第十三話「披露」
「――もう、すぐですね」
「……」
一つ前のグループが終わったら、自分たちの番だ。
塁と蒼陽は並んで立って待っていた。萩口と、網内は別方向の端っこの壁にそれぞれ寄り掛かっている。
網内、ちらっと見たことは何度もあった。金髪で髪型はハイライト、ギラついた黄色い目をしていて、首から鎖骨にかけて這わすように蛇のタトゥーが入っている。ブランドのロゴが入ったコートを着ていて、ヤンキーというよりは、半グレに見える。
参加者の中で一番目立っていたし、彼のことは度々話題に上がる。けれど前に蒼陽が噂で教えてくれた網内が彼のことだとは知らなかった。
前のグループのラップが聞こえてくる。
良い悪いの感想は出てこない。あるのは虚無だけ。
嫌な時間だ。
蒼陽に話しかけようか? 塁は彼を見てその考えを直ぐに捨てる。蒼陽は真剣な顔をしていた。今までとは比べ物にならない、覚悟を決めていた。
他の二人に話しかける選択肢は出てすらこない。だがら、一人で待った。
四人、けどみんな一人で待ち続けた。
そして順番がやって来た。
フロアの内部へ歩いていく四人。途中前グループの参加者とすれ違ったが、顔は見ないようにした。
床を見る。手は震えている。足はいつもより重い。
「――お前たちが次の奴らか」
重く鋭い声だ。怒っている、と最初は思ったが、一秒一秒と過ぎていくうちに真偽が分からなくなる。
塁は顔を上げた。
スキンヘッドで、肌は褐色と言っていいほど日焼けしている。バスケのユニフォームを中に、薄めのコートを上に着ている。けれど裾は肘まで上げていて、七分丈のようだ。両腕には波のようなタトゥー、体形はふくよかと言いたいが、見た目と雰囲気のせいで、怖さが勝つ。
そんな男が席に座っていた。
「俺がMCモノノフ。よろしくな」
「……よろしくお願いします」「よ、よろしくお願いします」「よろしくお願いします」「よろしくっす」
彼が、MCモノノフ。
今のHIPHOPシーンで一番天才で、一番結果を残していて、一番最強のラッパー。最近ではラッパー初の豊田スタジアムでワンマンを行い、チケットは全部売れて大成功を収めた。
そんな生きる伝説が、今目の前にいて、自分たちの審査を行おうとしている。
「審査の流れを説明しておく。お前たちは俺が指名した順番で一曲やってもらう。DJはお前たちの指示通りにしかやらない。あと他人がやっている最中に邪魔はするなよ」
DJと聞いて、ようやくモノノフの後方にDJがいることに気が付く。モノノフの存在感で完全に見えていなかった。
「順番を決める…………お前」
指を差されたのは塁だった。
「あ、はいっ!」
「名前は?」
「本井塁です」
「そうか。じゃあお前からだ」
頭が真っ白になる。てっきり名前順で最後だと思っていた。
本井の後は萩口、秋山、網内の順番にされた。
「緊張するのは勝手にしろ。だがな、俺は緊張していようが関係なく審査して事実を言う。それが嫌なら今すぐにでも去れ。咎めはしない」
モノノフの言葉に行動で応える者はいない。
みんな自分の意思で残ったのだろう。
だが塁は少なくとも違った。
足が動かなかった、それだけだ。
「始めるぞ……DJ! bring the beat!」
スクラッチの音のあとに、流れ出すビート。
もう音は止まってくれない。
塁が選んだのはピアノの音を主軸とした、BPMが遅めのしんみりとしたビートだ。分類としてはオールドスクールのような基本的なもの。フロウやバイブスよりもリリックが映える。
ビートは流れ出し、イントロの八小節が過ぎた。
塁は必死に口と喉を動かす。
あの日から何年経ったか
ああもう忘れたか?
悲しい、正しい、卑しい、眩しい
二十歳はまた日の中に
また韻を踏み忘れた
きっとみっともないだろな
怪しさ満点の摩天楼で待てないと
ああ、待てってまだ曲は終わらんさ
語り掛ける八小節。韻を緩急付けて踏み、フロウはポエトリーラップのよう語り掛けるように。
HIPHOPを学んだ
日本語も学んだ
次世代ラッパーに立候補した
だけどみっともないとか
ヒットもないとか
今、感じてる
希望も理想も今日も、昨日も置いてきた
貴重な几帳を描いてきた
機長はいないこのフライト
この曲で君を迎えよう
この八小節で自分を提示。
フロウを垣間見せながら、リリックが頭に入ってきやすいように発音に注意した。
そして最後にこの作品のテーマを提示する。空に旅立つというテーマを。
またも過去とマスを
かいて人を恨んだアノヒ
また会える日まで
その時は胸張るよ
高度が高すぎて嘔吐
どうしようもないほど
後遺症? 猛暑?
もう一緒でもういっしょ
とっくに真っすぐに空飛んでる
文句はない速度でどうぞ
前半の四小節はビートに合わせるフロウを選んだ。
後半の四小節は一気にリズムを早くして畳みかける。
聞き手を逃がさないように、テーマに合わせるように
ああ空を描いている幾つもの雲が
六つか七つか八つか分からないけど
俺はラップに現を抜かした
ああ空飛べと目指している秘密の嘘だ
初恋をしたあの日
まずいと逃げた過去の日
また来いよ、
今日の旅立ち
最後の八小節、いわゆるサビ部分。
一と二小節、五と六小説を歌によせたメロディラップでフックだというのを伝える。
フックというのはHIPHOPで言うところのサビ。前半と後半に散りばめて印象を強くする。
三と四小節、七と八小節はポエトリーに戻り語り掛けだ。
懺悔と未来を願う本音を歌詞で、この曲を包み込む。
これが僕のラップだ。