疑惑
使者のことが気になって、遅い時間とは思ったが、アレスは宮殿に行き王に面会を求めた。
王はアレスが訪ねて来たことに驚いてはいたが、昼間に話し忘れたことでもあったのだろうと快く面会に応じた。
「どうしたアレス、何か言い忘れたことでも思い出したのか」
「そうではありません。先ほど界域軍からの報告で、グランダル国から使者が出たと聞きました。父上はご存じかと思い確認に来ました」
「グランダル国の使者か」
「はい」
「私の方にも先ほど界域軍から連絡が入ったが・・・少々おかしいと思っていたところだ。グランダル国にはこちらから招待状を出している。先日、王太子夫妻が参加するとの書簡を持った使者が来たばかりだ」
「グランダル国の王太子夫妻がいらっしゃるのですか?」
アレスは初耳だったので、意外な顔をした。
父王はアレスに伝えてなかったことを思い出し、慌てて説明を始めた。
「おお、そういえば、アレスに伝えるのを忘れておった。グランダル国はルチアの母国だから、ルチアの子であるお前の婚約は知らせた方が良いと思ってな、こちらから招待状を送ったのだ」
「そうでしたか」
「知らせぬ方が良かったか?」
「いえ、外交上知らせた方が良いと思います」
アレスの返事に、父王はホッと胸をなで下ろした。
「しかし、ここだけの話だが、グランダル国王の具合が良くないらしい。それで、後継争いが起きるかも知れないという噂がある」
「王太子がいるのにですか?」
「グランダル国王は子どもが多い。現王太子はもともと第三王子で、立太子の予定はなかった。事故で第一王子が亡くなり、武闘派の第二王子派と、魔力の強い第三王子派と、どちらを王太子にするかで揉めたらしい。揉めている最中に第二王子が病で亡くなった。毒殺されたという噂もある。それで、第三王子が王太子になったらしいが、国内では、第二王子派だった者が妹の王女を立てて争っているらしい」
「そうなのですか。そうすると、使者は怪しいですね」
「うむ、お前もそう思うか?」
「王太子を狙っている様に感じます。この国で王太子に何か起きたら、グランダルにつけいる隙を与えてしまいます」
「私もそれを懸念しておるのだ」
父王の顔が曇った。
「グランダルに妙な動きでもあるのですか?」
「グランダルではないのだが、グランダルはシュタルトと同盟を結んだ様に隣のサントスとも同盟を結んでいる。少し前にサントスの国王が息子に王位を譲ったと聞いた。正式な連絡はわが国には来ていないが、最近そのサントスの新王がローダンと協定を結んだらしい。詳しい内容は探らせてはいるが・・・」
「ローダンとですか!」
「そうだ、ローダンはオーガスト国を攻めたときに、オーガスト国が時を止めてしまったため、攻め込む途中で中断されてしまった。その時大勢の兵士がオーガストの時間の中に捕らえられてしまった。時が止ったオーガスト国には誰も入ることができない。ローダンも失った兵力は大きかっただろう。いずれ兵力が回復したら、今度はサントスを攻めるだろうと思ってはいたが、まさかサントスが協定を結ぶとは思わなかった。
ローダンとサントスが協定を結び、グランダルとの同盟を破って攻めてきたら、シュタルトもグランダルを守る為に戦わなければならない。ローダンもしたたかな国だ、サントスと協定を結ぶことでグランダルと我がシュタルトに圧力を掛けている様だ」
「そうすると、もしグランダルが裏切って、サントスとローダンと共謀してシュタルトを狙うこともありますね」
「まだ、そこまでは飛躍していないと思うが・・・。もし、王太子に何か有れば、つけ込む材料を与える」
「ローダンの目的は何ですか?」
答えは分っていたが、アレスはあえて聞いてみた。
「この大陸の統一だろう」
父王の答えはアレスの考えを肯定した。
ローダン国は大陸の西に位置している、土と闇の魔法を使う好戦的な国だ。闇の魔法に対抗できる光の魔法の国グランダルがローダンに組したら、シュタルトは耐えられるだろうか。
アレスの中で世界が変わろうとしていた。
「父上、グランダルは風魔法が使えます。風魔法で空を飛べることを知っていますか?」
「風魔法で空を飛ぶ?」
王は驚いた。
「ええ、飛べるのです。図書室の魔法書に書かれていました。もし、グランダルと戦わなければならなくなった場合、空からの攻撃も考えないといけません。それに王太子の出立日を調べて、シュタルトに入った時点からの護衛を申し出た方が良いと思われます」
