表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の王子と時の姫  作者: てしこ
2/91

シア

 世界は四つの大陸で出来ていた。

 二番目に大きなアースレイト大陸には、当初十一の国があった。しかし、文明が発達するにつれて、国同士が戦争を始め、今では国の数は五つになっていた。

 中でも西の大国ローダンの勢力は年々大きくなっていた。

 そんなアースレイト大陸の東の端にシュタルト国はあった。

 国境には高い山脈が連なり、同じ大陸の他の国とは隔たれていた。

 シュタルト国には竜の神殿があると噂されていた。

 千年の昔、建国の王は竜を守る代わりに、竜からの加護を受けるという約束を交わしたとされる言い伝えがあった。

 その頃の世界はまだ多くの竜が生息していた。竜は神殿を中心に世界を飛び回り、多くの国が竜の加護を受けていた。

 しかし、年月が経つにつれ、竜の数が減ってくると、人々は竜の加護を忘れ、戦いに明け暮れるようになった。

 そして今では、竜の存在は世界の何処にも確認されなくなっていた。

 シュタルト国内でも竜を信じない者が多くなっている。しかし、脈々と続くシュタルト王家だけは、竜と建国の王の約束を固く守り、今でも竜の加護を信じていた。



 フローレンシアは、シュタルト国の北西の国境に近い、高い山で囲まれた辺境地、ライザニア地方を治めるライト伯爵家の、六歳になる長女である。

 皆は彼女をシアと呼ぶ。

 彼女の一つ下にはラウルとコーデリアという双子の弟と妹がいる。

 弟も妹も両親から良いところばかりを受け継いで生まれたらしい。母の茶金の髪に父の翡翠色の瞳の美しい顔立ちをしている。魔力も強く、幼少ながら二人ともレベル5はあった。

 シュタルト国の魔法のレベルの基準は1から始まり10が一番高くなっている。

 五歳でレベル5であれば、大きくなるにつれてレベルが上がることもあり、二人は将来が有望視されていた。

 それに引き換え、シアは父にも母にも似ていない。母の亡くなったお爺さまに似ているという、錆びた銀色の髪をした美しいとは言いがたい女の子である。瞳の色は淡いピンクに薄い紫が雑じったような不思議な色をしているので、ぱっちり開いたらとても印象的に見えると思うのだが、いつも眠っているように半分閉じていた。魔力レベルも標準の3で決して低いとは言わないが、高いとも言えなかった。

 こう紹介すると、シアは落ちこぼれの様な印象を受けるが、決して落ちこぼれではない。容姿と魔法以外は、他の弟妹よりも優れていた。

 シアは頭がとても良かった。教わったことはすぐに覚えて身につけるのも早かった。

 魔法だって標準だけど、防御と回復系の魔法が使えた。

 それにこれは皆には内緒だけれど、精霊と話が出来た。なぜ内緒なのかというと、精霊から誰かに教えると、もう話せなくなると言われたから誰にも内緒なのである。

 両親も弟と妹もシアを愛していたし、シアも家族を愛していた。

 だから六歳のシアは、優しい家族に囲まれて幸せな毎日を過ごしていた。


 明日はラウルとコーデリアの五歳の誕生日だった。

 優秀な弟と妹は、九月から飛び級で、王都にある王立の魔法学校に行くことが決まっていた。

 王立魔法学校に行ったら、寄宿舎に入り、休み以外は帰れないと聞いている。

 この国の一般の学校は、六歳で入学して、小学部が四年、中学部が四年の全八年制で卒業するのが標準となっていたが、王立魔法学校は、小学部、中学部の他に高学部が三年の全十一年制になっていた。

