ! 今回は駄目でも最終試験に結果を残せばいいんですっ!」
首を横に振る塁――そんなこと言ったって、あのモノノフさんが限界だって言ったんだ。素人に言われるならまだしも、一番に言われたんだったら、きっとそうなんだって思うしかないだろ。もう夢は見たくない。
立ち直ろうとしない塁を見て危機感を感じたのか、蒼陽は助けを探して、見つけた。
「萩口さんっ! 貴方はどうなんですか!? 辞めるんですか!?」
萩口……そういえばアイツとの勝負は、何とも煮え切らない形になってしまった。けどもう関係無いだろう。
きっと萩口も辞め――
「辞める訳ねぇだろッ!」
塁の想像よりも心が強いよう。二つ返事で、尚且つ力強い。
「……なんで」
「何でも何もねぇよ……ここで諦めて俺に何が残る!?」
「残るって……別に何も」
「だからだよ! 何もまだ手に入れていない……辞められる訳ねぇだろ! 俺はラッパーになって色んなモノを手に入れる為に来たんだ。こんなところで諦めるくらいなら死んだ方がマシだッ!」
「萩口さん……」
決意表明する萩口を見て、塁の心が揺れる。
なんでそんなに強いの? 昔の僕みたいなんて思ったけど、全然そんな事無い。
どうして……そんなに……
「塁さん。どうせチャンスは一回きりなんです。今回は練習に過ぎません。練習上手く行ったからといって、本番上手く行く保証は何処にもありません。逆も然りです。あと一回だけ、挑戦してみませんか?」
「また……あんな事言われるかもしれないのに?」
「言われるとしてもそれは三か月後の僕たちです! 今の僕たちには関係ありません!」
今だけ考えて生きるなんて器用なこと出来ない。
「思い出してください! なんで計画に参加しようと思ったんですか!?」
それはユウ……に押されたから。
けどそれだけじゃない。
少しでも自分を変えたくて。
これ以上自分を嫌いになりたくなかったんだ。
「……」
「否定されるのは確かに心にきます。人の心があるのかって疑いたくなるくらいに。けど諦めたら相手の言ったことを証明することになってしまいます! どんな事言われても、行動で否定すればいいんですっ! 僕達はそのチャンスがありますっ!
泣きながら蒼陽は言い続けた。塁の両手を掴んで想いを伝え続けた。
途中から黙っていた萩口が塁に近づく。
「お前が辞めようが続けようが知らん。だがな、お前が辞めたら二つの意味で敗北することになる。一つは俺との勝負、もう一つはお前自身にだ」
それだけ言うと、萩口は横切って去っていく。
「……最後」
塁は振り絞る。擦れていて小さな声でも、蒼陽は聞き取った。
「……はい」
「これで最後。あとはもう駄目」
「……ええ。いいです。それでいいんです塁さん」
「もう一度だけ戦いましょう」