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竜の王子と時の姫  作者: てしこ
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守りたい者

 ユリウスが王都に帰って二週間ほど経った頃、ライト伯爵邸に一人の使者が訪れた。

 その使者は、ユリウスの父の親書を持って来ていた。

 親書には、コーデリアをユリウスの婚約者として迎えたいと言う旨が書かれていた。

 打合せのため、王都にあるソルレイト公爵邸まで、伯爵とマリアとコーデリアの三人に来て欲しいとも書いてあった。

 この使者の知らせに、ライト伯爵邸のみんなが驚き喜んだ。

 とりあえず伯爵は、一週間後に伺いますと書いた親書を使者に持たせた。

 使者が帰った後も、コーデリアは呆然としていたし、マリアは夢のようだとはしゃいだ。

「コーデリア、あなたユリウス様の婚約者になるのよ」

「嘘みたい」

「現実だわ、コーデリア、おめでとう」

 シアは妹を抱きしめた。

 ラウルは「早すぎないか?」と訝しい顔をしている。

「王都に行ったらハッキリするよ」

 伯爵が家族の中で一番落ち着いているように見えた。

 二日後、伯爵とマリアとコーデリアの三人は王都のソルレイト公爵邸に出かけて行った。

 その間、シアとラウルは留守番をすることになった。

 三人が王都から帰ってくるまで、シアはラウルに畑仕事を手伝って貰う事にしていた。

 初日から、ラウルと庭師の手を借りて、畑の横に井戸を作る作業に取りかかった。

 井戸掘りで二週間はあっという間に過ぎた。

 井戸が完成した日に三人は帰って来た。

 コーデリアの婚約の話しはトントン拍子に進み、婚約披露のパーティを新学期が始まる前の二十八日に行うことに決まったと、マリアが嬉しそうに話してくれた。

 ライト伯爵もマリアも戻ってすぐにまた王都に行くことになるけれど、娘の婚約を大変喜んでいたので、それも苦にはならないようだった。

 このパーティにはシアも家族として招待されていた。

 普段のシアは人前に出るのを嫌っていたが、コーデリアの為なら喜んでパーティに出ることを承諾した。

 当日はラウルがシアのエスコートをすることになった。

 コーデリアとラウルは学校があるので、パーティの後は学校の寮に戻る事になっていた。



 久しぶりに王都に戻ったアレスの元にユリウスが訪ねて来た。

 ユリウスの顔を見た途端に「婚約したんだって?」とアレスから聞かれ、ユリウスの眉があがった。

「情報が早いな」

 苦笑交じりにユリウスが答える。

「城中その話しで持ちきりだよ」

「そうか、知っているなら話しは早い」

「どういうことだ?」

 ユリウスの態度を不思議に思ったアレスが尋ねた。

「例のコーデリアのお姉様の世話をアレスに頼もうと思って来た」

「俺に?どうして?」

「変わった娘だと話しただろう。たぶんエスコートは弟のラウルがすると思うけれど、ラウルも人気があるから、お嬢様方が放っておかないと思うんだ。そうすると彼女が浮いてしまう。だからアレスに相手をして欲しいと思っている」

 ユリウスはアレスを見た。

「どうして俺なんだ」

「アレスは決めた人がいると皆知っている。それに君が話しかけても、彼女は噂になるような感じの娘ではないと思うんだ。他の者に頼んでもいいんだが・・・ちょっと変わっているようだから頼みづらいんだよ」

「なるほどね」

「一人になって浮いているように見えたら、話し相手をして貰う程度でいいんだ。頼めるだろうか?」

「いいよ、ユリウスの婚約パーティだから、特別に頼まれてやるよ」

「ありがとう、恩にきるよ」

 アレスは滅多にパーティに顔を出さなかったが、婚約パーティで、婚約者の姉に寂しい思いをさせたくないという、ユリウスの優しい気持ちを嬉しく感じて、シアの相手をすることを引き受けた。



