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竜の王子と時の姫  作者: てしこ
8/91

婚約

 アレスは執務室のドアを開けたまま、書類の整理をしていた。

 職務を覚えるために、国王はアレスとジーク二人の王子に、昨年からそれぞれ執務室を与えていた。

 コン、コン

 開いたドアを軽くノックして、ユリウスが入ってきた。

「やあ、お義兄さん」

「お義兄さん?」

 アレスは『は?』と眉間に皺を寄せて、ユリウスを見た。

「君、シア嬢と婚約したらしいね。だからお義兄さん」

 今度はキョトンとした顔をした。

「俺がシアと婚約?」

「あれ、知らなかったのか?」

「知らない」

「昨夜ブライダム公が国王陛下の元を訪れて、君とシア嬢の婚約を申し出たらしい。陛下は君のことについては、ブライダム公にまかせているから、その場で許可したと聞いているよ。今日巷ではその話で持ちきりだよ」

「昨夜はブライダム公のところにいたけれど、そんな話は聞いていない」

 アレスは唖然とした顔をした。

「ふーん、君が私の婚約パーティで、シア嬢とたいへん仲良く話していたらしいから、公爵が早まったのかな?私が話し相手を頼んだことで、君が迷惑したのなら申し訳ない」

 ユリウスが軽く頭を下げた。

『おい、アレス良かったやないか』

 肩の上でヴルが喜んだ。ユリウスはヴルが見えないので聞こえていない。

「いや、シアとなら婚約しても俺はかまわない」

 アレスのすました横顔が少し赤くなった。

「へえ、珍しい、いやに乗り気だね。君、捜している人がいたんじゃないの?」

 アレスの態度にユリウスは意外とばかりに片眉を上げた。

「彼女なんだ」

「捜していた人が?」

「ああ、だから俺はかまわないけれど、シアはどう思うかな。シアの関心は畑みたいだから」

 アレスは昨日、公爵夫妻がシアに養女の話をした時のことを思い出していた。

「ああ、あの姉なら、そうかもしれないな」

 ユリウスもライト家で会った時の、シアの様子を思い出していた。

 ヴルもうんうんと頷く。

「お爺さまは、シアが逃げ出せないように、先手を打ったのかな?」

「知らないのは当事者ばかりなり、だな」

「そうみたいだね」

 アレスは最後の書類にサインを済ませた。

 その様子を見ていたユリウスが、

「それで、用件は他でもないんだが、その話しを聞いたコーデリアが、シアに会いたいと言っている。明日シアに会いにブライダム邸を訪ねてもいいだろうか?」と尋ねた。

「シアは今日からブライダム公爵家の養女として、屋敷に入ることになっている。それで、ライト卿夫妻とラウルが、シアを連れてブライダム公に挨拶に来ると聞いている」

「では、今日の方がいいな」

「どうして?」

「コーデリアはパーティの前に家に来てから、一度も伯爵達の元に帰ってないんだ」

「どういうこと?」

「公爵夫人としての教育とか言って、家の中に閉じ込められているんだ」

『なんやそれ!」

 ヴルが呆れた声を出した。

「私が連れ出そうと思っても、母の管理下に入っていて、なかなか難しい状況になっている。実のところ、外出する口実が欲しくてさ」

 ユリウスは本当に困った顔をしていた。

「この状態が続いたら、コーデリアから婚約を破棄されそうだよ」

 実際には、コーデリアから婚約破棄は出来ないけれど、このままでは結婚前から冷めた関係になりそうな気がする。

 アレスはユリウスが気の毒になった。

「父上に挨拶したら、ブライダム邸に行くつもりだから、コーデリアを誘って一緒に行こう」

「助かるよ、君が一緒だと母も反対しないだろう」

「じゃあ、少し待ってくれる?」

「何時間でも待つよ」

『おー、愛やなー』

 ヴルの言葉にアレスは苦笑した。

「そうそう、婚約の話し、陛下にお礼言った方がいいぞ」

「そうだね。教えてもらって助かったよ」

 アレスはユリウスを部屋に残し、王の元へ向かった。


 王は執務室で宰相と話しをしていた。

「父上、失礼いたします」

 王は入ってきたアレスを見て、宰相との話しを中断した。

「おお、待っておったぞ」

「私を、ですか?」

 父が自分を待っていた?アレスは耳を疑った。

 いつもアレスが訪れても、王は目も合わせてくれない。一方的に用件を話して終わるだけだった。

「そうだ。昨夜ブライダム公が、お前の婚約話を持ってきたので、許可しておいた」

「ご許可頂き、ありがとうございます」

 アレスは丁寧にお礼を言った。

「ソルレイト公のパーティで、お前が女の子と楽しそうに話していたと聞いて驚いていたが、本当だったのだな」

「はい」

「ブライダム公は、お前が女の子に興味を示さないと、いつも嘆いていたから、このチャンスを逃すまいと思ったのだろうな」

 王はそう言って笑った。

 ブライダム公の今回の行動について、みんな同じように考えるのだなとアレスは思った。

『お前がいつも断ってばかりやからや』

 肩の上でヴルが言った。

 確かにブライダム公は、いろいろ話しを持ってきていたが、アレスはその度にはぐらかして、真剣に取り合わなかった。どうやら女性に興味を示さないアレスに手を焼いていたらしい。

