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竜の王子と時の姫  作者: てしこ
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竜の神殿

 王都に行く弟や妹と過ごす楽しい日々はあっという間に過ぎた。

 八月に入ると、王立魔法学校の入学手続きや寄宿舎入寮のことなどで、予定よりも早く王都に向けて出発することになった。

 王立魔法学校の入学の手続きは、当然両親が行かなければならなかった。その為、ラウルとコーデリアと一緒に両親も王都に旅立った。

 王都までは馬車で片道五日かかると聞いた。

 いろいろ手続きが終わって、両親が帰ってくるのは九月に入ってからになるらしい。

 シアも九月から、地元の学校に通うことになっていたが、両親が不在のため、その手続きは執事が代理で行うことになっていた。

 学校が始まるまで、一人で過ごすことになったシアは、王都に出かける前の父親に、「裏庭に薬草畑を作っても良いでしょうか」と尋ねた。伯爵は花壇のような小さなものと思い許可をした。

 シアの計画していた畑は、父親の想像を超えて、本格的なものだった。

 両親が出掛けると、早速畑作りに取りかかった。

 庭師に手伝って貰い、三日かけて邪魔な木を取り除いた。穴ぼこになった所を平らになるように土を掘って耕し、一週間後には、十メートル四方の立派な畑が出来あがった。後は薬草を植えるだけだ。

 シアは街に出掛け、薬草の種を買うつもりでいたが、欲しい薬草の種は思いのほか高く、シアのお小遣いでは足りそうもなかった。

 そこでシアは、裏山に薬草を捜しに行くことにした。

 裏山に薬草を採りに行きたいと執事に相談したら、案の定止められた。

 でもそこで引き下がるシアではなかった。薬草を見つけたら庭師を呼んで採って貰うことにするから許可して欲しいと執事に頼みこんだ。

 シアのあまりのしつこさに、執事は渋々遠くに行かないことを条件に、裏山に行くことを許可してくれた。

 翌日からシアは薬草を捜しに出掛けた。

 薬草を捜して茂みの中を歩いていると、ふと、数ヶ月前に会った少年の事を思い出した。

 シアは物語に書かれていた呪いの事も思い出した。

 あの時見かけた少年は呪いをかけられているのだろうか?

 シアはそのことを知りたいと思った。

 興味を持ったら、追求せずにいられない性格のシアは、あの屋敷にもう一度行ってみようと考えた。

 そう決心すると、シアは精霊にあの時の屋敷を覚えているかと尋ねた。

 精霊は覚えていると答えた。

 シアは精霊に案内して貰い、迷うことなく屋敷の庭に着いた。

 茂みの中から庭を覗くと、あの時の少年がベンチに腰掛けて本を読んでいた。

 シアは茂みから出て、少年に近づいた。

 少年は物音に気が付いたのか目線を上げた。そして、目の前に現れたシアを、変なものを見るような目をして見た。

 その時のシアは、畑仕事をするのに動きやすいようにズボンを履いて、髪は後ろに束ねていたが、茂みの中を通って来たのでところどころほつれてボサボサになっていた。それに半分眠ったような目をした表情の薄い女の子が、突然目の前に現れたら誰でも驚くような格好をしていた。

