第十四話「講評」
……終わった。
正直実感が無かった。無我夢中でやったのが功を奏したのか、周りが見えなかった。
あったのは自分とビートだけ。夢の世界で、塁はラップの初披露を終えたのだ。
俯いたままのMCモノノフ。ゆっくりと顔を上げて、塁を見る。
「お前はこの曲で誰に何を言いたい?」
質問されるとは思っていなく、心の中で動揺する塁。だが予め考えていたことがそのまま答えになる。ありのまま伝えればいいはずだ。
「……自分のように、死にながら生きていた人に、飛び方を教えています」
「死にながらってのはあれか、生きているって実感や意味を感じられないってのでいいのか?」
「そうです」
「……そうか。じゃあ次だ。準備はいいか」
「はい」
萩口が返事をした。どうやら僕の番は終わったらしい。
そう思った瞬間、全身の力が抜けた。へたり込んでそのまま寝てしまいたい。
MCモノノフが再びDJへ合図を送る。塁のときとは違うビートが流れ出した。
一言で表すなら、ドープ。
九十年代日本語ラップとまだ呼ばれていた時代を意識した、塁でも懐かしいと感じる。
ダークなブーンパップなビートに、萩口のラップが合わさる。
やっぱり、ラップが上手い。
萩口のスキルは高い。客観視しても主観で見ても思う。悔しいが認めざる負えない。
安心していたのに、萩口のラップを聞いていく内に、不安が塁の中に生まれてくる。やりきった感動
は、あっという間に覆いつくされた。最後の方なんかは、脳が勝手に聞こうとしなくなる。本能が聞い
てはいけないと言っていた。
「……次」
進んでいく試験。次は蒼陽だ。
蒼陽は明るめのビートを選んで、チルラップと呼ばれる落ち着いたスタイルを見せた。塁は普段から蒼陽と仲良くしているが、試験でどんなラップをするかは知らなかった。蒼陽が一人でやりたいと言っていたから。
蒼陽も終わり、遂に最後の網内の出番になる。
どんなラップをするのか、と流れ出したビートは、フロアを巻き込む。
流れ出したのはゴリゴリのトラップビート。電子音をベースに、BPMも早くて至るところに不規則で置かれているリズムが難易度の高さを伺わせる。
塁がビートを選ぶ際に、一番最初に候補から外したビートだった。
「……凄い」
網内のラップは、凄かった。他の感想が出てこないくらいに。
昔には無かった最新のスタイルで、兎に角フロウと雰囲気造りが上手い。
リリックは内容よりもどれだけ曲に似合っているかを意識しているらしい。文字数や息継ぎのタイミングまでもが計算されている。
本当に、完成度が何段階も違う。
萩口のときのように嫉妬すら出てこない。塁は終始、網内のラップに圧巻され続けた。
「……講評だ。心して聞け」
緊張でモノノフの声が耳元で言われているような気がする。
胸に手を当てる塁。鼓動が速い。壊れてしまいそうだ。
「誰からやるか……先に言われたい奴は手を挙げろ」
四人誰も手を挙げない。
「いねぇのか。仕方ねぇ、本井塁」
「っ! はい!」
塁の声が高く跳ねる。
「……え?」
しかし、直ぐに地面へ落ちた。
折角歩いたこの道を、壊す目。モノノフが塁に向けてくる目だ。
なんで、そんな目をしているの?
怖い、辞めて。
その目で、想像出来てしまう。
答えも結果も自分自身も夢も価値も何もかも。
「こんな曲、二度と聞けるか」
――やっぱ、そうなのか。
「お前はリリックと伝えたいことを履き違えている。お前が伝えたいのは救われ方じゃない。救われた自分の自分語りをしているだけだ」
――僕は何も出来ないんだ。
「勘違いするな。自分語りなんて沢山ある。けどお前は飛び方を教えるって言いやがった。それとポエトリーに近いようだが、ホンモノと違ってお前のリリックはなにも心に響かない。お経を聞いていた方がまだマシだ」
――夢を追いかけたのが間違いだった。
「言っていることと、やっていることはそれなりだ。五流のラッパーモドキレベル、だから未来が想像出来る」
――全て、無駄だった。
「お前は一人じゃこれ以上進めない。ラッパーになれない」
倒れ、蹲る。
心も体も折れた。綺麗に半分と。
モノノフは塁を置いて次に進む。塁が蹲ったことは試験に何の影響も及ぼさなかった。
「萩口、お前もだ」
「……え? 今なんて」
「いいか。お前は何になりたい。何を言いたい?」
「ラッパーになって……見返したいんで――」
「そうか。なら無理だな」
「……は?」
「スキルは全体的にそれなりだ。だが致命的に何も入ってこない。街並みの雑音よりも価値が無い」
「違うっ、俺は」
「中身が無い。お前も本井も人生から逃げている。独りよがりを俺に聞かせるな」
萩口も酷評された。それも塁と同じだと。
「秋山。お前は前の二人よりは良かった」
「……はい」
「改善点は多い。特に下地が弱い。幼稚に見える部分もあった。だがお前にはセンスがある。人を惹きつける才能は簡単には手に入らない。もっと活かせば結果は付いて来るはずだ」
「そう、ですか……」
秋山は適度に褒められた。だが彼は何処か悲しそうだ。
「そして網内」
「はい」
「正直お前みたいなレベルの奴がいるとは思わなかった。現役と比べても大差ないくらいにラップが上手い」
「当たり前です」
「更に言えば、お前は曲としての完成度が高かった。全部を利用して上手く融合させている。これを出来る奴はそうそう居ない」
「簡単ですよそんくらい」
「……そうか。ただ一つ。リリックの内容がもっと欲しい。お前も前の二人のように人生から逃げているように感じる」
「……そうっすか」
網内は絶賛された。当たり前だと言わんばかりの顔をして。
「次のグループが待ってる。早く出て行け」
塁と萩口にとっては最悪の形で中間試験は幕を閉じた。