「変わった娘と聞いたが、お前はそれでもいいのか?」

「私は特に変わっているとは思いません」

『おい、あれは充分変わり者やぞ』とヴル。

 王は素っ気なく答えるアレスを見て、不思議に思った。素っ気なさの中に嬉しそうな顔が見えた気がしたのだ。

 王は不遇の第一王子アレスと話すのを苦手としていた。いろいろなことがあって、どう接して良いのかわからなかった。

 アレスのことは、小さな頃からブライダム公にすべて任せていたためか、自分の子でありながら、距離を感じていた。

 王は久しぶりに長く話して、アレスが少し変わったように感じていた。

「まあ、お前が良いというなら、それで良しとしよう。ユリウスの婚約者の姉と聞いているが、一度会ってみたい。今度連れてきなさい」

「はい、近いうちに挨拶に伺います」

 それで王の話しが終わったと思い、アレスは「失礼しました」と退出しようとした。

 王は出て行くアレスを呼び止めた。

「待て、アレス。もう一つ話しがある」

 立ち止まって、振り返った。

「何でしょうか?」

「今し方、宰相がジークの婚約の話しを持ってきた」

「ジークの婚約ですか?」

『へえ』

「そうだ、ハロルド侯爵の娘で、魔法学校の高等部一年になる、マーガレットと言うらしい」

 マーガレットはアレスと同学年だ。ラウルやコーデリアと同じように、一年早く魔法学校に入学した、魔力の強い少女の一人だった。

『ジークはお前に対抗してるんやないか』 

 ヴルは面白がっている。

「そうですか。それは良いことですね」

「そこでだ、お前とジークの婚約発表を一緒にしようと思う」

「私とジークの婚約発表ですか?」

「そうだ、だからそのつもりでいてくれ」

「わかりました」

 アレスは王に挨拶をすると、今度は呼び止められずに退出した。


 部屋に戻ると、ユリウスはアレスの執務室のソファーでくつろいでいた。

「お待たせ」

 アレスの声に、ユリウスはソファーから立ち上がった。

「挨拶だけにしては、長かったな」

「ああ、シアの事を聞かれた」

「先に知ってて、助かっただろう」

 ユリウスがアレスの肩を叩いて笑った。

「ああ、ありがとう、助かった」

 アレスもつられて笑った。

 アレスの笑顔を見て、ユリウスは目を瞠った。長い付き合いの中で、アレスの笑顔を見たのは初めてだった。

 意外な物を見るような目の、ユリウスを横目で見ながら、アレスは話しを変えた。

「俺の話もだけど、ジークの婚約の話しを聞いてきた」

「ジークの婚約?」

 ユリウスは驚いた。

「ああ、宰相が持ってきたらしい」

「ジークの母親関連か」

 少し考える様に眉間に手を当てた。

「ハロルド侯爵の娘でマーガレットだと言っていた」

「ハロルド侯爵は宰相の義理の弟だ。その娘のマーガレットは、中等部でコーデリアと1・2を争う魔力の持ち主だと聞いているよ」

「そうだよ。年は下だけど、俺と同学年だから、彼女の事はよく知っているよ」