王はアレスの話しを聞くと、表情を硬くして「宰相や軍と打合せをしよう」と言って部屋を出て行った。
国の事は国王の仕事だ。
後は国王に任せて、アレスは宮殿を後にした。
宮殿を出たアレスはその足でブライダム公爵邸に行った。
シアに頼みたいことがあった。
突然訪れたアレスを見て公爵夫妻は驚いた。
アレスは公爵夫妻とシアに、グランダル国の王太子夫妻が婚約パーティに出席されると伝えた。そして、グランダル国が王位継承で揉めている事を話した。
界域軍の連絡で、グランダル国から不審な使者が国を出たと情報があったことを伝えたうえで、シュタルト国内で王太子に不都合が起きた場合、それがどんな理由であれ、シュタルト国の不利になる。物理的な攻撃であれば対処できる人材を配置すれば良いが、もし、即効性の毒を使われた場合、毒の種類を調べる時間が無いかも知れない。それで、シアに全ての毒に効く解毒剤について聞きにきたと言った。
シアはしばらく考えていたが、「全ての毒に効く薬はないと思うけれど、すこし考えてみる」と返事をした。
アレスはシアの返事を聞いて少し落ち着いた。
世界が変わるかも知れないという不安に心が焦っていたようだ。
婚約披露パーティがそのきっかけになることだけは避けたいと思った。
シアが庭の研究室に行ったので、アレスも帰ることにした。
公爵夫人が今日はこの屋敷に泊まっていきなさい、と言ったけれど、アレスはまだやらなければいけない事があると、夫人の申し出を断って離宮に戻った。
アレスは離宮の自分の部屋で、母の部屋から持ってきた「光と風の魔法」の魔法書を手に取った。
『アレス、それをどうするんや』ヴルが聞いた。
「読んでおいた方が良いと思う」
『そうですね。アレスはルチアの子どもですから、風の魔法が使えたのですから、光の魔法も使えるかも知れません』とルーチェが言った。
「光の魔法はどんなときに使える?」
『対闇魔法と治癒魔法と祝福の魔法ですかね。祝福の魔法は人々に喜びと希望を与えます』
「漠然としているんだね」とアレスが言ったので、『魔法書があるのだから、読んで見たらどうですか』とルーチェに言われてしまった。
ヴルがルーチェに同意するように頷いた。
アレスは魔法書を読むことにした。
まず風魔法から始まっていた。風を利用して飛ぶことや、嵐を呼びだす魔法等々書いてあった。光魔法は、ぼんやりした光で人々を包み幸せを与える魔法から、光の光線で闇を祓う魔法まで、光の出し方によって変わる様だった。
一通り読んで、魔法の種類と使うための術式を見たが、現時点でアレスにそれが使えるとは思えなかった。
光魔法に、傷を治す魔法と毒を消す魔法があった。シアの回復魔法と近いもののようだ。アレスに使えるかどうかは別として覚えることにした。
翌日、ユリウスは昨夜のアレスと国王の話を、今朝宰相から内密の話しとして聞いた、自分は宰相の命令で動くことになるとアレスに教えてくれた。
アレスも不測の事態に備えて、シアに毒に関することを調べて貰っていると伝えた。
シアはいかにも寝不足という顔で宮殿の図書室にいた。
夕べは遅くまで研究していたのだろう、目の下に隈が出来ている。解毒剤を作るのに毒の種類を調べたいと、図書室の利用を頼まれた。
アレスも遅くまで魔法書を読んでいたので、かなり寝不足ぎみだった。
コーデリアは、収穫祭も近いのに、主役の二人の疲れた様子にいささか呆れていた。もっとも、シアは興味を持ったらそれが解決するまで追求を止めないのを知っていたので、何も言わず、ただ見ているだけに徹していた。
毒草の本を読んでいたシアの目がある植物で止った。
「ねえアレス。この植物って見たことある?」
アレスとコーデリアはシアが指さした植物の絵を見た。
小さな薄紫の花を付けた雑草の様な植物だ。
可憐な薄紫の小さな花に緑色の少し大きめの葉が付いている。葉の表は綺麗な緑色だが、裏は赤く小さな刺に覆われている。直接手に触れたり刺に指されたりすると、そこから毒が入り死に至る毒草である。「ドククライ草」と書いてあった。
「『猛毒であるけれど、精製の方法によっては万能薬になる』とも書いてあるわ」
確かにそう書いてあった。
「この花について魔法省に確認してみないと・・・」
アレスがそう呟いたとき、『何処かで見たことがある』とルーチェが言った。
「「何処で?」」とアレスとシアが聞いた。
『ずっと昔、何処かの森の中にある湖の側に咲いていた様な気がする』
