表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆきの手  作者: 葉野亜依
2/5

 休日である今日この日。

 僕とゆきは外に出掛けていた。

 服屋や雑貨屋等を巡って、食事をしてまたお店巡りをする。何てことはない。所謂、デートというやつである。

 僕がゆきと付き合う前――更に言えばゆきと出会う前、街中を歩く男女を見ては、「リア充爆発しろ!」などと心の中で叫んでいたあの頃が何とも懐かしい。

 でも、今は違う。楽しそうにショッピングをするゆきを見ているだけで、僕の心は満たされる。例え、僕の財布の中身が寂しくなろうとも。


 そして、楽しい時間というものは早く過ぎてしまうもので。

 名残惜しくもそろそろ帰ろうかとゆきに告げる。彼女が少し寂しそうな顔をしたように見えたのは僕の錯覚だろうか。

 帰路につこうとしたその時、不意にゆきの歩みが止まった。

 ゆきはある一点をはたと見つめていた。


「ゆき、どうかしたの?」

「迷子!」


 そう言うが早いか、真っ直ぐに伸びた髪を翻して、ゆきが突然走り出した。

 僕は慌ててゆきを追いかける。

 ゆきが向かった先には、小さな女の子がいた。

 女の子は一人でおろおろしている。周辺に親や友だちがいる様子はない。ゆきが言った通り、この子は迷子なのだろう。

 ゆきが今にも泣き出しそうな女の子に近付く。視線を合わせて、優しく訊ねた。


「どうしたの?」

「ママと、はぐれちゃったの……」

「そっか……じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒にママを探そうか」

「ほんと?」

「うん」


 ゆきが元気づけるように笑うと、女の子も屈託なく笑った。


 ……何と、心癒される光景だろうか!世の中の荒んだ空気が浄化されるようだ!


 心の中で僕は大いに叫ぶ。携帯端末を掲げて写真を撮りたい衝動に駆られたがぐっと堪えた。


 ……待て、早まるな。空気を読め自分。そんなことをしている場合じゃない。もし、空気の読めない行動などしようものなら、きっとゆきに絶対零度の眼差しで睨まれてしまうだろう。


 ……ああでも撮りたい!あの笑顔を写真におさめたい!……いいや、駄目だ!耐えるんだ、自分!


 心の中でせめぎ合う葛藤を僕は何とかしずめた。

 幸いなことにゆきと女の子は話していたため、僕のおかしな様子に気づかなかったようだ。


 女の子の母親を闇雲に探し回る訳にもいかないため、僕たちは交番に行くことにした。

 ここがショッピングモールだったら迷子センターへ行ってアナウンスをかけてもらうことができるのだが、残念ながら道のど真ん中だ。

 アナウンスをすることができれば早く女の子とお母さんを会わせてあげられるかもしれないのになぁ、と思わずにはいられない。

 僕たちが現れるまで、女の子は不安で仕方がなかったのだろう。縋るように、ゆきの手を握ろうとした。


「ちょ、ちょっと待って!」


 その光景を見て、慌てて僕は静止をかけた。

 決して、ゆきの手を握ろうとした女の子に嫉妬した訳ではない。僕はそこまで心の狭い男ではない……はずだ。これがもし、男子だったらその可能性は無きにしも非ずだが……兎に角、今回のは嫉妬ではない。

 あっ、と思わず零れた言葉は、僕のものか、ゆきのものか、はたまた両方のものか。

 ただ、僕たちの頭を過ったこれから起こるであろう光景は一緒に違いない。

 そして、僕たちの想像は今まさに現実となった。


「冷たい!」


 ゆきの手を握った瞬間、女の子が大きな声で叫んだ。

 ゆきの手が小さな手に振り払われる。

 女の子の言動に、ぴしり、とゆきが氷のように固まった。


 ……ああ、危惧した通りになってしまった。


 心の中で僕は独りごちた。


 雪のように真っ白な肌のゆきの手は、雪のようにとても冷たい。

 僕も最初は驚いたなぁ……なんて、のんびりと回想をしている場合ではなくて。


 あまりにも冷たいゆきの手を一瞬でも握ってしまった女の子は、ぐずり始めてしまった。不安な心に驚きが重なったのだろう。

 ゆきは目を大きく見開き、その瞳はちらりとかげりを見せた。

 傷付いた表情を浮かべたが、ゆきは自分のことよりも、今にも泣き出してしまいそうな女の子の方が心配らしい。

 女の子を泣かせたくはなくて、でも自分では更に女の子を驚かせてしまうかもしれないと思ったのか、困ったように僕を見つめてきた。

 彼女の瞳は明らかに「どうしよう……」と告げていた。

 女の子だけでなく、ゆきも泣き出してしまいそうだ。


「よ、よーし、お母さんが見つけやすくなるように、お兄ちゃんがおんぶしてあげよう!」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。さあ、来い!」


 場の雰囲気を変えるために無駄に明るく振る舞ってしゃがみ込む。すると、女の子は嬉しそうに僕に突進してきた。

 予想以上の衝撃に、僕は思わず「うっ……」と呻き声を上げてしまった。

 子どものタックル恐るべし……。

 地味にダメージを受けながらも、決して落とすことのないようにゆっくりと女の子を背負う。目線が高くなって見る景色が変わったからだろうか。機嫌を直してきゃっきゃと笑う女の子に、取り敢えず安堵の溜息をつく。


 よかった、こっちは大丈夫そうだ。けど……。


 僕は、隣にいるゆきの様子を窺った。


「……大丈夫?」

「……全然大丈夫。そんなことより、早く交番に行かないと!」


 ゆきの作ったような笑顔が気になったが、ゆきの言う通り今は女の子を交番に連れて行く方が先だ。

 携帯端末を取り出して、地図アプリで交番の位置を確認しながらゆきが歩き出す。

 女の子を背負いながら、僕はその後をついて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