 弟と妹はこの先十一年間王都で暮らすことになる。

 今年の誕生日は家族全員で祝う最後の誕生日だった。

 シアは弟と妹の為にケーキを焼いてプレゼントすることを思いついた。

 昼食の後、シアはケーキに使うベリーを摘みに裏山に来ていた。

 裏山に行くのは、両親から禁止されていたが、この時期はとてもいいベリーが採れるので、コッソリ出掛けてきたのだった。

 精霊にベリーのなっている場所を教えてもらいながら、茂みの間をベリーを摘み積み進んでいると、知らない屋敷の庭に出てしまった。

 庭には男の子が一人空を見上げて立っていた。

 気配に気付いたのか、見上げていた顔を茂みの方に向けた。

 シアと目が合った。そして、シアが茂みから出て来るのを驚いたように見ていた。

 綺麗な男の子だった。いつも美しい弟と妹を見ているシアだったが、この男の子には負けていると思った。

 肩で切りそろえられた青銀の髪に金色の瞳をしていた。

「こんにちは」

 シアから話しかけた。

 男の子は黙ったままシアを見ている。

 しばらく二人で見合っていると、建物の方から声がした。

「アレス、何処にいるの?」

 少年は慌てたように、シアを茂みに押し込んだ。

「お婆さま、何でもないです」

 そう返事をすると、シアを茂みに残して声が聞こえた方に走っていった。

 シアは茂みに押し込まれたのは、少年の「帰れ」という意思表示だと思った。

 少年の事は気になったが、ベリーも籠いっぱいに採れたので、引き返すことにした。


 翌日、シアは厨房にいた。

 誕生日のケーキを料理長に習いながら作っていた。

 貴族の子女が厨房に入るなんて!と眉をよせる人もいるけれど、シアの両親は、子供達が興味を持つ事は「何でもやらせてみる主義」の人で、よほど危ない事で無い限りは「ダメ」とは言わなかった。

「お嬢様、あとはオーブンに入れて焼くだけです」

 料理長の言葉にシアは大きく頷いた。

 言い忘れていたが、シアは表情があまりない。まぶたが半分閉じているので、表情が乏しく感じられるのだ。それに話す言葉も子供にしては低く、表情同様に抑揚がなかった。だから相手に感情を伝えたい時は、態度で表すようにしていた。