「いよいよ動き始めたね」

 ユリウスが面白そうに口の端を上げた。

「動き始めたって、何が?」

「アレスよく考えてみろよ」

 他人事のように話すアレスを見て、じれったそうにユリウスが言った。

「ジークの母親は宰相の妻の妹だ」

「宰相はジークを次期王にしようと考えているとでも?」

「たぶん、そう考えるのが正解だろう」

 アレスはユリウスの話に、少し暗い顔になった。

「この話は、ここまでにして、出掛けよう。コーデリアが待っているよ」

「そうだな」

 二人は執務室のドアを閉めて出掛けた。


 ブライダム公爵の屋敷に着くと、ライト伯爵、マリア、ラウル、シアはすでに到着していた。そこへコーデリアがやって来たので、みんなで喜んだ。

「お父様、お母様、シア姉様、ラウル、会いたかった」

 コーデリアは別れも言えぬまま、ソルレイト公爵家に引き取られたのを不満に思っていた。

「ユリウス様は好きだけど、お家の方は・・・」

 ユリウスに聞こえないように、小さな声でマリアに愚痴る。

「それ以上言ってはダメよ」

 マリアがコーデリアを優しく抱きしめた。

「はい、お母様」

 いつも元気なコーデリアは、おとなしく母に従った。

 母の腕から離れたコーデリアは、美しくなった姉を見て目を輝かせた。

「シア姉様、素敵!魔法が解けたのね」

 シアの変化はユリウスも驚いていた。

「魔法が解けた?」

「どう見たって、シア姉様の容姿は魔法がらみだったわ」

「「そうなんだ」」

 アレスとユリウスは考えたこともなかったので驚いた。

『なんや知らんかったんかい』ヴルは呆れてる。

「容姿が変わったって、私は私なんだけど」

 シアは相変わらず単調な口調で答えた。

「あー、やっぱりお姉様は、お姉様だわ!」

 どこに感動したのかわからないけれど、コーデリアがシアに抱きついた。

『姫さんのその話し方、直した方がええで』

 ヴルが残念な者を見るように言った。

 そこにブライダム公爵夫人が入ってきた。

「皆さん楽しそうね」

 シアに抱きついていた、コーデリアは慌てて夫人の前に行き、

「初めまして、コーデリア・マリア・ライトと申します」と丁寧に挨拶をした。

「私はフローリア・ブライダムよ。よろしくね」

 公爵夫人が笑顔で挨拶を返す。

「はい、よろしくお願い致します」

「今日から、シアもこの家に住むことになるわ。時々遊びに来てちょうだい」

「はい、ありがとうございます」

 コーデリアはこれからもシアと会えると、とても喜んだ。

「そうそう、新学期から、シアも魔法学校の高等部に、通うことになるわ」

 公爵夫人の話しにシアは戸惑った。

「私は畑仕事が・・・」

「畑は約束通り、近いうちにこの屋敷の裏庭に、持ってきてもらいます。でも、あなたは魔法の勉強もしなくてはいけないわ。それに畑で薬草を育てるだけでなく、薬草の調合も知っておいた方が良いでしょう。それも魔法学校で勉強できるように手配しておいたわ」

