第十二話「中間試験当日」
学生時代とは比べ物にならないほど、時間はあっという間に過ぎた。
中間試験当日、場所は渋谷にあるハーレムというクラブだ。最大八百人も入る、大型クラブで、よくライブやMCバトルの舞台にされている。千九百九十七年と、二十年以上続く老舗クラブで、HIPHOPの聖地と言われるくらいに、HIPHOPシーンに多大な影響を与えた場所でもあるらしい。計画の運営陣も、それを意識してハーレムを選んだのかもしれない。
かなり時間に余裕を持たせてきた。スマホを見ると時間まであと一時間もある。それとなく、今が十
二月二十七日だということも改めて教えてくれた。
もうクリスマスは終わった。街はまだクリスマスを抜け出せていないが、自分は入ることすらしなかった。
彼女はいない。友人は出来たが、みんな中間試験に必死で会う話すら話題に上がらなかった。
塁に余裕があった訳じゃない。
頑張った、出来ることはやったつもりだ。
だからこそ、怖い。
頑張りを否定されたらもう一度折れてしまうのではないかという不安と、萩口に負けてしまうという半ば確信に近い自信。感心は無い。
なら頑張らなきゃよかった、とは思わない。萩口に勝負を提案したのもやってしまった、と後悔を抱いてはない。だけど不安だし、それ以上があったのではと思う。
十二月は寒い。
きっとそのせいで心まで寒くなってしまっているのだろう。
少しでも、暖めたい。
身を心を。
リリックに込めた想いの中にもある。冬は四季の中でも死の象徴、生命が耐え忍ぶ時期だ。だけど耐えているだけじゃ人間はいつか限界が来る。自分が限界寸前だったように。きっと今にも限界を迎えている人がいる。
だから、救いたい。
そのための準備は出来た。塁は頬を叩いて自分を奮い立たせる。頬は赤くなった。だがそれすら冬の中に消えていく。
試験までの一時間は、塁にとって一番長い一時間になった。
準備が出来たのだろう。通せんぼされていたハーレムの入り口が入れるようになっていた。塁たち参加者が中に入ると、一枚の紙と共に三階に案内される。ハーレムは控え室が無いらしく、三階のBXカフェを代用でって形らしい。
適当にソファに座り、塁は渡された紙を見てみる。書かれていたのは試験の段取りだった。
試験は二階のフロアにおいて、四人一組で行う、と。時間は今から三十分後で、組合わせが書かれていた。
――僕は…………………………、
「……えっ!?」
驚きの余り、声を出してしまう。しかし周りの参加者たちは気にしていないよう。塁は胸に手を置い
て溜息を吐いた。だが動揺は顔に浮かんだままだった。
(萩口と同じ!? ……それに蒼陽と、網内……)
紙には、確かに秋山、網内、萩口、本井と同じグループの中で書かれている。何度も見返してみるが、毎回同じ結果だ。本当にそうなのか? グループの構成は壁に張り出されてもいたため観に行くが、紙の内容と一緒だ。どうやら、本当に本当らしい。
「塁さーん! 塁さーーん!」
自分を呼ぶ声。聞き馴染みのある可愛らしい声だ。それに塁さんと呼ぶのは一人しかいない。
「蒼陽」
声のする方へ振り向きながら、塁は言った。
「同じグループですね!」
「ああ、……それにしても萩口と、あとは網内だったか」
「ええ。お二人とも一匹狼ですから、一体どんなラップをするのか……」
塁の隣へ腰掛ける蒼陽。試験直前だというのに嬉しそうな顔をしている。
「蒼陽は緊張しないのか?」
「駄目ですっ! そういうのは言っちゃ駄目なんです!」
声を荒げる蒼陽。塁は驚く。しかし蒼陽も自分で驚いている。
あたふたと慌てたのち、スマホを弄りだした。
ポケットに入れていたスマホが振動する。塁はスマホを取り出してみると、蒼陽からLINEが来ていた。開いてみると、「緊張って言葉に出すと、緊張しちゃうんです!」と書かれていた。
塁がスマホ画面から顔を上げると、申し訳なさそうな顔で、蒼陽が何度も頭を下げている。
「気にしないで。寧ろ悪いのはこっちの方だし」
「そんなことありませんっ。僕がひねくれてしまっているだけで。……言葉に出すと、自分は強く影響されちゃうみたいなんです。だから今回のはNGですっ!」
「言葉にすると無意識にそっちへ影響されてしまうって聞くもんな。僕も自覚無いけどそうかもしれない」
「自覚無いならいい気もしますが……本当に僕が極端なだけなんで」
再び頭を下げようとしたので、下げられないように蒼陽の頭を固定させる。
「謝らなくていい。これからは多様性の車社会って言うだろ?」
「確かにそうですね……」
塁は頭から手を離す。
「けれど、多様性って突き詰めていくと考え方同士の矛盾だったり、色んな言葉が消えていったりで、悪いことも多い気がします」
「しょうがないよ。何かをするってことは、何かを失うってことだから」
ふふっ、と笑う蒼陽。
「アニメとかドラマでよく聞きますよね」
「まあそうだな。けど、よく聞くってことは、それだけ的を得ているってことだろうし」
ただの世間話だ。だが、塁にとってはここ数時間の中で一番楽しく有意義な時間だった。ありふれた日々が何よりも幸せ。けれどそんな気持ちも試験が近づくにつれて消え去っていく。
「――もう、すぐですね」