ルーチェが知っている範囲の森の中だとしたら、グランダル国内かも知れない。それに『様な気がする』と言うことは、記憶違いと言うこともある。
ルーチェの声が聞こえないコーデリアが不思議な顔をしてアレスとシアを見ているので、ルーチェに詳細を聞くのは後にすることにした。
シアは早く図書室から離れて、ルーチェと話したかったのだろう、魔法書の残りをすごい早さで読み始めた。その早さにアレスとコーデリアは呆然とみるしかなかった。
全部読み終えてから、「目に付いたのは、さっきの『ドククライ草』と、この『ドクチラシ草』と『ミナケシ』くらいね」とシアが言った。
どれも聞いたことのない植物だった。
『ドクチラシ草』は『ドククライ草』に似ているが、葉の裏は赤ではなく黄色だった。『ミナケシ』は芥子の花に似ていたが、花の色が黒に近い赤だった。毒と言うだけあってすごい色をしていた。
アレスはシアを送っていくことにして、コーデリアをユリウスに任せて図書室を出た。
シアを送る馬車の中で、ヴルが『ミナケシ』は竜神殿の隣の山の中腹で取れると教えてくれた。
『ドクチラシ草』はルーチェが『ドククライ草』の側で見たと言った。
ルーチェにその湖の場所を思い出してもらう間に『ミナケシ』を取ってこようとアレスが言った。
「アレス、一人で大丈夫?」
シアが心配したが、アレスは今回はヴルと一緒に竜魔法で飛ぶので、風魔法ほど苦労はしないと言って安心させた。
竜魔法で飛ぶためには身体を変化させて翼をださないといけないのだが、アレスは身体を変化させるのに抵抗があったため、飛ぶ必要があるときは、ヴルの翼を借りて飛ぶ様にしていた。
『しゃーない、姫さんの為なら頑張りまっせ』とヴルも言ったので、シアは『ミナケシ』を取るのをアレスに任せた。
「毒花は手で取るのが難しいわ。厚手の手袋と袋を忘れないで持っていくのよ。くれぐれも気を付けてね」
シアから子どもを送り出す母親の様な注意を受けたアレスは苦笑いをした。
「わかってる、気を付けるよ」
アレスがシアと話している横で、ヴルではない何かと話していたルーチェがシアに話しかけた。
『ねえ、シア、あなたの精霊が、もし山を越えてグランダルに行くのなら、オーガストを通るかも知れないから、精霊を一体連れて行ってと言っているけれど良いの』
「精霊がそう言っているのなら良いわよ」とシアが笑顔で答える。
『では、私の横に座ってくれる』とルーチェは精霊を自分の横に座らせるために、少しアレスに近づいた。どんなに精霊が近くに寄っても、重さも感じないし直接触れるわけではないので、アレスはルーチェのすることに何も言わなかった。もちろんヴルも言わない。
そうこうしている間にブライダム邸に着いた。
アレスが手を貸して、馬車から降りると、シアは「じゃあね」と言って、振り返りもせずに屋敷に入っていった。シアの頭の中はもう研究モードに切り替わっている様だった。
離宮に帰る馬車の中で、ルーチェに尋ねた。
「『ドククライ草』なんだけど、ルーチェの記憶にあると言うことは、グランダル国内って事だよね」
『そうね、ルーチェはグランダル国とここしか知らないからそうだと思う』
「その森には誰と行ったの?」
『ルチアのお母様と一緒に・・・あ!』
「何か思い出した?」
『ウルルの家の近くの湖、でもその時ウルルはいなかった』
「ウルルの家の近くの湖。ウルルはグランダルとオーガストの国境近くの森に住んでいると言ってたね」
『そうだけど・・・』
「じゃあ、『ミナケシ』を取りに行くついでに寄ってみよう」
『山を越えるの?』
「シアから時の精霊を連れて行っても良いと言われたことだし、山を越えてみよう。ただし誰にも見つからない様にだけどね」
『危ないわ』
「王太子に何か起きることを考えたら、それ以上の危ないことはないよ」
『・・・分ったわ』
「ヴルもそれで良い?」
『姫さんの為なら、何でもしまっせ』
「ありがとう」
国境を越えることがどんなに危険なことか、アレスにも分っていた。でも、アレスはできる事はやってみようと思っていた。何もしないで国民を傷つける様なことはしたくなかった。
離宮に戻ると、執事に今夜出て明日中には帰る予定で弁当を頼むと、部屋に行き王に事の仔細を知らせる手紙を書いた。そして、厚手の手袋や草を入れる袋等の用意をして準備を済ませた。
夜遅く、出発の時、執事に国王宛の手紙を明日の朝届けるようにと渡して、アレスは夜の空に飛び出した。