 時間は止ることなく、慌ただしい勢いでパーティの当日になった。

 ライト家の人々は王都の公爵邸に近いホテルを滞在先に選んでいた。

 普段と違う婚約パーティに向けての準備で疲れ果てていた。

 ホテルの支配人が、コーデリアを迎えに来た公爵家の従者と侍女を案内してきた。

 コーデリアは公爵家でドレスも全て用意しているとのことで、侍女に促され、先に公爵邸に向かった。

 マリアとシアは自宅から連れてきたメイドとホテル付きのメイドに着付けを頼んでいた。

 パーティの始まりは夜なので、早い昼食をとり、マリアの着付けから始めた。

 地方にいるとパーティには縁がないので、コルセットを着けてドレスに袖を通す頃にはヘトヘトになっていた。

 マリアが終わるとシアの番だった。

 シアは髪を結い上げる必要がなかったので、早く終わった。

「シア、あなたその前髪下ろしたままでいいの?」

 マリアがシアを見て呆れた。

「いいんです、お母様。前髪を上げると恐い目になるみたいなので、このままでいいんです」

 ドレスも錆びた銀の髪色が目立たないよう、暗い青色を選んでいる。胸と裾は薄い青色のレースを使っているが、全体的に地味な印象に見えた。

 マリアから見たらシアらしいのだが、公爵家の方々はどう思われるだろうと思った。でもシアの意見を尊重して、マリアはそれ以上のことは言わなかった。何かあれば自分が守ってあげればいいと思っていた。

 パーティの前に公爵家の人達に挨拶をするために早めにホテルを出た。


 ソルレイト公爵邸に着くと、従者に待機用の部屋に案内された。

「準備が整いますまで、こちらでお待ちくださいとの事です」

「ありがとう」と伯爵が先に入る。

 その後にシア達も続いた。

 しばらく待っていると、ユリウスとユリウスの父親が入ってきた。

 ユリウスの父親はユリウスと同じ金色の髪をしていたが、目の色は青だった。

 ライト伯爵とマリアが立ったので、シアとラウルも慌てて立った。

「お待たせして済まないね。コーデリアはまだ着替え中みたいで申し訳ない」

「いいえ、何から何までお世話になって申し訳なく思っております」

 とライト伯爵が頭を下げる。

「いや、こちらもあんなに素敵なお嬢さんと婚約が整って嬉しく思っています」

「ありがとうございます」

「そちらのご子息は、ラウル君だね」

「はい、ラウル・ライトと申します」

ラウルが少し緊張して挨拶をした。

「そうか、君の噂も聞いているよ。これからもコーデリアを助けてやってくれたまえ」

「ありがとうございます」

「もう少ししたら、コーデリアもこちらに来ると思いますので、それまでもうしばらくお待ちください。では、これで」

 ユリウスがシアを見て、父親に声をかけようとしたが、父親はそのまま部屋を出て行った。

「ごめんね、フローレンシア」

 ユリウスはシアに謝ると、父親の後を追って出て行った。

「なんだ、あの親爺。シア姉様を無視して出て行った」

 ラウルが拳を振るわせて怒っていた。

 ライト伯爵とマリアも口には出さないが、ユリウスの父親の態度に腹を立てたようだ。

「いいのよ、たぶん侍女と勘違いされたのだと思うわ。お父様、お母様。それにラウル。私はちっともかまわないわ」

 シアは少し寂しい気がしたけれど、それはそれでかまわないと思っていた。ここは私の居る場所じゃない、自分には領地の生活がある。コーデリアが幸せになるんだったら、それでいいと思っていた。