 料理長はシアの仕草を見て、満足を現していると分ると、パッと笑顔になった。

 シアは料理長にお礼を言って、厨房を出た。

 広間では、今日の誕生パーティの飾り付けが行われていた。

 みんな忙しそうに動いている。

 手伝えることはないかと尋ねたが、やんわり断られてしまった。

 この時間、弟と妹は魔法の先生の授業を受けている。二人とも魔力が強いので、今のうちから制御の方法を教えてもらっているのだ。

 シアの魔法は防御回復系なので攻撃性はないし、レベルも低いので教師を付けてまで教わる必要は無かった。


 シアは何をしようかと考えて、本を読んで時間を潰すことにした。

 本は父の書斎にある。

 シアは父の書斎に行くとドアをノックした。

 中から「はいれ」と言う声が聞こえた。

「お父様、また本をお借りして良いですか?」

 父の書斎に入ると、低い抑揚のない声で尋ねた。

 シアは暇になると、いつも父の書斎を訪れて、書棚から本を借りて読んでいた。父の書斎には、大人向けの難しい本ばかりでなく、シアのような子供でも読める本も多く有った。

 シアの父、サミエル・クロード・ライト伯爵は優しいまなざしで娘を見た。

「また時間つぶしか?」

「はい、午前の予定は先ほど終わりました。皆さんお忙しそうなので、パーティが始まるまで本を読んで時間を潰そうと思っております」

 娘の簡潔な話しに、伯爵は少し苦笑した。

 表情もそうだが、シアは感情を表に出すことが苦手だ、態度で表してくれることもあるが、話し方だけでも、もっと子供らしくあって欲しいと思っていた。

 読んでいる本も、実用性のある薬草関係のものを好んで読んでいた。

「シア、たまにはおとぎ話でも読んでみたらどうだ」

「おとぎ話ですか?」

 シアの声がどうして?と言っているように聞こえた伯爵は、「絵本ではなく、文字で書かれた物語だよ」と笑顔を見せた。

「文字で書かれた物語ですか?」

「ここに竜伝説の本がある。これはシュタルト国が出来た頃のお話だよ。私も子供の頃に読んで面白かったから、シアも読んで欲しいな」

「お父様が面白いと思われた本なんですね」

 表情の乏しいシアの口元が少し上がった様に見えた。

「では、これをお借り致します」

 伯爵は頭を下げて部屋を出て行くシアを見て、感情がうまく表せない不器用な子だけれど、良い子に育っていると感じていた。


 シアは自分の部屋に戻ると、父から借りた本の表紙を見た。

 表紙には『シュタルト国の竜王伝説』と書いてあった。

 表紙を開くと、カラーの挿絵が目に飛び込んで来た。

 シアはその絵の中の人物を見て驚いた。

 その絵に書かれていた人物の髪の色は青銀で瞳は金色だったからだ。

 この挿絵の人物は大人だけれど、昨日会った男の子も同じ色の髪と目をしていた。何か関係があるのだろうか。

 シアは物語を読んでみることにした。


 むかしむかし、放牧の民の青年王は民が定住して暮らせる地を探して旅をしていた。

 何年も旅を続けて、大陸の東側にあるとても高い山の麓にたどり着いた。

 山の麓の国の王に、この山の向こうには何があるのですか?と尋ねたところ、竜が治めるとても豊かな国があると教えてくれた。

 青年王は、山を昇って向こう側に行ってみようと思った。

 山の向こうにはどうすれば行けますか?と麓の国の王に尋ねた。

 麓の国の王は、その地に行くためには、竜の神殿に行って、竜と契約をしなければならないと教えてくれた

 青年王は民を麓の国にしばらく留めて貰うよう王に頼み、単身竜の神殿に向かうことにした。

 麓の国の王は、竜の神殿の場所を知らなかった。

 青年王は山脈の一番高いところを目指して登ることにした。

 山は容易には青年王を受け入れてくれず、突然の雨による崖崩れや、見たこともない動物に襲われたりしながら、ようやく山頂にたどり着いた。

 山頂から東の地全体が見渡せた。

 東の地にはとても広い緑豊かな土地が広がっていた。そして遙か彼方に海も見えた。

 この地であれば、争いごとに巻き込まれることなく平和に暮らせると青年王は思った。

 青年王は竜の神殿と呼ばれる場所を探した。

 しかし、竜の神殿は簡単には見つからなかった。

 何日も山の中を彷徨ったある夜、青年王は竜の神殿に行く夢を見た。

 夢の中で青年王は竜に、この広い土地の一部で良いから、自分の民をこの地に住まわせて欲しいとお願いした。

 竜は青年王の民を思う清らかな心根に触れ、この地に住むことを許可した。

 ただしそれには条件があった。

 1.竜を傷つけないこと。

 2.竜神殿に近づかないこと。

 3.もし、竜神殿に近づいて卵を壊したら「呪い」があること。

「呪い」とはどんなことですか?と青年王は尋ねた。

 呪いは、竜の卵が壊されたら次の時代の竜がいなくなる。竜がいなくなれば、この地の加護は消える。加護がなくなると、この地の平穏が崩れ、天変地異や戦いが起こるだろう。

 そうならないために、卵の代わりとなる者がいる。青年王の子を竜の子として神殿に捧げてもらわなければならないと竜は言った。

 青年王は私の子ですか?と尋ねた。

 竜は、お前の血を引く者だ。これはお前の子だけでなく、お前の子孫がこの地に住んでいる限りずっと続くと答えた。

 呪われた場合、青銀の髪に金色の目の子が生まれる。その子は成人を待たずに竜に変化する。次の卵が生まれるまで、それは代々続くであろう。

 次の卵はいつ生まれるのですか?と青年王は尋ねた。

 神殿の竜は、卵がいつ生まれるかは、誰もわからない。ただ卵がかえれば神殿に新しい石像が増える。そうするとまた新しい卵が生まれる。新しい石像が増える前に卵が壊れたり、無くなったりすると「呪い」が発動する。

 青年王は民の為に三つの条件を全て約束した。

 こうして放牧の民は肥沃な土地を手に入れ、シュタルト国が生まれたのである。


 読み終わったシアは、昨日の男の子の事を考えた。

 きっとあの子は呪われているのだと思ったら、ゾクッと身体が震えた。

 トン・トン・トン

 扉をノックする音が聞こえた。

 シアは一度深呼吸をしてドアを開けた。

 ドアの外には母のマリアが立っていた。

「シア、準備が出来たわ。ラウルとコーデリアが来る前に下に降りてちょうだい」

「はい、お母様。私はいつでも大丈夫です」

 シアは部屋の扉を閉めると、母と一緒に広間に降りていった。


 パーティは盛大に行われた。

 五歳になった弟と妹は、その魔力の強さから、九月から王立の魔法学校に行く。

 本来なら六歳になる来年が入学の予定だったのだが、弟も妹も早く王立魔法学校に行きたいと自分達から希望したのだ。

 二人は「シア姉様を守れる立派な魔法使いになるのが夢」と言って、魔法の勉強に励んでいた。何故二人がそう考えるのかシアには不明だった。

 弟や妹に守られるほどシアは弱くはなかった。どちらかと言うと、表情や話し方とは違って、お転婆で行動力があった。だから守ってもらうほど弱いと思っていなかった。

 でも、シアを守る為に、早く魔法学校に行って役に立つ魔法を覚える、と真剣に言ってくれる弟や妹を見て、守って貰わなくても大丈夫なんて言えなかった。

 弟や妹の勉強動機に、姉としては複雑な気持ちをかかえていたが、シアを守るという夢はそのうち他の誰かを守るという夢に代わるだろうから、今はそれでいいと思っていた。

 パーティの最後に、シアからの誕生プレゼントのベリーのケーキが出てくると、二人は歓声を上げて喜んだ。

「シア姉様大好き」二人からありがとうのキスを貰いながら、シアは幸せだと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