三
交番までの道のりを、僕たちは他愛もない話をしながら歩いた。
と言っても、話しているのは主にゆきと女の子だけで、僕は二人に相槌を打っているだけなのだけれど。
どの年代でも、女というものはお喋りが好きらしい。先刻までの気まずさなどなかったかのように、ゆきと女の子は楽しそうに話している。
それを微笑ましく思いながら、僕は考える。
もし、ゆきと結婚して家庭を築くことができたなら、こんな感じなのかなぁ……。
ちょっと、いや、かなり気が早い話ではあるが、僕は幸せな未来を思い描いた。
そんな想像をしていたら、どうやらそれが顔に出てしまっていたらしい。ゆきが怪訝そうに言葉を投げかけてきた。
「何にやにやしているの?誘拐犯と間違えられるから、変な顔しないでよね」
「え、ちょ、その言い方酷くない?」
「おにいちゃん、ゆうかいはんなの?」
「違うよ!」
「やーい、誘拐犯ー」
「ゆうかいはんー」
「だから違うから!」
瞬く間に女子二人組に弄られる男の図の完成である。
もし、ゆきと結婚して家庭を築くことができたなら、僕はゆきと子どもに弄られてばかりなのかもしれない……。
僕が一抹の不安を感じていると、「あ、ママだ!」と女の子の大きな声が響いた。
女の子の小さな手が指差す方を見遣れば、こちらに慌てて駆けてくる一人の女性の姿があった。
女の子を下ろしてやると、一目散にその女性のもとへ飛び込んで行った。
女の子をぎゅっと抱き締めた女性――女の子の母親の目には、涙が浮かんでいた。
話を聞くと、母親の方も交番に向かっていたところだったらしい。
何度も頭を下げる母親とバイバイと手を振る女の子を見送る。
親子は離れないように、互いの手をしっかりと握り合っていた。
「よかった」
「うん、よかったね」
二人して、ほっと胸を撫で下ろす。
けれど、ふと何かを思い出したかのように急にゆきの顔が曇った。
……もしかして、さっきの出来事を思い出しちゃったのかな。
振り払われる程に冷たい自身の手を見つめるゆきに、僕は声を掛ける。
「……行こうか」
「……うん」
僕の言葉に頷いたけれど、その声に覇気はない。
これはまずいな、と脳が警鐘を鳴らす。一刻も早く、この場を移動しなければ大変なことになる。
ゆきの手を握ろうとしたけれど、ゆきが両手を固く握っていたためそれは叶わなかった。
かわりにか細い手首を掴んで、僕たちはその場を後にした。