五
「わたし、雪女の末裔なの」
ある日突然、ゆきにそう告げられた。
時には冷酷にも人の命を奪い、時には人と交わりを持つ、恐ろしくも美しくて儚い雪の妖怪――雪女。
ゆきの家系は、その雪女の血を継いでいるのだという。
俄かには信じられなかった。
でも、ゆきからそのことを告げられた時、僕は妙に納得してしまったのだ。
「ああ、だから雪みたいに肌が真っ白で綺麗なのか」
勇気を振り絞って言ったのであろうゆきに対して、僕は暢気にもそんなことをのたまった。
言った時は何とも思わなかったが、僕の言葉に真っ赤に染まったゆきの顔を見て、「自分は何てことを言ってしまったんだ!」と後から慌てたあの頃が何とも懐かしい。僕もゆきも若かったんだ。
とまあ、回想はさて置き。
今は目の前のゆきをどうにかしなければならない。
……さて、一体どうしたものか。
思考を巡らせるよりも先に、気づいた時には行動に移していた。
手を伸ばして、ゆっくりとゆきの手を取る。僕の手より小さな白い手はぞっとする程に冷たくて、本物の雪のようだ。あの女の子が思わず手を振り払ってしまったのも、強ちわからなくもない。
握りしめたゆきの手は、僕のあたたかな手からどんどん体温を奪っていく。それでも、振り払うなんてことはしない。
ゆきの手は、冷たくてもちゃんと血が通っている。例え雪女の末裔であろうとも、僕にとっては普通の女の子の手なのだ。
突然の僕の行動に、ゆきがびっくりした様子で顔を上げる。真っ直ぐに伸びた綺麗な髪がさらりと肩から零れ落ちた。
泣きはらして真っ赤になってしまったその目をじっと見つめて、僕はゆきに笑いかける。
「でもさ、手が冷たい人は心があたたかいって言うし」
昔からよく聞く言葉だけれど、本当にそうなのかはわからない。信憑性なんてものはないが、ゆきの心があたたかいのは間違いない。
心が冷たい人間なら、迷子を見つけても自分には関係ないことだと放っておくだろう。
だが、ゆきは違う。迷子の女の子に直ぐに駆け寄って声を掛けた。女の子と話している時は、女の子と視線を合わせていた。その後も傷付きながらも、女の子がこれ以上不安にならないように話して、僕を茶化して、笑い合って――無事に親子は再会した。
ゆきは、心優しい普通の女の子だ。
僕は、そんなゆきが好きなんだ。
――この手から、少しでも僕の気持ちが伝わったらいいのに。
僕はそう思った。
口に出して言えよと思うけれど……駄目だ、言えない。恥ずかし過ぎて無理だ。理解してもらえないかもしれないが、男という生き物は――少なくても僕は、好きな子の前では見栄を張りたいのだ。
そんな僕の気持ちなど露知らず、ゆきが首を傾げて僕に訊いてきた。
「それじゃあ、手があたたかい貴方の心は冷たいってこと?」
「冷たいのなら、こんなことはしないよ」
「……それもそうね」
ふふ、とゆきが笑う。幸せそうな笑みに、僕は何処となくくすぐったさを感じた。
力の入れ方を間違えたら折れてしまいそうなその手に、更に優しく力を入れる。僕の手の熱が少しずつゆきの手に伝わっていく。しっかりと繋がれた手は、とてもあたたかい。
「……ねえ」
「ん?どうかした?」
「何だか、すっごくあついんですけど」
「そう?」
真っ白な肌を赤くさせて、恥ずかしげに悪態をつきながらも、ゆきは僕の手を振り払うなんてことはしなかった。
僕たちは、お互いに顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出す。
それに呼応するかのように、空から真っ白な雪が降ってきた。
雪は僕たちの手の上にそっと舞い降りて、ゆっくりと解けていった。