「こんにちは」

 抑揚のない低い声でシアは少年に話しかけた。

 少年は黙ってシアを見ている。

「あなた竜に呪われているの?」

 シアは無表情な顔で単刀直入に聞いた。

「!!」

 少年の綺麗な金色の目が大きく見開いた。

「本で読んだわ、竜の呪いが発動したら、あなたのような髪色と目の子が生まれると書いてあったわ」

 少年はシアを見つめたまま黙っている。

「竜の卵が壊れたの?」

「違う、無くなったんだ」

 少年が小さく呟いた。

「無くなったの?」

「そうらしい」

「自分の目で確かめたことはないの?」

「僕は見ていない・・・」

「捜しに行かない?」

「なぜ?」

 少年は不思議な顔をした。

「あなた呪いが解けないと竜になってしまうんでしょう?」

 シアはただ尋ねているだけなのだが、半分眠ったような無表情の顔と抑揚のない声で言われると、言葉以上の威力があった。

「・・・」

 少年の手が拳を握り、微かに震えた。

「卵が見つかったら、呪いは解けるんでしょう」

「だったら卵を探しましょうよ」

「竜の神殿の場所はわかる?」

 少年が黙っているので、シアは立て続けに聞いた。

「ああ」

 少年は少し疲れたように返事をした。

「じゃあ、まず神殿に行ってみましょう」

 シアはマイペースで話しを進める。

 少年はベンチに本を置くと、渋々立ち上がった。

「今日お婆さまは?」

 シアは屋敷の方を見ながら確認する。

「出掛けていて、しばらく戻ってこない」

「じゃあ決まりね、行きましょう」

 シアは少年の先に立って歩き出した。その後を少年がついて行く。

 竜神殿の入り口は、少年に聞かなくても、精霊が教えてくれた。

 屋敷の裏手に切り立った崖があった。その崖に普通では見つけることの出来ない、小さな隙間があって、そこから奥に入れるようになっていた。

 入り口は小さかったが、中は岩の洞窟のように広くなっていた。洞窟の中は岩自体が発光しているのか、ぼんやりと薄明るかった。

 平坦な道を少し進んでいくと、奥に階段があった。

 シアは階段を昇る。

「君は僕が教えなくても、竜神殿の入り口を簡単に見つけたね」

 後ろから少年が尋ねた。

「お友達が教えてくれたの」。

「お友達?」

「そう、お友達」

 精霊のことは言えないので、シアは素っ気なく答える。

 少年はシアの態度で、それ以上は聞いてはけないと理解した。

「私はシア、あなたは?」

「僕はアレス」

「アレス、呪いが解けるよう頑張りましょうね」

 シアの言葉は一緒に頑張ろうと言っているようなのだが、抑揚のない声はちっとも頑張ろうという雰囲気に聞こえなかった。

「ああ」

 少年はあまり期待してないように頷いた。

 それから数刻、二人は黙々と階段を昇って行った。

 ところどころにひび割れがあり、ひび割れの隙間から下を覗くと、亀裂の奥は見えない闇が広がっていた。

 どのくらい昇っただろうか、急に明るくなったと思ったら、広い空間に出た。

 外の光が何処からか入ってきていた。その光が空間全体を明るくしていた。

 ここが竜の神殿のようだ。

 広間の正面の台座に大きな竜の石像が数体並んで立っている。

 並んだ石像の中央にある二体の石像は他の石像と比べて、少し手前に立っていた。

 二体の前に丸い窪みが籠のように見える台があった。

 シアとアレスは広間の奥に進み、籠台の中を覗き込んだ。

 籠台の窪みには何も無かった。

「この中に卵があったのね」

 シアが呟いたその時、竜の石像が動いた。

「!!」

 気配に驚いて見上げると、石像は動いていなかったが、銀色の竜の精霊が二人を見ていた。

「すみません、竜の精霊さんですか?」

 シアは精霊に向かって話しかけた。

 精霊は何も言わず二人を見ていた。

「卵を捜してここに持ってきたら、アレスの呪いは解けるのですか?」

 シアは再び話しかけたが、竜の精霊は二人を見たまま何も言わなかった。

「わかりました、とりあえず卵を捜してきます。そしたら話しを聞いて頂けますね」

 シアはそう言うと、アレスの手を引いて、神殿を後にした。

「君はあの竜の精霊が見えるの?」

 アレスが不思議な顔で聞いた。

「それはどうでもいいこと、それより卵を捜しましょう」

「捜すって、何処を・・・」

 シアは立ち止まると、目を閉じて卵に精神を集中した。

 シアの頭の中にグレーの卵が、岩の隙間に挟まっている映像が浮かんだ。

 集中を解いて目を開けると、シアはアレスを見て「卵はこの神殿にある」と言った。

 シアは精霊達と卵の映像を共有し『捜して』と、アレスには聞こえない声で伝えた。

 しばらくして、精霊の一人が卵を見つけたと教えてくれた。

 シアはその精霊の後について行った。精霊が示した階段の隙間から下を覗くと卵が見えた。

「あった!」

 シアが叫んだ。

 アレスがシアの横から下を覗き込む。

「本当だ!」

 卵は三メートルほど下の亀裂の間に挟まっていた。

「見つけたのはいいけれど、下に降りないと取りにいけない。私は魔力が弱いから持ち上げるのは無理だわ。アレスは浮遊魔法は使える?」

「まだ使えない」

「魔法が使えないなら今日は無理ね。明日ロープを持ってまた来ましょう」

 シアはそう判断すると、アレスと神殿を後にした。


 アレスはシアと別れて、屋敷の自分の部屋にいた。

 誰もいない部屋で、シアという女の子の事を考えた。

 変な子だと思った。

 半分眠ったような目をして、ぼんやりしているかと思ったら、妙に積極的で、頼んでもいないのに卵を捜しに行こうと言う。

 それに、魔力は弱いと言っていたが、精霊が見えて話しが出来るらしい。

 アレスの回りにはいない人種だと思った。

 アレスは物心ついた頃から独りだった。

 今はお婆さまとこの屋敷に住んでいる。

 お婆さまと言っても、本当のお婆さまではない。

 アレスの母は南の国の王女だった。

 政略結婚で父の元に嫁いできた。

 初めから父との間に愛はなかった。

 そして、アレスが呪われた姿で生まれた。

 父は驚いて、神殿に様子を見に行った。卵は無くなっていた。

 呪われた子を生んだことで、ショックを受けた母は病気になった。

 アレスは、母と一緒に祖父の弟の家に預けられた。

 父はアレスの2ヶ月後に生まれた、第二妃の子を可愛がるようになった。

 初めから愛の無い結婚だった。

 母は絶望のうちに亡くなった。

 父にアレスは殺せなかった。何故ならアレスが死んだら、第二妃の子が呪われると知っていたからだ。

 父はアレスと顔を合わせることを避けていた。

 生まれてから父の顔を見たのは数えるほどしかなかった。

 お婆さまは父に会いに行っていた。

 学校の事もあって、僕の今後の事を相談に王都に行っていた。

 これまでアレスはいつも独りだった。

 だれもアレスの為に一緒に卵を捜そうと言ってくれる者などいなかった。

 なのに、あの少女は、本で読んだからと言って、呪いを解こうと誘ってくれた。

 本当に変な子だ。

 アレスはそっとシャツの袖をまくった。

 あらわになった腕に竜の鱗が見えた。

 シアは卵を見つければ呪いは解けると信じているが、すでに変化は始まっている。

 今更何をしても無駄だとアレスは思っていた。

 でも、あの子はアレスの為に卵を見つけてくれた。そして、卵を戻すために明日も竜神殿に行こうと言う。

 卵が見つかっても呪いは解けないだろうとアレスは思っていた。

 まくった袖を元に戻すと、深いため息をついた。


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