「薬草の調合の勉強が出来るのですか?」

 シアの目が輝いた。

 ほんの少しの間に、ブライダム夫人は、シアの扱い方のコツを掴んでいた。

 シアの興味を引く物と、そうでない物を組み合わせて、その両方を勉強させる事を思いついたのだ。

 シアは頭が良く物覚えも良いとマリアから聞いていた。それならば両方させてみるのもいいのではと考えていた。

「シアが魔法学校か」

 アレスはシアと魔法学校に行けると思うと嬉しくなった。

「アレス王子、ニヤけてますよ」

 ラウルがイヤそうな顔でアレスを見た。

「まあまあ、ラウル。あなたも学校に行けば、シアにもコーデリアにも会えるのよ」

 マリアが宥めるように言う。

 ラウルとしては、コーデリアに続いて、シアまで居なくなるのは寂しかったのだ。

「そうでした。すみません。お父様とお母様の寂しさと比べたら、僕はまだ学校で会えました」

「まあ、ラウルったら」

 マリアがラウルを抱きしめたので、ラウルが恥ずかしそうに、マリアの腕から逃げた。

 話しが一段落したと感じたユリウスは、アレスから聞いたばかりの、ホットなニュースをみんなに告げた。

「学校と言えば、ジークがマーガレット嬢と婚約したそうだ」

「ジーク王子がマーガレットと婚約!?」

 コーデリアが驚く。

「あり得ない話ではないな」とラウル。

「どうしてそう思う?」

 ユリウスがラウルに聞く。

「ジーク王子は魔力の強い女の子と付き合いたがっていた。コーデリアがユリウス様と婚約したら、コーデリアと互角の魔力を持つマーガレットに行くのは当然だと思う」

「そうだね」

 ユリウスがラウルの答えに満足したように頷く。

 アレスはこのタイミングで、王の話しを皆に告げる。

「それで、俺とシアの婚約と、ジークの婚約を、一緒に発表すると父上が言っていた」

「私の婚約?」

 シアが何の話し?と首を傾げた。

「その話はあとで・・・」

 ブライダム公爵夫人が慌てた。

 ライト伯爵もマリアもラウルも、シアの婚約の話しは初耳だった。

「ごめんなさい。後で話すつもりだったの。昨夜、貴方たちが帰った後に、主人が国王陛下に許可を貰いに行ったのよ」

「シアの養女の話だけではなくて、アレス王子と婚約もしたのですか?」

 マリアが信じられないという顔で夫人を見た。

「そうなの、マリア、あなたも知っているでしょう。国王陛下がまだ王太子だった頃、アリシアを大好きで、アリシアと結婚したいと言っていたのを」

「ええ」

「前国王陛下は血が近すぎると、結婚を許さなかったわ。それで王太子には他国の王女を妻に迎えるようにしたわ。反対に私たちはアリシアを他国に嫁がせた。そしたら、王太子は見せつけるように第二妃を持たれた。未だに亡くなった正妃の座を開けたままにしているのは、アリシアが忘れられないからだという噂よ。アリシアそっくりのフローレンシアが現れたら、国王陛下がフローレンシアを城に上げると言い出したら困ると思ったのよ。だから、顔がわからない今のうちにアレスの婚約者としてしまえば、国王陛下も何も言えないと考えたの」

「なるほど、そういうことでしたか」

 ユリウスが納得したように頷いた。

「そんな話があったのですね」

『恋敵出現ってとこやな』とヴル。

 アレスは複雑な顔をした。

「昔のことだから、取り越し苦労かもしれないけれど、用心に超したことはないと、婚約の話しを急いだの」

 ブライダム公爵夫人の話に、シアが反論した。

「正妃の座を開けているのは、アリシア様が忘れられないからではないと思います。たぶん、王妃様に対して何もしてあげられなかった事を悔やんでいるのだと思います」

 皆が一斉にシアを見た。

「どうしてそう思うの?」

 ブライダム公爵夫人が尋ねる。

「王妃様は他国から嫁いで来きました。王様がアリシア様の事を大切に思っていたなら、他国に嫁いだアリシア様の幸せを願ったと思います。だから王様は、アリシア様と同じように、他国から嫁いできた王妃様を、幸せにしたかったのではないでしょうか。でも呪いのせいで王妃様は不幸になられた。だから正妃の座は亡くなられた王妃様の為に開けているのだと思います」

 アレスは泣きそうになった。いままで、母は不幸だと思っていた。でも、シアのように考えてあげたら、母はそんなに不幸ではなかったのかも知れないと思った。

『姫さん、ええ事言うなー』

 ヴルも感動している。

「まあ、シア。あなたはなんて素敵な子なんでしょう」

 ブライダム公爵夫人はシアを抱きしめた。

「やはりお姉様は、素敵だわ。アレス王子と婚約なんて勿体ないわ」

 ラウルとコーデリアは、突如婚約反対派になってしまった。

 シアは、思ったことを言っただけなのに、皆が何に感動しているのかわからなかった。

 アレスは今まで、父は他国から嫁いで来た母を愛したことはなく、愛がないから、呪われて生まれたアレスと共に遠ざけていたと思っていた。アレスはずっと、父に避けられていると感じていた。だからアレスも父を避けていた。

 考えてみたら父とまともに話しをしたことは一度もなかった。

 今度国王に会ったら、ゆっくり話してみたいと思った。


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