 結局、コーデリアが現れないままパーティが始まった。

 ライト伯爵とマリアは公爵達と近いところに案内された。

 ラウルとシアはその他大勢の中に放り出された。

 アレスは約束を守るため、ユリウスからそれほど遠くない壁の影に隠れるように立っていた。

「アレス、来てるぞ」

 竜の精霊ヴルが会場を見渡して言った。

「来てるって、誰が?」

「姫さん」

「嘘だろう」

「本当だよ。姫さんを守るように精霊がいる」

 その時、ユリウスとコーデリアの婚約の発表が行われた。

 大きな歓声とともに二人が紹介された。

 幸せそうな二人を横目で見ながら、アレスはヴルの言う姫を捜した。

「ヴル、ダンスが始まったら、俺を姫のところに案内してくれないか」

「わかった!」

 ヴルは珍しく張り切っている。

 アレスがヴルと話していると、紹介が終わったばかりのユリウスがこっそり近づいてきた。

「アレス、あそこの青いドレスの、前髪で顔を隠した少女が例のお姉様だ。よろしく頼むよ」

 そう告げると、コーデリアとフロアーに降りて行った。

 ユリウスが示した場所を見ると、ラウルと並んで前髪で顔を半分隠した少女が見えた。

「あの()が姫さんや!」

 ヴルの声が感動のためか、なまっている。

「あの()?」

「そうや、あの()や」


 ダンスが始まり、最初のダンスをラウルと踊ったシアは、ラウルが他の少女達から声をかけられて行ってしまい、ユリウスの心配したとおり一人になった。

 シアは一人取り残されてしまったので、部屋の隅に移動した。

 これからどうしようかと考えていると、急に周りがザワつくのを感じた。

 誰かが声をかけてきた。

「姫さん」

 私は姫さんじゃないわ。と思って顔を上げると、竜の精霊を肩に乗せた綺麗な少年が立っていた。

 青銀の髪に金色の瞳の少年。

 昔本で読んだ竜の呪いを思い出した。

「あなた、竜に呪われているの?」

 シアは思わず少年に聞いていた。

 アレスはこの声を知っていた。

『見つけた!』心の中で叫ぶ。

 再会して最初の質問がこれかと思うと、笑いがこみ上げてきた。

「ハハハ、呪いはもう解けたよ」

 珍しくアレスは声を出して笑っていた。

 周りが一斉に驚いた。いままでアレスが笑ったところを、一度も見たことがなかったからだ。

 しかし、当の二人は、周りの様子が変わったことに、気が付いていなかった。

「そうなの。それで、竜を連れているのね」

 ヴルが見えていることに、アレスは驚いた。

「君はヴルが見えるの?」

 シアは精霊が見える事を話してはいけないことを思い出した。

「ヴルって言う名前なの?」

「そうや、俺はヴル」

 シアとヴルが話しているとき、アレスは周りの視線に気が付いた。

「ここは人が多い、向こうで話さないか?」

 シアをバルコニーに誘う。

 シアも周りの様子が変わった事に気が付いていた。

 パーティに来た人々が、驚いたように遠巻きに二人を見ていた。

「そうね」

 アレスはシアの手を取って、バルコニーに出た。

 バルコニーも人がいたので、二人は下の庭園に降りて、静かに話せる場所を捜した。

 庭園の中に四阿(あずまや)を見つけたので、そこに行くことにした。

 四阿(あずまや)の椅子に座ると、待ちきれないようにシアが聞いた。

「ねえ、あなた呪いは解けたと言ったでしょう。どうやって解いたの?」

 髪で隠れたシアの眠ったような目が興味深く輝いている。

 ああこの感じ、変わってない。

 アレスは再びシアと会えたことに喜びを感じていた。

「俺はアレス。君は?」

「私はフローレンシアよ。みんなシアと呼ぶわ」

『シア』そうだ、シアだ。アレスはシアの名前を思い出した。

「俺を覚えていない?」

 思い切って聞いてみた。

「あなたとは今日初めて会ったと思うわ」

 シアが素っ気なく答える。

「君が俺の呪いを解いた。と言ったら信じる?」

「私があなたの呪いを解いた?」

 シアの眠った目が少し開いたように感じた。

「ほんまやで、姫さん」ヴルが言う。

「俺は君をずっと捜してた。もう君を守る事ができる」

「私を捜してた?私を守る?」

 シアは訳がわからなかった。

「俺の所に来てくれないか。俺は君を守りたいんだ」

 アレスはシアの手を取った。

 その時ラウルが慌てて四阿(あずまや)に入ってきた。

「アレス王子、僕の姉を口説くのは止めてください」

 ラウルはアレスの手をシアから離して、間に立った。

「アレス王子、シアを守るのは僕と妹です。あなたではありません」

「いや、俺が守る」

 アレスとラウルが睨み合った。

 そこにアレスを捜していた老婦人が現れた。

「アレス、何をしているの?」

「お婆さま・・・」

 突然現れたお婆さまにアレスは驚いた。

 シアはこの老婦人の声に聞き覚えがあるような気がした。

「お婆さま?」

 シアがボソッと呟いた声を聞いて、老婦人は少年達の後ろにいるシアに気が付いた。

「あなたはどなた?」とシアに尋ねた。

「私はフローレンシア・ライト、ユリウス様の婚約者になったコーデリア・ライトの姉です」

 シアは老婦人に向かって丁寧にお辞儀をした。

「では、ライト伯爵のお嬢様なのね。そちらの方は?」目がラウルを見ていた。

「弟です」

「そう」

 老婦人はゆっくりと二人を見つめた。

 そこにマリアが慌てたように走って来た。

「シア、シア、大丈夫。何があったの?」

「お母様、何でもないわ」

「でも、シアが王子様と庭に出て行ったっきり戻って来ないと、上で噂になっているのよ」

 マリアが珍しく取り乱していた。

「大丈夫です。なんでもありません。それにラウルも一緒です」

 シアは安心するようにマリアの手を取った。

 急に飛び込んで来たマリアの様子を見ていた老婦人が「あなた、もしかしてマリア?」と尋ねた。

 マリアはゆっくりシアとラウルから声の主に視線を移した。そして老婦人を見て驚いた。

「奥様!」

「やはりマリアなのね」

 老婦人の顔が嬉しそうに綻ぶ。

「ご無沙汰致しております」

 マリアは深々と頭を下げた。

「この二人はあなたの子どもなの?」

「はい、二人がなにか致しましたでしょうか?」

 マリアは恐縮している。

「マリアあなたが心配するようなことは何も無いわ。それより、今日はお嬢様のご婚約おめでとう」

 老婦人は婚約のお祝いの言葉をマリアに告げた。

「ありがとうございます」

 マリアはまた深く頭を下げた。

「ねえ、マリア。あなたと久しぶりにお話ししたいわ。明日私の屋敷にお嬢様と一緒に遊びに来て頂けるかしら」

 老婦人の言葉にマリアは顔を紅潮させた。

「ありがとうございます。奥様にご招待頂けるなんて光栄です。明日フローレンシアを連れて必ず伺います」

 マリアは感激しきりで、アレスとシアとラウルの問題はうやむやになり、この場の事はこれで終りとなった。

 シアとラウルはマリアと一緒にパーティの控え室に戻って行った。


 マリア達が去った後、老婦人はアレスに小さな声で尋ねた。

「アレス、あなたが女の子の事で揉めるなんて珍しいわね」

「お婆さま、あの()が私が捜していた少女です」

 アレスの声は小声ながら興奮しているのがわかった。

「あの()が、アレスの呪いを解いた少女なの?」

「はい、間違いありません。精霊ヴルも『そうだ』と言っています」

 アレスは呪いが解けたとき、お婆さまにだけは本当の事を話していた。

「私はあの少女を見つけたら、守りたいとずっと考えていました」

 老婦人にはアレスの顔が、これまでと違い生き生きしているように感じた。いろいろ不幸を抱え生きてきた少年が、初めて見せる表情だった。

「そう、もう決めたことなのね」

「はい」

「今日はこのままパーティに戻らずに、私の屋敷に泊まりなさい」

「はい」

 老婦人はアレスの為にしてあげられることを考えなければならなかった。

 アレスは老婦人と四阿(あずまや)を後にした。



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